ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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あれ?こんな展開だっけ?

まあいいや(キリッ


第八話 裏の住人

 鬱蒼と茂った木々。日の光を遮り、適度にじめっとした空間は虫ポケモンの温床となっている。

 トキワの森。高レベルのポケモンもおらず、絶好の虫ポケモン採集スポット。

 

 サトシにとっては別段感慨深い場所でもないのだがーーー

 

 

「ピカチュウの故郷だね」

 

「ピカー」

 

 

 そう、オーキド博士が世界で始めてピカチュウを発見した場所。

 

 ・・・世界で初めて?

 

 

「ピカチュウって今何歳?」

 

「ピカー?」

 

 触れない方がよさそうだ。

 

 

 足を踏み入れると視界いっぱいに広がる緑色。

 しかし迷うほどの大森林ではなく、虫採りの少年が頻繁にくるくらいには獣道になっているようだ。

 ポケモンバトルはピカチュウがいればまったく問題ない。

 ただ、ここでおじさんの言葉を思い出す。

 

 

『普通のポケモンも捕まえながらいくのじゃよ』

 

 

「虫ポケモン、捕まえてみようか。ピカチュウ、野生のポケモンがでてきたら少しだけダメージを与えるんだ。少しだけだよ?少しね?」

 

「ピカー」

 

 表情を少しも変えることなく、いつもの笑顔で答えるピカチュウ。

 うん!わかったのかわからないのかわからない!

 

 一抹の不安を覚えながら、サトシとピカチュウは足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 なんだろう、この焦燥感。

 呼吸をすることさえ億劫になりそうなほど重い空気。

 木漏れ日を感じているにもかかわらず、肌を這う汗は熱によるものではなく、

 冷や汗によるものだ。

 一刻も早くその場から立ち去りたいという気持ちがありつつ、

 いまだその空間にとどまっているのには当然理由がある。

 

 

「こんな、ことって」

 

 

 まだ冒険が始まって間もない。

 手こずるはずのない序盤戦。ましてや、サトシの手にあるポケモンはドーピングにドーピングを重ねた違法なポケモン。

 その異様な姿を見るだけでも、野生のポケモンだろうとトレーナーだろうと遠ざかっていくのではと、意味もなく確信してしまうほど。

 

 しかし今現在、その考えは根底から覆されている。

 サトシの目の前に立っているのは、

 

 

 

「俺だって、虫取りばっかりしてるわけじゃないんだぜ?」

 

 

 

 傍らにポケモンを携え、ニンマリと嫌な笑みを浮かべる虫取りの少年がいた。

 体の一部を返り血に染め、体の各所を膨張・肥大化させた異質な姿をした、キャタピーを隣に据えて。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「見る人が見ればわかるのだよ、そのピカチュウは。」

 

 そんなことをサカキさんは言っていた。

 

「一般人から見たら、ただ異常なのだなと思うだけ。しかし同業者にはわかる。こいつは知っているのだと。」

 

 

 

 

 サカキさんの言葉を思い出す。

 こういうことなのか、と。

 

 まさかいるはずがない。

 こんなところに、こんな森の中に。

 思えば何の根拠もない、ただの妄想で想像の類でしかない。

 すでにトキワシティで話を聴いているのだ。

 トキワの森で裏のトレーナーがいない根拠などどこにもない。

 迂闊、ではあったが、サトシは心の中でピカチュウがいれば大丈夫と安心していた。

 

 圧倒的な攻撃力、体格、膂力、スピード。

 普通のポケモントレーナーが目にしたら最強に見えるその姿。

 事実、トキワジムのエリートトレーナーなど相手にならなかった。

 しかしそれは表向きのバトルとして。

 裏のバトルに精通したポケモントレーナーが相手だとして、そのピカチュウはいかほどのものなのだろうか。

 スピードは、攻撃力は、体力は、精神力は、勝っているのだろうか。

 その比較対象をサトシはもたない。

 唯一ある対象といえば、映像の中で見た、レッドが繰り出すポケモンに圧倒されていた数匹のポケモンにすぎない。

 

 

 そのことを今になって思い出し、反省しているのはほかでもない。

 現在、たった今、その考えを改めて反芻せざるを得ない状況に陥っている。

 

 虫取り少年の繰り出すキャタピーとの最初の衝突で手傷を負わされたピカチュウを見ながら苦い顔をするサトシが思うことである。

 

 

「こんなはずがない、って顔してんな。あんた。」

 

 

 サトシは声の発生元に目を向ける。

 

 

「裏のバトルの経験はそう深くないと見えるぜ。俺のキャタピーは強いだろ?」

 

 

 キャタピーと、その口は確かにそういった。

 緑色の体にくりっとした大きい目、Y字の形をした赤い触覚をもつ芋虫型のポケモン。一部毛嫌いする人もいるが、基本的にはかわいい部類にはいるポケモンだ。

 

 

「その愛くるしいポケモンが、この姿なんて・・・」

 

「あんたは何もわかっていないね。」

 

 

 スポーツ刈りの頭に麦わら帽子をあらためて深々とかぶり、手に持つ虫取り網の先をこちらへ向ける。

 

 

「あんたのポケモンに一撃を加えた俺のポケモンを見ての感想を言う機会をあげよう。」

 

「感想・・・って言っても」

 

 

 異形。そうとしか表現できない。

 数十センチの本来の姿からは比べるべくもない。

 四メートルに及ぼうというその姿はもはや原型など存在しない。

 頭と思わしき部分に本来のキャタピーの顔らしきものが存在するが、

 その双眸の片方は大きく肥大し、どこを見つめているかわからない真っ黒な瞳がそこにある。

 反面、片方の瞳はその役割を終えたかのように真っ白になり、虚ろを見ているようだ。

 長大になった赤い触覚も、かわいらしかった特徴からかけ離れて禍々しい姿を演出している。

 

 頭部はまだ本来の形が見て取れるようにも思えるが、胴体については言うまでもなく、芋虫としての威厳などもはや存在しない。

 胴回り一メートルを超えるような緑色の塊。それが連なっているだけならまだしも、その左右に筋肉にも似た何かがでこぼこと存在し、異質な形を作るのに一役買っている。

 その胴体には血走るように膨れた血管があり、虫かどうかも怪しくなっている。

 頭とは反対側―――尻尾と呼べばいいのだろうか。

 そこには金属の玉かと見まごう光を放つ球状のものが合計3つ。

 目に見えぬ速さでそれらを突き出す攻撃に、ピカチュウも先手をうたれ傷を負わされた。

 

 慎重になっているのか、命令を待っているのか、お互いのポケモンはまだ動く気配はない。

 

 

 

 そんなことを考え、発する言葉に窮していると、その空気を堪能したかのように気分のよさそうな抑揚で虫取り少年は話し始めた。

 

 

「発する言葉がない程、とみるね。」

 

「・・・」

 

「そうともさ。この姿を見て、こう思うだろう。『美しい』と!」

 

 

 驚愕で、目を大きく開く。何を言っているのかと思うが、

 何かを口に出す暇を与えず、虫取り少年は次々と言葉を紡ぎ出す。

 

 

「なんという美しい姿だろう。虫という範疇を超えたこの姿。暴力的なまでの力。何十匹、何百匹と虫ポケモンを捕まえ、観察してきた俺だからこそ言えるこの美。数えきれない程に虫ポケモンを強化してきたが、ここまでの美しさを誇ったポケモンはこいつだけだ。あまりに美しすぎて他の虫どもは殺してしまったよ。艶めかしい瞳にムチムチと張り裂けそうな魅力的な体、つやつやとしていつまでも愛でたいと思わせる尻尾!どこからどうみても俺に興奮を覚えさせる!このつやつやムチムチボディから繰り出される暴力によって相手を粉々に粉砕し、その血で染まった体躯を見る度に鼻血が出てよだれを垂れ流すほどに美しい!ああ、キャタピー!俺のキャタピー!!キャタキャタピキャタキャタキャキャキャキャキキキキー!!!!!」

 

 

 

 サトシを恐怖が支配していた。

 愛と呼ぶにはもはや歪すぎる。

 宗教じみたその偏愛にサトシは二の句も告げずに押し黙る。

 怖い。初めて触れた裏の世界の住人に対し抱いた感情がそれだった。

 

 恐怖に震えるサトシはその場から動けない。

 その姿を甘美なるキャタピーの姿に対する震えだと判断し、満足した笑みで虫取り少年は次の行動を起こす。

 

 

「さて、この美しい俺のキャタピーを相手にして死ねるんだからさぞ満足だろう?さっきの続きをしようじゃないか。」

 

 何も言えない。なにもできない。

 それほどの衝撃を、少年は味わっていた。

 裏の世界に挑む覚悟ができたなどと、どの口が言えたものだろうか。

 覚悟なんて言葉をそう簡単に口にしていいものではないなと、ふと思ったサトシだった。

 

 

「じゃあさっさと、死にな。」

 

 

 暴力が迫る。

 いやにゆっくりと世界が流れる。

 三つの球体が高速でサトシの頭をめがけ、飛んでくる。

 あれがあたったら即死だろうな、痛いのは嫌だな、なんて考えが浮かぶ。

 目を閉じ、その瞬間が来るのを待つ。目を閉じると今までの思い出が次々と浮かぶ。

 

 

 

 そんな走馬灯じみた時間が、随分と長く続く。

 

 時間にして数秒。

 そう対して長くない時間ではあったが、サトシにとっては数分にも思える時間。

 おかしいと頭で思ったときにゆっくりとその眼を開く。

 そこに映っていたのは、血を滴らせた手で迫ってきた球体を握りつぶす黄色い巨躯だった。

 

 


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