ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第五十三話 決着と、理不尽な感情

「そのピカチュウ、ホントいい子ね。よく避けるわ。」

 

 

 褒められてるのかどうなのか。

 微妙に判断がつかない発言に、サトシの表情も微妙な顔つきになる。

 

 今の攻防が始まって三分程度は経過しただろうか。

 依然として戦況は変わらず、固定砲台スターミーは切れ目なくピカチュウに向けてスピードスターとバブル光線を射出し続けている。

 

 ピカチュウも高速移動でうまく回避している。

 スピードスターがある所為で電撃による強行突破ができないのが痛いところだ。

 立ち止まることも出来ずに逃げ回る。

 バブル光線とスピードスターによって足場が次々と破壊され、ヒビと瓦礫を伝って水が浸食し、足元を濡らす。

 

 結果的に踏み込む力加減の調整が困難になり、ピカチュウの回避力にも影響を与えつつある。

 

 

 多少余裕があるように見えていたピカチュウの回避にも次第に陰りが見え始める。

 スターミーの猛攻に対処しているだけで賞賛に値する動きではあるのだが、こと勝利に結びつくかは話が別だ。

 しかし、それを勝利に結びつけるのがサトシの役目であり、その準備もできた。

 

 作戦開始だ。

 

 

 

「サンド!『すなかけ』!」

「サンドーー!!」

 

 

 サンドの手元から砂が舞い上がる。

 相手の命中率を下げる技。

 シンプルだが非常に有用な技ではある。しかし、援護としてサトシのそばにいるサンドが放つ砂かけは、二十メートル以上離れているスターミーの元には到底届くはずもない。

 

 掛け声虚しく、戦っているピカチュウの手前でパラパラと舞うのが関の山。

 

 

 ――――――――本来その程度でしかない砂かけだが、この時ばかりは違った。

 

 サトシの足元からサンドがばら蒔いた砂かけは、津波かと思う程の、大量に生み出された砂の山だった。

 

 

 大量に巻き上げられた砂は圧巻の迫力ではあった。

 しかし、それは単なる大量の砂。

 スターミーの元へ届かせるにはあと一歩足りない。

 

 が、その一歩を埋めることこそがこの作戦の神髄なのだ。

 

 

「スピアー!」

「スピーーー!!!」

 

 

 スピアーが飛び上がり、その大きな翅を素早く羽ばたかせ風を起こす。

 

 その行動は先ほどのショーで逃げる際に見せた合体技。

 だが、その規模は段違いだった。

 

 

 一度砂を巻き上げ、対象に向けて散らしたものとは違い、今回は事前に大量の砂を掻き集め、まとめてばら撒いた。

 

 まさしく砂塵の竜巻。

 スピアー一体で引き起こした風など大したものではない。

 しかしそれに対して巻き上げた砂が大量であるため、それがそのまま空中で飛散することもなく、しっかりと指向性をもってスターミーの元へ襲い掛かる。

 

 

 予想外の砂塵ではあったが、歴戦の強者であるスターミーには何の問題も無い。

 多少視界が悪くなる程度。

 そもそも砂が入り込む目を持ち合わせていない。

 紅く輝く宝石のような物が、スターミーにとっての目なのだ。

 

 サンドとスピアーが巻き起こした砂の嵐は、視界を悪化させるだけにとどまった。

 この程度問題になるはずが――――

 

 

「駄目よスターミー!一度下がって!!!」

 

 

 カスミの声が響きわたる。

 

 

 しかし手遅れ。

 スターミーの目の前には、コイキングを構えたピカチュウが、スピードスターのみになった弾幕を弾きながら急接近してきた。

 

 

 スターミーの思考が止まる。

 何故ピカチュウが迫ってきているのか。

 そしてすぐに気づく。

 

 間断なく生み出し続けていたはずの泡が、砂が混ざりこんですぐに割れてしまっていることに。

 

 故に、ピカチュウはスピードスターのみを防げばよい。

 そしてスピードスターを防ぐ方法は、先ほど確立したばかりだ。

 

 悪くなった視界も影響し、固定砲台の元へ筋肉の塊の接近を許してしまった。

 

 十万ボルトは打ち消される、スピードで回避もできない。

 スターミーの選択肢は一つ一つ掻き消え、唯一残された選択肢は――――

 

 

『じこさ―――――』

 

 

 食らう前から回復を始めようとするスターミー。

 そんなものは関係ないとばかりに、コイキングという超剛体を振りかざし、スターミーに叩き付ける。

 

 ついに武器としてデビューしたコイキング。

 こういう使われ方をされるとは思っていないだろうが、硬いものには硬いものをぶち当てるのが有効な手段。

 

 その結果、スターミーの紅い水晶体にヒビが入る。

 

 振り下ろしたコイキングを手放し、そのままの勢いでピカチュウが拳を振り上げる。

 

 

 ヒビ状に線が入った赤い視界で、スターミーが目の前の巨体を見つめる。

 もはや自己再生も間に合わない。

 バブル光線も砂の所為ですぐに割れてしまう。

 であれば、自分にできることは―――

 

 

 一瞬で危機を察したピカチュウは、振り上げた拳と、もう片方の腕を目の前に十字に構え、身を緊張させた。

 

 その身体は直後に強い衝撃を受け、勢いが止まる。

 

 さらに空気の爆ぜる音が聞こえ、周囲を光が埋め尽くす。

 

 

 

 威力は落ちるが、一発だけとっさに撃ち出したスピードスター。

 この判断が一瞬でできたのも、スターミーが歴戦を戦い抜いてきたからであろう。

 当然無視できる威力ではなく、ピカチュウもガードせざるを得なかった。

 

 さらに、同タイプとはいえ効かないわけではない電撃。

 牽制としては申し分ない威力の十万ボルトを発する。

 

 一撃こそ与えたにしろ、サトシの作戦は失敗に終わった。

 

 

 

 かのように見えた――――

 

 

 

「いっけええええええええうおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 サトシの叫び声が聞こえた。

 

 

 それと同時に、スターミーの視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 時間は少し戻り、砂を巻き上げてフィールドを砂が埋め尽くした頃。

 

 ピカチュウがコイキングを抱え、スターミーに突っ込んでいくのを確認し、サトシは作戦の最終段階に入る。

 

 

「クラブ、『かいりき』」

「クラーブ!」

 

「サンド。頼んだよ!」

「サ、サンドー!」

 

 決死の覚悟で挑む作戦の決め手。

 それは―――

 

 

「いっけえええええええ!!!!」

 

 

 声と同時に、クラブの二つのはさみに挟まれたサンドが、怪力によってものすごいスピードでスターミーに向かって投げつけられた。

 

 

 スピードスターはピカチュウが防いだ。

 バブル光線も砂で封じた。

 残る攻撃手段は十万ボルトのみ。

 

 その十万ボルトを防ぎつつ、スターミーの動きを封じるには。

 

 

 電撃の効果がない、じめんタイプのサンドが突貫すればいい。

 

 

 

 まるくなった身体は投合するには都合がいい。

 加えてクラブのかいりきによってドーピングポケモンさながらの速さで投げられたサンドは、スターミーの電撃を打ち消しつつ、スターミーの赤い水晶体にへばりついた。

 

 

 

 

 再度、スターミーの思考が止まる。

 先ほどの比ではない。

 何も見えないのだ。

 相手が確認できないのでは行動も起こせない。

 何かが視界を覆っているのだとしても、スピードスターもバブル光線も空中に生み出して射出するため、ここまで接近されてしまうとその効果の及ぶところではない。

 加えて十万ボルトを発しているにも関わらず視界が晴れることがない。

 

 混乱が混乱を呼ぶ。

 

 当然、その混乱も長く続くことはなく、強い衝撃によって思考ごと吹き飛ぶことになる。

 

 

 攻撃できないことを悟ったピカチュウは、スターミーの星形の身体の端っこをその凶悪な握力で握りしめ、床に振り下ろして叩き付けた。

 振り下ろしたときの遠心力でサンドはカスミの方に猛スピードで吹っ飛んでいき、小さなカスミの悲鳴が聞こえると同時に後ろの壁にぶつかったが、まるくなるで防御力があがっていたため、もそもそと痛がる程度で済んだようだ。

 

 床に叩き付けられたスターミーの上にマウントポジションをとるピカチュウ。

 そのまま連続して赤い水晶体を殴りつける。

 

 

「スターーミーーー!!!!」

 

 

 

 カスミの悲痛な叫びを無視するかのように、ピカチュウは頑丈な拳で何度も何度もスターミーを打ち付ける。

 

 水晶のヒビも徐々に増加し、紅く煌々と輝いていた水晶はだんだんと光を失い、もうすぐその光を失いそうだった。

 

 

 

「もうやめて!私の負けよ!!」

 

「ピカチュウ!もういい!ピカチュウ!!」

 

 

 

 

 二つのトレーナーの声が重なる。

 

 

 その声を聴いて、ようやくピカチュウの手が止まり、若干不満げな様子を残しながら立ち上がり、スターミーを見下ろした。

 

 

 命だけはつないだのか、スターミーの光はまだ失われてはいない。

 カスミが駆け寄り、スターミーに抱き着いてきずぐすりを与える。

 

 それをサトシは不思議な気持ちで眺めていた。

 

 

 ヒトデマンも、ニョロボンも、倒されたときは動揺することがなかったカスミであったが、スターミーについてはまるで自分のことのように必死になっている。

 自分のポケモンに対してすら非情であったカスミ。

 

 それがスターミーにのみ向けている愛情のようなもの。

 

 なにか理不尽なものを感じざるを得なかった。

 

 

 そして、表面だけを見ず、そういった人間の裏面を自然と意識してしまっていることに、サトシ自信はまだ気づいていない。

 

 

 またしてもモヤモヤした気持ちを残しつつ、ハナダシティジムリーダー戦は幕を閉じた。

 

 




カスミ戦終了。
長かった。

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