ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第七十八話 マチスのライチュウ

 ビー という無機質な電子音が鳴り響き、ピカチュウは安全地帯から森の中へと姿を消した。

 森の中に数メートルも踏み込めば、すでに視界は四方すべて木々で埋め尽くされる。

 恐れ知らずとも思われるこの二メートル四十センチの巨体の持ち主は、果たして恐怖を感じたのであろうか。

 当然それは本人にしかわからない。

 だが、身体に震えは無く、その足取りはしっかりとしたものだった。

 自棄になっているのではない。しっかりと進む反面、安易に音を立てないように地面を優しく踏みしめ、紙か風船かと思える軽い所作で森の中を進んでいく。

 当然ながら音をいくら立てずとも、その姿は目が覚めるような蛍光色。

 一瞬でも視界に入れば、認識されるだろう。

 

 

 それはお互いにいえることではあるのだが。

 

 

 相手はライチュウ。

 その実物の姿はまだ一度も見たことはない。

 ライチュウはその名前から想像できるとおり、ピカチュウの進化形。

 当然、その身体に纏った色も暖色であるオレンジ色だ。

 

 姿かたちもかわいいねずみポケモンだ。

 本来の姿は、だが。

 

 果たしてドーピングした姿はそれ通りの姿をしているのだろうか。

 それとも、元の姿からは到底想像もできないような化け物に成り果てているのだろうか。

 

 

 それも考えられる。

 なにせマチスのことだ。この森に適正のあるように迷彩柄にでもなっているかもしれない。

 そうなれば発見は難しい。

 ピカチュウが一方的に不利な戦いになってしまう。

 

 

 

 

 ピカチュウがそこまで考えていたかは不明だが、ピカチュウ自身はなるべく身を隠すように進むことを選択したようだ。

 思った以上に慎重だ。

 それとも、動物の本能であろうか。

 森の中で戦う、という状況がピカチュウにそう動くことを強いているのか。

 

 

 その状態のまま十数分が経過する。

 ピカチュウの慎重な行動は、確かに無駄にはならなかった。

 無駄にはならなかったのだが、有効でもなかったことが、この後すぐに明らかとなる。

 

 

 

 

 小さくガサガサと音をたてながら草むらをいくピカチュウ。

 ゆっくり進んでいるとはいえ、十分にマチスの方向には来ているはず。

 にも関わらず、相手の気配を欠片も感じないというのは、些か不気味ではあるまいか。

 

 

 ピカチュウをもってすら、若干不信に思い始めたその時―――――

 

 

 

 

 

 

「ピピカ!?」

 

 

 

 

 

 気配を感じ取る。

 前方にはいない、後方へ振り返れどいない。

 

 間違いなく近くに存在はしている。

 ピカチュウが気配を感じて集中していたら、今まで暗かった森の周辺が、太陽に照らされたかのように明るくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ドーーーーォォォォォン――――

 

 

 

 爆音。

 何かが爆ぜて散った音がした。

 

 この状況で爆発音がしたとしたら、可能性は一つしかない。

 

 

 

「ラーーーイ」

 

「ピッピカ」

 

 

 ピカチュウの頭上。

 太い木の太い枝を撓らせて、何かがこちらを見下ろしている。

 

 間違いない。

 今の攻撃は、その陰が放った電撃攻撃。

 

 ピカチュウが一瞬早く察知して回避したため、ダメージはないが、地面は深くえぐられ、その攻撃力の高さを物語っている。

 

 

 ピカチュウがその陰を正確に認識する前に、枝に乗っていた生き物はすぐさま飛び降り、音も無く着地し、止まることなく攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 

 咄嗟のことで、ピカチュウも若干反応が遅れる。

 まだ相手の姿を完璧に認識していない状態では、どれくらいの距離で、高さで、方法で戦えばいいか判断がつかない。

 

 森の暗さもあるが、撃っては逃げ、叩いては避けを繰り返す攻撃方法に、ピカチュウも困惑していた。

 

 

 

 

「ピッピカ」

 

 

 

 だんだんその戦い方に嫌気がさしてきたのか、ピカチュウは照準を定めないままに、全方位に電撃を発した。

 攻撃が目的ではなく、相手の姿を明らかにするために。

 

 恐らくライチュウと思われる、その姿を把握し、打ち取るための攻撃手段を見定めるために。

 

 

 二度目の爆発音が鳴り響き、周囲を万遍なく光が照らす。

 一秒にも満たない光の奔流ではあったが、今まで不鮮明だった生き物の正体を判別せしめるだけの効果はあった。

 

 狙い通りにその姿を確認したピカチュウも、望み通りの結果が得られたことに満足したようだ。

 

 

 だが、結果が得られたことで新たに疑問が生まれる。

 

 

 本当に、合っているのだろうかと。

 自分の見た姿が、本当に今戦うべき相手だったのかどうかと。

 

 

 この戦いにおけるピカチュウの目的は、ライチュウの打倒だ。

 それが目下一番の難敵であり、強敵のハズ。

 故にライチュウさえ下せば、サトシの勝利となる。

 それはわかる。その行動にも目的にも文句は無いし、ピカチュウもその役割を受け持つからこそ今まで戦い、勝ち抜いてきたのだ。

 

 どの相手も強力だった。紙一重の勝利ばかり。ドーピングを用いたバトルはここまで苛烈で熾烈になるものかとヒヤヒヤしたものだ。

 

 

 

 

 今、ピカチュウの目の前にはライチュウがいた。

 どこからどう見てもライチュウだ。

 

 だが、その姿は明らかに、通常のライチュウだった。

 違いがあるとすれば、極端に傷だらけ。それも最近についた傷ではなく、古傷。

 ポケモンセンターで気軽に治せる最近ではなく、そんな施設ができる遥か前に傷を負い、自然治癒した負傷の痕跡。

 

 その傷跡を、全身に纏っている。

 身体も、顔も、腕も、足も。

 不思議と痛々しいという感想は抱かない。

 傷の一つ一つが強さの証。

 とてつもない生存本能の結果。あらゆる困難を乗り越え、今に至るまでの戦場においての名誉の勲章。

 

 

 まさに歴戦の兵、という表現が相応しい姿だった。

 

 

 

 ただ、それだけでは説明がつかない。

 確かに強いだろう、難関だろう。だが、このピカチュウ相手に、ドーピング無しの通常のポケモンで挑む意図が一体どこにあるというのか。

 

 

 

 身長は三倍近く離れ、体躯も大人と子供程も差がある。

 この情景だけ見るならば、ライチュウの進化形がピカチュウだと言われても、ああそうなのか、と納得しかけてしまいそうになる。

 

 拍子抜け、と言ってしまうのはライチュウに対して失礼ではあるが、ピカチュウは自身の進化形であるライチュウと骨肉のバトルが展開できると期待していたこともあるのか、少しだけ戦意を失ってしまった。

 

 

 

 そう、失ってしまったのだ。

 

 

 

 

 隙―――感情の上下からくる、空気のズレ。

 本来であれば気付けるハズの無い、ピカチュウの一瞬の隙。

 戦闘に慣れすぎたライチュウであり、且つ同系統のポケモンであるからこそ気付けたその隙は、ライチュウにとって十分な時間であった。

 

 

 

 膨大に電気を溜めこんだライチュウの尻尾がピカチュウの左頬に叩き込まれ、三度目の爆発音と共にピカチュウの巨体が右側に強烈な勢いで吹き飛ばされ、太く強く育った木を三本ブチ折り、地面に転がって草叢に頭から突っ込んだ。

 

 

 木がまとまって折れたことで少しだけ森に切れ目が出来、ピカチュウを光が照らす。

 

 草叢からガサガサと音を立てて起き上ったピカチュウは、頬をさすりつつ尻尾を叩き込んでくれた相手を見るが、そのまま待ってくれる程余裕のある相手ではなかったようだ。

 ピカチュウのように雷型の尻尾ではあるが、その形は先端のみに集中しており、その特徴的な尻尾は、黒く細長い。

 身体の倍近く長いその尻尾の先端は、一目でわかるほどに、超高電圧の電気が溜まっており、空気放電しながらさらにその威力を高めている。

 

 

 

 

 ――――ライチュウは、ピカチュウに比べてより膨大な電力を頬袋に溜めることができる。

 溜めこんだ電力に応じてその身体能力を高め、気力も上がる。

 特性として、特徴的な尻尾は空気中の微小な電気を集めることができる。

 

 

 マチスのライチュウは、その特性が異常発達していた。

 資源が極端に少ない戦場に長い間いた為か。

 

 戦場において電気は万能に近い。

 電気ポケモンは便利なようだが、反面、発電量が体力に比例する電気ポケモンは、体力の回復がほとんど見込めない戦場においては扱いが難しい。

 

 しかし、その中でマチスのライチュウは、自己の特性を最大限利用することを覚えた。

 

 電力の維持のためにあるこの尻尾の能力を、攻撃手段として活かす方法を覚えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 ライチュウは間違いなくドーピングの恩恵を受けていない。

 だが、戦場で学んだ戦闘の勘と、戦い慣れ、という点において、他のどんなポケモンよりも経験値が高く、また負けることも無い。

 

 

 カントーで生まれ育ったレッドとは異なる、ノーマルポケモンが裏の世界で戦えているレアな事例。

 それがマチスという軍人が唯一信頼し、また生涯のパートナーとして認めているポケモンの正体。

 

 

「マチスのライチュウ」は、どのような障害をもってしても防ぐことが出来ない、優れた軍人なのだ。

 

 

 




ライチュウさんカッケエ・・・

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