「いや、やっぱりやめておきます。」
なんとかそう切り出したのはおじさんに話しかけられてから十五分も経過した頃だった。
「そういわずに、ね?絶対おとくだから。たのむよ。後生だから。」
「いや、もう寝ますので。すみませんが行きます。」
サトシはそういうと、すでに回復が終わっているポケモン達を受付に受け取りに行き、そのままの足で宿泊施設へと向かった。
「ああー、なんかどっと疲れた。もう寝よう。すぐ寝よう。ピカチュウー、ねるよー。ピカチュウ?」
ついてきていると思っていたピカチュウがそこにはいない。
一体どこに行っているというのか。
心配することも無いとは思うが、放置しておくのも考え物である。
なにより、寝るときはしっかりと寝るポケモンだし、夜更かしなどするタイプではない。
我ながらポケモンに対して何を言っているのかと思うが、まあそれはピカチュウだからよいとしよう。
とにかくピカチュウを探しにいかなければ、と眠い目をこすりながら部屋を出る。
「ピッカー」「おっと」
ドアを開けるとすぐ目の前にピカチュウがいた。
よかった、探す手間が省けたと思ってピカチュウを見ていると、ふと黄色以外のカラーリングが目に飛び込んできた。
ピカチュウの片方の手には一つのモンスターボールが握られている。
怪訝な顔をするサトシ。
はて、ピカチュウにモンスターボールを預けただろうか。
途中で落とした?しかしサトシの腰には依然として四つのボールがついている。
なおも怪訝そうに首を傾げる。
それに合わせて首を傾けるピカチュウ。その手にはモンスターボールが握られたまま。
そして、もう片方のあいた手に持っていた何かをサトシに手渡してきた。
「・・・?」
傾けていた首を一層傾けるサトシ。
両手の上にポンと置かれたものは、厚さ五ミリ程の紙の束。
「あれ?いつのまにピカチュウがジムの賞金をもって、って、なんか随分減っているような・・・ボール?ピカチュウ?・・・」
眠かった頭がだんだん冴えてくる。
こう、ピカチュウがサトシの予想しない動きをするときは、なにかいらんことをした後のような記憶がいくつか蘇る。
いやまさか、と思いつつピカチュウの手にもつモンスターボールをつかみ、そこらに中身を出してみる。
バシューー
「ココココッコッコココココッココココ」
「ピカチュウうぅぅううううぅううう!!!!!なにしてんのぉおおおおお!」
その場でビチビチ跳ねる赤くてでっかいコイの王様。
ピカチュウはそしらぬ顔でそっぽを向いている。
何故にこの黄色いデカ物はサトシにこうも試練を押し付けるのか。
その真意はピカチュウにしかわからない。
ピカチュウにもわかってないかもしれない。
サトシの頭痛はひどくなる一方だった。
―――――――――――――――――――
「おっじさーーーーん!!!!!!」
「おや、さっきのぼっちゃん。」
「コイキングの返品を」
「だめですよー?一度買ったものを気に入らないからと返品だなんて」
「だってあれはピカチュウが」
「あなたの連れのピカチュウのコスプレしたでっかい人でしょう?きちんとお金持っておりました。実にいい取引でした!」
「うぐぅ・・・」
今後の所持金が一気に半分になってしまった。
ハナダシティのジムで勝てばまたいくらかもらえるだろうか。
そしてそれまでこのお金が持つのであろうか。主にピカチュウの食費。
もう返品は無理なのかと諦めたサトシは、幽鬼のようにフラフラと部屋へと戻っていった。
いろんな意味で疲れたサトシは歩調もゆっくりに部屋にたどり着くとゆっくりとドアを開けた。
そこには、主人を置いてぐっすりスヤスヤ眠る気持ちよさそうな黄色い巨体が。
「・・・」
半ばどうでもよくなって、サトシもそのままベッドへ身体を投げ出す。
ボスッという音がして、少し硬いマットレスに体を埋もれさせ、サトシは眠りにつく。
コイキング、サトシのパーティに加入。
サトシのパーティはどうなっていくのか。
―――――――――――――――――――
朝。
いつも通り朝日で起きる。
こう天気がいいと散歩でもいきたくなる。オツキミ山ピクニックにしゃれ込んでも罰はあたらないだろう。
チュンチュンと外で鳥が囀り、山独特の澄んだ冷たい空気がサトシを出迎える。
「とても最高の朝だ。」
そうつぶやいて、室内の床を視界に入れる。
「こいつさえいなければ。」
「ココココココッコココココココココココッコッコ」
ボールにしまったはずのコイキングがなぜかでてきて、床で跳ねていた。
一体どうなっているのか。
まさかこいつも勝手にモンスターボールから出てくるタイプのポケモンなのか。
曲がりなりにも水タイプなのだから地上にはでてこないでほしい。
というか五十万円払ってまでなんで自分のストレスを溜めないといけないのか。
そう考えて、一刻も早く視界から外そうとモンスターボールを向け、コイキングをボールに戻す。
「ココッココココ「バシュー」ココッ」
すっぽりとボールに収納され、気持ちのいい朝の静けさが取り戻される。
やれやれ、と今後の道中に不安感じたサトシ。
その一言とピカチュウの目が覚めるのが同時で、ピカチュウがゆっくりと起き上った。
この出来事を引き起こした張本人は、我関せずとばかりにいつも通り、マイペースに朝を迎えていた。
―――――――――――――――――――
ポケモンセンターのロビーに行くと、そこにはもうおじさんの姿はない。
なんかすごくだまされた感じがするし、今でもそう思うけど後の祭りだ。
こうなったらこのコイキングを育てて見返してやるとまで思う。
しかし、あそこまで引き下がるのもなにか引っかかる。
単純にサトシが子供だから、という理由でなのか。
いや、それなら五十万円ふっかけてくる方がおかしい。
何故サトシが五十万円以上所持していると思ったのか。
裏の人間だと察知されていた?
そう考えるとあのコイキングになにか秘密があるのではないか。本当にそれだけの価値があるのではないかと勘繰ってしまう。
それすらも手のひらの上だというのであれば、それはまさに詐欺の手口ではあるのだが。
すでにおじさんに連絡が取れないことを考えるとその線も強い。
(ピカチュウが)買ってしまったことはしょうがない。
ピカチュウに詰め寄ったところで、その言語は理解できないし、どうせピカーとニッコリしてしゃべるだけなのだ。
暖簾に腕押し、ピカチュウに論押し。
いろいろと謎が残るところではあるけど、考えても仕方がない。
オツキミ山に行くとしよう・・・。
せめてピッピを拝みたいな、と思いながらポケモンセンターを出る。
ロビーを歩いているときに、その場にいた人に若干憐れみの視線を向けられた気がするのは気のせいだと思う。
気のせいだと思いたい。というかもう忘れたい。
腰についたモンスターボールの追加分の重さが嫌でも思い出させてくれるのだが。
陰鬱な気持ちでポケモンセンターを出る。
隣でつなぎを着たピカチュウがそんなこともあるさ、とばかりに「ピカピカ」と口にしていた。
コイキング(時価)