ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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第百五話 戦い前夜

「いや、無駄だってのはわかってるのだけどね。」

 

 

 聴こえるところに誰もいない時、人は無駄に独り言が増えるものだ。

 

 ここは個室で、一般的にはお手洗いと言われているところである。

 

 

 そしてサトシはすでに三十分近く便座に座っているが、別にお腹が痛いわけでもないし、食べすぎたわけでもない。当然便秘であるハズも無い。

 

 

「トイレに籠るくらいで都合よく種がでてきたりしないよね・・・はあ。」

 

 

 そう、サトシはなにかできることがないかと考えた結果、まずはトイレに籠ることにしたのだった。

 

 とはいえ、体調は健康そのもの。

 三日後に口と尻からにょきにょきと草花が生えてくるとは到底思えない。

 

 思えないのだが、相手はジムリーダー。嘘などと思い込むことは危険極まりない。

 元々戦う予定ではあったので問題は無い。勝てばいいのだ、勝てば。

 

 

 そう自分に言い聞かせても、お腹の中に何か別の生き物がいて、今現在サトシの栄養分を着々と吸って蓄えていると考えると気持ちの良いものではない。むしろ最悪に近い。

 期限は三日間。この日数も当てになるやらならないやら。

 

 

 

「・・・・決着は、明日の夜。」

 

 

 タマムシシティジムから盛大に見送りをされ、良い笑顔で「楽しみに待っております」なんて言われてしまった。

 エリカの正体を知る前であれば、顔を紅潮させて照れるような状況になっていたかもしれないが、今となっては恐怖しか感じない。

 あの笑顔の裏に隠されていたものは今までのジムリーダーのものとは大きく異なる。

 

 命の危機、という意味では同じかもしれないが、どうなるかわからないという点では他のジムリーダーとは一線を画す。

 怖すぎる。もしかしたら死ぬより怖いかもしれない。

 

 ああ、エリカの言っていた、知ることが怖くないのかってそういうことか・・・

 知る事によって、知識を得ることによって、それまでぼんやりとしていた物事の輪郭がくっきり明確になる。

 知る事によって恐怖がなくなることもあるけれど、知ることでさらに怖くなることもあるんだな・・・というか、よくよく考えたらジムリーダーみんなそうか。

 死ぬこと以外への恐怖を感じたのはエリカが初めてではあるけれど。

 

 

 いろいろと考えているが、考えたところで結果は変わらない。

 はあとため息をつきながら便座から立ち上がり、大して汚れてもいないトイレの水を、流すためにレバーを引き、ドジャーと流れる水の音を背後にサトシはようやくトイレから外に出て行った。

 

 

 

 

 

「ピッカー」

 

「ごめんねピカチュウ。待たせたね。」

 

 

 日はとっくに落ち、サトシとピカチュウはポケモンセンターの宿泊施設にいた。

 ジムから出て、サトシはぐったりしていたのですぐにセンターへ行こうとしたがピカチュウがぐいぐいと引っ張るので食事へ行くことになった。

 

 正直サトシは何か口にできる状態ではなかったのだが、ピカチュウは今回何も粗相をしなかった。

 大人しくエリカの横に座っており、なんとなく楽しそうに見えた。

 ―――こっちはまったく楽しくなかったのだが、相変わらず何を考えているのかわからない。

 

 ともあれ、大人しくしていてくれたのでこれ以上物事が拗れずに済んだというのもある。

 明日の戦いの為にもピカチュウには精を付けてもらわなければと思い、フラフラの足をなんとか動かしながらタマムシシティの名物料理を探しに街へ繰り出したのだった。

 

 

 

 サトシも最低限食べたが、この黄色いでっかいのはいつもの倍は食べただろうか。

「お前の分も俺が食べといてやるよ!」なんて冗談を言われたことがあるが、本当にサトシの分まで食べたのではないだろうか、この黄色いのは。

 

 お腹いっぱいになったピカチュウを横目にポケモンセンターに戻り、なんとなくトイレに籠ってみた、というわけである。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、みんな出ておいで。」

 

 

 サトシは自身のポケモン達をその場にすべて出した。

 クラブ、コイキング、サンドパン、メタモン。そしてピカチュウ。

 

 

 タイプにして水、水、地面、ノーマル、電気。

 決してバランスがいいとは言えない。コイキングに至っては水というよりも防具に近い。

 

 サトシのじとっとした視線を感じたのか、小さくビチビチと身体を動かすコイキング。

 

 

 

 

「さて、明日はエリカとバトルをするのだけど――――」

 

 静まりかえる。

 なにせ相手は草ポケモンの使い手。

 メインで戦うのはピカチュウだとして、五体中三体が弱点属性という状態。

 さらに

 

 

「どんな戦い方なのか、聴けなかった。」

 

 

 さらに静まり返る。

 情報収集すると意気込んでいながら、決死の覚悟で持ち帰ってきたのは、エリカの趣味の内容。そしてサトシのお腹に巣食うかわいいお花の種子。

 むしろマイナスの成果だ。一体何しに行ったのだろう。

 

 

 ポケモン達から無言の抗議の視線を受けるが、もはやサトシには弁解の予知はない。

 そもそも期待するべくもない交渉能力しか持っていないのだから、ある意味当然の結果である。

 

 

 

「うーん・・・」

 

 

 草ポケモンと戦うイメージができない。

 裏のバトルではカスミの時に数体の草ポケモンを見ることはできたが、ほとんど効果を発することなく戦いが終わってしまった。

 だがそれぞれの技に対して対策を練ることくらいはやるべきだ。

 だが、いや、それよりも――――

 

 

 

 

「お腹の中が気になって集中できない・・・・というか、これ下手したら今までで一番怖い・・・」

 

 

 今までの戦いは、ほぼすべて行き当たりばったりだった。

 それゆえに考える時間などなく、その場の勢いでやってきた。

 それが良い事か悪い事かは置いといて、サトシにとっては状況そのものが襲い掛かってきた形で、強制的にイベントに巻き込まれていた。

 戦うしか選択肢は無かったから考える必要もなかったのだが、今回は違う。

 

 

「戦うための作戦も練れるし、準備もできる。なのに、この命を握られている感じがすごく怖い・・・」

 

 

 自分の未来が想像できる。

 口と肛門から勢いよく緑色の蔦が伸び、呼吸も苦しく身体も痛い。それでも意識はそのままで、目の前に見えるのは大きな花弁の裏側。

 

 

「こわすぎる!!!!うわーん!!!」

 

 

 もはや作戦どころではない。

 ポケモン達もなんとなくそれは察したようで、前代未聞、ポケモン達のみで作戦会議が始まった。

 

 だが所詮は本能に忠実な野生の生き物だったポケモン達。

 有効な作戦がでること敵わず、だがそれすらもあまり理解できないポケモン達は不毛な作戦会議を延々と続け、小一時間も解読できないジム戦の作戦会議を展開した結果、サトシが向けたボールに強制収納されてしまった。

 

 

 

 

「駄目だ・・・・ごめんピカチュウ、ものすごく、頼りにさせてもらう。」

 

「ピッカピー」

 

 

 それは了承だったか否定だったか。

 サトシにその意味合いを理解することはできないが、それを詮索する体力も精神力もないため、そのままベッドに倒れこんで、お腹を押さえながら瞼を降ろし、眠りの世界に身を寄せた。

 

 

 

 


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