ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百五十二話 ヤマブキシティジム、突入。

「ここがヤマブキシティジム・・・空手道場の傍だったんだ。」

 

「ピカピカチャ」

 

 

 次の日の朝、サトシはピカチュウと共にヤマブキシティジムの前にいた。

 隣の建物から「どっせええい!!どありゃああ!!!あちょおおおお!!!!」などと嫌でも聞こえてくるのは、夏にセミがミンミン煩いものと同等の風物詩的なものだと考えればなんとかやり過ごせそうだった。

 そうでもしないと嫌な思い出しか出てこない。

 たまに「ぴかぴさんに投げ飛ばされてもいいのか!オッス!」とか聞こえてくるのは全力で無視したい。これからジムリーダーに挑もうというのに、非常に残念で複雑な気持ちになる。隣にいるピカチュウはまんざらでもないようなのがなおさら腹が立つ。

 しかし、それくらいは我慢しよう。なぜなら、これから死闘を繰り広げる覚悟なのだから。

 

 何度も見ているポケモンジムの外観。これからポケモンマスターを目指すポケモントレーナーにとって、それは見るだけでやる気と熱意に満ち溢れるものであるだろう。自分の力量を試す場所。力の証明。努力の成果。それぞれの想いを胸にジムリーダーへと挑戦する神聖な場所。本来はそういった場所なのだが、今のサトシにとっては地獄の門のような、処刑台のような、たとえ打ち破ったとしても決していい感情など発生しえない場所である。自分はこの短期間でどこまで歪んでしまったのやらと自嘲してしまう。ヤマブキシティは大きな街であるが故、他のポケモントレーナーも多く訪れるようだ。たった今、サトシの横を通って昂った心を表情に出した少年がヤマブキジムへと入っていった。自分と同程度の年齢。同程度の背格好。しかし、その表情は明るく夢に溢れているように見えた。少なくとも、サトシの表情はそうではないのだろうと、昨日のオーキド博士の言葉から想像できる。

 どうしても以前の自分と重ねてしまうが、ブンブンと首を振り、余計な感情を払拭する。

 

 

「やめよう。僕は僕だ。やるべきことを、やるんだ。」

 

 

 自分に言い聞かせるように決意の言葉を声に出し、サトシは先ほどの少年に続き、ヤマブキシティジムに足を踏み入れた。

 

 

 と思ったら、すぐに出てきた。

 

 

「ピカチュウも来るんだよ!!!」

 

「ピピカチャー」

 

 石をひっくり返して、へばりついている気持ちの悪い虫で遊んでいるピカチュウの手をひっぱり、なんだか緊張もほどけてしまった心持で再度ジムの中へと入っていくサトシだった。

 

 

 

「うわ!虫は置いて来てよ!!」

 

 

 

 そんな言葉を残してジムの扉はゆっくりと閉じ、サトシは日常と隔絶された。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ピカピー」

「うるさいな・・・苦手なんだよこういうの」

 

 

 サトシは迷子になっていた。

 

「なんでジムの中でワープしなきゃいけないの・・・シルフカンパニーで使ったけど、本当に原理がわからない・・・」

「ピ~カ~」

「ピカチュウ、行ったり来たりしないで」

 

 ヤマブキシティジムの中は、シルフカンパニーの中に設置されていたワープゲートが大量に設置してあり、たくさんある部屋それぞれを結んでいるようだった。

 それぞれの部屋には出入口は無く、ワープゲート同士で繋がっている。もちろん地図なんてものは無く、どの部屋にいくのかは全くの謎。行ったり来たりを三十分近く繰り返した結果、ようやくナツメの場所へとたどり着いた。

 

 

 

「私はエスパー使いのナツメ。あなたがくることはわかっていました。」

 

「え、そうなの?」

「ピカピチャ」

 

 これは予想外だ。様子見とかできないということか。サトシが裏のトレーナーだということも―――

 

「それでは、裏のバトルへご案内します。」

 

 しっかりバレているようだ。エスパーというのはなんともやりづらい。

 いつもはこう、もっとドタバタしているというか、ピがつくでっかいのが何かやらかして否応なくバトルに突入するというか―――というか、そのピがつくでっかいのはどこへ?

 

 先ほどまで後ろでワープゲートで遊んでいたピカチュウがいない。

 隠れようにもここは出入口の無い小部屋。隠れられるような場所はワープゲートの先のみ。

 一気に背中に冷や汗をかく。ちょっとまて。これから裏のバトルが始まるというのに、主戦力であるピカチュウが不在。というか戦力になる存在がピカチュウしか現状いない。ドーピングポケモンなど硬いだけのコイキングオンリー。いくら硬くたってエスパー相手に通じるかどうか非常に怪しい。なんたって手を触れなくても攻撃できるのだ。コイキングの柔らかい内側的な部分にダメージを与えるとかそういうこともできるかもしれないではないか。そうなっては無残なコイキングのお刺身だ。いや、お刺身するほど身が無いという噂も聞いたことがあるが、どちらにしてもたまったものではない。

 

 

「ちょちょ。ちょっと待ってください!?」

 

「お連れのポケモンが迷子でしょうか。もうすぐ戻ってきますよ。」

 

「え、ほんと?」

 

「ええ。ですが―――いえ、なんでもありません。」

 

「?」

 

 ちょっと含みのある言い方だったが、あのエスパー能力者が言っているのだ。きっと戻ってくるに違いない―――ちょっとまて、もしかしてピカチュウの考えていることがわかるのかな?それならいろいろと訊きたいことが!

 

「残念ながら私ではポケモンの考えていることまではわかりませんね。」

 

「あ、そう・・・ですか。」

 

 やりづらい。というかそのやりづらい相手とこれから戦わなければならないのだが、どうも気が抜ける。本当にジムリーダーなのだろうか?

 過去にジムリーダーから感じたような闘争心とか気迫とか、そういったものがあまり感じられないが―――

 

 そんなことを考えていると、ワープゲートが動作して黄色いのが現れた。一体どこに行っていたというのか。というかこの短時間で戻ってこれたあたり、サトシより迷路に関する記憶能力は優れているということだ。腹が立つ。

 

 

「もう!ピカチュウ!どこにいって―――」

 

 

 ピカチュウの方に振り向き、その行動を咎めようとしたところでサトシは言葉を失った。

 

「ピッカピ~」

 

 ピカチュウはいつものとぼけた笑顔。そのふざけた格好もいつも通りだが、いつも通りではない部分があることにサトシはすぐに気づく。

 そして、ここにいるサトシ以外の人間は数分前には気づいていた。

 

 

「ピカチュウ―――どゆこと?」

 

 

 ピカチュウが小脇に抱えていたのは、昨日たっぷり話し込んだ狂人、エスパー親父その人だった。

 

 

 

「おやサトシ、久しぶりだね。お茶でも飲むかい?ははは。」

 

「ピピカチャー」

 

「ははは、ピカチュウ、面白いことを言うね。でもストロベリーパフェはつい先週切らしてしまったよ。代わりにアップルタルトでどうかな?」

 

「ピッピカチュー」

 

「そうかそうか、ははは。なかなか泣かせることを言うじゃないかピカチュウ。なあサトシ。ははは。ところで今日はお客さんが多いね。そちらのお嬢さんはサトシの恋人かい?」

 

 

「いや・・・その・・・・」

 

 

 

 なんと答えてよいものだろうか。

 いや、そもそもこの男は今どこにいるのかわかっているのだろうか。

 そして目の前にいる人物が誰か、理解できているのだろうか。自分の愛娘、その成長した姿を見分けることができていないのだろうか。超能力者ならばそのあたりは関係ないものだと思いたいが―――

 

 

 

 そこまで考えて、サトシはハッと気づき、振り返る。そこには若干だが先ほどよりも表情を曇らせたヤマブキジムリーダーの姿。気づいて、いるのだろうか?しかし、それをサトシが訊くのはおかしいとは思うのだが―――

 

 「あなたが思うようなことはありませんよ。バトルの邪魔ですから、連れて行くことはできません。」

 

 これである。まあ言葉足らずに説明するよりよっぽどいいのだが、隠そうとしていることも見通されてしまうとなると、どう戦えばいいのかと眉間にしわを寄せてしまう。本来であればバトルに専念しなければならない―――のだが、何故かピカチュウがエスパー親父を抱えてきた。見た時は心臓が止まるかと思ったが、特にトラブルは起きていない。そう、サトシは無関係なのだ。口に出さないのであれば、明確な意思は無いのだから問題ないハズだ。ナツメも超能力者なのだから、それくらい多めに見てくれるハズ。そのハズだ。しょうがない。しょうがないのだが―――

 

 

「ナツメ、さん、この男を知らないんですか?」

 

 

 口が勝手に、というのは言い訳だろうか。こんなことを生死がかかっているかもしれないバトルの前に話すべきことでないことはわかっている。そもそもそんな話をするつもりではなかったし、直前まで一片も考えてなかった。やめといた方がいい。藪蛇だ。そんなことはわかりきっている。考え無しに行動して結果がよかった試しがないじゃないか。本当に、本当に自分は救いようがないほどに学習しない。

 背中だけ土砂降りにでもあったくらい汗をかいている。だが、もう後には引けない。

 

 

「それは―――」

 

 

 ナツメが口を開く。が、そこに割り込んで来る存在がいたのは、サトシにとって幸か不幸か。

 

 

 

「ナツメだって?ははは、いったい何を言ってるんだサトシ。ナツメがいったいどこにいるというのかね?ははは、サトシは芸人にでもなったのかね?」

 

 

 

 いまだにピカチュウに抱えられた姿勢のまま、エスパー親父が喋り出す。絶望的な人生を送り、破滅的な人生を送っている、狂気になるしかなかった人物が、場が凍ることなど知る由も無いほどにあっけらかんと、さもどうでもいいことで興味のないことのように、世間話のように口を開く。

 ナツメは―――何も言わない。

 

 

 

「―――え?ナツメは目の前に・・・」

 

 ぼそりとサトシが口に出す。だが、エスパー親父は何事もなかったように、動揺する兆しも見せず、はははと笑い飛ばす。

 

 

 

「ははは、はははは、サトシ、私の目の前にいるのはサトシだろ?ピカチュウは上で、前にサトシだ。まったく面白い冗談だねははは。」

 

 ごくりと唾を飲み込む。ナツメは、何も言わない。

 

 

 

 

「な、ナツメはこの人ですよ!この人がナツメです!!」

 

 

 

 思わず声を荒げる。再会なのだ。互いにとって、念願であるはずの再開。気づかないのだろうか?本当に気づいていないのか?エスパー親父も、ナツメも―――

 

 

 

「・・・・・――――」

 

 

 エスパー親父は黙る。黙ってヤマブキシティジムリーダーを眺める。じっと、じっと、上から下まで、そして頭の奥まで見通すように、じっくりと時間をかけて眺めた。

 たっぷりと時間をかけて、そしてピカチュウに抱えられたシュールな姿勢のまま、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子はナツメではない、サトシ。ナツメじゃあない。誰だね?」

 

 

 

 

「―――え?」

 

 

 

 

 

 

 ヤマブキシティジムリーダーは、何も言わず、その男をじっと見つめている。

 

 

 

 




はて?


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