ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第八十二話 ピカチュウ対ライチュウ、開戦。

 ライチュウにとって、ポケモンバトルとは非常にどうでもよい事象であった。

 

 十年以上に渡ってマチスの傍におり、共に戦場を駆け巡っていた時代。

 その時はこのような平和な日常の中に身を置くことなど考えてもみなかった。

 

 自分の居場所はここであると、戦場の中でしか自分の存在価値はないのだと、そう心から思っていた。

 

 

 それ故に自分の体質を活かした戦術を身に着け、如何にして戦いの場で生き残れるか、ということに焦点をあてて、それを極めるために生きてきた。

 

 

 

 ――――だが、戦いは終わった。

 

 

 本来、終戦というものは喜ぶべきものだ。

 戦場にいた他のポケモンも、そのトレーナーも軍人仲間も、例外なく喜び、手を取り合って酒を飲み、平和を分かち合っていた。

 

 勿論、理解はできる。

 戦いはお互いを傷つけ、殺し、争い、奪い、そして失うものだ。

 そこに利点も美点も何もない。

 強者が弱者を虐げる。当然何等かの政治的な観点だったり歴史的は背景があったりもするが、戦うだけの駒となっていたライチュウにとっては関係の無い事象であったし、それについて考察する余裕も無かった。

 

 戦いが終結することでその無意味な奪い合いは終わり、形式だけなのかもしれないが、お互いに争うことは無くなった。

 喜ばしいことだ。

 非情に、喜ばしい。

 これで、戦うことは無くなる。

 

 

 

 

 ――――――戦わないとは、どういうことなのか。

 

 

 

 

 ライチュウにはそれがわからない。

 気付いた時には戦場にいた。

 戦いの道具として最初からいたのか、元々は愛玩されていたのか、それすら曖昧になっていた。

 

 他のポケモン達は、平和を喜んでいるように思う。

 では、何故自分は、素直に喜べないのだろうか。

 

 

 

 

 

 ライチュウと共に戦い抜いたマチスという生粋の軍人。

 彼は良くも悪くも、軍人すぎた。

 

 厳しい戦場を駆け抜けるためだけのパートナー。そうとしか見ていない。

 当然愛情もあっただろう、愛着もあるだろう、ライチュウの死ぬときは自分の死ぬときだと心から思い、信頼もしていただろう。

 

 

 だが、それを表に出すことは無い。

 その影響で、ライチュウは愛情というものを全くと言っていいほど知らない状態だった。

 

 感情の欠如。

 幸せとか、平和とか、恋とか、友達とか、とにかくそういったハッピーになれる要素というものが悉く理解できない。

 

 

 

 では、自分にとって「幸福」とは何か。

 考える時間はたっぷりとあり、結論に至ることも容易なことだった。

 

 

 

 

 

 自分にとっての幸福は、戦いの中にしか無い。

 

 

 

 

 

 そう、結論づけた。

 

 普通の人が聞けば、なんて悲しい性なのかと言うだろう。

 どこまでも報われない生き方だなと言うだろう。

 それは幸福ではなく、絶望だよと言うだろう。

 

 

 だが、いくら何を言われたところで、説得されたところで、ライチュウの結論は変わる事無く、微塵も揺らぐことは無い。

 

 

 

 こうなった自分を作り上げたマチスを恨むだろうか。

 ――――それは無い。なにせその生き方しか知らない。

 

 では、そう生きざるを得なかった時代を恨むだろうか。

 ――――それも無い。そうするしかなかったのだから。

 

 

 

 

 知らないことは幸せだ。

 そして、一度身についた習慣は、後から身に着けた知識では変わることなく。

 ライチュウは戦いを、より厳しく、激しい戦いを望むようになる。

 

 

 

 

 

 しかし、ライチュウの望みが叶うことは無かった。

 

 

 

 

 平和な世界に争いは不要だ。

 ポケモンバトルを争いと呼ぶ人がいるとすれば、ライチュウは一笑に付すだろう。

 あんなものは、戦いですらない。

 多少強いポケモンが居たとしても、それはただの技のぶつけ合いだ。

 

 心技体すべてを織り込んで、お互いの在り方を死ぬまでぶつけ合う。

 それが限りなく同じレベルで展開されるからこそ、戦いなのだ。

 そうでなければただの虐殺か、弱い者いじめか。

 そう思えるほどには、ライチュウは強すぎた。

 

 

 いくらドーピングしたポケモンが相手だろうと、当たらなければどうということは無いし、弱点の無いポケモンなど存在しない。

 

 生き物なら関節や眼球は弱いだろう。

 岩のような相手でも、あらゆる衝撃に耐えられるわけではない。

 勝負は短期間で決着をつける必要性はない。心理戦もお手の物だ。

 

 

 

 ライチュウと同等に戦える存在が、ライチュウの戦える範囲ではいなかった。

 

 そして、考えることを止めた。

 

 

 

 自分はマチスのために存在する。

 マチスの命令に従い続ける。それで、良い。そう生きることに納得すればいい。

 

 

 軍人という考えに染められたライチュウであるからこそ、自分の感情を抑制することにも抵抗はない。

 そうして、数年の時が流れる。

 何も変わらない。変われない。だが、それでいいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――だが、現れてしまった。

 

 

 

 

 そして、タイミングにも恵まれてしまった。

 

 ライチュウの役目は、ピカチュウを止めること。

 

 

 倒してしまっても、問題は無い。

 

 

 

 マチスの命令違反にはならない。

 

 

 

 こじつけだろう。無理やりだろう。だが、そこまでしても、ライチュウは戦いに、骨肉の戦いを望んでいたのだ。

 

 

 アルコール中毒者が、目の前に冷えたビールを出されて我慢できるだろうか。

 

 ライチュウに「戦う」以外の選択肢はもはや消え去っていた。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 ピカチュウとライチュウが対峙する。

 

 

 

 そこには何も障害はない。

 木々がざわざわと風に揺れ、それにつれて木漏れ日が二体のポケモンに少しだけ注ぐのみ。

 

 ピカチュウにとっても、ライチュウにとっても、望む展開だ。

 

 

 

 お互いに挑戦者。望みは、相手を打倒すことのみ。

 

 

 

 

 黄色い巨体のポケモンと、橙色の尻尾が長いポケモンは、お互いに視線を交わし、戦いの同意を確認する。

 

 

 

 

 そして、ほぼ同時に動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ピカチュウはその身体を全力で使い、地面に足跡を強く残しながらライチュウに向けて疾走する。

 

 高速移動は使っていないが、その初速から異常ともいえる速さを叩き出し、自分の三割ほどの大きさの相手を攻めたてる。

 

 

 

 対してライチュウは、軽く足馴らし程度に跳躍したかと思うと、ピカチュウの突進を直前で身体を翻して回避する。

 

 本来ではありえない、空中での体重移動。

 ライチュウはそれを、尻尾から発する強大な電力と、重心移動によって成し遂げていた。

 

 一歩間違えれば肉塊と成り果てる攻防。

 

 まさに命を賭して身に着けたライチュウの技術であり、誰にも真似できない奥義でもある。

 

 そのまま身体を反転させたライチュウは、膨大に溜め込んだ電気を纏った尻尾を、ピカチュウに叩き付ける。

 

 最初こそ直撃したその攻撃だが、ピカチュウとて一度見た攻撃を何度ももらう程馬鹿ではない。

 難なく腕でガードし、勢いを殺す。

 

 

 

 ―――直後、ピカチュウの身体が上下反転し、地面に叩き付けられた。

 

 

 何が起きたか、と頭に疑問符が浮かんだが、ガードした左手にライチュウの尻尾が巻き付いている。

 

 

 ライチュウは叩きつけたと同時に尻尾を腕に巻きつかせ、ピカチュウの勢いをそのまま活かして足を払い、柔道よろしくピカチュウを頭から地面に叩き付けたのだ。

 

 ピカチュウが剛であればライチュウは柔。

 一撃の威力もさることながら、ライチュウは格闘術というものも身に着けていた。

 当然手足の短さから人間のするような格闘はできないが、理論は応用できる。

 

 つまり、尻尾。

 その長い尻尾を利用することで、ライチュウは近接格闘においても高い戦闘能力を誇る。

 

 

 

 

 

 ピカチュウを地面に叩き付け、尻尾を離し、即座に後ろに飛ぶ。

 

 その後すぐに、ピカチュウの尻尾がライチュウの居た空間を通過する。

 

 

 

 

 再度距離の開いた二体の間。

 

 ライチュウはニヤリと笑みをこぼし、ピカチュウはむくりと起き上り、より威圧感を高めている。

 

 

 

 

 ピカチュウ対ライチュウの戦いは、さらにヒートアップする。

 

 

 

 

 

 

 

 


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