二つの拳がぶつかり合う。
一度、二度、三度。
打ち付けあう度に轟音が響き渡る。
見るからに腕力に頼った攻撃を得意とする二体のポケモンは、その期待を裏切ることなく、その膂力を最大限発揮して、お互いにぶつけ合う。
足を踏みしめ全身の発条を撓らせて発射するお互いの大砲はほぼ互角。
踏みしめた地面は指先から亀裂が走り、足元は陥没し、その衝撃の強さを物語る。
四度、五度、六度。
ほぼ同様の体躯から繰り出される拳はお互いの存在の証明。
他の戦術をとるべき、もっと効率のよい戦闘があると互いに理解していても尚、その拳の応酬が止まることはない。
すでに数えきれないほどの拳が相殺され、より強烈な一撃を叩き込まんと振りぬいた双方の打撃がぶつかり合い、互いに後方に弾け飛ぶ。
再度距離をとった二体のポケモン。
その様子を見ていた数百の目。
今まで静まりかえっていたその目の持ち主達も、大きな力同士による互角の打ち合いに、先ほどとは異なる性質の歓声を生み出し始めた。
「うおおおおすげえええ!!!」「なんだなんだあれ!あんなんはじめてみたわ!」「どうなってんだ!?」「おいおいおい冗談だろ?」「カスミ様に一歩もひいてねええ!」「ピカチュウって人型だっけ?」「筋肉!筋肉!」
純粋に、闘争そのものに対する歓声が湧いた。
マイナスの感情でなく、技量に対する賞賛。
本来あるべきバトルの形。
一方的な虐殺でなく、対等な力量同士の打ち合い。
技の研鑚に対する礼儀、評価として自然に歓声があがる。
裏のバトルとはいえ、今は誰の頭の中にもマイナスの感情はない。
自然と湧き出る熱い思い。
それこそがこのバトルの性質をもっとも正確に表わしている。
「やるわね。私としては、かなり不服ではあるけど。」
「あ、うん、そう、だね、はは・・・」
サトシとしては、ここまで実力が拮抗してしまうと後がないだけに困ってしまう。
まだ出してはいないが、ニョロボンも当然バブル光線をもっているだろう。
あれを食らえばさすがのピカチュウといえど、死んでしまうのではないか。
ブルブルと頭を振り、不吉な思考を吹き飛ばす。
今はそれを考えても仕方がない。
なんとかこちらの損傷を押え、ニョロボンを下さなければ。
ピカチュウが倒されてしまったら、もう後はコイキングを盾にしてこの会場から逃げ去るくらいの選択肢しか残されていない。
無事に助かる可能性は限りなく低いが。
とにかく今はピカチュウに頼るほかはない。
なんとも情けない話ではあるが、そもそもこの戦いに突入した原因もピカチュウなのだから、そこはなんとかしてもらうしかない。
というかなんとかしてくれ。
祈るような気持ちでサトシはバトルを見守る。
二体のポケモンによるバトルは、さらに激しさを増す。
一度離れた二体は、遠距離戦へと転じる。
赤い頬袋からパリパリと放電し、威力重視の集中型電撃攻撃。
本来のピカチュウの代名詞的攻撃、『十万ボルト』だ。
予測のできない特徴的な軌跡を残しながら、電撃が高速でニョロボンへ襲い掛かる。
ニョロボンは二メートルを超す巨体。
ドーピングによってスピードが強化されてはいるが、ヒトデマンのように高速で移動しながら回避するという離れ業はできない。
高威力の電撃攻撃が直撃すれば、ニョロボンとはいえ大ダメージを受けることは必至。
ましてや攻撃をしているのはフィールド全域をカバーできる電撃を放つことができる異常なポケモンなのだ。
恐らく対策を講じているとは思うが、弱点属性を攻撃しない手はない。
セオリーはセオリー。
絶対的に不変のルールとして存在するのだ。
唸る電撃がニョロボンを穿つ瞬間、ニョロボンの周囲に泡が発生する。
高速回転し、一瞬で膨らむ残虐な泡。
まぎれもなくバブル光線によって作られる泡に他ならない。
だが、いくら凶悪な破壊力を秘めていようと電撃を防ぎ切るバリヤーにはなりえない。
最初の電撃攻撃を受けた瞬間、泡全体に電気が走り、割れてしまった。
意味のない行動――――と断じることはできない。
何故なら、次の瞬間には、ぐるぐると円を描いた模様をもつおたまポケモンは、十万ボルトを放ったばかりのピカチュウの数歩前まで踏み込んで攻撃態勢をとっていたのだから。
初撃のみ。
ニョロボンにとって、高速で襲い掛かる電撃攻撃は初撃のみ防げれば全く問題無い。
それさえ防いでしまえば、その強力な脚力によって相手の袂へもぐりこむだけの時間が稼げる。
これが、ニョロボンの電撃への対抗策。
そしてもちろん相手の近くにいくだけで終わるはずがない。
技を放って隙ができた敵を眼前にすることはただ一つ。
そのままの勢いでピカチュウへ突進し、直前で跳躍。
ピカチュウの両腕をそれぞれ足で挟み込み固定。
足を軸に、自身の身体をピカチュウの背後に回し、ピカチュウの両足首を手でしっかりと掴む。
両腕と両足がガッチリと後ろから固定されたまま、勢いをつけて地面を力強く転がり、ピカチュウを数十回にわたって硬い地面に叩き付けた。
『じごくぐるま』
格闘タイプでトップクラスの破壊力を誇り、且つその豪快な見た目と残虐性は他の追随を許さない。
当然何度も何度も地面に打ち付けられる対象はたまったものではない。
フィールドの端まで転がり続けたニョロボンは、最後に思いっきり壁にピカチュウを投げつけ、強烈な音と共に壁を破壊した。
「ぴ、ピカチュウーーーー!!!!」
サトシの叫び虚しく、壁にヒビが入り陥没するほどの力で投げつけられたピカチュウは、土煙の中で座り込んでいた。
「あらら、とんだカウンターをくらっちゃったわね。あっはっは!むやみに電撃なんてするから隙を作る原因になるのよ。ふふふ、ああ、気持ちいいわ・・・!」
カスミが嫌な笑みを浮かべる。
不安になるサトシ。
「ピカチュウ―!おきて!!ピカチュウ!!」
とにかく声を荒げるサトシ。
無論、それくらいしかサトシにできることはない。
なにせ、ピカチュウが負けてしまったら次に出すポケモンは消去法でコイキングだ。
何もできずに刺身にされてしまうのがオチだ。
それだけはなんとしても避けたい。
サトシの声に呼応してなのかどうかはわからないが、へたりこんでいたピカチュウが、瓦礫をガラガラと崩しながら立ち上がった。
見た目的にはそんなにダメージを負っているようには見えないが、さすがにあれだけの攻撃を食らっているのだ。
無事であるはずが無い。
「ピカチュウ・・・」
自分の無力に嫌気が刺す。
何もできない自分が歯がゆい。
なにか、なにか有効な戦法がないだろうか。
遠くからの電撃がカウンターされる。
しかし近距離で当てたところで相手の攻撃範囲であれば危険だ。
相手の攻撃を防ぎつつ、こちらの攻撃だけを当てるには・・・・
そんな理想的な攻撃が可能なのか。
一見無理なようではあるが、それでも考えなければならない。
「・・・ピカチュウ、ちょっと」
「ピカピ?」
小声でピカチュウに話しかける。
もしかしたら――――
「作戦会議は終わりかしら?もう少し楽しませてくれるんでしょ?」
「ニョロボーン」
余裕のつもりだろうか。
いや、実際過去ずっとそうだったのだ。
トップを走り続けてきた者だからこその余裕。
そして、完全な状態を完膚なきまでに打ちのめしてこその愉悦。
この試合がまだ終わっていないのは、そのカスミの性質が少なからず影響していると考えざるを得ない。
サトシもそれに救われているのが現状なのだ。
どうでもいいことだが―――
ニョロボンもふんぞり返って、余裕そうな態度をとっている。
ポケモンはトレーナーに似るんだろうか、などと考えて、自分のピカチュウが視界に入ってきたため、思考を停止させてバトルに集中することにした。
現状一手、ピカチュウが負けている。
身体能力はほぼ同じ。
しかも弱点関係であるにも関わらず、この状況。
何度も思うことだが、カスミのトレーナーとしての能力は尋常じゃない。
真っ当なジムリーダーとして立ちはだかったとしても、かなり強力な壁として立ちはだかったことだろう。
まさに天才。
ポケモントレーナーという天賦の才を持つ人物。
しかし負けるわけにはいかない。
自分の目的のためには、この強大な壁でさえ乗り越えていかなければならない。
「ピカチュウ、いいね。電撃攻撃が効かないなら、きっとこれで。」
「ピッピカチュ」
概ね同意のようだ。
あとはピカチュウの采配に任せるしかない。
「さあ!絶望を味わいなさい!肉が削られ、骨が折れ、その肉体の一片一片をいたぶり、愛してあげる!!!」
ニョロボンとの決着はもうすぐだ。
ニョロボンが好きになってきた。