ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百六十九話 暗い部屋

困惑。

 

キョウという男の価値観、生き様。

それは確かに壮絶であり、死者と共にあったのだろう。その感情がいつまでも残っており、現在に至るまでの罪悪感に苛まされるものであったのだろう。

忍びという生き方はそういうものだと。ゆえに、役割は役割として受け入れなければならず、さりとて自身の考え、生き様とその役割は反発する。

それは辛いことだろう。人の死に向き合う生き方であって、死を反発する。

自分は忍び。故に、殺す。

そうであればよいと、そうであらねばならぬと教えられてきた結果がこれ。

酷く歪んだ何かと成り果ててしまったキョウという人間は、しかし今もこうしてここに、サトシの目の前にジムリーダーとして座している。

 

矛盾は無い。もちろん、役目を果たすということに忠実であるということに思えるのだが―――

なにか、なにかが。

引っかかる。

 

こういう時は逃げるに限るのだと数多く経験を積んできたサトシならば選べる道だ。たとえそれが問題の先送りだったとしても、強制的に押し寄せてくる問題よりかははるかにマシ。準備できる問題であれば然るべきである。

 

 

「―――お話、ありがとうございました。一度考えさせてください」

 

「ああ、もちろんだとも。またいつでも来るとよい。―――では外まで送ろう。」

 

 

二人と一匹はキン、と静まり返った道場染みた室内を後にし、小さく軋む床をゆっくりと静かに歩き、無言で薄暗い廊下を進んでゆく。

ギシ、ギシと一歩ずつ。

 

 

「・・・そういえばサトシ君」

 

「――なんでしょう」

 

「お茶は美味しかったかね?」

 

「―――はい、まあ」

 

「そうか。それはよかった。」

 

 

後ろでドタ、と大き目の音がして、自身の足元でもそれよりかは小さい、何かが落ちる音がした。

 

それが自分の膝が崩れ落ちる音だと認識したところでサトシの意識の糸は切れて落ちた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

ジャラ、という金属が擦れあう音が耳元でうざったく鳴り、サトシは重い瞼を開き、その音の元を探ろうと頭をあげかけ、どうやらそれが自信の動きと連動して鳴っていることに気づく。

 

「う・・・頭が痛い・・・」

 

頭に靄がかかった感覚。仰向けに転がっていた床は手を置くと数秒で体温を奪っていき、そのざらついた感触から石でできているようだった。

 

それは開きかけの瞼を押し上げるのには十分な感覚で、サトシは漸く自身の置かれている状況を理解すべく、むくりと上半身を起こして痛みの残る頭を振り払い、周囲を見渡し、自分の体の状態を確かめる。

 

薄暗い部屋。5メートル四方程だろうか。天井は見えない。壁の手の届かない高い位置に小さい穴・・・窓だろうか。一つだけのその窓からうっすらと明かりが漏れている。

それ以外に光は無く、うすぼんやりと見えるに過ぎない光量。

壁の一つには扉がついており、格子のついた小さい覗き穴がついている。

 

耳障りだった鎖の音は、自分の首につながれた金属の輪から伸びた鎖から発した音のようだ。

ジャラジャラカチカチと室内に響く音はそれだけで気を滅入らせる。

念のため自分から伸びる鎖を目を凝らしてたどっていくと、期待通りかなんなのか。予想を外れることなく壁に空いた小さな穴から鎖が伸びていた。

言わずもがな、この鎖も輪っかも引きちぎれるとは思えない太さと頑丈さ。

 

まあ、つまりは。

ここまで揃っていたらもう間違えようがない。

自分は、抵抗する間もなく捕まり、閉じ込められて鎖につながれているのだ。

 

 

「・・・泣きわめいたところで、どうしようもないんだろうな」

 

 

ここまで落ち着いているのも気持ちが悪い。

それもこれも過去の薫陶あってのもの。感謝などしたくもないが、泣きわめかないメンタルを会得したと考えれば捨てたものではない。経験値万歳。

 

とはいえ、状況は最悪。原因は十中八九、キョウの仕業。

朧げではあるがお茶がどうのと言っていた記憶を掘り起こす。

さらに言えばほんわかと漂っていたお香の匂いもだろうか?無味無臭の眠り粉でも吸わされたか。

まんまと長話に突き合わされて、効能が現れるまで待たれたわけだ。

あの話も嘘・・・か?

どちらにしろ、なんで閉じ込められているのか理由がわからない・・・

 

 

―――いや、理由なんて知りたくもないが、とにかく出る手段も見つけなければ。

きっと何か出る手段があるハズだ。ピカチュウが落ち着いているわけも無いし、そちらも期待できる。

キョウからの交渉もあるだろう。何を要望してくるかはまったくもってわからないので準備などできないが、気持ちの準備はできる。

 

 

自分の尻が冷たくなってきたので体を起こし、石のベッドで固まった筋肉をもみほぐしながら立ち上がり、改めて周囲を見渡す。

―――見事なまでに何もない。

念のため、オーイ!と大きな声で叫んでみたが、もちろん反応なし。

 

特徴の無い石造りの壁も滅入るが、なによりもこの天井だ。

いや、天井は厳密にいえば見えないのだが、底なしの落とし穴が上から迫ってくるような感覚に陥る。

漏れている光で見える範囲には天井と呼べそうなものはない。壁にとっかかりでもあれば登っていけるかと思ったが、当然そんなものは無し。幸い、首につながれている鎖の行動範囲は狭くない。

身に着けていたものも、来ていた服以外無し。リュックもモンスターボールも全て無し。ついでにポケットにいれてたティッシュもハンカチも無しだ。

 

 

サトシは自分のできることをまずすべし、という考えの元、とにかく周辺の状況を調べては頭に入れ、調べては頭に入れを繰り返す。

 

 

 

 

―――そして、どうしようもないということを理解するまでにそう長い時間を費やすことはなかった。

 

 

 

 

 

時計が無いため正確な時間を把握することはできないが、サトシが気が付いてから2時間程だろうか。

サトシはボーっと壁際に座りつつ、今後の展開を考えていた。

キョウはいつくるのだろう。来て何を訊かれるのだろう。なぜ閉じ込めているのだろう。ポケモン達はどこにいったのだろうか。目的は。

 

ぐるぐるぐるぐると答えのない疑問が頭に浮かんでは消えていく。

とにかく今は、待つしかない。

何も情報が無いのだから、まずはキョウを待たなければ。

 

まだ少し続く頭痛にしかめっ面をしつつ、人間らしく睡眠欲だけは襲ってくる。

 

悩んでいても仕方がないという考えもあり、サトシは薄暗い室内を恨みながら、なるべく冷たい石に触れないように体の位置を調整しつつ眠りについた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

サトシがここにきて、四日が経過していた。


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