ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第四十六話 物理対物理

 ニョロボン おたまポケモン。

 

 珍しい、水と格闘タイプを同時に持つ。その見た目はより暴力的になり、独自のコンビネーション攻撃を行う。

 

 

 

「ニョロボン・・・本来は一メートル少しくらいしか身長はないはずだけど、やっぱり規格外なのか。」

 

 

 

 見た目だけ簡単に表現するならば、頭部の無いボディビルダー。

 体型はかなりピカチュウに近い。身長も同じくらいだ。

 ニョロボンの方が若干背が低いと感じるのは、頭部が無い所為だろう。

 もっとも形としての頭部がないだけで、胴体の上の部分にはぎょろりと鋭い眼光を覗かせる二つの目がその存在を主張している。

 愛嬌の欠片も無い、ただただ不気味な姿だ。

 胴体はぐるぐると不思議な文様がついているが、そこから伸びる四肢はしっかりと作りこまれ、一撃で相手に穴をあけてみせるという気概すら感じられた。

 

 

 

 会場がざわついている。

 あれだけ猛威をふるったヒトデマンが一蹴されてしまったこともあるが、なによりカスミの二番手、ニョロボンの存在だ。

 

 

 サトシは知る由もないが、カスミはこの非公式戦においてニョロボンを出したことは無かった。

 後半戦になれば、一番手も疲労により倒されることはままあった。

 しかしその都度出してきた二番手は、ヒトデマン同様に進化前のポケモン達。

 タッツーであったり、シェルダーであったり、トサキントであったりした。

 

 それでも驚異的な強さを誇り、三番手まで出したことは過去に一度だけ。

 カスミにとっては圧倒的な実力差でもって、時間をかけていたぶり、最期に絶望に叩き落とすことに快感を覚えている。

 つまるところ、カスミが本気のポケモンを出すことは、ある程度実力が拮抗しているということを自ずから認めることになる。

 不快極まりなかったが、それでもカスミは自分のポケモンの強さに圧倒的な自信を持っている。

 

 自分のポケモンが負けるはずはない。

 

 特に自分が集中的に鍛えている数体のポケモンについては、誰にも負けない。

 その自負があるからこそ、力をもって力を制する必要があると感じた。

 

 

 すなわち、筋肉には筋肉。

 あの筋肉の塊を、自分の自慢のポケモンで制し、地べたに這いつくばらせた時にこそ、最大の快感を覚えることができよう。

 

 

 

「思い知るがいいわ。上には上がいるということを。」

 

 カスミが不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

 会場は、先の二戦とはうってかわって静かだ。

 カスミの演出によって大きな盛り上がりを見せるこの非公式戦。

 しかしそのエンターテインメントショーには異物が紛れ込み、いままさにこの空間にあるべき空気を蝕んでいる。

 

 

 居心地の悪さを身に覚えながら、サトシはバトルフィールドを見守る。

 

 

 

「ニョロボンは力の強いポケモン・・・でもタケシの岩ポケモンみたいに、耐久力に優れたポケモンじゃない。回避しつつ、攻撃を当て続ければ。」

 

 しかも、属性は相変わらず水。電気タイプが弱点であることに変わりはない。

 決まり手がピカチュウの方が多いのだから、油断さえしなければピカチュウが負けることは―――――

 

 

 

 

 

「ニョロボン、『かげぶんしん』」

 

 

 

 

 カスミの一言に応じたニョロボン。

 

 特に変化が無いと感じたのは一瞬のみ。

 

 目がぼやけているのかと思ったが、そうではないらしい。

 ニョロボンの身体が徐々にぶれていき、完全に二体になった。

 

 

 

「・・・・・??」

 

 

 目を疑った。

 かげぶんしんという技は確かに聞いたことがある。

 しかし、あそこまで明確に分かれるものだろうか。

 

 驚いたのも束の間。

 ニョロボンはその姿をさらに四つに増やしていた。

 そしてさらに倍、その倍と増やしていき、最終的には十六体のニョロボンがフィールドを埋め尽くした。

 

 

 

「・・・・・・・・」

 言葉がでない。

 サトシとピカチュウの目の前には、二メートルを超える巨体が十六体存在しているように見える。

 

 かげぶんしんという技の特性上、本体は一体。

 しかし、この十六体が同時に攻撃を仕掛けてきた場合、その中から本物を見つけることなどできるのだろうか。

 

 ピカチュウの電撃なら攻撃を当てることはできるかもしれない。

 しかし、電撃に対しての防御方法をカスミが放置しておくなど考えづらい。

 しかも十六体を同時に攻撃しなけばならないのだ。

 無駄なエネルギー消費が多すぎる。

 

 

 

 ヒトデマンなど比較にならない。

 これがカスミ。ハナダシティジムリーダーのカスミなのだ。

 

 こちらが絶望すれば、カスミは恍惚の表情を浮かべる。

 なるほど、これは確かに精神にくる。

 

 

 サトシが十分に絶望したところで、ピカチュウが前に出る。

 

 

「ピカチュウ・・・?大丈夫なの?」

 

 思わずサトシが問いかける。

 

 

「ピカピカー」

 

 

 返ってくる返事は、いつもと変わらずそれだけだった。

 

 

 

 

「いきなさいニョロボン!『メガトンキック』!」

「ニョロボーン!!」

 

 

 

 メガトンキック。言わずもがな、ものすごく強い蹴りである。

 タケシのサイドンが使っていたのはメガトンパンチ。

 メガトンキックは、それよりもさらに高威力になる反面、命中率が下がる。

 しかしこの状況。十六体のニョロボンが放つメガトンキックをどう回避すればいいのだろうか。

 

 

 影分身と、本体の違い・・・それは・・・・――――!!!

 

 

 

「ピカチュウ!右から四番目だ!」

 耳をピクっと反応させ、サトシの声に応じる黄色い巨体。

 

 すぐさま回避行動をとる。

 

 

 ズッガアアーーーーン!!!

 

 

 数体のニョロボンのメガトンキックがピカチュウに突き刺さる。

 しかしそれは物理的なダメージを残すことなく、その姿を消す。

 

 反面、ピカチュウが直前までいた場所には大きな衝撃音に見合う、砕けた地面があり、実体を持つニョロボンがギロリとピカチュウを見る。

 

 

 

「あら、よくわかったわね。」

 特に驚くわけでもなく、カスミがサトシに問う。

 

 

「影分身には影が無い。この強い照明の下だと、その違いははっきりでる。―――運がよかった。」

 

「なるほどね。でも、次はそうはいかないわ。」

 

 

 事実、それがわかったからどうなるわけでもない。

 影分身の脅威は、単純にその見た目による圧力。

 ただでさえ威圧感のあるニョロボンが複数体迫ってくるのだ。

 その迫力は、いくら影分身とわかっていても平常心でいられるものではない。

 

 

 たった今の邂逅は前哨戦に過ぎない。

 そもそも裏の住民同士におけるバトルは、技と技の応酬という綺麗なものではない。

 

 名前もつかないような暴力同士がぶつかり合う血肉を削る争いなのだ。

 殴り、投げつけ、蹴り上げ、叩き付ける。

 そんな生々しい争いこそ、本来の裏バトル。

 見た目が派手で演出効果のある戦いに意味はない。

 

 お互いのポケモンもそれがわかっているようで、下手なことをすることなく、ジリジリと近寄っていく。

 

 

 

 

 重い空気。

 先ほどまで痛いほどあがっていた罵声も歓声も、今ではまったく聞こえない。

 過去にない展開に、観客すら緊張感をもってこのバトルを見守っている。

 

 

 まだ余裕そうな顔をしているカスミと、額から汗を流し歯を食いしばるサトシ。

 

 緊張の糸は何かをきっかけにすぐに切れる状態にあり、そのきっかけを作る役目を背負ったのは―――

 

 

 

「ピカチュウいっけーーー!!!!!」

 

「ピカーーーー!!」

 

 

 

 何の作戦もなく、ただ自分のポケモンを信じ、背中を押すサトシだった。

 

 

 地面を蹴り出すピカチュウに合わせ、ニョロボンも前に飛び出す。

 

 ピカチュウの右拳とニョロボンの左拳が激しくぶつかり合い、轟音と共に第二の邂逅が幕を開けた。

 

 




レベルをあげて物理で殴る。

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