ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百二十五話 フジ老人

「大丈夫ですか?」

 

「おお、君は?」

 

「えっと、サトシといいます。ポケモンハウスの子供たちに頼まれて。」

 

「ああ、そうか。わざわざありがとう。子供たちには心配をかけてしまったようだね。」

 

「あなたがフジさんですか?」

 

「そうだよ。こんなところまですまないね。助けてもらったようだ。」

 

 

 ロケット団三人は特に問題無く撃退した。

 こちらのノーマルポケモンも随分と経験を積んでいる。なにせ相手がドーピングしているのにこちらの大半はノーマルなのだ。得られる経験値は尋常じゃ無い。

 その中でもクラブは最古参だ。サンドパンもとても優秀だ。かわいいし。

 コイキングとメタモンはさすがに戦う場所が限られているから先ほどのバトルではお休みだ。

 コイキングが戦っているシーンなど、過去に数度見られたかどうか、というくらいではあるが。

 持っているポケモンをすべて瀕死に追い込んだら「覚えてろよ!」というお決まりの捨て台詞と共に去って行った。

 オツキミ山の件があったので一応警戒していたが、裏のポケモンには精通していない正真正銘下っ端のようだ。

 ただ気になるのは―――

 

 

 

「何を訊かれてたんですか?」

 

 

 ふと疑問に思ったことを口にだすのはやめた方がいい。

 過去に散々な目に何度も会っているにも関わらず、サトシはまだ学びきれていないようだ。

 藪蛇という言葉をいい加減覚えた方がよいといつも考えておきながら肝心な時に忘れるのではまるで意味が無い。

 

 

 

「―――それは答える必要があるのかね?」

 

 

 

 フジの返答に先ほどの温和な雰囲気が含まれていないことに気づかない程サトシは鈍感では無い。

 そもそも訊くなという話ではあるが。

 

 

「あ、いや、そんなつもりでは、えっと、あの、ごめんなさい。」

 

 

 しどろもどろになりながらも悪気がないことを伝える。

 サトシは不器用だが嘘を吐ける性格ではないことが幸いして、フジ老人は警戒を解いてくれたようだ。

 

 

「いや、まあよいさ。きみ―――サトシくんだったか。助けてくれたことには変わりない。詳しいことを言うことはできないがお礼はさせてもらおう。」

 

 ニコリと笑顔になるフジ老人を見て、安心する。

 よかった、さすがに過去のジムのように「余計なことを訊くなブチ殺す」にはならないようだ。

 

 

「いえ、無事でよかったです。子供たちの所へ戻りましょう。」

 サトシはもう一刻も早くこの塔から出たかった。

 最上階とはいえ辛気臭い雰囲気は変わらないし、ロケット団とは比較にならない程のバトルを先ほど終えたばかりだ。すぐにでも休みたい。というか毛布にくるまって記憶を遡って恐怖を感じる未来が想像できるから美味しいものを食べて少しでもいい記憶を植え付けたい。

 

 

「うむ、そうだね。―――ところでサトシ君。下の階でカラカラを見なかったかね?わしと一緒におったのだが、急に逃げ出してしまってな。」

 

「ああ、それなら多分」

 

 サトシは腰につけたモンスターボールを一つ取り、足元に転がす。

 

 パシューという音と共に赤い光が小さい身体を作り出す。

 

「カラカラ」

 

 先ほど捕まえたカラカラだ。思えばなんであの場所にいたか不思議だったが、上から来たのなら納得だ。

 

 

「おお、無事だったか。よかった。おいで。」

「カラ?カラカラー」

 

 感動の再会。といっても一時間も経ってないだろうが、もしかしたら二度と会えなくなっていたかもしれないのだ。

 そもそも、下にいた化け物をフジさんは知っているのだろうか。

 

 

「あの、六階にいた亡霊、のようなものって知ってますか?」

 

 カラカラを抱き上げているフジ老人に話しかける。そもそもあんな化け物が陣取っていたならばここにたどり着くことなど到底無理だ。

 

 

「亡霊?わしが来る時には居なかったが―――どんな亡霊かね?」

 

「ポケモンの霊でした。えっと、その、傷だらけの、ガラガラのようでした。」

 

 一応ドーピングの事は伏せた。この老人がどこまで知っているのか定かでは無いし、まあ間違っている表現でもないだろう。

 

 

「傷だらけ・・・のガラガラ、か。なるほどのう。」

 

「何か知ってるんですか?」

 

 深い意味は無い。先ほどとは違って、これは訊いても良いだろうと判断した。

 

 

 フジ老人は少し考え、チラリとピカチュウの方を見て、そしてサトシの顔を見た。

 

 

「君は―――知っている人間か。やれやれ、こんな子供まで。嫌な世の中だね。」

 

 サトシは少し驚いた顔をする。この老人はやはりただの老人ではないようだ。ロケット団が押し寄せてきていた理由もそのあたりにあるのだろうか。

 

 

「そのガラガラ、ガラガラに見えたかね?」

 

 一般的には意味の分からない質問。だが今のサトシには十分すぎるほどに理解できる。

 

 

「・・・いいえ。その、こういう言い方は、していいのかわかりませんが」

 

「かまわんさ。言ってみなさい。」

 

 サトシは一息入れて、絞り出すように声を出した。

 

「・・・その、化け物のようでした。」

 

「――――そうか。」

 

 

 フジ老人はカラカラを右腕に抱いたまま、左手で自分の目頭を押さえると、俯いて黙ってしまった。

 

 沈黙。

 

 サトシはあのガラガラとこの老人とは何かしら関係があったのだろう、と察することができた。

 そしてもしかすると、抱いているカラカラも。

 無言の空間を不躾に壊すようなことはせず、サトシはフジ老人を黙って待ち続けた。若干不安だったピカチュウも珍しく空気を読んでくれたようだ。本当に珍しい。

 成長なのか気まぐれなのかはわからないが、成長であってほしい。

 

 

 頭の隅っこでそんなことを考えていると、鼻と目を少しばかり赤くしたフジ老人がサトシの方へ顔を向けた。

 

「―――すまないね。年を取るとどうにも感傷的になって仕方がない。」

 

「いえ―――」

 

 サトシはそれに対しての答えを持ち合わせていない。相槌を打つしかできない自分は、まだまだ未熟だなと思い知らされる。

 

 

「―――そのガラガラは、この子の親なのだ。一説には、子のカラカラは死んだ親の頭蓋骨をかぶる、などと言われているがほら話のようなものだね。」

 

「親・・・一体なんであんな・・・」

 

「簡単さ。――いや、君なら簡単にわかるだろう。ロケット団だよ。彼らが過剰にドーピングを施したのさ。そして、身体が耐え切れずに死んでしまった。一体なんの研究だったのか、それはわしにはわからない。だが、結果的に親のガラガラは死に、子のカラカラは残された。カラカラは孤独ポケモン、などと言われているが。親の存在が必要な時期もあるのだよ。なのに、親がいなくなってしまったこの子はどうすればいい。わしには答えが出せなかった。」

 

 ギリ、と歯を食いしばる。また、ロケット団は無駄に命を散らせているのか。それも親子でいるポケモンを離れ離れにするなんて―――

 

 

「そう怒るな、サトシ君。理解はできるのだ。わしも。たとえロケット団だとしても実験に犠牲は付き物だということは。それでサトシ君。そのガラガラの亡霊はどうなったのかね?」

 

 急に話を振られて少し驚いたが、サトシは先ほどのバトルの顛末を簡単に話した。

 

 

「そうか・・・よほど人間に恨みを残して死んでしまったのだな。それにしてもよく無事だったものだ。そのピカチュウ、かなり強いのだね。」

 

「ピッカピカ」

 

 自信たっぷりに胸を張るピカチュウ。

 それに対して安心しきれないのは仕方がないだろう。あのガラガラは明らかにピカチュウのことを相手にしていなかったのだ。

 本気でぶつかれば負けていたのでは、と思えるほどにあの亡霊は驚異的な強さを持っていた。

 

 

「わしはそのガラガラを埋葬しに来たのだよ。ほら、ちょうどその墓だ。サトシ君もお参りしていくといい。」

 

 フジ老人の指さす方を見ると、下層の墓石よりも随分と大きな墓石があった。

 静かに近づき、目の前でしゃがんで手を合わせた。

 

 きっとあのガラガラは自分の子供に誰も近づけたくなかったのだろう。

 特に、自分と子と離れ離れにさせた人間に対しては。

 

 殺されるかもしれないという程の激闘をしたが、サトシはガラガラを恨むことはせず、安らかに、という想いで黙祷をささげた。

 

 

 

「さて、そろそろ行こうかね。」

 

「はい。・・・あの、ちょっと訊いていいかどうかわからないんですが、訊くだけきいてみていいですか。駄目なら駄目でいいので・・・」

 

 恐る恐る、といった感じでサトシは尋ねる。

 サトシとしては会話の中にとても引っかかることがあったのだ。サトシの旅はポケモンリーグを制覇することが目的ではあるが、ロケット団のこと、Angel計画のこと、レッドのことなど多くの情報を必要としている。

 裏の事情を知っている人間がいたら少しでも話を聴いておいた方が良い。

 

 

「―――言ってみなさい。」

 

 少し間を置いたが、特に表情を変えることなくそう言った。

 

 

「さっきの話の中で、実験に犠牲は付き物なのは理解できる、と言っていたのが気になりまして・・・」

 

 

 先ほど、話を急に変えてはぐらかされてしまいそうだったが、この老人は「死んでしまったこと自体には怒っていない」と言ったのだ。

 その感覚は一般人において有り得ない思考であり、いくら普通の振る舞いをしても隠し切れるものではない。

 

 

「ふむ、言った通りだね。サトシ君、ここからは他言無用で願うよ。最も、言ってしまったら殺されてしまっても文句は言わないで欲しいね。」

 

 ものすごく物騒なことを言い、こちらの了承を得る事無く続きを話はじめた。

 

「詳しいことは言わないが、わしは元々研究者だ。随分と前の話だけどね。そこで随分と命を粗末に扱ったから、理解はできる、と言ったわけだ。」

 

「なる、ほど。そうだったんですね――――」

 

 

 ここで研究内容は訊かないほうがよいだろう。先ほどの言動から、このフジという人間が何かの研究者だったという話ですらトップシークレットだということだ。

 

 

 数秒の沈黙。

 これは会話の終了の合図だな、と判断した。

 これ以上は語るまいと空気が表している。サトシもこういう機微にもっとまめに気づけばよいのだが、なかなかそううまくはいかないものだ。

 

 

「じゃ、じゃあ戻りましょうか!子供たちが待ってますし!」

 

「うむ、そうだね。ほら、カラカラ。サトシ君のところへ戻りなさい。」

「カララ」

 

 ずっとフジ老人の右腕に抱えられていたカラカラは床にぴょんと飛び降り、サトシの元へとてとてと歩いてきた。

 サトシがそれを抱きかかえると、カラカラも抵抗することなく腕の中へ納まった。あっちからこっちと節操のないことだ。

 

 

「よーし、さっさと降りよう。怖いし。」

「ピカチャー」

 

 ピカチュウも同意のようだ。世の中は目に見えるものだけで回ってほしいものである。

 

「そういえば、エリカの言葉の意味はわからなかったな・・・やっぱり幽霊のことじゃないか。」

 

 そんなことを独り言ちながら、トコトコと階段を降りていく。

 

 

 フジ老人もその後ろを付いて行くが、階段を降りる前に立ち止まる。

 

 サトシ達がそのまま階段を降りていくのを少し眺め、今まで自分が居た室内を振り返る。

 

 

 部屋の一番奥を眺め、目を細める。

 

 

 

「ここは、何があってもわしが守る。誰の手にも渡すまい。だから安心して眠れ。ミュウ。」

 

 

 

 そう告げて、遺伝子研究の第一人者、フジ博士は階段をゆっくりと降りて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 




フジ老人の設定はいろいろ調べましたが、おそらく真実だろうと思われるミュウの研究者説を採用しました。
詳しくはググってくださいませ(放り投げ

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