「ここがイワヤマトンネルかあ。」
「ピカピー」
ハナダシティを通り過ぎ、トレーナーと戦いつつ九番道路を進むと、大きく切り立った山が見えてきた。
オツキミ山のように観光できるような雰囲気は無く、来る者を拒むように攻撃的で刺々しい雰囲気を醸し出していた。
イワヤマトンネルにもポケモンセンターが敷設されていたが、人はほとんどおらず、到着したのが夕方というのもあってさらにその不気味さを増しているように感じた。
入口もトンネルというよりただ単に崩したら空間があった、と言った方が正しいと思えるほどに雑で、今にも形が変わってしまいそうな程に脆く崩れ落ちそうにも思えた。
夕陽によって刺々しく切り立つイワヤマは真っ黒な影が落ち、シルエットのみしか見えない巨大な怪物のように見える。
「夜に入るのはちょっと嫌だね・・・ポケモンセンターで一泊しよう。」
「ピッカー」
同意したのか溜息なのか。
意味合いとしてはどっちもとれるような態度だったが、サトシの心労も拭われたわけでは無い。
不安を煽るような環境で進むのは好ましくないというのもあるが、単純に進む気になれなかった。
夕暮れの橙色に染まるポケモンセンターのドアを押し開き、閑散とした室内をさっと見渡したが、いつぞやのおじさんのような変わった人もおらず、ふうと一息ついた後にカウンターに足を運び、傷ついたポケモン達を癒すべくボールを預けた。
外で感じていた不気味な雰囲気が嘘のように消え去るほどの、ある意味能天気ではないかとも思える空間。
無機質な白い電灯が万遍なく照らされた室内では、いままで考えていたことがすべて夢の中の出来事ではないかと錯覚する。
紛れも無い現実なのだと頭ではわかっているが、今はその虚構に少しでも埋もれたいと思える。
並んでいるイスは十人ほど腰かけられるスペースがあるが、今は誰も座っていない。
サトシはそれでも遠慮がちに、一番端っこに座ると ふう と一息ついた。
「クチバシティを出て休まずここまできたけど・・・さすがに疲れたな。」
距離としてはそこまででもない。
しかし、九番道路も例に漏れず多くのトレーナーが待ち構えていた。
さすがにトレーナーも強力になってきており、そろそろサンドとクラブのみでは辛くなってきている。
とはいえ、新しくポケモンを捕獲するのにも若干の抵抗がある。
今サトシの元にいるポケモン達はサトシの事を信頼してくれているだろうし、今後その考えが変わるとも思えない。
もし変わるとしたら、それはもうサトシが取り返しのつかない状態になった時だろう。
成り行きだったとはいえ、サトシの歩む道は非常に危険だ。
バトルの度に危険にさらされるし、命も脅かされる。
そもそもドーピングされたポケモンのバトルに、普通のポケモン達が挑まされているのだからそれも当然ではある。
これ以上、通常のポケモン達を裏のバトルに巻き込んでもいいものか――――
「どちらにしても、今のままだと普通のバトルも勝ち進むことが難しくなる。選択肢は多い方がいいし。」
裏のバトルに出すかどうかは別として、手数は多い方が良い。
イワヤマトンネルで何匹かポケモンを見繕ってみよう。
サトシがそう結論付けると同時にカウンターからポケモン回復完了の呼び出しがあり、いつの間にか俯いていた顔を上げて、愛すべき仲間たちを受け取りに、笑顔あふれる看護婦さんの元へ歩いていった。
その日は特にすることも無かったので、早い時間に宿泊施設へ入り、そのまま眠りに落ちた。
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次の日の早朝。
たっぷりと睡眠時間をとったため固くなった身体を伸ばしつつ、サトシはポケモンセンターから外へ出た。
山に囲まれた場所なだけあって空気は割と綺麗だ。
天気も良く、雲一つ無い青空がイワヤマに切り取られ、獣の牙のようにトゲトゲしい姿になっている。
気持ちのいい気候ではあるのだが、その姿がまるでサトシに噛みつこうとしている怪物のようで、少しだけ不安になる。
まあそれも、隣にいる黄色い怪物に比べてたら大したことはないのだが。
ちらりとピカチュウの横顔を見つつそう思う。
少し口を緩ませ、口角を上げる。
悩み事はたくさんある。
だけど、進むしかない。止まることは許されない。
なにより自分を信頼してくれているポケモン達の為にも。
よし、と気合を入れて、不気味に口を開けるイワヤマトンネルへ足を進めるサトシだった。
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「うっわ暗い。」
イワヤマトンネル。
その名の通り岩山の中に出来た天然の洞窟。
しかしオツキミ山のように光はほとんど入ってこないため、中はほぼ暗闇。
少しだけ入る光によって壁の位置くらいはなんとか見えるが、一寸先は闇という言葉が物理的に当てはまるほどに何も見えない。
入口から入る光に照らされた部分だけが存在しているかのように、そのほかは何がどこにあるのか全くと言っていいほどわからない。
通りで人が少ないハズだ。
こんな暗闇では歩くことすらままならない。
懐中電灯を持っていたとしても、調子に乗って歩いていると壁に激突してしまいそうだ。
道を照らすことができる技もあるらしいが、ここまで来てしまったらそんな情報も無いようなものだ。
「懐中電灯と――――ピカチュウがいればなんとかなるか。」
「ピカピー」
懐中電灯で進路はなんとなく照らせる。
ピカチュウの自然放電で周囲もぼんやり照らせる。
とにかく抜けることだけ考えれば、困ることは無いだろう。
サトシは懐中電灯のスイッチを入れ、意を決して暗闇の中へ足を踏み出した。