granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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話全然進んでない。
けど、書いておかなきゃいけない話。
そんな一幕。

どうぞお楽しみください


メインシナリオ 第69幕

 

 初めてグラン達と出会ったのは、ポートブリーズの平原だった。

 あの時はまだ、垢抜けない少年少女って感じで。一緒に居たビィにルリアにカタリナと、少数の小さな騎空団だと思ったものだ。

 艇の事や航行の事なんてからっきしみたいで、柄にも無く親切な大人を演じてやった。どうにも危なっかしくて魔物と戦うときには援護してやったり、まだ敵対していたスツルムとドランクを相手にした時は街を守る為に共闘もした。

 

 そうこうしている内にティアマトの暴走が始まり、いつの間にか俺はあいつらと再び空を飛んでいた。

 飛び立つのを待ち続けていた、グランサイファーと共に。

 

 

 旅を続けていれば色んな事があるってもんだ。

 特にウチの団長は人が好過ぎる。何でもかんでも首を突っ込んで、巻き込まれて……その先で様々な事を成してきた。

 星晶獣絡みのゴタゴタなんてしょっちゅうだ。国絡みのいざこざにも巻き込まれた事がある。

 普通の騎空士では到底有りえない出会いの数々────そして、強敵との戦い。

 垢抜けなかったはずのあいつらがいつの間にか団長の顔になり、俺の助けなんてなくても戦えるようになるまでに時間はかからなかった。

 

 

 才能……ってやつなのかね。

 次々と編み出されていく戦闘スタイル。双子故の息のあった連携。どんな武器も使いこなし、どの距離でも万能に戦う。

 ポートブリーズから共に旅立ち、騎空団を結成して以降。メキメキと頭角を現してきた二人に……俺は頼もしさと一縷の不安を禁じ得なかった。

 その強さ故に、その才覚故に。あいつらは今後、頼るから頼られる人へとシフトしていくだろうと。

 事実、これまでの帝国との戦いを見たってあいつらの実力に頼り助けられている場面は多かった。

 

 それ自体はあいつらとしても望むところなのだとは思う。頼られる事に喜びを感じている節はこれまでに幾度となくあった。

 頼まれたら断り切れず、だから色んな事に巻き込まれんだ。

 そんな二人の姿勢に、不安が募った。

 

 幾ら強く、才能に溢れようとまだまだ子供のはずだ。本来なら二人は頼る側でいて良いはずだ。

 こんな……帝国とのいざこざなんかに巻き込まれず、自由に空の旅をしていて良いはずなんだ。

 

 あいつらを取り巻く環境に、そしてその環境をものともしない二人の強さに────俺はいたたまれなくなってしまった。

 

 

 そんな俺にとって、セルグの加入は喜ばしいものだった。

 紆余曲折はあったが、あいつの事情を知り、あいつの強さを見せつけられたその日、俺は心を震わせた。

 

 星晶獣との数えきれない戦い────その経歴から裏付けされるアイツの強さは、グランとジータの二人を以てすら届かない高みにあった。

 必然、戦闘に於いて二人が頼れる寄り辺になる。これまで頼られっぱなしであった二人にとって、これ程心強い存在はないはずだ。

 その上、組織の連中と命のやり取りをしてきたアイツは、ルリアの危険性や帝国との戦いにおける懸念など色んな事に気が付いてくれた。グランやジータだけでなく、俺達にとっても大きな存在であった。

 本当に────頼りになる奴だと思った。

 

 

 

 

 

 それじゃあ……俺には一体何ができる? 

 

 過った疑念は、俺の心の深い所に根付いた。

 

 激化していく戦い。

 操舵士である俺にとって、戦闘力なんてのはおまけみたいなものだ。

 ポートブリーズに居た時から、俺の戦闘は所詮自己防衛の延長でしかない。

 元から戦うために強く成ってきた連中とは、違って当たり前だった。

 

 

 適わないのは────当たり前だ。

 

 

 ガロンゾでガンダルヴァと相対した時、銃弾を鞘で弾く離れ業を見せつけられ沈んだものだった。

 かと思えば、セルグはそんなガンダルヴァを軽く圧倒して見せた。

 

 あいつらもう……人間じゃねえって思った。

 

 

 

 あんな連中とやりあってちゃ命が幾つあっても足りない。なんて事を思うが、それでも逃げるわけにはいかねえ。ここでロキが呼び出した星晶獣二体を相手にしなくちゃならねえんだ。

 今こうして戦っている俺達に空の世界の未来が掛かってるだもんな。

 

 枷を外し、軛を解かれたフェンリルは、忠犬から猛犬へと早変わり。仲が悪い様に見えたもう一体のケルベロスと一緒に、互いの穴を埋める様見事な戦いぶりを見せつけてくれている。

 元々身体能力が低く魔法に特化したイオや、いよいよ身体が追い付かなくなってきたオイゲンは既にケルベロスによって倒されていた。ロゼッタも、防ぐので手一杯、状況の打開は見込めない。

 前衛であるゼタ達三人は、苛烈な攻撃に晒され負傷もそこそこだ。

 

 どうにか、戦況を変えなくちゃならねえ。

 

 だが、俺に一体何ができる? 

 

 操舵士の俺が、この戦いで一体どんな役に立てるってんだ。

 

 

「ラカム……何、突っ立ってんだオイ」

 

「お、おっさん!? 大丈夫なのかよ」

 

 掛けられた声に振り返れば、身体のあちこちに殴打の跡があるオイゲンが意識を取り戻して身じろぎをしていた。

 

「へっ……ヒヨッコの癖して一丁前に俺の心配とは偉くなったもんだな」

 

「何強がってんだよ。ケルベロスの攻撃に完全に目が付いていってなかっただろうが」

 

 そうだ。あの弾丸みたいなぬいぐるみがあちこち飛び回って、オイゲンをぼこぼこに……

 

「おう、流石にこの年になるともう厳しいもんがあるな……んでお前さんはどうしたラカム? そんなところで突っ立ってて、俺と同じように相手の攻撃が見えてないとでも言うつもりか?」

 

「ぐっ、んなわけねえだろう。だが、あの戦いに下手に首を突っ込めばあっという間に──」

 

 目の前で繰り広げられる戦いは、とても俺が入り込めるようなレベルじゃなかった。

 一瞬……それだけあればフェンリルは容易く俺の身体を引きちぎれるだろう。

 ケルベロスにしたって同様だ。一瞬の隙さえあれば即座に俺をぼこぼこにすることができるはずだ。

 俺にできる事なんて────

 

「勘違いすんじゃねえラカム……俺達はどこまで行っても操舵士だろうが」

 

「操……舵士?」

 

 意味が分からねえ。操舵士が何だってんだ? 

 確かに俺もおっさんも操舵士だ。元々は騎空艇こそが俺達の戦いの場。

 こんな真正面から戦う、本物の戦場に顔を出しているべきじゃねえ。

 

「風の変化を読み、視界の全てから情報を得て艇を動かす。全身で騎空艇の挙動を感じ取り、僅かな動作で艇をコントロールする。それが、俺達操舵士ってもんだろう」

 

 その通りだおっさん。

 視界の全てから航行に必要なものを読み取り、僅かな動作で艇をコントロー……

 

「だったらできる事をやりやがれ……もう見えなくなってきちまった俺に代わってな」

 

 あぁ……そうか、そうだよな。

 俺としたことが、操舵士であることを忘れて、何戦いにムキになってんだ。

 

「──悪かったな、おっさん。まだまだ半人前の操舵士でよ」

 

「バカ言え、改修したグランサイファーを手足のように扱ってこの島に突撃したんだ────今じゃお前の方が、よっぽど優秀な操舵士だぜ」

 

 天啓を得た気分だ。

 出来る事がない? そんなわけなかった。

 俺は……俺達は誰よりも……

 

 

「サンキュー、おっさん」

 

 

 燻っていた迷いは消えた。

 操舵士としていつまでも先輩であったおっさんから太鼓判も押された。

 俺の目には既に、これから自分ができる事が“見えていた”。

 

「お二人さん、どうだ……まだやれるか?」

 

 

 苦戦しているゼタとヴィーラに声を掛ける。

 さぁて、いっちょやってやろうか。

 一人前の操舵士になった俺の、いっちょまえの戦いってやつをな! 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 私は、監視者のはずだった。

 

 

 あの人に任されて、託されて。

 

 

 大切なあの子たちの旅を、ただ見守るためだけに居る筈だった。

 

 

 

 グランとジータ。

 ビィ君にルリアちゃん。

 抗えぬ、覆せぬ宿命を背負うあの子達。

 

 できるなら、静か……とは行かないまでも、順風満帆で危険など無い旅をさせてあげたかった。

 でも、運命はそれを許さなかった。

 

 ────エルステ帝国。

 対する必要はない。相手取る必要など無い。

 なのに、運命はそれを良しとしなかった。

 大きな波に浚われるように、彼等の旅は大きな野望に巻き込まれる事になった。

 

 

 私は監視者だ────彼等の旅に、私は傍観者でいなければならない。

 私にとっても皆は大切で、あの子達を愛おしく思うけれども。

 

 

 私は、私の意思で彼等の旅に関わってはいけないのだ。

 

 

 

 いけない……はずだったのに。

 

 

 

『我こそは荊の女王。深緑と幻惑を統べる者──貴方達の罪、その身にしかと刻んであげるわ!』

 

 

 自分でもらしくないと思えた。

 魔晶のチカラをコアに注ぎ込まれたユグドラシル。余りにも無惨で、痛々しくて、目を向けられなかった。

 グランサイファーへと向かう途上で沸々と湧き上がる怒りは、あの子達にとって優しいお姉さんだった私を、凶気に染めさせるには十分だった。

 本当であれば、あの愚か者達にアーカーシャを取らせなければ良いだけだったのだ。

 報復等……する必要は無いはずだった。

 だが、最も長く時間を共にしてきた、同胞とも呼べるユグドラシルへの仕打ちに、我慢などできるはずもなかった。

 

 ──結果は、散々だ。

 

 ユグドラシルを助けるために自ら魔晶に取り込まれ、あろうことか戻ってきたあの子達にその牙を剥けたのだ。

 荊の鞭を振るい、木々をけしかけ、巨大な咢で喰らおうとした。

 魔晶に飲み込まれ、薄れていた意識の中で、その感覚だけが痛い程伝わっていた。

 

 柄にも無く泣き出しそうであった。やめてくれと心で喚き続けた。

 でも、私の意思など関係なく、あの子達が私を助け出してくれるまで、私の攻撃は苛烈なまま続いていた。

 

 

 目が覚めた私を出迎えてくれたのは団長の二人。

 あんな事をしたと言うのに、変わらない……人懐っこい笑顔で『おかえり』と言ってくれた。

 

 私は自分がしでかした事が許せなかった。見守り続けなきゃいけないあの子達を傷つけ、害した自分を。

 だが、二人はそんな私の気持ちに薄々気づいていたのだろう。

 伸ばしかけて止めた私の手を……二人は躊躇なく取ってくれた。自分達はいつも通りだと。なにも変わっていないと。

 言外にそう告げていた。

 私の胸につかえる棘を、二人は抜いてくれたのだ。

 

 

 そして、もう一人────

 

 

 

『ロゼッタ!!』

 

 私を見て、私を確認して……男共を魔法で治療していた小さな女の子は弾かれた様に駆け出して、私に顔をうずめる。

 

『イオ……ちゃん?』

 

『バカッ、バカッ、ロゼッタのバカぁ!』

 

 泣きながら、少女は確かめるように腕に力を込めて私に抱きついていた。

 身体を震わせ、その様はまるで迷子の子供が母親を見つけたような……そんななんとも言えない安堵感に満ちていた。

 

『心配したんだから! もう会えないんじゃないかって、寂しかったんだからっ!』

 

 慟哭を叫んで泣き続ける少女にいたたまれなくなって、静かに抱きしめ返した。優しく撫でつけてやりながら────小さく聞こえる嗚咽が止まるまで。

 

 魔晶から解放された時よりずっと、思いっきり殴られた気分だった。

 変わらぬ態度で迎え入れてくれた────ジータもグランも、きっと私の事を仲間として大切な、かけがえのない存在なのだと思ってくれている。

 だがこの少女はそれ以上に。常日頃の大人ぶった仮面を取り去って泣きじゃくる程に。

 私の事を想ってくれていた。

 自身の中にあった何かが壊れた気がした。守ろうと決めていたラインを踏み越えた気がした。

 無意識に、自然に、少女を抱きしめ撫でていたのだ。

 

 

 もう自分に嘘を吐く事は出来なかった。

 大切なヒト達を前に、監視者で……傍観者でいる事はできなかった。

 旅についてきた優しいお姉さんなどではなく。皆“私の事”を大切に想ってくれている。

 

 あの人に託されたから、任されたから。そんな名分はもう要らない。

 ユグドラシルを守る為、この子を守る為────私は自分の意思で戦う。

 

 

 そう……決めたのよ。

 

 

 

 

「ロゼッタ……」

 

「イオちゃん!?」

 

 ケルベロスの攻撃によって意識を失ったイオちゃん。

 無理もない。あの早さの攻撃を前にして、防御も回避もイオちゃんには難しい。

 私でさえ気配を察知して防ぐので精一杯だったのだ。前衛であるゼタやヴィーラちゃん、アレーティアならまだしも、魔法以外では年端もゆかぬ少女でしかないイオちゃんに、あれらを防ぐ手立てはない。

 それでも、意地をみせたのだろう。ギリギリのところで魔法に因る迎撃を行っていたイオちゃんは、朦朧としているが意識を取り戻していた。

 

「大丈夫、イオちゃん……今魔法で」

 

「ごめんね……ロゼッタ、足手纏いになっちゃって……」

 

 一瞬呆気にとられた。しかし、すぐに歯を食いしばる。

 情けない──彼女の事ではない。こんな事を言わせている私自身がだ。

 イオちゃんの魔法は強力だ。一度その才を振るえば、戦況を大きく変える。それを活かすためにも、リーシャちゃんやカタリナ、私と言った守る事の出来る者が一緒にいる筈なのに。

 無様にも出し抜かれこの体たらく────私はイオちゃんを守ると誓ったのではなかったのか。

 

 ルーマシーの時の様に、再び沸々と湧いてくる怒りが私を支配していく。

 そうだ、決めたのだ。傍観者でいる事は辞めると……後ろから見守るだけなのはもう辞めると。

 ならばもう抑えておく必要もない。本当の私を……私という存在を。

 

「ロゼッタ」

 

 不意に服の裾を引かれた。

 視線を向ければそこには不安そうなイオちゃんの姿があった。

 

「あの時と、同じ顔してる……ルーマシーで1人だけ残った時と」

 

 はっと目を見開く。

 イオちゃんは見抜いていた。私の気持ちの、その変遷を。

 そして気づかされる。今私が考えた事は、怒りに任せてチカラを解放するだけだという事を。

 守ると決めたこの子の事を何一つ考えない、攻め一辺倒の戦いだという事を。

 

「ふふ」

 

「ロゼッタ?」

 

 自然と笑みを零した。

 守るなどとおこがましい……私は今この時この子の言葉に守られていた。

 この胸に燻る怒りのままに私のチカラを解放すれば、確かに敵を倒す事はできる。

 だが、その選択はルーマシーの二の舞になるだろう。

 広間ではあっても屋内。荒んだ心のままにチカラを使えば私の攻撃は否応なく仲間達を巻き込む可能性を孕む。

 相手を倒す事に傾注してしまっては、横たわるこの子に危害を加えてしまうかもしれないのだ。

 

「大丈夫よ、イオちゃん。ちょっと危ないから下がってて頂戴。イオちゃんはお姉さんが守ってあげるから」

 

 そんな愚を犯すものか。

 軽い回復魔法をかけて意識の覚醒を後押ししながら、イオちゃんを置いて立ち上がる。

 大切な想いを疎かにするところだった。

 守ると決めた──守る為に戦うと決めた。

 あの愚直なまでに仲間を大切にする彼と同様に、私も私の意思で仲間達を守ると。

 

「えぇ、守って見せるわよ」

 

「あー、ロゼッタ……悪いがケルベロスの方は俺に任せてくれないか。代わりに、ゼタとヴィーラと一緒にフェンリルの奴を相手にして欲しい」

 

 声を掛けてきたのはラカム。彼も私同様、何か覚悟を決めたような顔つきであった。

 

「へぇ、何か秘策でもあるのかしら。悪いけど不確定要素だらけだったら、譲れないわよ」

 

「安心しな。俺は操舵士だ……仲間の命を背負いながら戦うのは得意なんでね」

 

「──いいわ、それじゃ私は冷たい氷が皆に飛ばない様、きっちり前線を抑えてあげる」

 

「おー怖い怖い。珍しく随分やる気じゃねえか。今日は雨でも降るかな」

 

「違うわ……振るのは雨じゃなくて、美しい薔薇の花びらよ」

 

「そうかい。それじゃ期待させてもらうぜ」

 

「そっちもね」

 

 

 さぁロキの犬共、平伏しなさい。

 薔薇の葬列で送ってあげる。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 睨み合う四人と二体。

 

 戦いを優位に進めていたはずのフェンリルとケルベロスは惑い。

 対する四人の方は惑う者二人、自信の笑みを湛える者二人。

 後ろから不遜な言葉と共に顔を出してきたラカムとロゼッタに、ロキも含めて他の者達は呆気にとられて膠着する。

 

「ふぅ~ん。成程……確かに君が本当の姿になるのなら、対抗する事は可能かもね」

 

 合点がいったかのようにロキが笑う。

 流石は星の民といった所か。ロゼッタの……星晶の気配には敏い。

 彼女に渦巻くチカラと気配は、徐々に大きく先鋭化していく。それはヒト非ざる者の領域であり、その程度だけで言えば今ここに置いてフェンリルとケルベロスに対抗出来得る唯一と言えよう。

 

「だが不思議だね、今までその気なんて欠片も無かったくせに、どうして急にやる気になったのかな?」

 

「さぁてね、女心は秋の空っていうでしょ。そんなの、気まぐれの一言で終わっちゃうわよ」

 

「気まぐれ、ねぇ……まぁいいや、今は君達との会話を楽しむ時でもないし」

 

「おい、ロキ。下らねえおしゃべりしてんじゃねえよ。この女がどうなろうが関係ねえ。さっさと引きちぎって噛み砕くだけだ」

 

「ご主人様、悠長にはしていられないワン。嫌な予感がするし、早々に終わらせるワン!」

 

 主人の会話を遮らない様黙っていたフェンリルだが焦れて来たのか、怒ったように吠えた。

 次いで、彼女より落ち着きがありそうなケルベロスも、フェンリルの気勢に続くようにココとミミを構える。

 ロゼッタの気配が星晶獣のものである以上、決して良い方向に転ぶ変化ではない。

 機先を制し戦力を削らんと、負傷が積み重なってきているゼタに狙いを定め、ココとミミを突撃させる。

 

「ふぎゃ!?」

「わん!?」

 

 虚を突かれたゼタにココとミミが突き刺さる刹那。この場にそぐわない間の抜けた呻き声が挙がった。

 ゼタのすぐ傍に落ちる二つのぬいぐるみのような何か。

 言わずもがなココとミミであるが、二つとも焦げた跡を残して目を回している。

 

「そんなっ!?」

 

 何が起きたかと疑問を抱く一堂の中、持ち主のケルベロスだけが事態を把握していた。

 ゼタへと突き刺さる直前、ココとミミは撃ち落とされたのだ。炎を纏う銃弾によって……

 

「捉えたっていうの? ココとミミを」

 

「ブンブン飛び回るだけの毛むくじゃらなんて、撃ち落とすのはわけねえさ。俺には手に取る様に見えてるからな」

 

 不敵な笑みを崩したケルベロスが僅かに睨み付ける先。硝煙漂わせた銃口を向けながら、操舵士ラカムは肩を竦めて呟いた。

 なんてことは無い。そんな気配を醸し出しているが彼が今行った事は掛け値なしに驚異的と言えよう。

 言葉通り彼には見えていた。ケルベロスの視線、ココとミミの動き出す気配、更には動く気配のないフェンリルにロキ。

 視界に映る脅威の要素。その全てを脳内で認識し、感覚的に大まかな未来を脳内に描く。

 リーシャとは異なる、操舵士故の先読み、未来予知だ。

 

 操舵士は常に命のやり取りと隣り合わせである。

 小型、中型、大型。どのような騎空艇で在れど、そこには自身以外の誰かが乗る。背負う命の重みは自身の命でやり取りをする戦闘者の比ではない。

 ラカムのように一つの騎空団に所属しているのなら猶更だ。背負うは大切な仲間の命。艇の挙動一つに、自身のみならず仲間達全員の命運がかかる。

 故に、操舵士として命を預かる彼等の危機感知能力は、群を抜く。

 操舵士は微細な風の変化を読み、艇が受ける影響を予測し、必要な操舵を取る。

 だが、ラカムは違う。

 彼の場合数多の砲弾の中から命中しそうなものを見分け、回避できるコースを選出し、仲間達を振り落とさぬよう最小限の動きで艇を押し進めてきたのだ。

 グランサイファーの挙動を全身で感じ取り、視界に映る光景の全てを見落とさず危機を感じ取る。仲間の援護こそあったものの、中型騎空艇一騎のみでアガスティアの防衛網を掻い潜ったラカムの危機感知速度、判断速度は、ゼタやヴィーラを以てしてもたどり着けない領域に至る。

 

 だから見えた。ココとミミがゼタへと突撃していく未来が。

 故に落とした。あれを喰らっては今度こそゼタが落とされるだろうと判断して。

 早打ちは得意だった。小さい頃から良く訓練していたものだった。

 

「ラカム、あんた一体……」

 

「あの攻撃を見切る? それができるのならなぜ今まで──」

 

 驚嘆もそこそこにヴィーラの視線から温度が消えていく。

 戦況は切迫している。傍から見れば今まで手を抜いていたとしか思えないような、鮮やかな手際であった。

 

 出来なかったのは意識の違いだ。

 戦場に立つのは騎空士としての自分。操舵士である自分の戦闘力に劣等感を抱き続けていたからこそ、戦場で彼は操舵士になる事は出来なかった。

 化物揃いとも言えそうな仲間達を前にしては、戦えなくても仕方ないと免罪符を張れる“操舵士”ではいられなかったのだ。

 

「あーっと悪いな、お二人さん。言いたい事はあるだろうが今は後回しだ。気を抜いてたらできない芸当なんでな。ちっと集中させてくれ────ロゼッタ、宣言通りフェンリルの方は任せたぜ」

 

 そんな心境を語れるわけもないと、追及を逃れるようにロゼッタへ。

 冷めた視線は未だ離れないが彼の言うとおり、今それに意識を割いている余裕はない。

 こなすには集中しきる事が必要だ。グランサイファーでアガスティアに突撃した時のように、視界の全てに気を回し脅威を感知しなければならない。

 だから攻めに転ずるのは彼女に任せるのだ。

 

「ふふ、どうなるかと思ったけどまさか本当に防いで見せるとはね……これは私も負けられないかしら」

 

 フェンリルとケルベロスの驚嘆が冷めやらぬうちに、彼女の本性が鎌首をもたげる。

 必要なのは目の前の脅威を叩き潰すチカラ。守る為に防御する(守る)のではなく、守る為に攻める、暴力の一手。

 彼女の足元より深緑の荊が解放されていく。

 10、20、いやもっとだ。彼女を包むように生えてきた荊は100本を優に超える。荊は頭上からドームを作る様に大きく広がり再び床へと潜っていった。

 出来上がったのはこの広間を覆い尽くすような半球状の檻。荊によって形成されたロゼッタの為の戦闘空間。

 

「これは……ちょっとまずいかもね」

 

「フフ、言葉の割に余裕そうね。それじゃ────派手に踊りなさい!」

 

 苦笑いを浮かべるロキの様子に満足したように、ロゼッタは胸中で命令を行使した。

 瞬間、脅威を察知したロキがその場を転移。彼がいた場所には床から太い荊がつきだしていた。

 転移が遅れれば串刺しにされていただろう……ロキにしては珍しく間一髪の回避である。

 

「ロキ!? てめぇ、不意打ちなんて舐めたマネ──ッ!?」

 

「ご主人様! 今お助けに──きゃっ!?」

 

 ロキを守らんと動き出す二体もまた、足元より突き出た荊に貫かれるところであった。

 フェンリルは寸でのところで冷気を解放し荊を凍らせて止め、ケルベロスはいつの間にか回収されていたココとミミをぶつけて軌道を逸らす。やや痛そうな声が聞こえた気がするが気にする余裕はなかった。

 

「星晶獣“ローズクイーン”が生み出す、荊に因る完全支配域──ドミネーションフィールド。

 本当は空間全部を荊で串刺しにする技なんだけどね。私の守るべきかわいい子達が一緒にいるからそういうわけにもいかなくて……指示発動型にさせてもらったわ。さぁ、貴方達の血で薔薇の花を咲かせてあげる」

 

 妖艶に、ロゼッタは嗤った。美しい女性としての色香、そこに多分に混ざる嗜虐心の気配。

 恐怖……星晶獣である以上そんなもの感じる事はないと思っていたフェンリルとケルベロスの背筋がゾクリと粟立つ。

 生きている以上、生物としての本能と言うべきか。自身の死を予知しそうな危険な気配を感じ取っていた。

 ロゼッタは……否、ローズクイーンは自分達と同じ星晶獣。元々戦うために生まれた兵器であり、ヒトのように甘くは無い。敵対する者に対して、容赦なく殺す選択肢がとれる。自我があろうとも、情に流されるヒトと違い容易に冷酷と成れるのだ。

 

「上等だ……ロキ! もう一段階外せ!」

 

「ご主人様! 私も本気になるワン!」

 

「良いだろう。ここからは全力だ。僕も、フェンリルにケルベロスも……君達も。

 終幕に相応しい、冷たい殺し合いと行こうじゃないか」

 

 常であった薄ら笑いがロキから消える。

 その気配はザンクティンゼルでオルキスを見た時と同じ。陰鬱で刺々しく、世界の全てを憎んでいるようなものであった。

 星の民のチカラを解放し、ロキはフェンリルとケルベロスのリミッターを外していく。

 ロゼッタ同様、膨れていく気配はまだ理性的に戦えていた彼女達の本能を呼び覚ましていった。

 敵に爪と牙を剥く、猛犬の本能を……

 

「がっ……ぐ、るるる」

 

 漏れていく唸り声。フェンリルは両手を地に着けた。

 二脚から四脚へ……それはより早く、鋭く動くための形。

 

「んっ、う……ぅううう」

 

 不敵な笑みは完全に消え去り、ケルベロスもまた唸り声を漏らしながら両手を地に着けた。

 ココとミミは既に外され宙にふわふわと浮いている。

 

 姿勢低く、四足となった二体が前傾姿勢のまま威嚇するように遠吠えを挙げる。

 既に彼女達が言葉を発する事は無い。兵器としての意識が完全に目覚め、頭に在るのは目の前の敵を殺しつくす事だけである。

 相対していた四人を圧殺せんばかりのチカラの解放に、タワーが揺れた。

 

「全く……やれるかと思ったらすぐこれだ。場違いにも程があんだろ俺」

 

「泣き言なんて聞きたくないわよ。さっきは凄いって思ったんだから私達を見直させたままでいてよね」

 

「ゼタ、ヴィーラちゃん……ラカムと私で迎撃はして見せるわ。二人は何とかして接近戦で渡り合ってくれる? 

 隙を作りだせたらすかさず貫くから」

 

「わかりました──ゼタ、相性の悪いフェンリルは私が。貴方はケルベロスを」

 

「オーケイ……任された!」

 

 

 再び、彼等はぶつかり合う。

 互いに解放された更なるチカラ。

 戦いは激しさを増し、互いの命を削り合う死闘の領域へと突入していった。

 

 

 




如何でしたでしょうか。

ラカムの活躍、ロゼッタの活躍のために書いたお話となりました。
ロゼッタの事は色々とボカしちゃってますが、原作での事情とかちょっと把握しきれてなかったりする部分があるのでご容赦を、、、
以前にも述べていたのですが本作執筆開始は2016年の8月と、随分古い話でして。其の時点で思い描いていた作者の設定がまだ使われております。
執筆遅い作者が悪いと言えばそうなのですが、どうしても原作で新たに明かされてる部分とは違って来ることが出てきてしまうのは御理解いただきたいです。その上でできれば楽しんで欲しいです。

では、お楽しみいただければ幸いです。


追記。新しくアンケートを設置致しました。
本編完結後の描きたい話が頭の中に沢山あって迷ってます。少し参考にご意見をおきかせください

本編完結間近という事で今後の参考に。完結後読みたいと思うのは

  • 色んなキャラとのフェイトエピソード
  • 劇場版。どうして空は蒼いのか連載
  • イベント。四騎士シリーズ連載
  • 次なる舞台。ナルグランデへ、、、
  • その他(要望に応える感じ)

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