書き溜めが無くなりそううひぃ。
―――――目が覚める。
若干のまどろみがあり、自分の体の疲れがとれていることをぼんやりと感じる。
むくり、と起きる。窓から光が入っていることをみるときちんと朝に起きられたようだ。
気持ちのいい朝、という気分ではもちろんないが、体調的には万全でなんの問題もない。
隣を見ると案の定ピカチュウはいない。
相変わらず規則正しい生活をしているようだ。よく考えるとサトシが起きたときにピカチュウが隣にいたことは一度もない。
サトシがズボラなのかピカチュウが早起きなのか。
まあ、いつまでたっても起きないピカチュウを起こすってシチュエーションが避けられただけマシなのだろう。
しかしそれにしても―――
「あれだけ戦ったあとなのに、元気だなあピカチュウ。」
恐らくロビーにいるのだろう。迎えにいくとしよう。
そう思い、荷物をまとめて部屋を出る。
ふと、壁にかかっている時計を見る。
「・・・ぜんぜん朝じゃなかった。」
時刻は午前十一時を回っており、時計の針がカチカチとサトシを急かすように進んでいく。
―――――――――――――――――――
「おおい!サトシ君!随分遅いお目覚めじゃないか!」
ポケモンセンターのロビーでサトシを出迎えてくれたのはピカチュウではなく、昨日下手したら殺し合いにまで発展しかけたニビシティジムリーダーのタケシだった。
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか。」
「あ、わかります?」
あからさまに眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げたサトシを見ながらタケシが溜息交じりに言う。
しかし、よくよく考えてみるとこの状況はあきらかにおかしい。
なぜタケシがサトシ友好的に話しかけてくるのだろうか。
ピカチュウ発端の、あくまでピカチュウ発端の事故で―――ちょっとピカチュウあんまりこっち見ないでこわい―――タケシの怒りを買って裏のバトルになった。
その結果、なんとかかんとか勝ち越したが、それによってタケシの怒りをさらに買っているものと思っていたのだが。
「えっと・・・昨日は」
「ああ、大丈夫、わかっているとも。申し訳なかったね。つい気が動転してしまってね。ははは」
「そ、そうですか。ところで一体何の用事でしょう?」
若干ひきつった顔をした後、サトシが問う。
一体なぜ、どんな目的でサトシの前にいるのか。
かなりの確率で報復だと考えているサトシではあるが、目の前にいる笑顔のジムリーダーを見ると、報復であると断定し難い空気ではあった。
なにせ笑顔。すんごい笑顔なのだ。
元々細い目がさらに細くなり、見えているかも怪しい。
それでもしっかりとサトシを見つめて、満面の笑みを振りまいている。
「何の用事、って決まっているじゃないか。ああ、ここだと話しづらい。一緒にジムまできてくれないか。」
「も、もうバトルはしませんよ!?」
勝てるわけがない。あのバトルは偶然とタケシの侮りとなんかその場の勢いというか夜のテンションというかそういうものが奇跡的に噛みあった結果だ。
再戦したところで、サトシの戦略がバレている時点で勝ちはない。―――――ピカチュウに言うと怒られそうではあるが。
「バトル?おかしなことを言うね。サトシ君はギャグセンスも磨いているのかい?まだ未成熟と言わざるを得ないよ。はっはっは」
「いや、だって、昨日・・・」
「昨日のバトルについては、決着はついただろう。ともあれ、ジムにきてほしい。ここでは話せない内容も多いからね。準備もあるだろう。後ででいいから必ずくるんだよ?」
そういうとタケシは、じゃ、あとでねと軽く手を振ってポケモンセンターを去っていった。
一体なんだというのか。タケシとの望まぬ再会がなければ、こっそりとニビシティを出ようと思っていたがそれも叶わなくなってしまった。
人生とはかくもうまくいかないものなのかと十四歳ながらに悟りを開こうとするサトシ。
前途多難である。
いや、始まったばかりで難が多すぎる気もしないではないが、その分今後は減っていく傾向だと信じよう。信じたい。
避けることができなかった再会に起き抜けの気分がかなり下がった。
しかし行かないというわけにもいくまい。
ピカチュウがロビー内で他のポケモンと会話していることを確認したサトシは、イスに座って足りないアイテムや食料などの確認を始めた。
タケシの元にいくのは買い物の後でよいだろう。
ちょっとでも気分を変えていかないと、空気に耐えられそうにない。
買い物して、おいしいお昼ご飯を食べよう!
ジムリーダーに勝ったしね!お祝いお祝い!
無理やり気分を鼓舞させるサトシ。
遠回しにその様子を見ていたピカチュウは、やれやれとでも言わんばかりに溜息をついたような気がした。
―――――――――――――――――――
買い物できずぐすりやボールを補充し、お昼ご飯をピカチュウと共に食べる。
相変わらずナイフとフォークと箸を丁寧に使い、和洋折衷な昼食を丁寧に、且つ大量に食べるピカチュウ。
サトシも負けじと頑張って食べる。
張り合ってもむなしいだけではあるが、とにかく気分を紛らわせたい状態であった。
昼食を終えたことでサトシには向き合わなければならない現実が二つ訪れていた。
一つは、ニビシティジムに向かわなければならないこと。
そしてもう一つは――――
「おかねない。」
トキワシティジムのエリートトレーナー達からがっぽりせしめたお小遣いが底を尽きようとしていた。
ある程度予想はしていたが、まさかこんなに早く尽きるとは。
まあ確かに、タケシ戦のためにきずぐすりを大量に買い込んだり、ピカチュウのために服を買ったり、遠慮することなく毎回大量にごはんを食べたりと思い当たる節が無いわけでは無い。
が、それでもこのタイミングで底をつくとは。
運の所為にするには自分の行動に起因する部分が多すぎるとは思うが、それでも運が悪いと思っておくことにした。
こんな状況においてさらにマイナスになることはないだろう。うん、きっとそうに違い無い。
なんの根拠もない確信を胸に、サトシは重い脚を引きずりながらニビシティジムへ向かうのだった。
―――――――――――――――――――
「よーーーう!未来のチャンピオン!ニビシティジムリーダータケシは岩ポケモンの使い手!頑強な胴体に物理攻撃は効きにくい!気を付けろ!」
「あ、どうも。」
なんというかひどく勘違いしている気はするが、昼過ぎに入るポケモンジムは明るくて活気があった。
ジムトレーナーに挑戦するポケモントレーナー。
技の研鑚を積むトレーナーに、ポケモンと交流するトレーナー。
夜に来たときは当然誰もいなかったジムだったが、なるほど、昼間はこんなに雰囲気のいいものなのかと感心していた。
そこへ――
「やあ、サトシ君。きてくれたね。」
「あ、どうも・・・」
タケシがサトシを見つけ、声をかけてきた。
タケシが練習を見ていたトレーナー達に すまない、客人だ と声をかけて、改めてサトシの方へ振り返る。
自分のバトルを見てくれなくなったことに対して若干不服そうな顔はしていたが、特に文句を言うでもなく、はいと返事をしてバトルに専念していた。
タケシという存在が愛され、且つ尊敬されているということなのだろう。
確かにここだけみていると面倒見のよい兄貴分のように見える。
―――別の一面があることも間違いないのだが。
「ここではなんだ、奥の部屋に行こう。」
そういって、サトシを先導するように歩きだす。
サトシも特に断る理由は無いので無言でついていく。
ジム内のトレーナーがサトシを珍しい物を見る目で見ているのに居心地が悪かったが、その視線の大半がサトシではなく二メートル四十センチの巨体の方へ向いていることがわかると、なんだかどうでもよくなり、スタスタとタケシの後ろについていく。
「さあ、入ってくれ。」
タケシがジムの一番奥にある扉を開けてサトシを招き入れたのは、応接室のような場所だった。
低いテーブルをはさんで黒い二人掛けソファーが一つずつ。
壁に高級そうな棚があり、その上には花やらポケモンの模型やらが飾られている。
照明は明るく、特に重苦しい雰囲気の空間ではない。
いたって普通の客間だった。
「座ってくれ、サトシ君。」
タケシが先に上座に座り、サトシにソファを勧める。
一度ピカチュウを見たが、手持無沙汰にしていたのでモンスターボールを投げ与える。
ジャグリングを始めたので、サトシはそのままソファに腰を落とす。
「さてまずは、ニビシティジムリーダーの突破おめでとう。」
「は、え・・ほん?」
変な声がでた。
「何を驚くことがある?どんな形であれ、サトシ君は公式のバトルに挑戦し、勝利を収めた。その事実は揺るがない。」
「いや、なんというか、てっきり、その、仕返しとかされるのかと・・・」
「仕返し?ここはジムだぞ?ポケモンバトルでの勝敗に対する報復など、存在していい空間ではない。たとえ裏のバトルであったとしてもだ。それが公式戦というものだ。」
「でも、僕はタケシさんのポケモンを・・・」
「ああ、死んでしまったよ・・・非常に残念だ。」
タケシは少しうつむいて答える。
いかにジムリーダーとはいえ、自分の育ててきたポケモンが失われたことに対する感情の変化はあるらしい。
それでなくともタケシはポケモンに対する愛情が大きすぎた。
その所為で無理やり戦うことになったので、全面肯定しかねるが、タケシの愛情は本物ではあった。
そこに疑う余地など無いことは直接戦ったサトシには痛いほどわかる。
「だが、それとこれとは話が別だ。―――――まずはこれを受け取りたまえ。」
そう言うと、タケシは懐から小さいバッジを取り出した。
「これはグレーバッジ。当然、表のバトルで渡すものとは違う、特別製さ。」
「これが・・・グレーバッジ。」
そういえばと思い出す。
各ジムリーダーを倒すことでそれぞれのジムを象徴したバッジが貰え、すべてのバッジをそろえることでポケモンリーグへの挑戦権を得ることができるのだと。
そんなことをすっかり忘れていたので、タケシを倒したにも関わらずそのまま町を出るところだった。
タケシの律儀さに感謝せねばなるまい。
「このバッジは通常のバトルで渡すものと形は変わらない。だけど、黒いバッジを接触させることで発光する宝石で出来ている。ちなみに普通のバッジはプラスチックだがね。」
はっはっはと軽く笑いを入れてくる。
「そして、僕に勝った報酬だ。まったく、裏のバトルというのは出費がかさんでいけないね。サトシ君も気を付けるといい。」
首を傾げるサトシ。
意味はよくわからなかったが、そんなことお構いなしにタケシが再度懐に手をいれ、何かをつかんだまま低いテーブルの上に手を動かし、それを置いた。
一センチくらいの札束がテーブルの上に鎮座していた。