ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第五十二話 防戦

 ガガガガガガ!!

 

 

 重機で掘削しているような破壊音を撒き散らす。

 これがまさかスピードスターという技だと、人目見ただけでは誰も信じないだろう。

 

 ガトリング砲のように当たった部分を粉々に破壊しながら射線を変え、高速移動を用いて紙一重で交わし続けるピカチュウを追う。

 

 

「防戦一方じゃないか・・・。」

 

 

 カスミの自信が理解できた。

 確かに、カスミのスターミーは圧倒的な強さを誇っている。

 

 ただの固定砲台ならまだしも、動くし、回復する。

 

 こんなのがいる城壁に攻め入ろうものなら数秒で部隊は全滅だ。

 あのピカチュウでさえ攻撃のタイミングがつかめない。

 

 立ち止まることもできなければ、近づくこともできない。

 本来であればジリ貧な展開。ピカチュウの体力が尽きるのを待ち、とどめを刺されるのが定石。

 

 

 

 しかし、この場にいるのはピカチュウだけではない。

 サトシには、信頼できる四体の仲間が同じ場所に同席している。

 

 何もピカチュウだけでスターミーと戦うことはない。

 卑怯でもなんでもない。カスミが許可したことだ。

 

 ただ、あのスピードスターの爆撃を防げるポケモンがサトシの手元にいるわけも―――――

 

 

「・・・いた。でてこいーーー!!!!!」

 

 

 大声で叫ぶサトシ。

 あえて名前を言わなかったのはカスミに悟らせないためではあるが、果たしてその声は本人に届くのであろうか。

 

 

 

 

 ザッパーン

 

 

 

 

 飛沫と共に現れたのは紅い身体。

 スターミーの弾幕とピカチュウの間に身を翻し、表情を変えること無くその破壊の雨を一身に受ける。

 その姿をコイキングだと認識したトレーナー二人―――――

 

 

「でたーーーーー!!!!」

「はああーーーー!?!?」

 

 

 サトシとカスミが同時に叫ぶ。

 

 出てきてくれるか半信半疑だったサトシだったが、きちんとサトシの指示に従ってくれたことに歓喜の声を上げる。

 反面、自分の自慢のポケモンが放つ破壊の雨をカキンカキンと跳ね返し続けるコイの王様を見て、意味不明だと言わんばかりに悲鳴を上げるカスミ。

 

 サトシはここで初めて、コイキングを買ったピカチュウの判断に感謝した。

 いや、最大の感謝ではない。あくまでゼロだったものがほんの少し上がっただけではあるのだが。

 

 ただ出てきただけでここまで評価が変わるポケモンも珍しい。

 しかし、ただ出てきただけではあるが、ピカチュウ対スターミーのバトルの戦況を大きく変えた。

 

 

 コイキングの尾ひれを鷲掴みにし、盾にしながら全力疾走でスターミーに駆け寄るピカチュウ。

 赤と黄色の綺麗な軌跡を残しながらスピードスターを弾いて移動する謎の物体。

 

 

 これを見た時、サトシは思った。

 

 このバトルは普通じゃない。まともに戦おうと思ったら負ける!

 

 

 緊迫した空気が一転してシュルレアリスムに包まれた瞬間だった。

 

 

 

 見た目はどうあれ、当のポケモン達は大真面目だ。

 

 あっという間に数メートルの位置まで接近するピカチュウ。

 もう間もなく物理攻撃の射程圏内に入る。

 

 ―――!!!!

 

 

 ピカチュウがコイキングを放り投げ、自分も瞬間的に身をかがめる。

 

 その上を、高速回転する泡が耳を掠めるほどの距離で通過していった。

 

 止まったピカチュウを再度スピードスターが襲い、再度距離を離すピカチュウ。

 

 

 攻める切っ掛けは作れた。

 しかし、それだけだ。

 サトシも唇を噛み、苦い顔をする。

 

 

「バブル光線・・・」

 

「あら?当然覚えているわ。わかってたクセに。ふふ。」

 

 

 すっかりドSモードになったカスミ。

 その表情も、有利な状況も相まってとっても嬉しそうな顔をしている。

 

 

 

 ともあれ、これでスターミーも技が出そろった。

 自己再生、十万ボルト、スピードスター、バブル光線。

 

 電気、ノーマル、水。

 タイプもバラバラ、技もバランスよく遠距離構成をしているだけに、かなり攻め辛い。

 

 物理攻撃こそコイキングで弾けるようだが、バブル光線はやはり特殊なのだろう。

 もしも大丈夫であったとしても、実験するわけにもいかない。

 それでコイキングごとピカチュウも消滅してしまったらそれこそ取り返しがつかない。

 コイキングはあくまでスピードスター対策として用いるのが正しいと言える。

 

 

「・・・ん?」

 

 

 ここでふと気づいたことがある。

 

 確かにサトシは攻めあぐねている。

 しかし、カスミはどうなのか。

 

 実質、すべての技に対して対抗手段ができてしまった。

 本当の意味で拮抗した状態となってしまったのだが、カスミの余裕は消える様子もない。

 ピカチュウも、スターミーも、先手で攻撃する方法が無くなってしまった。

 

 サトシが困った顔をしていると、カスミも答える。

 バトルだけでなく、言葉でも攻めようというカスミの思惑ではあるが、サトシにとっては最初から最後まで絶望ばかりなので今更絶望的な何かを突き付けられてもあまり変わらないというのがサトシの考えだった。

 

 

「ふふ、サトシ。あなたって本当におもしろいわ。こんなにも刺激的で、力が拮抗したバトルをするのは初めてだもの。もっと、もっといい顔をして頂戴!」

 

 

 カスミが話し終わると、スターミーの攻撃が再開する。

 星が浮かびはじめ、またスピードスターかと思ったが、今度は様子が違った。

 

 

「泡も浮いてない?」

 

 

 同時攻撃。

 バブル光線とスピードスター。

 

 全く別種の破壊力を誇る二つの攻撃を、同時に繰り出すことができるようだ。

 カスミは一体どこまでその才能を発揮させるというのか。

 つくづく、その才能を全うなポケモントレーナーとして活かすことができなかったのかと思ってしまう。

 

 もはや手遅れではあるのだが。

 カスミの過去に何があったのか。

 姉を殺してまでジムリーダーになったのは何故なのか。

 そんな考えがぐるぐるとサトシの脳内を蹂躙するが、今はバトルの真っ最中。

 どうにか端に追いやって、作戦を考える。

 

 スピードスターとバブル光線を同時に放ってくる。

 もはや防御不可能な破壊兵器となってしまったその技の妙技に、サトシは舌を巻いた。

 コイキングも使えず、ピカチュウは再度高速移動を駆使して回避に専念する。

 

 

「なんとかこの状況を打破するには・・・」

 

 

 もはや戦い方にこだわっていては勝てない。

 汚い手でもなんでも使っていかなければ―――――

 

 

「ん?汚い手、ね・・・」

 

 

 とても気が進まないが、一つだけ思いついてしまった。

 しかし、気が進まない。本当に気が進まないが。

 

 

「そうも言ってられないか。」

 

 

 こういう状況にしたカスミが悪い。そう思うことにして、サトシは作戦執行のために準備を始める。

 ピカチュウにはもうしばらく時間を稼いでもらおう。

 そして、待機していた三匹のポケモンに対して指示をする。

 

 

「これでよし・・・。あとはピカチュウがどれだけ持ってくれるか。」

 

 

 相変わらずパッと見は平気で回避しているように見える。

 実際はどれも紙一重で、一発でも当たれば致命傷になりかねない威力なのだが。

 

 ピカチュウなら。

 ピカチュウであれば安心して見ていられる。

 

 

 サトシはまだ気づいていない。

 いや、気づいているのかもしれないが、考えることを放棄した問題。

 

 

 ピカチュウが失われたら、自分はどうなるのか、ということ。

 

 

 数度経験した命のやりとり。

 当然サトシに恐怖を植え付け、状況判断能力を強化してきた。

 

 しかしその反面、命そのものに対する価値が、下がってきていた。

 拒否感を覚えつつも、サトシは生物の生死に慣れつつある。

 結果、ピカチュウの死というものをうまく想像できずにいた。

 

 命について考慮する時間が圧倒的に少ない。

 十四歳という若さで、死についてなどという哲学的なものを考慮しろなどと無理難題にも程があるが、それでもサトシは考えるべきだった。

 

 

 今回のバトルを切り抜けたとしても、必ずついてまわる死という概念。

 サトシそのものに対しても、ピカチュウに対しても、他のポケモン達に対しても。

 

 裏のバトルはそれらすべてを奪いかねない。

 そして、奪われ、失った時のことを考えておかなければならない。

 

 サトシがそれを本気で考えるのはいつのことだろうか。

 それはもしかしたら、ピカチュウが離れた時であるかもしれない。

 

 知ってはいても、後回しにしている。

 楽な方へ、楽な方へと傾くのは人間の節理であり真理でもある。

 サトシも例外でなく、長引けば長引くほどに、心の闇を深くしていく。

 

 

 

 




サトシ、リーダー2戦目にして危険域。

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