ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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ようやく続き。
しかし少ないのはご愛嬌()


第百三話 お金の価値は

「お金が好きって、お金が好きってこと?」

 

「その通りですわ。お金が好きってことです。」

 

思わず同じ言葉を反芻してしまったが、もっとこう、なんというか、清楚な顔に隠された想像だにできない狂気な中身を告白されるのだと身構えていたサトシにとって、あまりに拍子抜けする内容だった。

 

あまりに普通だ。いや、これが通常なのかもしれない。むしろ今までのジムリーダーが極端だったのだ。

ポケモンを極愛する変態に人殺し厭わずのドが付くほどのサディスト、果ては時代遅れな人間奴隷を遊び道具にする元軍人。

思えば思う程に一体自分は何と戦っているのかと錯覚する面々。

ポケモンリーグの制覇を目指しているにも関わらず、心身問わず戦っているのは一癖も二癖もある人間ばかり。サカキさんから裏のバトルについて教えてもらった時に、それなりに血みどろの戦いになるのではと背筋が凍ったものだが、今となってはポケモンバトルよりもそのトレーナーの方が恐ろしい。

いや、勿論圧倒的な破壊力を持つポケモン達も驚異的ではあるのだが、重火器を操作するのはいつだって人間だ。力を持たないからこそ最も恐れる存在である、なんて小難しい本を開いた時に目に入ったことがある。

見た時は意味の分からなかった文章だが、今となっては痛いほどにわかる。わかってしまう。

若干十四歳のこの身で人間の恐ろしさなんてものを知りたくなかったがそれも後の祭り。

 

 

ともあれ、目の前にいるニコニコと清楚な笑いを続けている少女はそのような人外の狂気を纏った連中とは違うらしい。

お金が好きなだけであれば、サトシ自身も例にもれず好きだ。というか世界中の誰に質問しても9割以上は好きと答えるのではないか。

 

・・・しかしそんな当然とも思えることをわざわざこのタイミングで言うだろうか?

 

 

 

安心していた認識に陰りが出始める。

我ながら人間不信になったものだと感じたが、ことジムリーダーを相手にいくら不信に思ったところでその予想を悉く裏切ってさらに悪い方へ飛び込んでいったのだからあながち悪い判断ではない。

もしかしたら、あくまで可能性の話で、そんなことは無いとは思っているが、万が一ということもあるのだし、質問するのはタダだし、言わないと伝わらないこともあるし。

 

いろいろな理由を並べてジムリーダーの美少女、エリカへ問いかけるタイミングを見計らう。

今回は墓穴にならないだろうか、と一瞬だけ頭をよぎるが、結局のところ訊いてみないとわからない。

むしろ今回はすでに相手の懐に入り込んでいる。

互いに臨んだ場所だとはいえ、敵陣に乗り込んでいる以上は少しでも多く情報を持ち帰らなければなるまい。

・・・帰れるかどうかは運次第なのが、相変わらず杜撰な計画に吐き気がするが我慢して問いかける。

 

 

 

「あの、エリカさん。」

 

「はい、なんでしょう。」

 

余り緊張しているように見せず、若干笑顔で気軽な感じで話かける。

そう、大したことじゃないんだってことを空気感でアピールする。当然サトシにそんな芸当はできないのでひきつった笑顔ではあるのだが。

それに応えるエリカも、サトシの緊張は織り込み済みなのか気にすることなく話を促す。

 

 

「お金が好きって、その、どれくらいですか?」

 

 

なんとも曖昧な質問。しかしサトシにはこれ以上踏み入った問いかけは地雷なのではないかと自重した。その結果がこの「受け取り様によってはいろんな意味に捉えられる感じ」の質問だった。

 

 

「どれくらい、ですか。そうですね、命の次にくらいでしょうか。ふふふ。」

 

「そ、そうですか!そうですよね!お金大事ですもんね!」

 

ああよかった、普通の人よりも過激ではあるけれど、表現としては一般人と言っても大丈夫ではなかろうか。よくあるたとえ話だ。命の次にお金が大事。うん、そうだよね!お金いいよねお金バンザイ!

 

 

「ああ、もちろん、わたくし以外の命は含めておりませんけれど。」

 

 

 

あああああああああああ!!!やっぱり地雷だったあああああああああああああああ!!!!!!

 

 

 

いや、まだわからない。ほら、よくある比喩表現というものなのかもしれない。

それほどまでにお金が好き、という誇張表現な可能性も――――――

 

 

「昨日おいでくださった男性のトレーナーは大した金額になりませんでしたわ。やはり男性は高い金額が付きづらいのですね。タバコも吸っておられるようでした。」

 

「そ、ソウデスカ・・・」

 

「あ!でもサトシさんのような少年はけっこう高値がつくのですよ!内臓もキレイですし、少年好きなお方は結構いるので安心してください♪」

 

 

語尾に音符を付けてしまうような弾んだ口調で、まるで買い物ついでに好きなぬいぐるみでも買ってもらった女の子のような屈託のない笑顔で告げられてしまった言葉は、その明るい雰囲気とは反して酷く醜悪でドロドロとした闇の世界を伺わせる内容で、そして何よりサトシがどこか知らない御仁の所へ売られてしまうという結末を断定していた。

やはりというかなんというか。

 

想像通りになってほしくないことであればあるほどに、想像以上になってしまうのはもはや呪いだ。

この場にいるのは最初から変わらない笑顔の少女と、苦笑いから諦めの笑顔に変わった少年と、出会ってから一度も変わらない笑顔。

音声をOFFにしてこのシーンを映画で見ていたら、きっと笑いが絶えない二人と一匹の青春あふれる初々しいお茶会だと思うだろう。

現実は非常だ。楽しいお茶会にしたかったのは事実であるし、目の前にいる少女は躍起になって探しても見つからないほどの美少女。かわいい女の子を前にして話すシチュエーションに心臓の鼓動は速まる一方だったが、今は別の意味でさらに速くなっている。

血の巡りは良くなる一方で、顔色はどんどん悪くなっていくようだ。

 

 

サトシの考えは正しかった。

 

ジムリーダーは、狂っているやつばかりなのだと。

 

 

 

 

 

「あらサトシさん、顔色が悪いですわ?」

 

 

「そう思います。」

 

 

今の話を聴いて顔色が悪くならない人がいたとしたら、それはマトモなメンタルをしていない。人身売買を生業としているか、快楽殺人者か。当然サトシはそのどちらでもない。

 

 

そして、もはや地雷を踏みぬいた以上は訊くところまで訊かねばなるまい。

作戦名はこうだ。「なるようになれ」いつも通りである。

 

 

 

「つかぬことをおききしますが」

 

「なんでございましょう。」

 

敬語だか時代劇なのかわからない不思議なしゃべり方になっているが、気にせずそのまま進める。

 

「たとえば、たとえばの話ですが、僕はこのままジムを出ることができるのでしょうか。」

 

 

意を決して質問する。

もちろん戦う。戦わなければならない。でもほら、心の準備とかあるじゃない。だから一回出してもらっていいかな?とかそういう感情を目一杯込めて言う。

 

 

「ええ、もちろんできますわ。わたくし、そんな下品ではございませんもの。」

 

「え、出してもらえるんですか。」

 

 

想像以上に拍子抜けだ。

もっとこう、出られるとでも思っていたのですか無理ですわおほほとか言われそうだったのに。

 

 

「でも、早めに戻ってきた方がいいと思いますけれど。」

 

「え?どういうことですか?」

 

「わたくし、じっくりとお話もせずに戦うなんて下品なことは好まないですけれど、目の前のお金をみすみす逃すほど愚かでもないですわ。」

 

 

?ますますわからない。

先ほどの話と、逃す云々の話のつながりが見えな―――――

 

 

「サトシさんが飲み干したお茶、わたくしが育てた植物の種子が含まれてますの。」

 

「しゅし・・・あ、種ってこと――って、え?」

 

「なかなか面白い植物でして、人の身体に入ると消化されずに腸に寄生して三日間栄養を蓄えますの。」

 

「た、たくわえて・・・?」

 

 

「三日が経つと、急激に茎と蔓を伸ばして成長して、肛門と口の両方から一気に蔓を伸ばして大きな花を咲かせるのですわ。その様子はとても形容し難い美しさなのです。」

 

「・・・・・・・」

 

「このお花の素晴らしいところは、人の身体へそこまで影響がないところです。もちろん地面に根付いて身動きとれなくなりますし、呼吸もかなりし辛くなりますが、数秒で枯れさせる方法もあるのでとても便利ですわ。」

 

 

 

サトシは無言で飲み干した湯呑を見下ろす。

美味しいお茶は出涸らしまで残さずサトシの胃の中に納まっている。

 

 

 

「・・・三日間?」

 

「良いバトルをしましょう。もちろん、わたくしに勝てば花は咲くことなくトイレに流されるお薬をお渡しします。」

 

 

すぐさまバトルというわけでは無いようだが、制限時間がついているようだ。


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