ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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いまさらですがキャタピー戦の挿絵描きました。

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第百四十二話 人として

 空手王にとって、格闘技がすべてだった。

 追い求めるは強さのみ。その他のことなど捨て置け、と自分を律することもさほど苦悩することもなく、淡々と強さのみを追求し、そして実を伴って行った。

 

 拳を振り抜くこと数万回。

 幾月も幾年も積み重ねた研鑽の日々。決して裏切ることの無い泥臭い鍛錬。

 凡人である肉体も限界を越え、ついには「王」の名を冠するまでに至る。

 

 しかしそれでも自惚れること無く。

 いつの間にやらついてきた者達と共に、まだ見ぬ強き者に勝利するためだけに変わらず努力を続けてきた。

 

 それが。

 

 

 その研鑽の日々が。

 

 

 

 立った今、まるで無駄だったのではないかと思える程。

 

 

 偶然出会った名も知らぬ巨躯。

 どこぞの格闘大会に出ていればあっという間に優勝をかっさらうであろう実力者。

 

 そんな人物が目の前にいる。

 

 空手王の心は大きく揺さぶられる。

 精神統一を繰り返しているこの男には普段動揺など起こりえない。

 しかし、ことこの瞬間においては高鳴る鼓動を抑えること適わず。

 

 悔しさもある。だが、それ以上に昂っていた。自分よりも強いのではないか、と思える相手。

 頂点に登り詰めてからも追い求めてはいた。きっといると。

 自分よりも、高い位置から見下ろしている者がいるはずだと。

 しかし当面現れる兆しは無く、空手王自身も挑戦者という立場を忘れつつあった。

 

 

 だが。

 

 

 偶然なのか、運命なのか。

 

 

 決して交わるハズのない相手。

 少年と共に旅をしている、というだけ。出会うにしても奇跡的な確立。

 

 だが、出会ってしまった。そして見てしまったのだ。

 

 

 

 これが、挑まずにいられるだろうか。

 

 久しく忘れていた、挑戦者という立場。

 ついに空手王は王者の座を一旦返上する。

 

 一人の格闘家として、挑むのだ。

 強き者への礼儀として、身一つで挑む。それが自分が生きてきた人生そのもの。

 

 

 

 

 気がつけば帯を硬く締め直し、強者の前へ足を踏み出していた。

 少年と共に戦いを見守るつもりであったが、すまないな少年。

 俺は自分の心に嘘はつけんのだ。

 ちらりとサトシ少年の顔を見ると、あたふたと慌てふためいている。

 なるほど確かに自分の旅の相棒が傷つくことを案じているのだろう。

 

 自分の視線に少年が気づく。ニコリを笑ってやる。

 案ずるな少年よ。俺は過去のすべてを否定されて悔しいが、それ以上に嬉しくもあるのだ。

 だから、多少手荒くなっても、仕方がなかろうよ!

 

 もはや何も言うまい。戦うのみ。拳で会話するのみよ。

 

 

 

 

 

「ぴかぴよ。」

 

 

 

 自分よりも大きい相手が首をかしげてこちらを見る。

 殺気も闘志も感じられない。舐められたモノだ。だが、それほどまでに力が離れているということだろうか。

 

 

 

「俺は、たった今から挑戦者だ。」

 

 

 

 無言。何も言わなくても、やることは変わらない。

 

 

 

 

「一人の格闘家として、ぴかぴよ。貴様と戦おう。よもや断ることなど出来はしないぞ。なあに、そなたにとっては赤子の手を捻るも同然なのだろう?」

 

 

 

 こちらの闘志に反応したのか、ぴかぴは身体をこちらに向ける。そうだ、それでいい。

 

 

 

 

「いざ、参る。」

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 サトシにとっての心配は、空手王の思考とはほど遠いものだった。

 なにせ、完全に旅の目的とは関係ないところで命の危機を感じているのだ。

 いや、先ほどよりも状況は悪化している。

 なにせ今度は大将戦。きっと強いに違いない。

 いや、さすがにピカチュウが負けることはありえないとは思うのだけど、かといって中途半端に強いと勢い余ってお腹と背中をつなぐトンネルを作りかねない。

 お腹と背中がくっついちゃう、なんて言葉を物理的な表現として使いたくはない。

 そんな機会は一生こないでほしい。

 

 いや、しかしよく考えるとサトシ自身に命の危機は無いのかもしれない。

 もし勢い余ってしまったとしても、弟子であればピカチュウがいなしてくれるだろうし、逃げることくらいはなんとかできそうだ。

 

 ・・・いや、もしかしたら空手王というくらいだ。この道場では収まりきらない弟子がいるかもしれない。

 そうしたら一生格闘家からの指名手配を食らう羽目になる。さすがに筋肉の鎧に覆われたストーカーに一生追われ続けるなんて想像するだけで気が滅入る。

 そう考えるとこの場にいる全員を証拠隠滅・・・・

 

 

 そこまで考えて、ありえないありえないと頭をブンブンと振って思考を戻す。

 感覚がおかしくなっている。いくらなんでも殺人を許容できるハズが無い。

 命のやり取りが多いとは言っても、それは裏とはいえルールあってのバトルの中でのことだ。

 平和的バトルとはいかない物騒な社会ではあるが、それでもルールの中での話。

 

 しかし目の前で繰り広げられようとしているのはあくまで「人間対人間」という前提。

 決して交わってはいけなかった戦いなのだ。

 それを知ってか知らずしてか、ピカチュウはここまで目立った傷を与えることなくやり過ごした。

 

 にも関わらず。

 

 あの筋肉王は戦いを挑む。

 まあいろいろと思うことがあるのは理解できる。

 人生すべてを捧げて来たのであろう空手王よりも強いかもしれない存在。

 怒るのもわかる。なればこそ挑戦したいのもまあ理解はできる。

 

 だがそれは人間の範疇の話だ。決してドーピング漬けされたポケモンに対しての話ではない。

 負けて当然なのだ。むしろドーピングせずにその肉体にまで昇華させたことは誇っていい。

 

 ・・・だがもちろんそんな事は言えない。

 そこのでっかいのはポケモンなのです!なんて言える訳が無い。裏の世界と表の世界はそう簡単につなげていいものではない。

 それに自分の身の危険度も一気にレベルマックス真っ赤に染まるに違いない。

 それだけは勘弁だ。

 

 そうなると、もはや見守るしかない。

 ピカチュウがうまくやってくれる。そう信じるしかない。

 

 信じるに足る過去の証拠というものが著しく欠如しているということが不安の種ではあるのだが信じるしかない。

 

 

 

 

 

 

「ピカピー」

 

「どうしたぴかぴよ、こないのであれば、こちらからいくぞ!」

 

 

 

 

 サトシにとって、史上最高に無益な戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 


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