ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百三十五話 望まぬ再会が生み出すものは

「があああああああ!!!!」

 

 叫ぶ。その怒りの対象へ飛びかかろうとするも、自分の相棒に肩と腕を掴まれ、振り上げた手は空を切る。

 

「ピカピ」

 

「なんだよ!ピカチュウ!あいつは殺さないといけないんだ!!殺さないと駄目なんだ!!殺す!!殺す!!!!殺す!!!!!!!」

 

 喉が枯れる。思考にノイズが走る。ガッチリと掴まれた腕を振りほどこうと力を込める。

 だが、所詮は十四歳の子供。自分の倍程もある大きさのピカチュウに力勝負で勝てるハズも無い。

 

 

「ぎゃはははは!なにしてんだよ!!そんなに嬉しかったのか?楽しかったのか?ぐはは、おれの作った美術館はよ?大興奮だな!!いやーほんとに見せたかったぜ。甲羅から順番に身体を切り落としていく時に泣き叫ぶんだ。なかなかタフネスあったなあ、首を落とすまでは意識あったみたいだし。目ん玉くりぬいても意識があったのはさすがに驚いたけどなァ。なんつーの?生命のしんぴ?ぎゃははは!しっかし海のポケモンだからかけっこうしっかりした肉付きでよお、こう、筋にそって切らないとかてえんだよ。ぐひゃひゃ、歯を切り落とすのはすっげえ大変だったなァ、きれいに落とそうと思ったのに周りの肉がぐちゃぐちゃになっちまった。頭は綺麗に飾ろうと思ったのにぐちゃぐちゃ。でもまァ、それがまたアートっつーか?おれの天才的なセンスが花開いたっつーか?げひゃひゃひゃ!!」

 

 

 馬鹿笑いしながら話すロケット団員を、歯を食いしばって睨みつける。

 サトシがいくらもがこうとピカチュウはその手を離そうとはしない。

 

「ピカチュウ離せよ!!なんでだよ!!!ころす!!ころすんだ!!!ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすぅううううあああああ!!!!!」

 

「あーがはははは!そんなに殺したいんならよぉ、俺が殺しちゃうぜェへへへ。ポケモンも良かったけどよォ、子供を殺すのは初めてだなァ。せっかく殺しやすいように抑えててくれてんだもんなァ、そのでっかいのに感謝しないとな!あとでそいつも殺すけどよォ!!!」

 

 そういうと男は腰にいくつかぶら下がっているナイフを一本抜き出し、器用にくるくると指で回転させる。

 血みどろの服からはまだ絶える事無くぽたぽたとラプラスの血液が垂れ、新しい血痕を床に形作る。

 笑いながら血を振りまき、ナイフを弄ぶ光景は酷く滑稽で、ミュージカルのワンシーンのように現実味が無く、デビューしたての舞台役者のようだった。

 このような劇があったとしたら興味本位だとしても見に行くことはないだろうが。

 ともあれ、その態度が少年の心をさらに抉ることになる。

 

 

「ふざけるな!!お前なんか!!お前なんか殺してやる!!僕が!!!地獄に落としてやる!!!」

 

「やってみろよォ!!!そんなナリで殺せるのかよォ!!!ぎゃははははははは!!!!」

 

「五月蠅い!!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!!」

 

「ぎゃはははははは!!!ほらほらほら、もうすぐボクちゃんの目ん玉がくりぬかれちゃうぞォぐへへひゃひゃ」

 

「ああああぐああああああああなんでだよ!!!なんで、なんでなんだよおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

「ああはあああ、ほおラ、逝ってらっしゃ『ドンッ』あびゃ?」

 

「――――・・・・?え?」

 

 

 

 目の前まで迫っていたロケット団員の手からナイフが落ちる。

 カラン、という甲高い音に酷く違和感を感じる。

 そして膝が折れ、自分の振り撒いた血液の中に倒れ、べしゃ、という音と共に動かなくなった。

 

 

 目前でうつ伏せに倒れた男をまじまじと見つめる。

 後頭部からじわりと血がにじんで川のようにトロトロと流れ、首を伝って床にポタポタと落ちている。

 

 茫然と見つめる。

 自分の高ぶった感情が無かったかのように冷める。

 

 しかし一度振り切った思考はなかなか復帰せず、ただ茫然と、動かなくなった男を見つめ続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「接客中に五月蠅いやつだ。」

 

 

 

 

 

 

 突然頭上から――サトシは下を向いていたので正面から―――声が聞こえた。

 聞き覚えのある声で、一番聞きたくなかった声だった。

 

 

 思考能力が戻っていないにも関わらず汗がドッと吹き出し、本能的に危機を悟る。

 だが、今のサトシを支配している感情は恐れではなく、怒り。

 ふつふつと湧いて起こる激情を抑えるため、正面を見ることはできなかったが、恐らく知っている目の前の人間は我関与せずとばかりに話を続ける。

 

 

 

「まったく、騒がしいと思えば品の無い男だ。殺すだのなんだの。子供の戯言だな。そうは思わないか――――サトシ君。」

 

 

 自分を呼びかける声。

 躊躇なく、何も声をかけることなく、自分の組織の団員を打ち殺した人間。ただ騒がしいという理由だけで。

 

 

 

「どうした?大人の呼びかけには返事をするものだ。そこまでマナーの無い人間ではないだろう、君は。」

 

 

 ゆっくりと顔を上げる。

 ギリギリと歯を食いしばり、拳を固く握りしめる。

 

 

 

「おやおや、少し見ない間に随分と変わったな。男子、三日会わざれば括目して見よとは良く言ったものだ。」

 

「―――サカキさん」

 

 

 

 ロケット団のボス。そしてトキワシティジムリーダーであるサカキが、平然とした顔をしてそこに立っていた。

 

 

 床に振り撒かれた血痕が届いていない位置に立ち、片手に黒光りする金属の塊。ダークスーツをビシッと着こなし、髪の毛もオールバックで固めてある。

 パッと見は完璧なビジネスマンだが、その眼は冷酷そのものだ。

 

 

「よくここまで来たな、褒めてやろう。とでも言ったほうがよいかね?サトシ君。」

 

 

 サトシは返事をせず、グッと目を細めてサカキをにらみつける。

 ジョークを言っているようだが、その顔は鉄仮面を張り付けたかのように平常な顔をしている。

 

 

「何を怒っているのか知らないが、君はこの男を殺したかったのだろう。良かったじゃないか。私が代わりに殺してやっただろう。」

 

 

「・・・―――」

 

 

「ふむ、まあいいだろう。久しぶり、という程長い時間ではないが久しぶりだな。正直、私は会いたくはなかったがね。」

 

 

「・・・」

 

 

「サトシ君がどういうつもりでここまで乗り込んで来たのか。まあ興味が無くは無いが、ここまで愚かだとは思わなかった。君にはもう少し期待していたのだがね。タマムシシティの一件では反省しなかったかね?」

 

 

「・・・・」

 

 

「まあいい。それもここまでだ。サトシ君、残念だが消えてもらう。ここまで掻きまわされては私も黙っているわけにはいかないのでね。」

 

 

 サカキは手の中の金属をカチャリと鳴らす。数十回、数百回と繰り返されたような慣れた手つき。

 

 淀みなくそれをサトシの方向へ向ける。

 

 

 

「さらばだサトシ君。あるいは君ならばと思ったが、私が期待しすぎだったようだな。」

 

 

 サトシは悔しそうに歯を食いしばり、息をのむ。

 

 

 

 

 

 

 

 ドガァン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 


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