ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第三十一話 王様の価値

 トランセルの身体は鋼鉄並の固さをしている。

 しかしその中は成長途中のため非常にデリケートで柔らかい。

 そのため激しく動かすことは避けなければならない。

 戦闘するにはあまり向いていないと言わざるを得ないが、進化後は綺麗な羽をもつ蝶になるという。

 

 その綺麗な姿がどのようなものか、実際に見たいという気持ちと、初めて捕まえたポケモンという感慨もあってサトシはトランセルをかなり大事にしていた。

 

 そのトランセルは、今は視界から消えている。

 巨大な岩の塊―――ゴローンの身体の下敷きになっている。

 

「え?ちょっ、と、なん、え?」

 

 言いたいことがわからない。感情の変動により思考もうまくできない。

 何がおきたのか。少し前までトランセルがバトルをしていて、今トランセルは一体どこへ?

 

「あ・・・え・・・」

 

 自分のポケモンを失う。

 それ自体はなんどか経験している。

 ただし、サトシのポケモンではなく、サトシが打倒したトレーナー達。

 彼らが自分のポケモンを失った時、一体どのような状態になっただろうか。

 我を忘れ、八つ当たりをする者。

 茫然自失となって動けなくなる者。

 それらを目の前にして、サトシも当然考えないことはなかった。

 

 もし、自分のポケモンが失われてしまったら自分はどうなるのだろうか、と。

 

 その答えは考えてでるものではない。実際にそういう状況に陥らないと理解できない。

 だがその答えを追い求めることをサトシはしなかった。

 いや、そもそもあえて考えようとしなかった。

 自分のポケモンが死ぬことは無い。根拠はないが死なない。そんなことが起きるはずはないと。

 人は現実を良い方へ、都合のよい方へと考える。

 十四歳のサトシも例外ではなく、少年という思考が未発達な状態であればなおさらだった。

 

 ゆえに、現状がうまく把握できないし呑み込めない。

 だがだんだんと脳内に情報が流れ込み、サトシの感情を支配していく。

 

 徐々に理解を始めたサトシの思考は、同時に物理的な感情表現をしていた。そうしなければ発狂してしまいそうだった。

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 叫ぶ。怒りと、悲しみと愛情を込めて。

 オツキミ山の空洞内に少年の絶叫が響き渡り、反響する。

 

 少年を見る二人の黒尽くめの男達はニヤニヤし、痩せ細り地面に突っ伏して丸まっている青年はさらにその体を強張らせ、黄色い巨躯はいつもの表情で少年をじっと見つめている。

 

 そして、サトシの絶叫に呼応するかのように、場違いな存在が勝手にその場に現れた。

 

 サトシの腰から赤い光が放出され、ゴローンの目の前に赤いポケモンが現れる。

 

 

「は?なにこれ。馬鹿にしてんの?」

「はっは!気が動転してさらにクソを増やしたか?」

 

 

 ロケット団の二人も、嘲笑する。

 それはそうだ。あからさまに場に似つかわしくない。

 そもそも役立たずなポケモンが岩場というさらに役目がなさそうな場所に現れたのだ。

 

 コイの王様コイキングはその大きな目を見開き、鳴くことはなくゴローンを見据えている。

 

 サトシは涙を流し、その場に手をついてうずくまっている。

 ピカチュウはサトシを守るのが優先なのか、やる気がないのか、動く気配がない。

 

 

「ゴローン、そいつもさっきのやつみたいに踏みつぶしちまえ!」

「どうせ全員最後にはぺしゃんこだ!やれやれ!はっは!」

 

 男二人が調子づく。少年の心を叩き折って、さらにその傷を抉ろうというのだ。

 悪に染まった二人にしてみたらメンタルの定まっていない少年は恰好の遊び道具だろう。

 少年の精神が砕け散る様を楽しもうと、さらなる追い込みをかける。

 

 

「ゴローン」

 

 再度飛び跳ねるゴローン。

 ゴローンがいた場所は丸く陥没し、その中心に緑色の何かから液体のようなものが飛び散った跡があったが、それをあえて見る者は今はいなかった。

 

 

 

 ドーン!!!!

 

 

 大音量と共に三メートルを超える岩の塊がコイキングを押しつぶす。

 

 コイキングに対してサトシはほとんど愛着は無い。

 しかしだからといって死んでいいという存在でもない。

 どんな出会いだったとしても現在はサトシのポケモンなのだ。

 ポケモン大好き少年として、やはり目の前でポケモンがひどい目に会うのは許容できない。

 しかし無常にも現実はサトシの前で展開される。

 

 ゴローンという圧倒的な破壊の権化に対してコイキングは無力に等しい。

 

 

 本来であれば、だが―――――

 

 

 

「ゴッゴローーーン!?」

 

 

 

 ゴローンの悲鳴があがる。

 異常事態だと察知したのか、うつむいていたサトシが少しだけ顔を上げ、正面を見る。

 

 

 ロケット団も自分のポケモンを凝視している。

 一体何が、と月明かりが照らす二体のポケモンに対し、サトシも目を凝らす。

 

 

 

 

 

 ゴローンに、大きなヒビが入っていた。

 なにか固いものに岩を打ち付けた時のように、地面の一点からゴローンの体を這うように大きな亀裂が入っている。

 

 

 

 その足元には、無傷できらめく赤い胴体を堂々と示すコイの王様がいた。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 コイキングは基本的には無能なポケモンだ。

 どこにでも生息し、見境なく釣竿に食いつき、魚なら食えるかとおもいきゃ、骨と皮ばかりで食えたものでもない。

 その上能力も低く、覚える技もごくわずか。そのわずかも使い物にならないとなれば、存在価値はどこにあるのかと四六時中問い詰めたくなる。

 

 当然、バトルにおいて使われることも無く、ゴローン―――しかもドーピングによって強化された攻撃に耐えらえるなどとは天地がひっくり返ってもあるまい。

 

 

 しかし、いくら否定したところで目の前の現象はどう説明すればよいのか。

 

 

 コイキングを支点にして、ゴローンの体にヒビがはいった。

 そしてゴローンはその場に倒れこみ、身体をピクつかせている。

 その場の誰もが、何がおこったのか理解できていない。

 

 

「一体、どういうこと・・・?」

 

 

 先ほどまで気が動転していたサトシですら、その思考をある程度復活させるほどの衝撃。

 その冷静になったサトシがとった行動は、懐から赤い電子手帳のようなものを取り出すことだった。

 

 

 

 ポケモン図鑑。ポケモンのステータスや情報を確認できる便利グッズ。

 コイキングに向けてその状態を知ろうと考えた。

 

 ポケモン図解をコイキングに向けると、赤いランプが点灯し、数秒でコイキングの情報を画面に表示させた。

 

 

 

「・・・・え、つっよ。というか・・・」

 

 

 レベル四十を超えている。

 いや、レベルの問題ではない。そもそも成長値の低いコイキングをいくら育てようとも弱い物は弱い。

 しかしそのステータスはあきらかにコイキングの通常の値を大幅に超えていた。加えて―――

 

 

「なんかめっちゃ固い。」

 

 

 防御力が突き抜けて高かった。

 

 

 ゴローンの攻撃を跳ねのける説得力としては十分な数値。

 理解はできる。しかし納得ができない。

 

 

 なぜコイキングがこれだけの強さに?

 いやそれよりも今考えることは―――

 

 

 

「てっめえなにしやがった!」

「リーダーから預かった大事なポケモンになんてことを!!」

「ぶっ殺す!」

「てめえら首にして持ち帰ってやる!」

 

 次々と暴言を吐き出す二人の男。

 

 そう、今はポケモンの勝敗が問題ではない。

 この状況をいかに突破するかが問題だ。

 

 

 

 サトシは額に汗を流しながら、二人と相対する。

 

 その時、ピカチュウがゆらりと動き始めたのにサトシはまだ気づかなかった。

 

 

 

 

 




50万円分の価値はあったかな

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