ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百十話 ラフレシア戦

「サトシさん、ご自分の状況がわかってらっしゃらないのかしら。それともピカチュウだけでもう打つ手が無い、とでもおっしゃる?」

 

 

「・・・」

 

 

 エリカの言うことも最もだ。

 なにせフィールドに出ているのはコイキング。

 大きいわけでもないし色が違うわけでもない。ごく普通の、一般的にみられるコイキングそのものなのだから。

 

 

「お答えに、なりませんか。まあ良いですわ。勝負をお捨てになったのでしたら、無駄な命を失うこともないのですし、すぐに終わらせましょう。」

 

 

「・・・・」

 

 

 

 サトシは応えない。いまこの状況、何一つ相手に有利な情報を漏らすことは許されない。それが即敗北につながる可能性がある以上、一言たりとも言葉を発しないことがサトシにできる唯一の戦いだった。

 

 サトシは言い争いに強い方ではない。むしろ弱いと言える。さらに相手にしているのは百戦錬磨のジムリーダー。経験もレベルも段違いだ。言い負かすことなど考えてはならない。かたくなに口を閉ざし、唯一の作戦を遂行する。

 

 

 そう、サトシは勝負をあきらめたわけでは無い。

 ピカチュウが戦えなくなった時にどのように戦い抜くか。

 数々の小賢しい戦法を駆使して勝ち抜いてきたサトシにとってはそれが正しい戦い方であるし、唯一の戦い方ともいえる。

 単純な戦力であるピカチュウが戦線離脱したことは完全に予想外で、賭けのレートが百倍くらいになったが、それでもあきらめるわけにはいかないのだ。

 エリカの和室に一輪挿しとして飾られるわけにはいかない。

 

 

 

「ラフレシア、『しびれごな』」

 

「…」

 

 

 ラフレシアは無言で花弁をコイキングに向け、勢いよく痺れ粉を噴出した。

 広範囲に散らせて回避を難しくするフシギバナとは対照的に、ラフレシアは完全に指向性。

 一対一を主軸に置いた単体攻撃特化型。

 パーティの構成をみてもエリカはかなりバランスがとれている。

 戦いのおいて賭けをせず安定して勝ちにいく、という考えが顕著に現れている。サトシもバランスをとりたいと考えてはいるようだが、現実はそう甘くはないようだ。

 

 攻撃手段がたいあたりくらいしか無いコイキングに対して痺れ粉をあえて放ってくるあたり、油断もしていない。精神の乱れがほとんどない証拠でもある。

 

 

 

「ココココッコーーーー」

 

「コイキング!」

 

 

 

 ラフレシアの噴出した痺れ粉は一直線にコイキングに向かい、そのまま粉を浴びた。

 水場も無い場所ではコイキングはビチビチ跳ねることくらいしかできない。

 回避行動などとれるハズもなく、何の抵抗もなく成されるがまま、痺れ粉を全身に浴びせられ、麻痺状態となった。

 

 

 

「ああ!コイキングが跳ねなくなった!」

 

 

 

 麻痺の影響だろうか。

 跳ねることが生きがい、とでも言わんばかりにひっきりなしに跳ねていたコイキングはその動きを最小限にし、地面に横倒しになってしまった。

 海岸に打ち上げられてしばらくたった魚のようにしか見えない。

 ほんの少しだけ尾びれを動かしている姿はもはやポケモンバトルに参加しているとは思えない状態だった。

 

 

 

「これでほんの少しの抵抗もできないですわ。ラフレシア、『はなびらのまい』」

「・・・」

 

 

 またも無言でラフレシアが蠢く。

 口が無いのだから話すことができないのは当然とも思うが、もはやポケモンとしての存在そのものを否定しているようで、不気味なことこの上ない。

 

 

 

「コイキングなんて売ったところで、二束三文にもなりませんね。うふふ。そのまま潰しちゃいましょう。」

 

 

 

 エリカのセリフがそのまま命令になったのか、ズゾゾゾ、と蠢いていた根っこのようなものが明確な意思をもって動き始めた。

 徐々に数を増やし、地面に這って伸びていく。そしてその姿は――――

 

 

 

「蜘蛛・・・?」

 

 

 

 八本脚。

 いや、正確には脚のように見えるだけの植物。

 

 八枚の花弁を持つ花の中心から延びた根っこのようなものが形作り、脚のようなものを八本作り上げ、それぞれが地面に根付くように直立している。

 そして中心にある花はその脚によって三十センチメートルほど地面から離れている。

 

 シルエットだけ見れば、なるほど蜘蛛のように見える。

 しかし実際は大きな花から蜘蛛の脚のような植物が生えているだけ。

 言葉にするとたった一文で表現されてしまう姿ではあるが、言葉以上に気持ちが悪い造形をしている。

 

 

 そしてもちろん、それは見た目だけでは無い。

 

 

 

「さあラフレシア、格の違いを見せてあげましょうか。」

 

 

 その言葉が理解できたかできないか。

 そんなことを考える余地など無いということをサトシは直後理解した。

 

 

 

「はやい!!」

 

 

 

 蜘蛛の姿は見かけだけではなく、その特性すらも蜘蛛に模倣しているようだ。

 それぞれの脚を器用に使い、一歩一歩地面を踏みしめ急加速を実現している。

 小さい蜘蛛ですら驚くほどの加速だが、それが体長数メートルの化け物が行うものであったなら、その脅威度は計り知れない。

 

 無論、そんな化け物に相対するのが痺れて動けなくなったコイの王様だというのだから笑うに笑えない。

 

 

 

 スライド移動のように上下移動無く、猛烈な勢いで近づいたラフレシアは、コイキングの二メートル程手前で急停止し、その花弁を全てコイキングに向けて八枚同時に射出した。

 

 

 一撃必殺。本来であればそうなるほどの威力。

 抜群の安定感で高速移動をしつつ、見るからに攻撃力の高い花弁をショットガンのように射出する。

 これがラフレシアの戦い方だった。

 シンプルであるが故、どのタイプにも有用な戦術。

 四枚の鋭利な花弁によって切り刻まれ、四枚の鈍器のような花弁によって押し潰される。

 

 発射された花びらは数秒で再生し、そのわずかな隙ですら機動力によってカバーされてしまう。

 

 花弁の舞による攻撃、草ポケモンにあるまじき機動力、痺れ粉による麻痺攻撃。

 

 

 さらに技を二つ隠し持っているということを考えれば、エリカが最後のポケモンとして出すのも頷けるほどの強さだ。

 

 

 通常であれば太刀打ちできるポケモンの方が少ないだろう。

 ましてや相手はコイキング。

 

 しかし、サトシのコイキングは普通では無い。

 長年の研究により生み出されたコイキングは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッキイイイイーーーン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とにかく硬いのだ。

 

 

「よし!」

 

「はじいた、のですか?随分お堅いんですのね。うふふ。」

 

 

 予想外。ではあるものの、戦況は何も変わっていない。

 麻痺したコイキングがいくら攻撃を防ごうとも、勝ちは永遠に来ない。

 ダメージが通らないのであれば、別の方法で勝てばいいだけである。

 

 

 

「ラフレシア、相手は何もしてきませんわ。そのまま場外まで弾き飛ばしなさいな。」

 

「……」

 

 

 

 無言の首肯。

 ラフレシアの花弁はすでに八枚とも再生し、先ほどと変わらない凶悪な花の様相を取り戻している。

 その悪趣味な花を再度コイキングへ向け、八本の根を器用に動かし加速する。

 

 

 そして今度は真横から八枚の花弁を射出した。

 一枚も外す事無くコイキングに命中した結果、フィールドの真ん中付近を陣取っていたコイキングはあっけなくサトシのいる場外まで弾き飛ばされてしまった。

 

 

 

 

「あら、本当に何もできないのですね。うふふ。もう後がないですわ、サトシさん。」

 

 

「・・・・。」

 

 

 

 弾き飛ばされたコイキングは、キレイな放物線を描いてフィールドを縦断し、サトシの隣にポテっと落ちた。

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

「バナーーー」

 

 

 

 エリカが声の方へ顔を向ける。

 少しだけ、笑顔が崩れる。

 

 

 

 エリカの横を突如通過した山のようなフシギバナは、巨体に似合わず大跳躍をし、フィールドの半分を陰で覆い尽くし、そのまま全体重をかけて押しつぶした。

 

 

 

 

 

「・・・・フシギ、バナ?一体何を・・・」

 

 

 

 

 

 エリカの笑顔が完全に消える。

 理解できない、という感情をそのまま出したような表情。

 

 それはそうだ。なにせフシギバナは自分の後方でまだ水を浴びて傷を癒しているハズなのだから。何故そのフシギバナが急に飛び出してきたのか。

 

 

 

 エリカはゆっくりと後ろに振り向く。

 そこには、先ほどを変わらず傷だらけのフシギバナが横たわっている。

 水をかけている侍女達もそのまま。

 

 

 ではこのフシギバナは?

 

 

 

「・・・あ」

 

 

 そして気が付く。フィールドの半分をこの巨体が押しつぶしたということは。

 その領域にいた自分のポケモンはどうなったのか。

 

 

 

 

 

 茫然としているエリカを横目に、サトシは小さくガッツポーズをする。

 

 

 

 

 

 それが合図だったのか、エリカの横にいたフシギバナはシュルシュルシュルと音を立てて急激に小さくなっていく。

 

 

 その後エリカの目に入ったのは、紫色の小さい物体と、原型を留めない程に地面に圧縮されて押しつぶされた赤と紫の平らな何かだった。

 

 


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