「えっ?」
耳を疑う。
何か現状発する言葉としては、非常に納得しがたいものだった気がする。
「だから、バトルよ。バトル。最終戦、まだだったでしょ?」
「それはまあ・・・」
事実としては確かにその通りではある。
しかし、先ほど行われるはずだった最終戦は、カスミ本人によって取り消されたのだ。
その結果、あのような暴動となってキャンセルした本人に襲い掛かったわけで。
「わかってるわよ。言いたいことは。私の自業自得だっていうんでしょ。」
どうやら頭が悪いわけではないらしい。
「確かに自意識過剰だったわ。それについてはなにも言わない。救い出してくれたことにお礼もする。でも、バトルは必要なの。」
言っていることがよくわからない。
しかし、別に戦闘狂というわけでもなさそうだ。
なにより、先ほどのショーにおけるカスミの姿と、今の目の前のカスミの姿がどうしても結びつかない。
ショーにおけるカスミは、『超絶サディスティック』の名に恥じない振る舞いだった。
いや、恥じてほしいのだが、それにしても違いすぎる。
サトシが言葉に窮していると、カスミはサトシの目をしっかりと見つめて、こう言った。
「とにかく、戦って。私はサトシを完膚なきまでに叩き潰すわ。持っているポケモンは―――五体ね。全部使っていいわよ。同時にね。」
「え、ぜ、全部!?五対五ってこと!??」
カスミが首を振る。
「いいえ。私は一体。はっきり言って、負ける気がしないわ。あなたのピカチュウも大したものよ。それは認めてあげる。でも、それでも。私のスターミーには及ばない。」
「それにしたって!」
「完膚無きまでに叩きのめすって言ったでしょ?私はあなたに二回負けているのよ?これくらいのハンデで勝たないと、私は私を許せない。」
先ほどの笑顔とは違う、苦い顔をしてカスミが唇を噛む。
カスミは、常に上にいなければ納得できない。
ジムリーダーになる前も、なった後も、自分のフィールドにおいて本気のバトルで負けたことなど無かった。
それが自分の価値であり、証明なのだ。
故に、負けは許されない。
妥協すらも、カスミには許されない。
完全に、完膚なきまでに、再起不能に打ちのめさなければならない。
カスミとは、そういう人間になってしまった。
「バトルをやる理由が・・・」
「公式戦扱いにするわ。この場所は、公式戦用だもの。もちろん勝てばバッジもあげる。・・・望むならショーの賞品も。」
サトシの目的は、バッジを得ること。
であれば、五対一で戦えるこの状況はチャンス以外の何物でもない。
しかも望めば・・・その・・・・うん。
「・・・わかった。」
ニコリと笑顔になるカスミ。サトシは複雑な心境ではあったが、バトルをすることには同意した。
「さあ、始めるわよ。回復する時間くらいはあげる。」
サトシは無言で頷き、戦うための立ち位置に移動をし始めた。
―――――――――――――――――――
部屋の反対側。
ちょうどカスミと対照の位置に立ったサトシは、自分のポケモンを外に出す。
四つの赤い光が、ポケモンを形作る。
クラブ、スピアー、サンド、そしてコイキング。
三体はノーマルポケモン。
さすがに正面には立たせられない。うまくサポートに回ってもらう。
もう自分のポケモンを失うのはゴメンだ。
三体とも緊張の面持ちだ。
相手が水・エスパータイプだということもあり、弱点であるスピアーとサンドは必死といえるだろう。
そして――
「コイキング。どうしようか。」
「ココココッコッコッココココ」
出したはいいものの、使い方に困るポケモンも珍しい。
現状盾としてしか利用価値の無いものとして扱ってはいるが―――
「あ、でも水場なら・・・」
ここは人工的とはいえ、水場が要所要所に設置されている。
当然カスミに有利になる環境ではあるが、それは水ポケモンであればこちらにも有利に働く。
床の上でバタバタと跳ねているコイキングを、グイッと押して水に入れてみる。
「ココココ『バシャーン』」
「・・・お!なかなか速い気がする。」
当然といえば当然ではあるが、魚らしくスイスイと泳ぐ。
それすら信じられなかったサトシもサトシではあるが。
「コイキングは隙を見て水中からアタックかな・・・とりあえず固いからほっといても大丈夫そうだし。」
完全に放置宣言するサトシ。
別に不満もないのか、コイキングは久しぶりの水中を喜んでいるのか、スイスイと泳ぎ続けている。
クラブとスピアーとサンドにも指示を与えたいところだが、いかんせんスターミーの情報が無さすぎる。
精々、おそらくバブル光線は覚えているのではなかろうかという曖昧な想像のみだ。
下手なことをしてバブル光線で消し飛ぶくらいなら、最初はピカチュウに任せて様子を見ていた方がいいだろう。
「いいかしら?さっさと始めるわよ!」
時間も無いようだ。
やるしかない。
カスミの正面に立つ。
中央に土台があり、その周囲は水で覆われている。
他にも要所要所島のように土台が存在しており、水場を囲んでいる部分を含めて面積的には半々くらいだろうか。
他に遮蔽物や障害物が無いのは、正面から打ち合い、相手を叩きのめすカスミの性格が現されているように思える。
サトシの周囲をクラブ、スピアー、サンドが囲む。
コイキングはすでに水の中だ。どこにいるかは、サトシにもわからない。
「ピカチュウ、気を付けて。」
「ピカー」
いつも通りのニッコリ顔で答え、中央の土台へと足を進める。
「いきなさい!スターミー!!」
「フゥン!」
星型の身体が前後に二つくっついたような体型。
中心に赤い宝石がはめられているような幾何学的な不思議な造形。
「・・・?」
確かにスターミーだ。
スターミーにしか見えない。
「ノーマル・・・?」
カスミの出したスターミーには、ドーピングによる身体構造の変化がほとんど見当たらない。
よくよく見ると、少しだけ尖ってたり、大きくなってたりするような気もするが、パッと見はほぼノーマルと言っていい。
「驚いたかしら?スターミーの外見は芸術だわ!それを崩すなんてとんでもない。でも、見た目で侮ったら細切れになって海の藻屑よ!」
トコトン、カスミの技量には恐れ入る。
しっかりとドーピングはしている。
しかし、身体的な変化はほとんど発生していない。
どうコントロールしているのかはわからないが、恐らく何かコツがあるのだろう。
身体的な変化をそのままにドーピングしているトレーナーは邪道だという。
美しい造形を保ってこそ、実力あるトレーナー。つまり、カスミ自身だと言っているのだ。
「自意識過剰もそこまでいくと、尊敬しちゃうよ。」
サトシは苦笑いで、カスミを見つめる。
派手さは無い。
しかし、戦闘力だけでなく、見た目にもこだわる。
やはり、カスミは天才だと言える。
すべてにおいて上を求め、自分のことをトコトン信じる。
それによって発生する問題もある。
周囲が見えないという、重大な欠点が。
それを踏まえても、カスミはすべてにおいて魅力的だと感じられる。
極端ではあるにしろ、天才とはそういうものなのだと理解できる。
理解者は自分だけ。
孤独、孤高。
それが、本当の天才というものなのだと。
カスミ対サトシ。
存在そのものを賭けた、最終戦が幕を開けた。
カスミ編、ようやく終盤戦。