これはオーキド博士がドーピングアイテムの研究に勤しんでいた時のお話。
ドーピングを行うことでポケモンがどう変化するかをつぶさに観察し、まとめていた時期。
博士も特に罪悪感などなく、研究者という立場でガンガンドーピングを使っていた狂気の時代である。
助手のタツロウと共に今日も今日とて生物実験に没頭する。
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「オーキドはかせー」
「お、タツロウ君。よいところにきたな。ちょっと手伝ってくれないか。」
「はいー。何してるんでーすかー?」
「うむ、ディグダの長さを知りたくてな。睡眠薬で眠らせて引っ張っておるのだが、微動だにせんのだ。抜けるどころかぴくりとも動かん!一緒に引っ張ってくれ。」
「それはきになりまーすねー」
「そうだろうそうだろう!よし、では一気にいくぞ!せーの―――」
ここはポケモン研究所きってのド変態狂気空間、オーキド研究室。
ドーピングのドーピングによるドーピングのための研究室。それがここである。
今日も今日とて狂気に塗れた最低で最悪で非人道的な実験が笑い声と共に繰り広げられるのである。
「いやー、まさか根本から千切れてしまうとはな!ディグダの長さはポケモン七不思議と言われてるだけはある!やはり異次元か何かとつながっておるのだろうか。」
「どんな手段をつかっても観測できないですー」
「いやはや、本当にポケモンというものは謎が多いな!がはは!」
「たのしーですー」
「ふむ、どんな手段を使っても、か。タツロウ助手よ、私の言いたいことがわかるかね?」
オーキドがもったいぶってタツロウに問う。
きっと博士として助手を試しているのだろう。必要な知識がついていればきっと答えられるだろうと。
オーキドはそう信じて疑わない。もしここで間違えるようなら、オーキドの見込み違いだったというだけの話。
だがもちろん、タツロウは稀代の天才であり、非常に優秀。当然のようにオーキドの期待に見事答えて見せるのである。
「ポケモン管理部からディグダをいただいて―――借りてきますー」
「それでこそタツロウ助手だ!うむ、予備を含めて五匹ほどいただいて―――借りてきたまえ!」
「いってきまーすー」
もはや返す当てが無いことが分かりきっているにも関わらず、頑なに借りてくるという姿勢を突き通す研究者二人。
もしそこでなにか突っ込まれても、研究に犠牲はつきものだとか研究所にいるより自由な空に行った方がポケモンのためだとかそもそも貸し出すお前らが悪いだとかいろいろな屁理屈を並び立てて納得させるに違いない。
以前はオーキドがやっていたものが、世代交代しただけである。
タツロウが助手に入って数人は今後は落ち着くだろうか、などと考えたらしいが、元の木阿弥、奪いに来る人間が変わっただけである。
むしろ始末書を書くスピードが段違いに上がっただけに、持っていかれるポケモンの数も以前に比べて倍増し。
上司の叱責による唾液と自分の涙によって濡れた手でモンスターボールを手渡すポケモン管理部の面々ではあるが、そんなものは知ったことでは無いとばかりに何度だって言いくるめてしまうのがオーキド研究所の精鋭である。涙しか出ない。
「借りてきまーしたー」
「うむ、今回はちと趣向を変えてみようとおもっておる。」
「趣向、でーすかー?」
「ディグダの進化系を知っておるかね?」
「ダグトリオでーすねー。」
「その通り。ディグダが三体一緒になったような見た目だな。ゆえに、トリオというわけだ。」
「そーでーすねー」
「つまり、だ。四体ならカルテット、五体ならクインテット、六体ならセクステット、七体なら―――」
「ダグセプテットでーすかー?」
「その通りだ!さすがタツロウ君!理解が早いな!」
「ということはー、一気に複数体のドーピングでーすかー?」
「うむ、実はドーピングによるポケモンの融合実験というものが過去にも存在しておってな。その時は失敗だったようだが、今ならいけると思わんか?」
「その論文、ぼくも読んだことありまーすー。たしか、行き詰った研究者が半分ネタで書いたやつでーすー」
「おお、タツロウ君も知っておったか!というか、私が書いた!!!!面白そうだったのでな!!ノリと勢い、というやつだ!!がはは!!」
「すごく納得しまーしたー」
「そうだろうそうだろう!では早速、例の装置を出してきたまえ・・・!」
「かしこまりーですー」
ポケモン融合実験―――
後々に正式に研究が進められるようになるが、この頃は冗談にしても趣味が悪いと言われていたものである。
その理由は、難易度が高すぎる、非人道的、生命の冒涜、理論上不可能、悪魔の実験、合体後のポケモンの扱い、人類滅亡への布石など様々言われ続けてきたものだが、オーキドは「面白そうだから」の理由一つで実験を開始した。
当然周囲の反対は数百にも及ぶほどに達し、理論の構築や実験手順などきちんと構築した上でプレゼンまで行ったが、学会は終始批判の嵐。オーキドの声など一番前に居ても聞き取れないくらい大ブーイングの中で行われた。
結論から言うと実験は失敗。証明もできない理論から生み出された実験である以上、失敗は必然であった。
そして、この悪魔の実験は永遠に闇に葬られることとなった。
ハズである。
「いやあ、まさか大掃除しておったら論文の原本がでてくるとはな。私もすっかり忘れておったわ。印刷物や内容、実験結果についてはすべて破棄されたと思っていたが、肝心の原本が廃棄されていないとは!がはは、これは天命だな!」
「はーかせー、準備できまーしたー。」
「うむ!ご苦労!」
タツロウが用意した機械は、金属の大きな卵に五本の脚がついたような形をしていた。
「はかせー、これはどんな機械なんでーすかー?」
「うむ、これはだな。複数のポケモンを一体として扱うことができるようになる機械、と説明書に書いてある。詳しくはしらん。」
「詳細不明でーすかー」
「なんでも、開発部がヤケになって酒をたらふく呑んだ時にノリで作ったら出来てしまったらしい。設計図も無ければ仕組みもわからん。なんせ酔った状態で作ったものだから企画も記憶も無い。しかし作ってしまったものは使うしかあるまい。企画書が無い以上、正式に採用するわけにもいかない。廃棄するしかなかったところで、私が見つけたのだ。捨てるくらいならくれ、とな。がはは、もらっておいてよかったわい!」
「テストはしまーしたかー?」
「しとらん!今回が初!」
「さーすがはかせでーすねー」
「そんなに褒めてもドーピング薬くらいしか出んぞ!それでは早速、ディグダを五体中に入れるんだ!」
「いれるーですー」
タツロウがポケモン管理部から拝借してきたモンスターボールから順々に機械のにディグダを出していく。
中からかわいい声が重複して聞こえてくるが、いくら可愛かろうとも一般人の感情などとっくの昔に捨て去って新しい知識への探求という道に踏み出し、さらにその道からも踏み外してドーピングサイコ野郎と化した二人の前には無力だ。
順当に機械の中に入れられるディグダ達。
最後の一体が入れられ、そしてフタを閉じる。
「はーかせー、できまーしたー」
「うむ。ではその機械ごと檻の中へ。当然の如くドーピング薬を注入する機構も搭載済みだ。今回は五体同時!下手したら研究所が壊滅する可能性も否定できん。防護はきちんと抜かりなくだぞ!」
「まかせてくださーいー」
ガキョンガキョン、がっちゃんういーん
なんだかいろいろな音を響かせつつ準備をするタツロウ。
もはやそこに躊躇いは無く、平然と何の罪もないポケモン五体を生贄にする儀式を進める。
「できたか!?」
「できまーしたー」
「よし、それではいくぞ!スイッチオーン!!」
「オンですー」
ガチリ、と音がする程には固めに設計された赤いスイッチを押し込む。
この手のスイッチが赤いのはもはやお約束だ。
中からかわいい声の五重奏が聞こえてくるが、そんなことなどお構いなしに機械がウインウインと動き始める。
謎のライトが赤から黄色に変化し、ビコビコと激しく点滅している。説明書を見ると『ミックス中』とだけ書いてあった。意味はよくわからない。
動作音が声を掻き消したあたりで、機械が不自然に動き始めた。
卵型の金属の塊が、グイングインと回転軸をずらしながら回転する。
普通回転するときは遠心力によって分離することを考えてのことが多いハズだが、あれか。ミキサー的な意味合いなのだろうか。
しかしそれだとドーピングする間もなく中のディグダはクリーム状になってしまう。
ドーピングするまでもなく原型を留めない融合ポケモンとなってしまうだろう。
もちろん命は無い。
もちろん開発部がそんなミスを犯すハズも無く、機械は(きっと)正常に動作しているに違いない。
その動作原理を知っている人間はもはや存在しないが、それでも機械は存在している。
存在している以上、動作はするのだ。
黄色く点滅していたライトが紫色に変化する。
薄い説明書を再度見ると、『注入してるよ』と書いてある。ドーピング薬を注入しているということなのだろうか。
ということは中では五体のディグダが無事に一体として認識できる状態になっているということだ。
どういう形状になっているのか非常に興味があるが、今機械を止めることはできない。
二度と動作しなくなる可能性も否定できないし、修復することは不可能だ。
これを逃したらポケモン融合ドーピング☆ハッピー実験は失敗に終わってしまう。固く手を握り、歯を食いしばってその興味を辛うじて抑え込む。
せめて、せめて窓でも付いていれば・・・!と開発部を恨むが、開発した当人すら設計を覚えてない以上は責めることすらお門違いだ。泣き寝入り。八方塞がり。焼け石に水。暖簾に腕押しだ。
そんなことを考えて血の涙を流している間に、不気味に点滅していた紫色のランプが緑色に変わり、ビコビコと激しい点滅も終わった。
同時にビーーー!という音と共に謎の白煙が機械から出てくる。説明書によると特に意味はなく、演出で入れてみましたぁ〜。カッコいいでしょ?と書いてある。オーキドは小さい声で「たしかに」と呟いたが、ビービーとけたたましく鳴り響くサイレンのような音にかき消され、誰の耳に届くことも無かった。
卵型の機械の扉の鍵がガチャリと音を立てる。回転の力で壊れたのか、扉はそのまま床に落ちてガランガランと大きな音を立てて転がり、檻をすり抜けてオーキドの足元で倒れてグワングワンと何周かした後、止まった。
すでに地獄の釜のフタは開いた。
しかし―――
「何もでてこんな・・・」
「そーでーすねー」
出てくるのは機能の一つである白煙(演出)のみ。
ビービーというサイレンのような音と、強く光る緑色のランプがその白煙をさらに不気味なものへと変貌させる。
まるであの卵型の機械の中にいるものが、この世のものではないかのように思える。
扉の位置は二人の位置からは死角になっており、中は見えない。
声も聞こえないことから、もしかしたらドーピングの適正にあわず死んでしまったか、はたまた機械の故障で死んでしまったか。どちらにしても中を確認しないことには始まらない。
「タツロウ君、ちょっと、横から見てみてくれんか。」
「オーキドはかせ、ちょっとビビッてませーんかー」
「何を言う。タツロウ君こそ足が震えておるぞ。」
「なんというか、今までにない緊張感ですー」
「未知の領域というものは常に緊張するものだ。それはこの私とて例外では無いのだ。でもちょっと怖い。なんで出てこないの。」
「ちょっと見てみますー」
「気を付けるんだぞ!」
タツロウが檻の横から回り込み、機械の中を覗き込む。
「お・・・これはまた・・強烈でーすー」
タツロウが零した言葉は『強烈』。
「な、なにが強烈なんだね?」
タツロウは無言でオーキドの方を見る。
無言の首肯。
見てみるのが早い、とのことなのだろう。
百聞は一見に如かず。いや、なるべくみたくは無いのだが、研究者というのはどうしても自分の目で見ないと気が済まない性分なのだ。
生きるか死ぬかは二の次。
オーキドは意を決してタツロウの元へ足を進め、機械の中を覗き込む。
「こ、これは・・・強烈だな・・・・」
「はい、強烈でーすー」
檻越しに見た卵型の機械の中は、まるで動物の腸の中のようだった。
球状の機械の内側の壁にびっしりと人の指のようなものが張り付いており、ぐねぐねうにうにと蠢いている。
色は茶、赤、オレンジなど暖色系で配色されており、大きさはそれぞれ十センチ程度だろうか。
そしてそのすべてに、白目を剥いた二つの目と、赤く丸い口がある。
つまり、素材となった五体のディグダが一回り小さくなり、数百体とも思われるような集合体となって機械の内側に張り付いている。
すでに機械の内壁はまったく見えず、壊れた扉から除く景色はまさしく生き物の体内そのもの。
ゴクリ、と喉を鳴らす二人はこの世の物とは思えないと言わんばかりである。
「タツロウ君、確か、以前管理部からちょろまかしてきたコラッタがいただろう。」
「はいー」
「あれ、放り込んでみたまえ。」
「りょうかいですー」
タツロウが研究室のキャビネットに放り込まれていたモンスターボールを持ってくる。
「もってきまーしたー」
「よし、ちょうど機械の中心をめがけて出すのだぞ。」
「いけーコラッターですー」
タツロウの持つモンスターボールから赤い光が飛び出す。
卵型の機械の中心をめがけて赤い光がのび、その先端にかわいらしいコラッタの姿が形成される。
「コラッ」ずぶりゅ
機械の中が大きく波打ち、中心めがけて一気にディグダが押し寄せる。
結果、コラッタは久方ぶりにボールから出られた喜びも束の間で姿を消した。
身体を伸ばして中心に押し寄せたディグダはしばらくゴリゴリベシャベシャという音を立て、またゆっくりと元の位置に戻って再度うねうねと身体を脈動させ始めた。
コラッタだったものはなんの痕跡も残っておらず、骨の欠片も肉の一片も血の一滴すら見つけることはできない。
「タツロウ君。」
「なんでしょーはかせー」
オーキドはタツロウの方を見つめる。タツロウもオーキドを見る。
しっかりと、間違えることなく、発言を明確に伝えなければならない。
「封印!!!」
「しょうちしまーしたー」
ポケモン融合実験は成功したが、なんかマジで危険な気しかしないのでこの実験は闇に葬る決断を下したオーキドだった。
ちなみに実験レポートは極秘裏に作成されたが、タツロウのドーピングポケモンレポートにはちゃっかり記載された。
あえなくバレたことで研究所長にはこっぴどく叱られたが、肝心の融合機械が壊れてしまった上に作れる人間もおらず、設計書も無いため、『再現性が皆無』ということでその場を免れたオーキドだった。
本編より長い。
twitter:@kamibukuro18