granblue fantasy その手が守るもの   作:水玉模様

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年始と言うにはアウトなタイミング。
ちょっと修正とか諸々ありまして、、、、でも更新致します。
どうぞお楽しみください。


メインシナリオ 第68幕

 

 

 

 長い戦いの最中。

 アガスティアの街はバハムートや星晶獣達の暴威に晒され、帝都と呼ばれた面影のほとんどを無くしていた。

 市民の大部分は既に避難を終えている。残るはこの島にて戦う者達がほとんどであろう。

 

 その、島に残り戦う者達の一人。組織の戦士ベアトリクスは虱潰しに回っていた最後のリヴァイアサンに止めを刺したところで、何かを感じ取り振り返る。

 

「やっと終わった──ん? なんだあれ?」

 

 少し遠くに見える暴威の龍。その名までは知らないが目につくという表現に収まる程度ではないその存在感は顕現してからと言うもの、常に彼女の全身を圧迫してくるような迫力があった。

 そんな、暴威の化身たる龍の手前に、誰かが居る。

 惹きつけられるような感覚を覚えて凝視したそれは、見覚えの無い姿でありながらどこか知っているような気がする。

 新たな敵か。それとも味方か。どちらにせよ黒く巨大な龍がまだ暴れている以上、彼女と彼女の仲間達の戦いはまだ終わらない。

 戦いの中心とも言えそうな目立つ目印に向け、ベアトリクスは足を速めて向かった。

 

 

 彼女だけではない。同様にイルザ、ユーステス、バザラガの三人もベアトリクスと同じく件の場所へと向かい始める。

 

 

 新たな現れた、奇妙な気配を感じ取って────

 

 

 

 

 

 

 

 

「────星晶獣バハムート。星の手に堕ちた空の神」

 

 真紅に変わった双眸を向け、調停者ジ・オーダーへと覚醒を果たしたセルグはバハムートと対峙する。

 その場にいる誰もが、威圧感とも安心感とも取れる様な奇妙な気配に動きを見せない。喧騒の中にあって静寂を湛えたこの場に、セルグの声は小さくもはっきりと響き渡った。

 

 

 セルグとバハムートの対峙、静寂が続いたのは僅か数秒。

 

 

 世界を揺らす様な咆哮が轟く。覚醒したセルグの気配を脅威と判断したか、バハムートは動きを止めた十天衆を捨て置きセルグへと悪意の鎌首をもたげた。

 口腔へと集う魔力。黒く禍々しいチカラが輝きを増していく。一度はセルグを殺したバハムートの全霊。大いなる破局が放たれようとしていた。

 

「あれは……まずいっ、城郭の構──」

 

「大丈夫だ、強きヒトの子よ。今度は我が防ぐ」

 

 島を落とさんとするチカラの胎動を前に、障壁を張ろうとするウーノをセルグが制する。訝しむウーノを納得させるよう、即座にセルグはその手を翳した。

 

「隔絶せよ、極彩色の結界──“プリズムヘイロー”」

 

 僅かに原色が揺らめくシャボン玉のような薄い膜がアガスティアを覆う。同時、悪意の光は放たれた。

 黒々とした光の奔流が再びアガスティアを襲う。が、その威力を発揮するどころか、防いでる音すら響かずに薄いはずの障壁が黒き奔流を防いでいた。

 隔絶。余波ですら街に及ばせないように張られたプリズムヘイローは、その頼りない見た目とは裏腹に、文字通り世界を切り取り異相へとずらす。絶望の黒光であろうとも、世界の理の中に在る以上、隔絶された世界にチカラを及ぼす事などできない。

 絶対領域を生み出す守護結界──プリズムヘイロー。世界の意思が生み出した調停者に与えられた、守りの神技である。

 

 

「なんという……力だ」

 

「ふぅ、どうやら完全に復活……と言うには少し変わりすぎてる気がするけど、もう大丈夫そうだね。

 セルグちゃんだったかな? 調子はどうだい」

 

 ウーノの驚きの声が挙がる中、シエテが笑みを浮かべて近くへと降り立つ。

 バハムートの攻撃を難なく防げた事に、僅かばかり安堵の息を漏らしながら続くように十天衆がその場へ集った。

 

 全員、疲労はもちろんの事負傷も目立つ様相であった。

 ルリアによる制御が失われ、暴走状態となったバハムートは既に制限も加減もない正に暴力の化身。

 破壊を司るに相応しい圧倒的な攻撃力と、再生を司るに相応しい生存能力。その二つを有しているのだ。彼等でなければとうの昔に堕ちていただろう。彼等であったからこそ、まだ生きていられたとも言える。

 

「強きヒトの子達よ、世界の為にその身命を擲ってくれた事、心から感謝する」

 

 プリズムヘイローの外で、バハムートが障壁を破ろうと再び動き出したのを尻目に、セルグは集った彼等へと柔らかな声を向けた。

 その言動には既に彼の面影は少ない。外見も含め、その在り方は覚醒と同時に大きく変化をしているようだ。

 

「凄く……不思議な旋律。楽譜のない音楽みたい──貴方は何?」

 

「何って……どういうことニオ? 確かに雰囲気は少し違うけどそんなに大きな違いは──」

 

「大丈夫だニオ。ちょっと変な感じだけどコイツからは悪い感じがしないぞ。滅茶苦茶強いと思うけど、敵じゃない」

 

 見た目や気配より深く、その者の魂を旋律で理解するニオはセルグの存在の不明瞭さに少しばかり恐怖を覚えた。

 対するサラーサは、勘と言うべきか感と言うべきか。彼女の全身がセルグを敵ではないと認識していた。

 ニオの懸念を払拭するようなサラーサの言葉に各々、彼女の感を信じて湧き上がる疑問に蓋をした。

 

「すまない、今は時が惜しい。問答は後に……魔道の童よ、彼らの治療をお願いする、時間は我が稼ごう。

 今一度、そなた等の力を借りたい」

 

「良いけど、すぐには終わらないよ。それにあちしは大丈夫だけど、皆は武器もボロボロで……」

 

 そう言いながらフュンフは仲間達を見やる。

 即座に淡い光が彼らを覆い、回復魔法が発動しているのは流石としか言い様がない。

 そして少女の言うとおり、バハムートとの戦いに因る代償は彼らの得物にも現れていた。

 剣拓を使うシエテや支援役のニオはともかく、直接斬り付けるサラーサやカトル、シスにオクトーは損耗などと生易しいものではない。エッセルの銃は銃身が完全に焼けついてしまっているし、ソーンの弓もバハムートの攻撃の盾替わりとした時に破損していた。そしてバハムートの攻撃を切り払い続けたウーノの槍は完全にその役目を終えているだろう。

 彼らの殆どが、戦闘能力の大半を失っていた。

 

「俺とニオとフュンフはまだ何とかなるが、他の皆はとてもじゃないが戦えないよ。

 俺達は十天衆、誇張無しにそれぞれの武器を扱う人間として最強を謳える者達だ。生半可じゃ武器の方が持たない。何か手でもあるのかい?」

 

「無論。彼の星晶獣は破壊と再生を司る神に等しき存在。世界の理の中に在ってはその再生の力を滅する事叶わず。

 例えそなた等の武器が無事であっても、滅ぼす事はできない。だが、これらならば────」

 

 セルグの手に光が集う。白く輝く光は徐々に青へ……真っ青と呼べる遥かな空の色へと変わっていく。

 集った光は十へと別れ、各々に合わせた形へと変容した。空の青を体現した十種の武器へと。

 青の槍。青の弓。青の斧。青の短剣。青の杖。青の手甲。青の長剣。青の刀。青の琴。そして青の銃。

 目を引く青の輝きに引き寄せられるように、シエテ達は各々に合わせた武器を手に取る。瞬間、全身を駆け巡る形容しがたい感覚に包まれる。

 これまでに扱ってきた属性のチカラ。武器のチカラ。それらとは全く異なる質の何かが青き武器を通して全身を巡る。

 強く成ったという感覚ではなく、何かをただ受け取った感覚に近いだろう。

 

「コスモス。それがそれらの武器に乗せられた名司だ。我の力の一端が宿っている。

 それを以て、バハムートを────くっ!?」

 

 セルグの言葉が終える前に、小さな衝撃が彼等の元へと届いた。

 反射的に目を向けた先で、プリズムヘイローを破ろうとするバハムートの攻撃が、周囲の島々にまで被害を及ぼしていた。

 

「強きヒトの子等よ、急ぎ戦う準備を整えて欲しい。そなた等の準備が整うまで、彼の星晶獣は我が食い止めよう」

 

「了解~おしゃべりの時間はなさそうだね。フュンフ、回復を頼む。整い次第、全員で今度こそあのトカゲ野郎を落とす!」

 

 シエテの言葉に声が重なる。形は違えど、音は違えどそれは了承の意を込めた返事であった。

 珍しく……本当に彼らにしては珍しく、意思と息のあった返事であった。瞬間、頭目である彼が僅かばかりに涙ぐんだのは仕方ないことかもしれない。

 

 そんな彼らをおいて、セルグは……否、ジ・オーダー・アナザーは意識の全てをバハムートへと向けた。

 バハムートの攻撃の余波で被害を受けた周囲の島々が、崩れながら空の底へと落ちていくのが目に入る。

 怒り、はもう湧いてくることは無かった。守れなかった事を嘆く悲しみこそ僅かにあるものの、それに引っ張られる事もない。既に彼の心理構造はヒトであった時とは大きくかけ離れた形を取っており、感情の機微は殊更小さいと言えよう。

 故に、プリズムヘイローを解除してバハムートの眼前まで飛翔したアナザーは平坦な声音を張り上げた。

 

「星晶獣バハムート。星の手に堕ちた空の神よ。今一度、空の世界に還られよ!」

 

 返答は振り上げられた巨大な腕であった。

 目の前にまで近寄ってくれた獲物を相手に、暴走したバハムートは魔力を込めた腕を叩きつける。

 アナザーはそれを無難に回避し再びバハムートの眼前へと躍り出る。

 

「やはり、我の声も届かないか……」

 

 “仕方あるまい、蒼の少女が内に宿したものから最大具現させた星晶獣だ。規模、能力に相違はないが真なるコアはここに在らず……あれもまた複製に過ぎん”

 

 “時間はあまりかけられない。あの破壊のチカラは、振るえば振るうほど、世界の器が壊れていく”

 

「わかっている。分身に近い我では簡単ではないが、彼等のチカラがあれば滅する事も可能なはずだ。

 まずは────大人しくなってもらう」

 

 ヴェルとリアス。二つの分身体の声に応えながら、アナザーは視界の隅に視線を向ける。

 アガスティアの地表の隅で小さく光を反射する欠片。それは嘗て、ヒトであったセルグが共に歩んできたヴェリウスと並ぶ相棒。

 星晶獣狩りの組織の中で彼を最強たらしめた、至高の一振り。その残骸……

 

「──来たれ、天ノ羽斬」

 

 折れ、砕け、その体を保てなくなった欠片達を呼び寄せる。

 星晶獣を滅する為に生まれ、星晶獣に砕かれた相棒を、今再び手にするために。

 

「絶刀天ノ羽斬よ、心意に応えその力を示せ。世界にあまねく悪意を断ち、世界を襲いし災厄祓う為。我が身に宿りて今再び転生せん」

 

 言霊が紡がれる────共鳴し光を帯びた欠片達は、アナザーの中へと取り込まれた。

 砕けた天ノ羽斬を憑代に、アナザーは創り上げる。

 自身のチカラを体現する、新たな相棒を。

 

「顕現せよ、神刀──天ノ尾羽張(アメノオハバリ)

 

 アナザーの胸より引き抜かれる新たな絶刀。幾何学的な模様を刀身に浮かべ、コスモスと呼ばれた武器と同じ青く不思議な金属でできた柄。刀身は刃を白の、峰を黒の光が模る。

 抜刀、そして解放。込められるはコスモスと同様に調停の翼である彼に宿る世界の理の外のチカラ。

 それは目の前にいる再生を司る星晶獣に唯一対抗出来得るチカラ。

 稲光を纏い、輝きを増して、今その一刀が全てを断つ。

 

 

「神刀顕来(けんらい)・天ノ尾羽張」

 

 

 放たれる光の刃はバハムートを深々と切り裂き、アガスティアの街へと叩き墜とした。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 セルグが調停の翼として覚醒を果たし、グランがポンメルンと激闘を繰り広げ始めた頃。

 タワー最下層。つまりは入ってすぐの広間では、死闘を潜り抜けた四人が身体を横たわらせていた。

 

 勝利────こそしたものの、その被害は甚大であった。

 腹部へまともに喰らった一撃、負傷したところへ追い打ちの二撃目。それらを受けながら、それでも無理をしてガンダルヴァをぶん殴ったリーシャは、口元を己の血で汚し内臓へのダメージに苦悶の表情を浮かべながら、無言で回復魔法による治療を進めていた。

 

「くっ、流石というか……なんというか。本当に強敵だったな。何度走馬灯を見たかわからないような心地だ」

 

 渇いた笑いを浮かべながらカタリナが呟く。

 意識こそ保ちこちらも微弱な回復魔法を行使しているがカタリナもまた相当に深手である。鎧越しに受けた蹴撃。鎧越しであったからこそ、砕けた鎧の破片が幾つも腹部に突き刺さり、彼女の足元に血だまりを作っていた。

 それでも、ジータも含め三人はまだ意識を保っていた。だが──

 

「ジータ、モニカ殿の状態は?」

 

「かなり……危険な状況かな。床に叩きつけられた時の内臓へのダメージ。呼吸もままならないような状態で無理して動いたものだから、そのダメージは更に深刻に」

 

 そう、今ここで一人昏睡状態にまで陥っているモニカだ。

 リーシャ同様に内臓へのダメージは勿論、ガンダルヴァに斬りつけられた外傷も多い。呼吸は浅く、虫の息に近かった。

 

「正直今の私の魔法じゃとても。せめてポーションでも無いと──」

 

「ポーションなら! 私のポーチに一つだけあります。ジータさんこれを」

 

「助かります、リーシャさん。モニカさん……失礼しますね」

 

 運よく残っていたポーションをリーシャから受け取り、ジータが横たわるモニカ抱える。

 出来るだけ体勢は変わらない様に配慮しながら、口をこじ開けポーションを流しこもうとした。

 だが。

 

「──ッ!? モニカさん」

 

 寸での所でジータの腕を止める手。

 それは意識を取り戻し、目を開けたモニカの手であった。

 

「────待って、欲しい。ジー……タ殿……」

 

「何を……何を言ってるんですか。こんな状態で待つ必要なんて!?」

 

「アイツに……ガンダル……ヴァに……」

 

 掠れた声で必死に力を振り絞って、モニカが指で示す先には死んだように横たわるガンダルヴァの姿。

 彼女達との戦いで受けた傷がある上、魔晶による反動は致命的である。ぎりぎりの所でまだ心臓が動いているに過ぎない。そんな状態であった。

 

「ガンダルヴァに……? なんでそんな事。モニカさんが優先に決まってるじゃないですか!」

 

「流石に私も同意だ。いくら秩序の騎空団とは言え、自身の身より相手の身を優先する必要は無いはずだ。

 誰であろうと死なせずに捕らえたい気持ちは分かるが今は──」

 

 モニカの言いたい事はカタリナにも理解できた。

 秩序の騎空団として、どれだけの悪行を重ねようと、正しく法の裁きを受けさせる。

 目の前で、当然のように死なせて良い命など有りはしないと……

 だが、それは彼女が死に掛けていなければの話だ。目の前に瀕死の仲間と敵がいるなら優先するのは当然ながら仲間である。

 その当然を、モニカは跳ね除けようと言うのだ。

 

「ここまで派手にやってくれたんだ……アイツには償いの為にもしっかり働いてもらわないと割に合わん。

 大丈夫だ……また反旗を翻すような事に成らない様に……今度は私とセルグで見張るからな」

 

「そんな事言ってる場合じゃないんですよ! もぅ、リーシャさん! モニカさんに何とか言ってください!」

 

 ジータの声に合わせてモニカの……カタリナの視線もまたリーシャへと向いた。

 回復魔法はそれなりに作用しているのだろう。苦悶を浮かべていた表情は少し薄れ、立ち上がり歩みを進める様は多少しっかりとしたものに変わりつつあった。

 自身に向けられるジータの視線。正に狼狽えると言った表現が正しく、焦燥に駆られ、モニカを止めてくれと言わんばかりの表情であった。

 向けられたモニカの視線。そこに込められた意思をリーシャは読み取る。口を開こうとはしなかった。ただ、変わらぬ強い意志がモニカの瞳には宿ったままであった。

 逡巡──リーシャはジータへと歩み寄ると手を差し出す。

 

「────ジータさん、そのポーションを渡してもらえますか?」

 

「リーシャさん? は、はい」

 

 リーシャがモニカへと強い視線を向ける。

 ジータはそれを自身の願いへの肯定と受け取った。自分よりもリーシャの方が説き伏せ易いだろうと素直にポーションを渡す。

 

「ありがとうございます。では、ジータさんは今すぐ上層に向かってください。

 カタリナさんも、モニカさんも、私も。既に戦える状態ではありませんが、ジータさんはまだ動けます。ここで言い争うより先に私達にはやる事があるはずです」

 

 突き放すように返された言葉に思わず目を丸くした。

 

「そんな……この状況で皆さんを放っておくなんて」

 

「いや、行ってくれジータ。こんな所で……私達のせいで、君の歩みが止まってしまうなど。戦いの状況を考えれば許容出来る事ではない」

 

「カタリナまで……」

 

 驚きに染まったジータであったが、カタリナからも声が挙がり、睨み付けるように振り返った。

 こうして会話こそできているが誰一人重傷の域を出ていない。三人が三人とも深手を負っている状態なのだ。

 状況が切迫しているとは言え、こんな状態の仲間を放っておくことなど、ジータに決意できるはずが無かった。

 

「大丈夫です。頑固なモニカさんを懐柔するのは私の仕事ですから。ちゃんと助けますよ……だから、先を急いでください」

 

「私もいる、そう心配するな……ちゃんとモニカ殿は助けて見せるさ」

 

「カタリナ……リーシャさん……」

 

 安心させる様な声音で背中を押すように語りかけてくる二人に、今度はジータが逡巡する。

 共に戦う関係とは言え、セルグとの事もありモニカはジータにとって既に仲間だ。騎空団の団員となんら変わらない、彼女にしてみれば家族同然の仲間の一人である。

 故にその命が危険な時にこの場を離れて先を急ぐなど、本来できるはずが無かった。

 だが、このアガスティアの戦いの中で彼女は一つ決意をした。

 信頼する事を────強く頼りになる仲間が、こんな所で死ぬことなど無いと強く想う事を。

 肉体を破壊され、一度は目の前で死しているはずのセルグですら、再び立ち上がるであろうと信じているのだ。今ここで信頼できる仲間達の言葉に押されて尚、首を横に振る事など彼女にはできなかった。

 例えその仲間達の言葉が嘘だとわかっていても……

 

「────わかりました。絶対、モニカさんを死なせないでくださいね。絶対に、絶対ですよ」

 

 だからジータは首を横にも縦にも振らなかった。

 彼女達の意思を汲み取り、条件だけ言い残してやったのだ。

 

「はい、絶対に大丈夫ですから……さぁ、行ってください」

 

「はい!」

 

 リーシャの声に背中を押され、ジータは強く走り出す。

 死闘を超えて尚、ジータに衰えは見られなかった。

 治療は自身で済ませた。疲労こそあるがそれ程でもない。何より、意識は完全に後ろに置いてきた仲間達を押し出して、昇っていく先の戦いへと向けられている。

 

 “すぐに追いつくから……待ってて皆”

 

 昇っていく先にもまた、彼女の仲間達は居るのだから……

 

 

 

 

 

 

 

「全く、私達は嘘が下手だな。完全にバレバレじゃないか」

 

「仕方ありませんね。立場上、私は嘘を吐けませんので」

 

 ジータが去った後、呆れたように笑うカタリナとリーシャ。

 その言葉の意味するところは、二人の先程の言葉には多分に嘘が含まれていた事を示す。

 

「……二人とも、何を?」

 

「モニカさんは少し黙っててください。全く、セルグさんと一緒で無茶ばっかり……命令を聞く身にもなってください」

 

 奇妙な雰囲気の二人に惑うモニカが口を開くも、リーシャが拗ねた様に黙らせた。

 彼女の意思を汲み取りはしたものの、にべもなく同意をしたわけではない。不満はリーシャの中で大いに燻っている。

 大体何を考えているのだろうかこの上司は。重傷も重傷、下手すれば生きているのが不思議といっても過言ではない程の負傷を負っている状態だと言うのに。その身を心配する自身やジータの意見を押し切って、戦っていた敵の命を救えと言うのだ。

 馬鹿だ、大馬鹿だ。こんな上司の部下についたら今後無茶な要望ばかり投げられるだろう。

 

「はは、上司(モニカ)の命令を聞きいれる。更に団長(ジータ)の願いも聞き入れる。両方やらなきゃいけないのが部下(リーシャ殿)の辛い所だな」

 

「ホントですね全く。それじゃカタリナさん、先に始めてもらってて良いですか。

 ────私はあっちを片付けますので」

 

「あぁ、任せてくれ」

 

 二言三言と掛け合うと、リーシャはジータから受け取ったポーションを持って横たわるガンダルヴァへと近づいていく。

 カタリナはそんなリーシャを見送りながら、モニカの外傷を一つ一つヒールで治療していった。

 

 

 

 

「──何の用だ、リーシャ。俺様は今最高に良い気分で寝ているんだ。邪魔すんじゃねえよ」

 

 ガンダルヴァのすぐ傍まで来たリーシャは、意識があるとは思っていなかったのか、声を掛けられ僅かに驚きを見せる。

 モニカよりよほど重傷であろうとも、やはり身体の頑丈さが違うのか、ガンダルヴァは思いの他はっきりと言葉を紡いでみせた。

 

「御断りです。何勝手に死ぬ気でいるんですか? 貴方には今回の騒動も合わせて罪状がたくさんあります。それを償わずに、易々と逝けると思ったら大間違いです。例え死んだとしても地獄から引っ張り出して償わせます」

 

「ハッ、厳しいこった。それじゃ何か? ここまでやった俺様をわざわざ助けようってのか。治療なんてしてみろ、その時はまた最強を求めてテメエ等に挑んでやるからよ。

 悪い事は言わねえ、俺様みたいなやつは百害あって一利無しだ。素直に死なせときな」

 

 ポーションを取り出しガンダルヴァへと差し出す……が、まるで子供の様にそっぽを向き、挑発染みた言葉を返してくる。

 瞬間、彼女の中で何かが鎌首をもたげる。

 それは怒りだった。狼狽える団長を厳しい言葉で追い払い、仕方なく上司の意思を汲み取って、痛む身体に鞭打ちながらこうして命を助けてやろうと言うのに……一体こいつは何様のつもりなのだと。

 生殺与奪。それは最も簡単な上下関係と言えよう。横たわる上司、横たわる敵。総じて、今この場で動く事ができ治療を施せる妙薬を持っている自分に彼女と彼への対応を決める権利があるはずだ。

 それを償わせるだの素直に死なせろだの。面倒にも程がある。

 

「────全く、どいつもこいつも」

 

 湧き上がった感情に身を任せ、リーシャはポーションの蓋を取るとガンダルヴァの口元へと寄せた。

 

「飲め、ガンダルヴァ! また挑んでくる? どうぞ勝手にしてください。それでも貴方には徹底的に罪を償ってもらいます──秩序の騎空団として、モニカさんの下で。

 これだけの騒動を引き起こしたんです、簡単に死ねると思うな、死なせてもらえると思うな! 

 本当に最後を迎えるその時まで、最強を目指して足掻き続けてみせろ」

 

 カッコ悪いったらありゃしない。口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 偉そうに最強だなんだとほざいておきながら、負けたらそこで諦めるのか。その最強を目指してきたこれまでをここで無為にして良いのかと、リーシャは目の前にいる人間が今回の騒動に大きく加担していたとしても、思わずにはいられなかった。

 彼は……ガンダルヴァは決して悪人ではない。そう言って差し支えないと思えたのだ。

 最強を目指す、その為の戦いを求め、その為に帝国側に居たに過ぎない。傍若無人では在るが、そもそもが武人なのだ。

 ならば、モニカの言うとおり、彼を使って今後に活かす方が良い。

 最強目指して一途な彼だ。扱い易いと言えば易いだろう。

 

「報酬は最強の称号を懸けた戦い……それを提供してやる。だから、お前には秩序の騎空団で働いてもらう。いいな!」

 

 その提案にガンダルヴァは目を丸くする。

 ただ償え……そう言われるだけだと思っていた。御大層な大義名分を説き、再び秩序の騎空団に所属していた頃のように戻れと言ってくるのだと。

 だが違う。今彼女が述べた提案は、ガンダルヴァを正しくガンダルヴァと見て、契約を提示したのだ。

 

「────ふっ、ふふふ」

 

 自然と、ガンダルヴァの口から声が漏れた。笑みが零れた。

 悪くない提案だと……素直にそう思えた。

 

「はっはっは!! 小娘が、調子に乗ってんじゃねえよ」

 

「今ここで私達に負けた負け犬が何を言うか。そういう態度は私達に勝ってからにしなさい」

 

「へっ、負け犬とは言うじゃねえか。

 良いだろう……報酬は最強の称号を懸けた戦い。俺様が望む相手を用意してもらうぜ……それで手を打ってやる」

 

 今ここに、新たな契約が成立した。

 罪人との契約など秩序の騎空団としてあるまじき行為かもしれない。正式な手続き等もなく、勝手に定められた契約に如何ほどの効力があるかもわからない。

 だがきっと、この契約は果たされる────そんな予感がした。

 

「成立ですね。さぁ、飲んでください。動けるようになったら貴方に最初の命令を下します」

 

「あ? 早速かテメエ。父親よりも人使いが荒いな」

 

「最重要任務です。よろず屋シェロカルテの所までモニカさんを抱えて搬送してください。丁重に、丁寧に扱う事。良いですね」

 

 きっぱりと、ミスは許さんと言わんばかりの口調。

 今更そんな事で目くじらを立てる様な気分ではないが、考えてみれば報酬の代わりに上司と部下の関係になる。

 詰まりは基本的に命令には絶対服従に近いと言える。

 

 

「────やれやれ、こいつは受けない方が良かったかもしれんな」

 

 

 脳裏によぎった一抹の不安は、きっと間違いの無い事だと……そんな予感がしていた。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 無機質な音が響き弾かれる剣。

 

 持ち主は老練たる剣士。その二刀はこれまで数多くの敵を屠り、切り捨ててきたはずであった。

 得物を弾かれがら空きになった胴に、小さな物体が突き刺さる。

 まるで腹話術の人形のような、少しファンシーで少し愛らしい。そんなぬいぐるみのような物体が──

 

 高速を以て剣士アレーティアの胸部を撃ち抜いた。

 

「ぐっ、ぬぅうお」

 

「アレーティアっ!? んのやろう!!」

 

 呻きと共にアレーティアが後方へと弾き飛ばされる。間髪入れずにその穴を埋めようとゼタが飛び込んだ。

 烈火一閃。アルベスの槍に炎を灯し、追撃に踏み込んできたフェンリルを迎撃する。

 

「そんなもんでどうにかなると思ってるのかよ!!」

 

 強固な氷を纏った拳がアルベスの槍に打ち付けられた。

 消える炎、それだけにとどまらず衝撃が今度はアルベスの槍を打ち上げ彼女の防御を崩す。

 

「──ハイ、ありがとね」

 

 まるで日常風景の一コマのような軽い声音で呟かれる言葉。次の瞬間、ゼタの真紅の鎧にあのぬいぐるみのような物体が二つ突き刺さる。

 

「がっ、あっぐ!?」

 

 衝撃が貫けていく。鎧越しでありながらその強さは巨大な星晶獣に勝るとも劣らない。小さく愛らしい見た目とは裏腹に凶悪の一言に尽きるその威力に、ゼタは一瞬意識を飛ばした。

 だがその程度で攻撃の手を緩める程、相手は優しくない。

 

「そうら、千切れろよぉ!!」

 

 強靭な力。純粋な腕力を以てフェンリルがゼタの四肢を千切らんと迫る。

 枷を外され、全ての制御を取り払われたフェンリルの強さは凶悪であった。

 圧倒的なまでの身体能力。攻撃力に全振りしたようなその身体が繰り出す攻撃だけでもとんでもないと言うのに、解放された彼女のチカラはそれだけに留まらなかった。

 氷柱が舞う。それはカタリナのグラキエスネイルの刃より大きく多い氷の暴力。これを縦横無尽に撃ち放ち攻撃してくるのだ。

 例えるならベルセルクに目覚めたグランの近接戦闘と、無詠唱魔法を会得したジータの魔法戦闘。その両方を備えた様な正に化物と呼べる戦闘能力を持っていた。

 接近戦ではアレーティアとゼタを軽く凌駕し、後方への攻撃では難なくイオやロゼッタ、ラカムやオイゲンを押しのけて見せる。唯一対抗できるのはシュヴァリエを纏うヴィーラ位だが、それもここまでに幾度となく使用した反動で限界に近い。

 

「ゼタ! くっ、シュヴァリエ!!」

 

 ゼタの危機にシュヴァリエのプライマルビットが躍る。

 制御は完全にシュヴァリエに任せている為、正確無比な光線の射撃がフェンリルを狙い、あえなくフェンリルは後退。

 

「クッ……ごめんヴィーラ、助かった」

 

「大きく踏み込んではいけません。チカラの強さでは完全に負けています……どうにか早さと技術で隙を作らない──ッ!?」

 

 気配を感じてヴィーラはイージスマージのみを起動。撃ち出されていたぬいぐるみの片割れ、“ココ”を防いだ。

 

「私達を放っておしゃべりは……いけないワン」

 

 戦闘が始まってから一度も変わっていない、不敵な笑みがそこにはあった。

 フェンリルとて十分に脅威である。が、まだ直接的に相対するだけマシであった。

 星晶獣ケルベロス。星晶獣であるが故彼女と呼んでいいのかは微妙であるが、彼女もまた途轍もない強さを持っていた。

 両の手に嵌めた“ココ”と“ミミ”。彼女の攻撃手段はこれらを撃ち出すだけの非常に単純な攻撃だ。

 フェンリルの様に多くの数を放つわけでも、彼女自身が接近して攻撃してくるわけでもない。一貫して、攻撃の手段はココ&ミミに因る突撃のみ。

 しかしその威力、早さ、そして何よりココとミミがそれぞれ意思を持っており無軌道に動く事ができると言う事実がその脅威度を格段に引き上げる。

 威力は先程のアレーティアやゼタが受けた攻撃を見ればわかるだろう。早さもまた、銃弾とはいかないものの目で追えるような早さではない。魔法を放ち迎撃などできる様な速度ではなかった。そして、軌道。正面に居ようが隙を見せた瞬間には横合いから頭部を撃ち抜かれている可能性すらある。ココとミミは、魔力で軌道を操れる銃弾のようなものなのだ。

 動きを止めて改めて対峙する二つの星晶獣。二人の頬を冷や汗が伝った。

 

 

「お二人さん……どうだ、まだやれるか?」

 

「ラカム?」

 

「ラカムさん?」

 

 そんな二人の緊張を和らげるように、煙草を吹かした操舵士は軽い口調で問いかけると前に躍り出た。

 背後には、既に昏倒させられた仲間達が横たわっている。

 イオ、オイゲン、つい先程、アレーティアも加わった。

 戦況は既に、圧倒的不利に傾いているはずである。それでも、ケルベロスに負けじと返す彼の不敵な笑みはどこか頼れる気配がしていた。

 

「ちょっとぉ、私は蚊帳の外かしら? さすがに忘れてもらっちゃ困るんだけど?」

 

 更にロゼッタも並び立つ。今この場に立っているのは何とか攻撃を防ぐ、躱す、迎撃する事が出来たこの四人だけ。

 

「悪い悪いロゼッタ。別に忘れちゃいなかったぜ、なんたって俺は操舵士だからな」

 

「どうだかね。とりあえず……ゼタ、ヴィーラちゃんも、ここからは私も前に出るわ」

 

「ちょっと、何言ってんのよ。ロゼッタ、接近戦をやるタイプじゃないでしょ!」

 

「流石に無謀が過ぎませんか? いくらシュヴァリエでもそう何度は──」

 

「あら、誰が誰を守る気でいるのかしら? 枷を掛けているのは何もあの子だけじゃないのよ」

 

 妖艶に笑みを深めるロゼッタ。

 ゾクリと総毛立つような気配だった。気配の変化でもない、魔力の昂りとも違う。あえて言うなら存在感の肥大。それが起こるだけの事情というものを知ってはいるが、改めてそれをゼタとヴィーラに感じさせた。

 そしてもう一人……

 

 

「さぁて、逆転といこうぜ。

 ケルベロスへの対応は全部俺がやる。三人はフェンリルに集中してくれ」

 

 

 極限の集中状態が一目でわかるほどに研ぎ澄まされた気配。

 

 ニヒルな笑みを浮かべながらも鋭くケルベロスを睨み付ける、頼れる操舵士の姿がそこにはあった。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

やるやる詐欺じゃないよ、、、、書き上げてたけど書き直してたんだよ。
ということで、遅れてしまってごめんなさい。
話も全然進んでない。ごめんなさい
でも次回は結構描き上がってるからすぐあげられると思います。
古戦場近いのがちょっとキツイけど頑張るのでお待ちください。

それでは。お楽しみいただければ幸いです。
感想、どうぞお願いしますm(*_ _)m

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