ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第四十二話 悪夢のはじまり

「カスミが、お姉さんを殺した・・・?」

 

「ああ、そうだ。おっと、他人には言うなよ?ここにいる奴らでも知ってるのは少数だ。」

 

「それって僕にも言っちゃいけないんじゃ・・・」

 

「よそもんのお前が何を言ったところで町の人間は誰も信じやしないさ。噂が広がる前に消されるぜ。本人ごとな。」

 

「危険なにおいしかしない。しかしなんでそんなことを・・・?」

 

「さあな。そこまでは知らねえ。」

 

 

 とてつもない闇の部分を聴いてしまった気がする。

 カスミは自分とあまり年齢は変わらないように見える。その年で、実の姉を手にかけている。

 しかも動機が、ジムリーダーになるため?

 狂っている。常軌を逸している。

 実の姉であれば、しばらく待っていれば自分にもその立場になるチャンスなどいくらでも巡ってくるだろう。

 それでも、まだ少女の域を出ないうちに手を血で染めたのか。

 見た目の可愛さとは裏腹に、カスミは随分ととんでもない人間のようだ。

 

 いや、サディスティックと聞いた時点で敬遠はしていたのだけど、それ以上に。

 

 バリバリとポテチを食べ続けるピカチュウを横目に、カスミという人物について考えるサトシ。

 

 カスミが実の姉を殺してまでジムリーダーの座を奪ったのは何故なのか。

 権威?恨み?才能の誇示?なにかの反動で?正当防衛とか?

 いくら考えてもそういう動機しか思いつかない。

 

 しかし今のカスミは、パッと見は生き生きとしているように見える。

 ということはやはり才能の誇示だろうか。自分という存在を認められたい、という感情か?

 

 うーん、うーんとうなるサトシを、青春だねえとどうでもいいようなことを言いながらビールを空ける男性。

 

 そしてそのような時間も長く続くことなく、次のバトルが始まろうとしていた。

 

 

「皆様お待たせいたしました!間もなく第二試合、カスミ様対ノボルが始まります!お立ちの方は席へお戻りください!」

 

「お、はじまるな。次はどうなるかね、へっへ。」

 

「・・・」

 

 

 サトシは少し見るのに戸惑いを感じていた。

 正直言って、他人のトレーナーが使うポケモンであったとしても、ポケモンが過剰に傷つけられる様を娯楽として楽しめる感覚を持ち合わせていない。

 それどころか嫌悪感すら感じる。

 

 なんでここにいる大人達はこんなものをショーとして楽しめるのだろうか。

 ジムリーダーという強者が格下のトレーナーをいたぶっているだけ。

 お金と身体というわかりやすい賞品までぶら下げて。

 

 

 サトシにはまだ理解も承認もできないことだった。

 他人の不幸を見て笑う、自分ではない誰かが痛めつけられる様を見て満足する。

 強者が弱者をいたぶっていることを娯楽として感じ、金を投じ、アミューズメント、エンターテインメントとして楽しむ。

 カスミという未成年の少女を看板にし、金銭欲と性欲に溺れる。

 繰り広げられる光景はポケモン同士の殺し合い。

 トレーナーを絶対的に信用しているポケモン同士で戦いあい、潰しあう。

 どのような気持ちなのだろうか。

 ポケモン達は、トレーナー達は。

 

 自分の欲望のために生死を左右するバトルに放り込まれるポケモン達を、他人事として見ていることなどサトシにはできない。

 今まで、そのバトルで失われてきた命を知っている。

 相手のポケモンも、自分のポケモンも。

 

 しかも娯楽として。遊びとしてその命を散らそうとしている。

 

 カスミは演出しているようだが、その先が無いとは言い切れない。

 いや、十中八九、熱中し盛り上がったらポケモンの命が失われるだろう。

 

 いかに醜く、いかに残酷で、いかに気持ち悪いか。

 

 このバトルは狂気そのものだ。

 トレーナーも、観客も。

 

 ハナダシティの夜は狂気に包まれている。奇しくも、真っ当なポケモンマスターを目指すトレーナー達の目標であるジムリーダーによって、真っ当でない淀んだ空気が生み出され続けているのである。

 許されていいことではない。

 

 

 サトシは苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、今まさにバトル開始となりそうな会場を見つめていた。

 

 

 

 

「双方、準備はできましたね?―――OK!それでは第二試合!カスミ様対ノボル、バトル、スターーーーーートオゥ!!!」

 

 今夜二度目となるけたたましい電子音と共に、大歓声が上がる。

 

 

 サトシは双眼鏡片手に、他の何も目に入らないと言わんばかりにカスミと、ノボルというトレーナーを凝視していた。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

「あらあら、もうおしまい?ねえ全然満足できないわ―――もっと楽しませてよぅ」

 

「くっ・・・そんな馬鹿な・・・」

 

 

 唇に指を立てて、艶めかしく舌を動かして吐息を漏らす。

 頬は紅潮し、目も少し虚ろになっている。

 サディスティックな性癖というのは間違いなさそうだ。

 

 会場全体がカスミの色っぽい姿と仕草を見て興奮している。

 正確には二人を除いた、全員だが。

 

 一人はノボル。

 あと一体となった自分のポケモンが入ったモンスターボールを握りしめ、緊張感と焦りが最高潮に達した自分の心を静めている。

 

 そしてもう一人はサトシ。

 第一試合を上回る圧倒的な動きと攻撃力で瞬く間に二体のポケモンを瀕死状態に追い込んだヒトデマン。

 

 見た目的には通常のヒトデマンと大差ないのに、トレーナー次第でここまで違うものなのか。

 ポケモンバトルは単純にポケモンの強さのみではないということを、暴力をもって知らしめるカスミ。

 

 その光景はある種、滑稽といってもいい。

 巨大なドーピングポケモン達を、星形の進化前ポケモン一体が翻弄し、蹂躙する。

 サトシとしては奥歯をギリギリとかみしめるほどの惨状ではあったが、娯楽として楽しめる人間からすると、まさに他人の不幸は蜜の味のようだ。

 何か所かから死ねだの殺せだの物騒な言葉まで出始めた。

 まだ二試合目だというのに、会場の熱狂は最高潮だ。

 

 サトシは苦悩の表情でバトルフィールドをじっと見つめている。

 

 

 

「最期のポケモン・・・楽しませてくれる?ねえ、もっと私のヒトデマンにいじめさせてよ・・・・カタくてハヤくておっきいポケモンはいないの?」

 

「くそが!やってやる!せめて一矢報いてやる!」

 自分で自分を奮い立たせるノボル。

 叫びすぎてカラカラに乾いた喉で、ガラついた大声で叫ぶ。

 

「いけ!フシギバナ!!!」

 

 赤い光と共に現れる巨体。通常の大きさは二メートル程だが、このフシギバナは一回り大きく三メートルはあろうか。

 背中についている大きな花も、本来は美しく咲く花びらだが、その色は漆黒。

 四枚の巨大な葉っぱの上に咲き誇る花は境目が見えないほどの黒に染まり、毒々しさと禍々しさを同時に演出していた。

 

 

「あああーーーー!さいっこう・・・!いいポケモンだわ。うん、決めた。」

 

 怪訝な顔をするノボル。

 決めた?何を?どうするつもりなのか?

 

 

 

 

 

「今日最初のエ・モ・ノ♪フシギバナをその黒い花に負けないくらい血の色で染めて、ブチ殺してあげるぅ!!きゃはは!!」

 

 

 

 今夜初めて嬉しそうに笑顔を見せるカスミ。

 無邪気で、無垢で、凶悪で、邪悪で、残酷な笑顔を浮かべる少女。

 

 

 ハナダシティ非公式戦、さらなる熱狂に包まれながら夜は過ぎていく。

 サトシはずっと、ひと時も目を離さずフィールドを見つめ続ける。

 

 

 

 

 


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