「ねえピカチュウ、なんで君はそんなにも僕を困らせるの・・・」
「ピッカー」
相変わらずの笑顔。もはや怒る気力すらない。
現在、二回の試合によって荒れたフィールド―――肉片や血の跡をざっくりと清掃している。
せめて、バトルだけに集中させてあげるわ。掃除が終わるまでに、辞世の句でも考えておくのね。とカスミが指示を出した結果である。
余計なお世話だと思いつつ、時間が少しでも増えるのは御の字だ。素直に従うことにした。
そして一体なんの意図があって、ピカチュウがいつも暴走するのかを本人に訪ねているところである。
当然返ってくる言葉は「ピ」と「カ」くらいなものだが。
「間もなく清掃が完了致します!非公式マッチ始まって以来初!飛び入りトレーナーのサトシ!本来ありえない采配ですがこれも一興ということで、特別にカスミ様が許可致しました!皆様、余興としてお楽しみください!間もなくバトル開始となります!」
「ちぇっ、余興だってさ。ピカチュウ。」
「ピカー」
ピカチュウが傍にいるからか。だんだん落ち着いてきた。
今はバトルに集中しなければ。
ただでさえトレーナーの実力差があるバトル。
カスミは、水ポケモンについて熟知し、且つ自分の操るポケモンにおいては全ての能力を発揮させることができるだろう。
それに対してサトシ。バトルはほぼピカチュウ任せであり、持っているポケモンもレベルが低い。
ぶら下げているモンスターボールに入っているのもノーマルポケモンが大半。
・・・一部頑丈なまな板がいるが。
兎に角、短い時間ではあるが作戦を練らないといけない。
まったく思いつかないし、思いつく気もしないのはご愛嬌と言うべきか。
飛び入りだし、殺されるってことは・・・ないよね?
あーでもカスミ張り切ってるし。熱の入り具合によっては危険かもしれない。
っとそうじゃない、作戦は――――「それでは!カスミ様対サトシ!!バトル開始します!!両者前へ!!」
――――行き当たりばったり!
もはやなるようにしかならない。
不安だし心配だし怖い。
しかしやるしかない。
大丈夫。ピカチュウがいれば、なんとかなるって。
そんな甘すぎる考え方に自分に嫌気がさす。
先ほどのバトルを見て、よくもまあなんとかなるなどと思いつくものだ。
よっぽどお花畑な脳内をしている。
ただ、実際のところ妄想にすがるしかサトシにできることはない。
戦略も作戦もない。強いポケモンはピカチュウだけ。
電気技も回避される。バブル光線が直撃すれば粉々に爆散する。
一体これを絶望と言わずなんというのか。
足がガタガタ震えながら、フィールドをゆっくり歩きながら、指定の場所についた。
カスミを正面に見る。
双眼鏡越しでもそのかわいさはわかったが、実際に目の前にすると、なるほどかわいい。
戦闘間際になってもそのような感情を抱いてしまうのは、魔性の美しさと言うべきか。
意味も無く見惚れてしまう。
サトシが見惚れたところでピカチュウにはそんな感情は無さそうなので、バトルに影響は無さそうではある。
とにかく今はピカチュウを信じるしかない。
まったく弱点の見えないヒトデマン。
でも今は先ほどのフシギバナ戦で負った傷もそのままだし、きっとなんとかなる!
サトシとカスミが向き合って立つ。
中央に水のプールがあり、それを中心にピカチュウとヒトデマンもお互いをにらみつける。
観客の暴力的な声援は増す一方だが、今は全く耳に入らない。
目の前の現実に集中している。
「それでは特別戦!カスミ様対サトシ!バトル、スターーーートオゥウウ!!!」
三度目となる、ビーーーッという無機質な電子音を聞く。
過去二回、全く同じ音を聞いているが、聞く立場が違うだけでこんなにも異質なものになるのかと、サトシは不快な感情を隠すつもりもなく顔に出していた。
バトル開始と同時に、カスミが動く。
「余興とはいえ、たっぷり楽しませてもらうわ!ヒトデマン、たいあたり!」
ヒトデマンは手裏剣のように身体を回転させ、ピカチュウに向けて高速で移動してきた。
あの回転はたいあたりの応用だったのか、と今更ながら思い、ただのたいあたりをあそこまで凶悪な技へ昇華させたカスミの手腕に素直に関心する。
性格は褒められたものではないが。
ピカチュウにせまる高速回転する物体。
サンダースの電撃もすべて回避された攻撃方法。
ピカチュウは一体どのように対応するのだろうか。
サトシには見守ることしかできない。
「ピッカー」
迫るヒトデマンに対し、ピカチュウがとった攻撃方法はシンプルだった。
水ポケモンの弱点は、電気。
そのセオリーに則って、それ通りに攻撃した。
バトルフィールド一帯が、光に包まれた。
回避不能。それがピカチュウの出した答え。
しかしこれだけの範囲を攻撃するのは容易ではないし、ピカチュウの消耗も激しい。
そのデメリットを、なるべく威力を落とすことで対応した。
ピカチュウの狙いはヒトデマンの動きを止めることだけ。
一瞬の回避不能な電撃で、動きが止まったヒトデマン。
その次の瞬間には、ピカチュウがヒトデマンの身体を握りしめ、フィールド中央のプールへ叩き込んだ。
バシャーーーン という水が弾ける音が聞こえ、その後プール全体からバリバリバリという音と共に光が漏れる。
サトシが気づいたときには、真ん中のプールに黒焦げになったヒトデマンがプカプカと浮いてきていた。
会場全体が静まり返る。
あっという間の出来事に、思考が追いついていく人間が存在しなかった。
唯一平常運転だったのは、黒焦げになったヒトデマンを満足そうに眺める黄色い巨躯のみ。
あれほどまでに数多くのポケモンを翻弄し、沈めてきたヒトデマンがものの数秒で圧倒されてしまった。
その事実を認めることがどれだけ難しいか。観客全員が知っている。
弱点を突かれても、そんなものは関係ないとばかりに圧倒的な力をもって潰してきたヒトデマン。
皮肉なことに、弱点属性によって倒されてしまった。
一番先にその現状を把握したのは、カスミだった。
「・・・なかなかやるわね。私のかわいいヒトデマンを黒焦げになんて、ひどいわ。ヒトデマンの弱点、見抜いていたのかしら。」
弱点?とサトシは首を傾げる。
そんなものがあったのだろうか。
電撃、のことじゃないだろう。あらためて確認することでもない。
じゃあ、今までの戦いでヒトデマンの弱点がわかるような出来事があっただろうか――――――あ、まさか・・・
「やどりぎのたね・・・・?」
やどりぎのたねは本来攻撃用の技ではない。
キャタピーのいとをはくの事例もあるが、致命傷を与えるほどのダメージを生み出すのは考えづらい。
にも拘わらず、ヒトデマンは身体の一部が弾け飛び、損失している。
防御に関してドーピングをしているのであれば、ダメージこそ受けても身体の損失にはならないハズだ。
ヒトデマンの攻略法は、とにかく一度でも攻撃を当て、その隙を攻めきる。
それをピカチュウは読んでいたのだろうか。
顔をみてもニッコリしているだけなので真意はわからないが、とにかくピカチュウはヒトデマンを撃破した。
これは喜んで良いに違いない。
「やった!すごいピカチュウ!」
「ピッカー」
諸手を上げて喜ぶサトシ。
バトルはまだ序盤戦だ。
しかもピカチュウが破れたら後がないサトシにとっては常に大将戦。
背水の陣なのはサトシの方なのだが、それでも喜ばずにはいられなかった。
喜ぶサトシを、冷めた視線でみやるカスミ。
「油断、とは違うわね。あのピカチュウ、並じゃないってことか。ちょっと予定が狂っちゃった。」
ぼそぼそと独り言をするカスミ。
その時まで、誰も気づくことがなかった。
カスミが現在持っているポケモンは、一度にもてる最大数の六体だということに。
「非公式戦で、まさか本気のポケモンを使うことになると思わなかったわ。」
カスミは手に持っていたモンスターボールを、入れ替える。
本来出す予定の無かった、公式戦用のボール。
喜ぶサトシを見て、再度笑みを浮かべるカスミ。
「いいわ、その顔、悲痛に歪ませてあげる。格の違いを見せつけてあげるわ。」
そう静かに言って、切り替えたモンスターボールをフィールドに投じた。
「いきなさい!ニョロボン!」
赤い光と共に、二メートルを超え、頑強な筋肉に包まれた、人型のポケモンが姿を現した。
その姿は、筋肉に包まれた黄色いポケモンと、かなり似通った体型をしていた。
カスミ手加減から本気モード