タケシ大変態
ニビシティジムリーダーのタケシ。
背が高く、百八十センチほどだろうか。
日焼けで褐色になった肌に細い目。
短くツンツンに跳ねさせた黒髪で地味目の服を着こなしている。
聞くところによると普段から同じような恰好をしているらしい。
使用するポケモンは岩タイプで統一。町の中央付近にあるジムに普段はいるが、結構町内を散歩しているようだ。
ポケモンセンターにもよく立ち寄ってポケモンを預けていくそうだ。
さすがにジムリーダー、ニビシティでその存在を知らない人はいないと思えるほどに顔は知れ渡っているようだ。
そして、知れ渡っているのは容姿や素性だけではなく、性格についても同様。
ニビジムのタケシは別名――――――
『過剰愛情のタケシ』と呼ばれている。
「結局、ピカチュウのことがバレてるかどうかはわからず仕舞いだったなあ・・・」
サトシが独り言ちる。
「いつでも遊びにくるといい!いや、サトシ君の場合はバトルかな?どちらでも歓迎さ。ジムで待っているよ!はっはっは!」
とタケシが言い、愛想笑いで別れた後、サトシは再度ポケモンセンターに戻った。
そこで数人にタケシについて訊きまわった結果が、先ほどの情報。
当然といえば当然だが、タケシが裏のトレーナーであるなんて情報は誰の口からも出なかった。
ちなみにマサラタウンを先にでた数人のライバルたちはすでにタケシを下し、次のジムへ向けて出立したらしいという話。
もちろん表向きとしてのバトルなのでサトシとしてはあまり関係ないようには思える。
どのようなバトルなのかサトシとしてはかなり興味はあるのだが。
現在はポケモンセンターを離れ、フラフラとニビシティを探索している最中。観光スポットとしてそこそこの知名度であるため、ただ歩くだけでも街並みは綺麗に整えられている。あくまでもそこそこではあるが。
「ジムに挑戦してみても大丈夫かな・・・?」
サトシが裏の人間だと思われていなければ、単純にバトルすることはできるのではないだろうか。
悩むべきことがあるとすれば、このピカチュウが認識されているということ。
「そのあふれんばかりのポケモン感がわからないのかい?僕にかかればポケモンがどんな格好をしていても正体を看破してみせるさ!」
とはタケシ談。ポケモン感ってなんだろうと思ったけれど、口にはしなかった。
過剰愛情とは言いえて妙ではある。ポケモンをそれだけ愛していればそんな芸当も可能になるのかもしれない。
だが、単純に愛情だけでないという可能性も否定できない。
ドーピングにより強化されたピカチュウだ、という認識でタケシがいるのであれば当然案内されるのは裏のバトルなのではないだろうか。
おじいさんの言葉が頭をよぎる。
「ニビシティジムとはまだ戦うなとは言われたけれど、なぜかまでは聞いてないんだよね。」
別におじいさんからのアドバイスを無視するつもりはないが、すでにタケシと出会ってしまった以上スルーするのも気が引ける。
タケシの得意とする属性が岩で、本来はピカチュウの苦手とする属性だから避けろ、という意味なのだろうか。
そうであれば、なおさら避けて通らねばならないとは思う。
なにせ今サトシの手元にあるポケモンはキャタピー、ビードル、クラブの三体。
表のバトルであれば何の問題もないように思えるが、ノーマルポケモンは裏のバトルに耐えられるはずもない。
・・・レッドという例外は存在するが。
不得意なタイプに対して、しかもこちらの手持ちはピカチュウ一匹。
こんな状態で裏のジムリーダーに挑戦するなんて普通じゃ無い。いくらなんでもそれはわかる。
であれば、僕がとるべき道は―――――
「やっぱり、ハナダシティを目指そう。ね、ピカチュウ!」
「ピカーー」
というわけで、ニビシティジムは後回し。一旦ハナダシティへ向かうことにした。
もっとも今後ピカチュウ以外の戦えるポケモンがサトシの手元に揃う可能性は薄そうではあったが、それを解決するためのレッド探し。
数年間見つかっていない人物が見つかることを前提に考えているあたりサトシの脳内はやはり十四歳の少年と言わざるを得なかったが、そこに突っ込んでくれる人はここにはいない。
しかもレッドに会ったところで通常のポケモンで勝てるようになるかどうかは全くの別問題。
サトシの旅は前途多難であった。
――――――――――――――――――――――――
ピカチュウを連れて食事をし、(ニビシティでは和食のようなものが多かった。)博物館も訪れて化石というものを見た。
ポケモンというのは本当に古代からいるものなんだなと感慨深くなったが、ピカチュウにとっては興味の対象ではないようだった。
ちなみに入場料は二人分とられた。
勝ったような気もするし、負けたような気もする。
もしかしたら受付のおじさんは正体を見破っていたのでは?と考えると負けた気がするので、素直に変装がうまくいっていたと思うことにする。
ピカチュウをお伴にニビシティ散策を続け、気が付けば日が傾いてきていた。
今日はポケモンセンターに泊まって明日出発かなと考え、夕暮れ時を楽しむために遠回りしつつポケモンセンターに向かう。
「お、フレンドリーショップ。」
そういえば虫取り少年との戦いできずぐすりを使っていたことを思い出す。
いや、正確に言えばピカチュウが勝手に使ったのだが。
なんにせよ無いものは無いので、補充するためにフレンドリーショップに入る。
「いらっしゃいませー」「おや、サトシ君。」「マジかよ」「ピカー」
ショップ店員の固定台詞に続き、覚えのある声が聞こえ、とっさにサトシも声をあげた。ついでにピカチュウも。
「サトシ君も買い物かい?一日に二度も会うなんて、良い偶然だね!」
「ソーデスネ」
そんなやりとりを、ニビシティジムリーダーのタケシとおこなった。
自分の運の無さを若干呪いつつ。
―――――――――――――――――――
居心地の悪さを感じながら必要なものを買い揃え、ご丁寧にサトシの買い物を待っててくれた過剰愛情―――もといタケシと共にショップを出る。
「いやあ、散歩ついでにショップに寄ったらサトシ君とまた出会えるなんてね。やはりポケモンを愛する者同士、波長があうのかな!」
タケシは散歩中だったようだ。
ジムリーダーの身でありながらよくジムを抜け出すのは、なるほど噂の通り。
そして「散歩」という言葉の意味するところはサトシの考えるものと少し違っていた。
「ショップに入るときはさすがに戻ってもらったけどね・・・よっと」
そう言うと、腰についていたモンスターボールを外し、二つ近くに放り投げた。
バシューーーー
音と光に包まれその場に出現したのは、大きい影と小さい影。
八メートルを超える長大な大きさと、岩でできた見た目どおりの頑強さを誇るポケモン、イワーク。
そして、小さい岩石に腕がついたポケモン、イシツブテ。
こちらも噂に違わず、岩タイプのポケモンがタケシ愛用のポケモンのようだ。
大きさも相まって人目に付くかも、と一瞬だけ案じたがそもそもピカチュウがいる時点で人目に付く。
加えて相手はジムリーダー。
通りがかった人も最初は少し驚いているが、タケシだとわかると嘆息し通り過ぎていく。
「どうだいサトシ君!僕の岩ポケモンもかわいいだろう!」
「実際に見るのは初めてなので、ちょっと感動してます。」
いくらドス黒い世界に身をよせようとも、サトシはまだ旅に出たばかり。
映像でしか見たことのないポケモンだらけなのだ。
目の前に八メートル超えのどでかいポケモンが現れたら興奮もするだろう。
サトシの見開いた目を満足げにタケシは眺めている。
そんなサトシのカバンから、ピカチュウがマジックペンをそっと拝借しているのに気づかなかったのはしょうがないと言うべきか。
そもそもピカチュウがマジックペンを入用とする現象自体にはもはやなにも言うまい。
タケシもそんなことに口を出すわけでもなく、話を続ける。
「僕もたまに自分のポケモン達を連れ出して散歩しているのさ。ボールの中だけではかわいそうだからね。交流もかねている。自分のポケモンとはやはり目を見て話したいものだね。」
「あ、それはちょっとわかります。」
会話が成立しているのかわからないが、サトシもよくピカチュウに話しかけている。
一人で旅をする話し相手として成立しているかどうか疑問は残るが、その存在は確かにサトシの心の拠り所として機能はしていた。
「そうか!やっぱりサトシ君とは気が合うね!ポケモンを大事にするが故、その思いもかなり大きいものだろう。バトルになればこそ、お互いに死力を尽くして戦うけれど、やはりそれ以外の場所では平和でありたい。むやみにポケモンを傷つける存在は、許しがたいね。それが人間であってもポケモンであっても。」
「そうですね!やっぱり平和が一番ですよね!ねっピカチュウ!ピカチュウ?」
タケシとの会話に意識を傾けていたため、ピカチュウが隣にいないことに気づかなかった。
しかしその黄色く目立つカラーリングと二メートル四十センチの巨体をそうそう見失うことはなく、周囲を見渡すとすぐに見つかった――――――
ズッガアアアアアアーーーーーーン!!!!!!!
「「・・・・・・・」」
サトシとタケシは唖然とし、爆音が鳴り響いた現場の詳細を知ろうと首を振る。
ピカチュウはすぐに見つかったのだが、その時ピカチュウは大きく振りかぶって、何かを岩に向けて思いっきり投げつけた瞬間だった。
そしてその結果、近くに半分ほど埋まっていた直径一メートル半ほどの岩石――――マジックペンで器用に三つの円が描かれ、的のようになっていた岩石のど真ん中に、腕の生えた別の岩石が刺さっていた。
そのへんの石ころに腕が生えているはずもなく、岩石に向けて全力で投げつけられた岩石は、いうまでもなくタケシのイシツブテ。
元気に飛び跳ねていたイシツブテは気絶したのか瀕死なのか、岩石に刺さったままピクついている。
ピカチュウは的の真ん中に当たったことに、満足げにガッツポーズをとっている。
その光景を見て、事情を把握したポケモントレーナーの二人。
愛情深く、ポケモンを愛してやまないジムリーダーと、自分の相方がやらかした事態に顔を真っ青にする駆け出しトレーナー。
「―――――――サトシ君。」
「はい・・・なんでしょうか。」
「僕の言ったことを覚えているかな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ハイ」
「覚えていてくれて幸いだね。では、僕が非常にブチ切れそうなのも理解できるかな?」
「・・・・・・」
タケシはモンスターボールを取り出し、イワークと瀕死のイシツブテを戻した。
サトシは何もいえず、ピカチュウはドヤ顔だ。
「サトシ君、ニビシティジムで待っているよ。君の望む、裏の戦いをさせてあげよう。―――――――逃げられはしない。」
「ヒッ・・・」
バレてた。そして、サトシは本日何度目かの、自分の運の悪さを呪った。過去最大級の呪いをかけたくなった。
「今夜、二十二時だ。ジムにきたまえ。こなければ――――サトシ君自身が闇を知ることになる。」
タケシは細い目を薄く見開き、サトシを一瞥してゆっくりとその場を立ち去った。
サトシは何も言えず、その場に立ち尽くす。
ピカチュウはなんのことやらという感じで岩に腰かけ、すっかり日も落ちた夜空を見上げていた。
しばらくそのままで、数分後ようやく涙目のサトシが口を開く。
「おじいさん・・・・・約束、守れそうにないです。」
ニビシティジムリーダー、タケシとの裏の戦いが避けられなくなったことは間違いない。
そして下手したら命すら危うい現状に、十四歳の少年の心は早くも折れそうであった。
そんな中―――
「ピカーーーーチュウー」
ピカチュウだけが、なぜかご機嫌な様子だった。
サトシの最初のジム戦が幕を開ける。
ドンマイサトシ