ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百六十六話 キョウとの邂逅

「拙者のことがそんなに気になるかね、サトシ君」

 

背中に冷や汗をかく。

人間、いきなり背後から声をかけられて驚かない人は相当肝が座っているか最初から想定していた人かのどちらかだとは思う。サトシとて数々の修羅場を経験してきたとはいえ、こんな不意打ちに対応できるほど人間離れしているわけでは無い。そう、なんの準備もしていないまま、ジムリーダー本人が自分の背後にいるだなんて、想像からかけ離れていた。それも自分の名前をすでに知っている。

しかし、少し考えればわかることでもあった。ジムの制覇も終盤戦。ただでさえ突破は困難を極めるジムリーダー戦をここまで戦い抜いてきた以上、すでに名前や戦い方を認知されていてもなんらおかしいことは無い。むしろ知っていてしかるべき、と認識しておくべきだったとすら思う。

そして同時に、こんな真昼間から『大人気のキョウ』が裏の顔を見せるわけも無い、ということもサトシは今までの経験でわかっていることだった。

 

「あなたが、セキチクジムリーダーのキョウさんですか。いきなり背後から声をかけてくるなんて、びっくりしましたよ」

「ふむ、至極最も。先ほどの女性との会話が終わるのを待っていたのでな。見つかると面倒故、容赦願いたい」

「なるほどたしかに」

 

先ほどのキョウガチ勢に本人が見つかったら発狂して二時間は離さないだろう。

そして、いくらセキチクシティで大人気の人物だとしても、時間は有限だ。ファンサービスもほどほどにしないと、本来の用件などこなす方が難しい。そのあたりのことも含め、必要以上に街の中には出てこないのだろう。

それでも数多くの信頼を得ているのはニンジャの要領の良さというところだろうか。いまだにニンジャというのがよくわかっていないが。

 

「ファファファ!理解が早くて助かるな!聞いていた通り、随分と頭の回転が早いと見える。肝も座っておるし、ジムリーダーを下してきたというのも強ち偶然というわけでもなさそうだな。」

「・・・やっぱりいろいろと知っているんですね」

「勿論。他のジムリーダーは情報というものを軽んじておる。自分の力を過信しているが故に周囲に目を配ることを怠るものばかり」

「キョウさんはそうじゃない、ってことですか」

「当然よ。だがまあ、今となってはこんな情報収集も無駄でしかないがな。」

「無駄?どういうことですか?」

「意味を知りたくばジムに来るといい。客人として丁重に迎えようぞ。ファファファ」

「え?ちょ、ちょっとまっ・・・いない」

 

草むらの向こうに消えたと思ったら、本当にいなくなってしまった。

周囲を見渡してもどこにもいない。これがニンジャ。不思議だ。

キョウは何しに来たのだろうか。

対戦相手の確認?にしては何も聴き出そうとしていない。

むしろ自分のことを話してすらいる。喋り方が古めかしい感じはするが、人柄も悪いわけではないように感じた。むしろタケシ以来の常識人寄りではなかろうか。比較する対象がタケシ以外にいないというのがジムリーダーの常識外れな人間性を物語っているが、それにしてもなんの異常性も感じない。本当に『気のいいオジサマ』という感じだ。最も、サトシの事情を知りつつ隠しもせずに近寄ってきた以上、裏のバトルをやることに疑問は無いだろう。ではわざわざ近寄っていた目的は?

 

「・・・本当にただの挨拶?」

 

とりあえずジムにおいで、御茶菓子用意して待ってるよ〜というニュアンスを残して去って行った。

そんなことを言われても今までの経験上、ろくでもないことが起きるだろうということは容易に想像できるが、気になることを言っていた。こうして情報を集めることも、無駄でしかないと。

無駄とはどういうことなのか。調べるまでもなく叩きのめす自信がある?そもそも戦うつもりが無い?どちらにしてもジムリーダーとしてどうなのかと思ってしまう。

とにかく行ってみる、という選択肢をとるべきか否かーーー

 

ピカチュウがデンプシーロールよろしく、ドードーの高速つつく攻撃を左右に躱しているのを横目に、サトシは考え、そしてゆっくりと顔をあげる。

 

「うん、わからない!」

 

ニッコリとそう呟くのだった。

 

とりあえず思考放棄したサトシは、元々の予定通りにふらふらと情報収集することにした。

結局のところ、お誘いされずともジムには行かねばならないのだから、キョウでは無いがきちんと情報収集して行く方がよいだろう。それに、毒に対してどう攻略するか、ということも考えねばならない。毒消しが百個くらい必要になるに違いない。いや、そもそも毒消しで消えるような毒なのだろうか?ドーピングされているわけだし、死ぬまで蝕み続けるとしてもおかしくない。もしかしたらそのまま溶けてしまうのでは・・・

いろいろ考えるうちに身震いしてしまう。今まで通りとはいかなそうだ。毒の攻撃は意地でも全て回避しなければならない。

そうは思うが、それでも念のために毒消しはいくつか購入しておくに限る。サトシは道ゆく人にキョウの事を訊きつつ、再度フレンドリーショップへと赴くのであった。

 

 

ーーー

 

 

「待ち兼ねたぞ、サトシ君」

「ど、どうも」

「ピピカ」

 

夜八時を回った頃、サトシはセキチクジムへと顔を出した。

正直なところ行きたくなかった。待ち構えているところにのこのこ顔を出すというのも釈然としない。しかしサトシにとっては行くしか選択肢が無い。

ああ無常。これが罠だったとしたら目も当てられない。サトシとしては万全の状態でここに来る以外にできる抵抗など存在しなかった。念のためにオーキド博士に連絡して毒ポケモンへの対策を訊いたりもしたが、『毒になったらヤバい』くらいの情報しか手に入っていない。そんなことわかってるよ!としか言えず、オーキド博士もがははと笑っていた。これがサトシの遺言にならないことを祈りたい。

ちなみに言うと、街の人から得た情報もまったくもって裏の世界とは紐づかないものばかりであった。効き込みがいい結果になるとは限らないのはハナダシティでの教訓ではあるが、いかんせん情報が無さすぎる。強いて言うならマサキが言っていたクソ野郎という言葉だが、今のところクソっぽいそぶりは見せていない。

まあ街の人に比べてたらマサキの方が深く接しているだろうから信じるとすればマサキの言葉なのだが、あれだ、マチスに比肩できるほどのクソ野郎なのだろうか。そうだとしたら、今度こそサトシの命は蝋燭の火だろう。クソ野郎レベルが低いことを祈るしか無い。頼む、クソレベル低めであってくれ。

 

「この時間を選んでくるとは、流石サトシ君だ。さあどうぞ」

「・・・オジャマシマス」

 

べ、別に街が広くて気付いたらこの時間だったなんてことは無いから。うん。知ってた。ジムの営業時間が七時で終わるとか知ってたし。

 

キョウに導かれるままにジムの中に入ると、今までのジムとはまた一風変わった見た目だった。

 

「えっと、タタミ?ってうわ、ピカチュウ飛んでる。どうなってんの」

 

ピカチュウが壁の無いところで空中に固定されている。

何かにつかまっている姿勢のまま左右をキョロキョロ見回しているピカチュウが地上二メートルのところにいる。ぶっちゃけキモい。

 

「ファファファ。これはセキチクジム名物、『見えない壁』よ。ジムの中は迷路になっておる。この試練を乗り越えてようやく、拙者への挑戦が可能となるのだ」

「なるほど、面倒臭いですね」

 

思えばクチバジムも仕掛けがあった。とても面倒臭かった。あちらは警戒心が強いとかそういう話だったが、こちらは試練ということらしい。試練・・・通常のポケモンバトルに透明の迷路を突破する試練が必要なのだろうか・・・

そうは思いつつ、昼間にこなくてよかったなあと心から思う。きっと一時間くらい突破できない。

キョロキョロしつつキョウについていくと、壁の前で立ち止まる。

 

「キョウさん?」

「ここだ」

 

キョウが壁をぐい、と押すと扉のように壁が開いた。すごく怪しい。

サトシとピカチュウもそれに続く。最悪ピカチュウに破壊してもらって外に出よう。

そう思ったのも束の間、壁の向こうはすぐに茶室。エリカのところで見たような和風の拵え。違うのは卓が無いことか。というかほとんど何も無い。畳が六枚敷かれているだけの、ただの和室だ。

キョウがどこからか座布団を三枚出して置き、さっさと自分が胡座をかいて座った。

 

三枚なのは・・・ピカチュウの分か。

このジムの中では比較的?大人しくついてきているピカチュウ。とんでもないことをしでかさないかと戦々恐々としていたが、いつも以上に見張っているサトシの怨念が通じたのか、目立った悪行をしようとはしていない。みえない壁に登ったのはノーカウント。

サトシも座布団に胡坐をかく。ピカチュウも続いて座る。なぜか正座だが。

 

「お招きに応じていただき感謝の言葉も無い。といっても、放っといても来たとは思うがーーーまあそれはそれ。まずは茶でも飲みつつ言葉を交わそうではないか。客人」

「茶?ってうわ、お茶がある」

 

気がついたら目の前にお茶が出ている。しかも人数分。

ピカチュウが人間と同じものを口にするというのも知っているのか。

 

「・・・それで、なんの話でしょう」

 

お茶をズズ、と口にしつつサトシは早速話を振る。

ジムリーダーの話は録でも無いことばかりなのだ。いい思い出など皆無に近い。カスミ?あれはノーカン。ノーカンだから。

 

「ファファファ、そう構えることでもない。拙者、もう裏のバトルはしたくないのだ。」

「・・・・・・・え?」

 


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