「ぶっ殺してやる!」
と声を荒げ、唾を飛ばしながら黒い二人組の片方が腰から何かを取り出した。
同じく黒く、くの字型にまがった金属。
「死ねえ!」
銃声が響く。躊躇無く引き金を引く様子から、こういった展開には慣れているのだろう。
事実、狙いは正確で、的確にサトシの額を打ち抜く弾道で打ち込んできた。
そしてその弾は、ピカチュウが抱えたコイの王様によって防がれていた。
「――ピカチュウ」
「ピッカー」
ここにきてようやく動き始めるピカチュウ。
タイミングを見計らっていたのか、コイキングの見せ場を作ったのか。
相変わらず何をどこまで考えているかまったくわからないが、なんだかんだでサトシのことはしっかり守ってくれている。
それだけでピカチュウの過去の狼藉を・・・まあ八割くらいは許してやらなくもない。
しかし、驚くべきはコイキングの頑丈さか。
さすがにピカチュウといえど、銃弾にうたれたら傷つくだろう。たぶん。
それをいとも簡単にはじいてしまった。あのゴローンですら傷一つつけられないコイキング。
一体どれだけ固いのか。
「な、なんだよそれ!!」
「でっかい奴・・・ってピカチュウの顔!?!?どうなってんのそれ!!??」
いろんな意味で慌てふためく二人組。
さて、この二人をどうすべきか。
元来、サトシは十四歳の健全な少年である。
犯罪など犯したことはないし、他人に恨みをもつこともなかった。
健全に育ち、健全に生きてきた。
そんなサトシであるが、ここ数日において過去十四年間の人生においてまったく体験してこなかったことを多く経験している。
それは健全とはほど遠いものであり、サトシも知らず知らずのうちに染まりかけている負の感情。
そして忘れてはいない。
目の前の二人は、サトシの大事なポケモンを亡き者にしたのだ。
その報復をせねばなるまい。
怒りに燃えたサトシは、慈悲などなかった。
十四歳という若い人間がもつには早すぎる感情。
復讐、報復、嫌悪、怨念、嫌忌、憎悪、殺意。
あらゆるマイナスの感情がサトシを支配し、目の前の人間をどうするか、思考の外から直接行動に移させる。
「ピカチュウ、こいつらをころ「ピカピカ」・・・し?」
最後の命令を下そうと口を開いたサトシだったが、ピカチュウの大きな手がサトシの頭に乗せられる。
暴力の塊のような様相をしていながら、その時の手は何か優しさを感じるようだった。
「ひ、ひいいいいい!!!」「にげろおおおおお!!!!たすけてえええええ!」
場の緊張感が緩んだ隙に二人のロケット団はその場から逃げ出す。
サトシの横を通って全速力で走っていく二人組を不服ながら見逃し、完全に見えなくなってから一息つく。
「・・・ごめんね、ピカチュウ。どうかしてたよ。」
「ピッピカ」
気が動転していた、と一言で片づけられるほど今の出来事は軽くない。
自分のポケモンが失われた。
結果、未遂に終わったとはいえサトシは二人の人間を殺そうとしたのだ。
以前から考えないようにしていた疑問――――自分のポケモンが失われたらどうなるのか。
図らずとも理解できてしまった。
「タケシさんとおんなじ・・・」
自分のポケモンを愛するが故、憤慨する。
その感情は間違ってはいない。
しかし、サトシは短期間で生物の生き死にに関わりすぎたため、その重さに対する認識が軽くなっていた。
こんなやつら、死んでもいいと思ってしまったのだ。
ズズズズ、と少しずつサトシの思考を支配していく狂気。
まだ産声を上げたにすぎない狂気は、ようやくサトシの認識にも蔓延り始めた。
サトシ自身はまだ普通でいるつもりではあるが、明らかに異常。
しかしそれを指摘してくれる第三者はここにはいない。
かろうじて収めてくれたピカチュウという存在がとてもありがたかったが、それでも力強く導いてはくれないのだ。
あくまでピカチュウはピカチュウ。
サトシは自分で気づくしかない。
「トランセル・・・」
少し落ち着いた後、ゴローンの踏みつけによって窪んだ地面の中心を見る。
そこには元々の原型をとどめていない緑色の物体が無残にもつぶされ平らになっていた。
その周囲には中身と思われる液体がぶちまけられ、生きているという選択肢を選ばせない説得力があった。
当然ではある。
あれだけの質量につぶされて死なない生き物など存在しない。
コイキングが例外なのだ。
身体が鋼鉄並の固さだったポケモンですら、あの衝撃には耐えられなかった。
「・・・埋めて、あげよう。」
目の端をじわりとにじませながら、なんとか声を絞り出した。
あまり景色のよい場所ではないが、トランセルは移動させられる状態にない。
申し訳ないが、ここに墓標をたてることにした。
―――――――――――――――――――
周囲から土を集めて埋め、その上に石を置く。
「ごめんね、トランセル。守れなかった。」
供える花は無いが、きっとまたサトシはここを訪れるだろう。
「――――――――――あのぅ」
ここまでずっとその存在を、隠していたわけではないのだが、なんだか入りづらい空気だったので黙っていた青年がようやく口を開いた。
「・・・・・・・・あ、忘れてた。」
まあそうだろうなとしょんぼりした顔をする青年だったが、言葉を続ける。
「あの、助けてくれてありがとう。ボ、ボクは何もできなくて、その、ごめん。」
見るからに優柔不断な痩せた青年は、たどたどしいながらもお礼と謝罪をしてきた。
「ううん、大丈夫。それよりも、何があったんですか?」
そう、まだサトシはこの青年がなぜ襲われていたのか知らない。
何かを守ろうとしていたことだけは、その様子からわかることではあるが。
「ボ、ボクは研究者なんだ。ポケモンの化石の研究をしている。オツキミ山に貴重な化石が埋まっているという調査結果が出てね、調べていたんだ。」
「なるほど・・・」
「それで、何か月か調査していた結果、よ、ようやく二つの化石を見つけた。それを持ち帰ろうとしていた時に、ロケット団につかまったんだ。」
「そういうことか・・・でもなんでロケット団は化石を?研究するようなやつらに見えないけど・・・・」
「実は、ポ、ポケモンの化石のDNAを解析して、生きているポケモンとして復元する機械が開発されたんだ。たぶん、それを使って復活させようと、し、したんじゃないかな。」
「そんな機械があるんですか。」
「うん、古代のポケモンの生態研究をしていて、こ、これを奪われてしまっては研究に支障がでてしまう。助かったよ。」
「いえ、助かってよかったです。」
「・・・そうだ!化石は二つあるんだけれど、どちらか一つをキミにあげよう。助けてくれたお礼だよ。」
「でも、大事なものでしょ?」
「確かにそうだけど、キミには命を救われた。お礼がしたい。」
「じゃあ、お言葉に甘えて、こっちの化石を。」
サトシは『かいの化石』を選び、手に取った。
「では、ボクは研究所に戻る。グレン島に来ることがあったら声をかけておくれ!ありがとう!」
そういって、もう一つの化石をもって出口の方へ走って行ってしまった。
まあ、化石をもらったところであまり興味がないというのが本音ではあったが、あまり話を長引かせたくなかったのでおとなしく貰った。
走っていく青年にフラフラと手を振り見送った後、最後に確認すべきことがあるのを思い出し、首を振ってその対象を見やる。
「ココココッコココココッコッコ」
元気に飛び跳ねるコイの王様。
ある意味、サトシの命の恩人――恩魚のコイキングを見て、先ほどの出来事を思い返す。
「お前、普通のコイキングじゃないのか・・・?」
と、返ってくるハズのない疑問を投げかけた。