ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第二十三話 ジムリーダー戦、決着

 満身創痍。サイドンは全身から血を流し、痛々しい傷を負っていた。それでも立ち上がりタケシを守るのは単なる愛情だけではないだろう。

 主人を主人足らしめる存在。それは優秀で律儀で自己犠牲精神あふれる従者なのだ。

 

 対してピカチュウ。

 相変わらずのニッコリポーカーフェイスではあるが、こちらもエネルギー空っぽで動くのもやっとな状態。

 サトシもそれは十分に承知しており、その顔は戦いが終わったと思っていた緩んだ顔から、緊張感のあるものへと変わっていた。

 

 腰にあるモンスターボールを持ち、目を回したクラブとキャタピーを回収する。

 バシューーと音をたててボールに戻る。

 二つのボールを大事そうに抱え、ありがとう、と小さくつぶやいた。

 

 バトルはまだ終わっていない。

 ピカチュウとサイドンは互いににらみ合い、緊張を保っている。

 

 タケシはサイドンの後ろでガックリと腰を落とし、地面を見つめている。

 愛情こめて育ててきたポケモンが失われたとき、トレーナーは何を思うのだろうか。

 タケシは、確かにドーピングによってポケモンを強化し、数多くのトレーナーをバトルによって沈めてきただろう。

 裏の世界にとっては当たり前かもしれない。褒められることでもない。

 それでもタケシのポケモンに対する愛情は本物だ。

 多少、過度な部分はあるが、それでも純粋にポケモンをすべからく愛し、接してきた。

 この争いも原因をたどればピカチュウによってもたらされた理不尽な暴力。

 体中の血が沸騰したのではと思えるほどに怒り、制裁を加えるためのバトル。

 なのに失ったのは自分のポケモン。タケシの精神が崩れ落ちそうになっているのを皮一枚で支えているのが目の前にいるサイドンだった。

 

 

 互いに膠着状態が続く。

 ピカチュウもサイドンも、すでに体力の限界だ。

 ピカチュウは電気が足りていないだけで体力はまだ若干残ってはいる。

 しかしサイドンの体力は底をつきかけていた。

 その重い胴体を支えるのは不屈の精神。負けてはならない、主人を守ると決意しているからこそ起きる奇跡。

 

 立っているだけで体力を奪われる現状において、先に行動するのがどちらなのかはおのずとわかる。

 

 

 

「サイッドーーーーーン!!!!」

 

 雄叫びを上げ、右足を力強く踏み出す。ズンッと重い音が響き、踏み込んだ地面にヒビが入る。

 

 それに伴い、タケシが顔を上げる。

 

「やめるんだ・・・サイドン・・・おまえまで失ったら・・・僕は・・・・」

 

 泣きつくように小さく声を出す。

 

 サイドンは振り向かず、最後の力を振り絞って闘志をむき出しにする。

 

 

 

「ピカチュウ・・・」

「ピッカー」

 

 

 相変わらず何を言いたいのかわからない。それでもピカチュウは前に出る姿勢を崩さない。

 次が最後の一撃、とでも言いたげだ。

 

 

 サトシは無言でピカチュウを見送り、その場から少し離れる。

 サトシが傷ついてしまっては元も子もない。

 自分ができることは、ピカチュウの戦いの邪魔をしないこと。そのために自分自身を守り抜く。

 

 

「ピッカーーーー!!!」

 

 

 初めて聞く、ピカチュウの咆哮。

 いや、咆哮といえるほど迫力のある声ではないのだが、それでもポケモン同士で戦いの意思が確認できたようだ。

 サイドンが走り出す。

 

 

「サイッドーーーーン!!!」

 

 

 傷だらけの腕から繰り出される大質量のパンチ。

 メガトンパンチの威力には遠く及ばないが、それでも岩を砕き、破砕するだけの威力はある。

 ピカチュウはそれを右に跳ねて回避。

 そのまま一回転し、尻尾をたたきつける。

 

 左腕でそれを防ぎ、サイドンも尻尾をピカチュウに振りぬく。

 ピカチュウはサイドンの左腕を蹴り登り尻尾を回避し、数メートル離れたところへ着地。

 

 一対一。物理と物理。

 互いの肉体のみを行使し、巨躯を操り一撃を繰り出す。

 二体とも最後の瞬間を狙っている。

 

 ピカチュウの切り札は「こうそくいどう」。

 目に見えない速さから繰り出される攻撃はいくら精神力の強いサイドンでも崩せるだろう。

 しかし、その攻撃手段はすでに一度サイドンの目に触れている。

 何がくるかわかっていれば防御もカウンターも狙える。

 サイドンはそれができるだけの技量も経験も持っていた。

 

 ゆえに、使えない。

 ピカチュウはサイドンの隙が生まれる瞬間を待つ。

 

 ではサイドンの切り札はなんなのか―――――

 

 

 

 

 サイドンとピカチュウが再び接近し、拳を放ち、尻尾を振り、地面を割る。

 

 互いに牽制しあう。

 

 幾度となく打ち合われる打撃。

 終わりがないようにも思われるその打ち合い。

 

 

 

 しかし、その瞬間は急に訪れた。

 

 

 

 サイドンが尻尾を振りぬき、それを跳躍で回避したピカチュウがサイドンの正面に着地。その瞬間――――――

 

 

「!!!!」

 

 

 サイドンの頭に生えた、鈍く光る角が回転しながらピカチュウに向かって高速で伸びた。

『つのドリル』。サイドンの持つ一撃必殺技だ。

 

 

「ピカチュウ!!!」

 叫ぶサトシ。しかしサトシの声はもはや二体のポケモンには届かない。

 集中を通り越して二体だけの空間が作られている。

 互いが互いのことしか見えていない。

 少しでも油断すれば負ける。

 

 

 

 サイドンが初めて使う強力な技にピカチュウは虚を突かれた。

 しかしそれにやられるピカチュウではない。

 数々の戦闘経験によって、着地した瞬間に再度跳躍することを身体が選択し、頭で考えるよりも早く行動した。

 その結果ピカチュウが一瞬前までいた地面には、えぐり取られたように地面が陥没し、その絶大な破壊力を物語っていた。

 

 ピカチュウはその穴を一瞥し、切り札を使ったであろう相手を空中で目の中に捉える。そして、それが切り札でなかったことを察した。

 

 

 サイドンの口にまばゆい光が収束し、一気に放たれた。

 神々しい光と共に運ばれるのは絶大なる威力。ポケモンが覚える技の中で最も高威力であり、反動でポケモン自身も行動不能になるという諸刃の剣。そして、サイドンの本当の切り札。

 

 

 

『はかいこうせん』

 

 

 

 極太の光線がサイドンの口から放たれ、空中にいて自由に動けないピカチュウを捉える。

 奇しくも、ピカチュウが放ったかみなりとそっくりな光の束が、岩がごろごろ転がっているフィールドを一際明るく照らした。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 まばゆい光が収まり、サトシは白くなった世界から解放されてちらつく視界をはやく回復させようと頭を振る。

 

 だんだんと視力が回復し、現場を目の当たりにする。

 

 そこに、黄色い巨体はきちんと存在した。

 

 

 

 

 

 サイドンによって『はかいこうせん』が放たれる瞬間、ピカチュウは手近にあった岩を尻尾で引っ張りあげ、盾にした。

 引っ張りあげることができる岩など存在するのかという疑問だが、その岩には何故か背びれのような尖った角が生えていた。

 

 それは衝撃波によって爆散したイワークのなれの果て―――いい感じに伸びていたその角をつかみ、自分の正面に引っ張り込んだのだ。

 

 

 そのおかげで直撃は避けられた。

 最も、それだけで全てを防ぎきれる威力ではない。

 あくまで致命傷を避けた、というだけの話。

 

 しかし決着をつけるにはそれで十分だ。

 

 ピカチュウはゆっくりと立ち上がり、サイドンに近づく。

 

 

 サイドンは動けない。

 はかいこうせんを撃ったあとはしばらくその反動がある。

 そしてサイドン自身の精神も、最後の一撃を回避されたことで尽き掛けていた。

 

 ピカチュウはサイドンまで一メートル、といったところで立ち止まり、腰をふかく落とし、姿を消した。

 

 

 ページを飛ばした漫画のような感じだった。

 次の瞬間目の前にあったのは、ピカチュウが右ストレートを打ち抜き、サイドンの胴体に突き刺さっている光景だった。

 

 

 このバトルにおいて何度目かの静寂。おそらくこれが最後であろう静寂。

 

 ピカチュウがゆっくりとその拳を戻し、後ずさる。

 

 体重をかける相手を失ったサイドンは血反吐を吐き、その場に前のめりに崩れ落ちた。

 ズンッ―――と力なく崩れる巨体に地面も悲鳴をあげ、最後とばかりに大きなヒビを入れた。

 

 

 

 

 

 ニビシティジムリーダー戦は、サトシの勝利で幕を閉じた。

 

 またしても抱えきれない大きな傷跡を残して―――――――

 

 

 




ようやくバトル終了。

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