ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第六十六話 狂うということ

 聞き間違いだろうか。

 

 聞き間違いであると信じたい。

 

 だって、そんなことは、許されるものではない。

 いや、ポケモンも生き物であるのだから、それを食べるというのは別に不思議なことではないのだと、そう考えられなくもないのだが、いやそれは確かにそうなのだが、倫理的に許されるものなのだろうか。ポケモンを食べると罰せられる法律など存在しただろうか、いやいや――――

 

 

「ふふふ、驚いたかね?」

 

 

 放心して、考え事をしていたサトシが顔を上げる。

 徐々に夕陽差し込んできた室内に、会長の微笑んだ顔がオレンジ色に染まり、浮かび上がる。

 

 

「―――――どういう、ことですか。」

 

 

 なんとか言葉を捻り出し、疑問を口にする。

 これ以外の訊き方が思いつかなかったので、一番素直で、直接的な訊き方になってしまったのは、サトシが動揺し、混乱しているからだろう。

 

 

「別に、不思議なことじゃあるまいて。サトシ君も、食事は好きじゃろう。ああ、クチバシティにはおいしい海産物が豊富にあるのう。確かにあれは美味じゃな。しかし、サトシ君。ポケモンが食卓に並んだことはないかね?―――そんなことあるわけないという顔じゃな。いいかいサトシ君。ポケモンを食べる、ということは禁止されておらん。カントーでこそ珍しいが、海外では珍味として楽しまれることがよくあるそうじゃ。」

 

「ポケモンを・・・食べる?そんな・・・」

 

「何を不思議がることがあるのかね。ポケモンは可愛い。その見た目は非常に愛らしい。愛でるにはちょうどいい、生き物であるといえる。しかしだ。生き物である以上食べることはできる。ふふ、サトシ君。想像してみたまえ。鳥ポケモンが生きたまま捌かれると、どういう鳴き声を出すのか。魚ポケモンはどうかな。大型のポケモンはなかなかにしんどい。不味いポケモンも多いが、反面美味なものも当然おる。その過程と結果、両方楽しむ。わしがポケモンを好きな理由はそこだ。命を感じる瞬間。失われ、わしの身体の一部となる。それがわしの喜び。愛し、慈しみ、手をかけて育てたポケモンを、自分の一部とする。ああ、幸せだ。なんという幸せ。幸福。一度サトシ君も食べてみたまえ。先ほどのサンド、おいしそうじゃったな。ふふふ。砂が多いのでよく洗わなければ食べられないが。さっぱりして歯ごたえのある肉じゃな。野菜と一緒にサラダにすると良いのう。ふふふ。」

 

 

 頭がおかしくなる。

 この老人は何を言っているのか。

 

 食事としてポケモンが出てくる。

 ああ、確かに、そんな習慣があったとしてもおかしくはない。

 何かの尻尾が珍味だとか、そんな話を聞いたことがあるような気もする。

 

 しかし、目の前の、笑顔の老人はなんと言ったか。

 生きたまま捌くと、そう言ったのか。

 

 

 

 今まで感じていた違和感の正体が、ようやく判明した。

 

 この部屋には、食器棚があるにもかかわらず、キッチンが無い。

 

 

 奥の部屋がキッチンなのだ。

 恐らくは、そこで、命を刈り取り、調理しているのだろう。

 なんということだ。

 先ほど一生懸命撫でていたオニスズメも、そのうちこの老人の胃袋の中に納まるのであろうか。

 

 無意味にポケモンを虐殺するロケット団はまぎれもない悪だ。

 しかし、この人間は、果たして悪なのか。

 ポケモンは可愛がるもの、という共通認識は確かに存在するが、かといって食べてはいけないなどという決まりは無い。

 野生に生きている生き物である以上、どう生きようが、どう死のうが、誰にも関係はないのだ。

 

 

 狂気。

 見ようによっては、タダの珍味好きのグルメと言えなくもないが、サトシにとってはまぎれもない狂気に染まった人物だ。

 

 血に染まる自分のポケモンを想像し、吐き気を感じるサトシ。

 口を押さえ、それでも目はポケモン大好きクラブの会長を睨みつける。

 

 

「おや、裏の人間であれば理解してもらえると思ったんじゃがな。まあ、それも仕方無いことじゃな。他人に理解できない好みを具現化するのが、このクラブなのじゃから。」

 

「どういうこと――――・・・あ、つまり・・・」

 

「気づいたかね?別にわしだけじゃない。ポケモンを食べることが好きな人間は、多いとは言わないまでもそれなりに数はおる。しかし、このクラブはそれだけではないさ。」

 

 

 

 一体、これ以上何を聞かされるというのだろうか。

 一刻も早くこの場から去りたいという気持ちもあるが、不思議とその先を聞くまで帰れない、という気分になっている。

 

 それがなんなのか、サトシにはまだわからない。

 慣れ始め、そして求め始めていることに。

 裏の世界、闇の世界を知りたがっている。興味を持ち、惹かれ、求め始めているのだ。

 狂気そのものへの渇望が、サトシを徐々に浸食していっている。

 

 

 それを感じとったかとらないか。

 老獪な会長は変わらない笑みを浮かべつつ、続きを述べる。

 

 

「たとえば、このクラブにいる人間についていくつか紹介しようじゃないか。皆、とてもとても個性的で、且つ理解しがたい嗜好を持つ人間ばかりだよ。ふふ。サトシ君には、理解できるかな?わしは到底、理解し難いね。それがまた面白いのではあるのだがね。ふふふ。ああ、すまない。久しぶりに若者と会話したものでのう。ついつい長話になってしまう。もう年だのう。」

 

 

 エヘン、と咳払いをすると、老人は狂気に染まった人々について説明し始めた。

 それを、口を押えつつ黙って聞くサトシ。ピカチュウも、何をするでもなくサトシの後ろに立ち、見守っている。

 

 

「ある男は、年はいくつじゃったかな。たしか四十を回っていたかと思うが。その男はのう。ポケモンを性的対象として見ておってな。しかし、ポケモンの生殖行為はそう知られておらんし、どんな種類であろうとも卵から孵るらしい。人間と性行為に及ぶなど考えられん。それでも行為に及びたい男は、ポケモンを人間のようにできないか、という相談をわしにしてきたのじゃ。おもしろい男じゃろう?人間のようになる薬が存在する、という話は聞いたことがあったのでな。喜んで裏の世界へ飛び込んでいったわ。」

 

 

 サトシは黙って聞く。

 老人は止まる様子もなく、次々と話を続ける。

 

 

「ある娘がおってな。若い娘じゃった。二十にも及んでない、若い娘。その子がわしのところへ来て、何を言ったと思う?ふふふ、人間というのはおもしろい。こうまで多くの嗜好を持っておるのかとわし自身も驚愕したわい。その娘はな。自分のポケモンと合体したいというのじゃ。冗談でなく、本気で言っておった。最初はこの娘も、ポケモンとセックスがしたいのじゃと、そう思ったのじゃがな。違うんじゃよこれが。ふふふ。融合したいのじゃと。ポケモンと一体化したいと、そういうのじゃ。さすがのわしも人間をどうこうする勇気はなかったのでな。そういう研究をしている組織があると話をしたんじゃ。藁をも掴む勢いで紹介してくれと縋ってきたのを覚えておる。」

 

「あとは、ああ、両手足を捥いで、自分の元から離れないようにしたいという者がおったり、変わったものだと、ポケモンに食べられたいなんてのもあったのう。」

 

 

 

 呼吸と鼓動が早まる。

 血が巡り、体温が上昇する。

 あってはならない。しかし、まぎれもなく存在する異常さと狂気。

 決して表には出てこないであろう、それらの人々。

 しかし、嫌々ではなく、彼ら彼女らは望んでいるのだ。

 狂気を、自分が異常だと知りながら、渇望するのだ。

 

 日常を過ごしていながら感じる自分の異常さ。

 考えて、考えて、たどり着いた先の狂気は、決して誰にも理解されず、自分の精神を蝕み続ける。

 

 それを解決してくれる場所がある。

 救いを求められる場所が存在する。

 そこに飛び込むことを、誰が否定できようか。

 どうやって狂気を拒否すればよいのか。

 

 この老人は、受け入れているだけなのだ。

 自分の異常性を、他者の狂気を。

 

 

 ポケモン大好きクラブ。

 確かに、その名前に嘘偽りはない。

 

 

 間違っているとすれば、存在そのもの。在り方。

 そして、狂気を持って生まれるという事象を許した、神様が間違えているのだ。

 

 

 

 外は完全に夕方になり、太陽は光り輝く白色から闇の訪れを告げるオレンジ色に変化し、間もなくその光も消え失せ、町は人工の光で溢れる。

 

 

 

 

 サトシはここにきて初めて、果たして狂っているという現象は悪なのだろうかと疑問を抱くことになった。

 

 




14歳が抱くには重過ぎる疑問。

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