ポケットモンスター 「闇」   作:紙袋18

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想像したキャタピー超こええ。


第十話 後味と課題

 キャタピーの尻尾が虫取り少年の胴体を後ろから貫通していた。

 高速で繰り出される破壊の鋼球は柔らかい少年の胴体を無残に破壊し、中身を撒き散らした。

 キャタピーに微かに灯った瞳の光は、役目を終えたかのようにゆっくりと消え、また空虚を映し出す水晶体と成り果てた。

 

 

「え・・・そんな・・ガフッ・・・・なんで・・・」

 

 

 血反吐を吐き出し、その場所に膝から崩れ落ちる。

 結果的にキャタピーだったものに体重を預ける形になる。

 皮肉にも、自分の相棒ポケモンに抱き着くかのようにサトシには見えた。

 その場だけ見ると自分の愛するポケモンを労わるようだが、実際には残酷な結果だけが残る。

 

 

 

 

 

 ――――――理不尽。しかしこれが現実なのだ。

 目の前に起きているこの現象こそが現実なのだ。

 

 サカキさんの言っていたこと。近いうちに知ることになると言っていた、人の本質。

 権利、力、信仰、卑下、暴力、殺意。

 いろいろな考えや思いが交錯しドス黒い何かを生み出している。

 恐らくはサトシの想像力を遥かに超える『人間の感情』が渦巻く。

 この度サトシが経験し感じたことなど裏の世界に入り浸っている者からすると表面の 薄い膜に触れた程度のものなのだろう。

 しかし少年なりに、この短時間で果てのない何かを見た気がしてしまっていた。

 

 

 ・・・ましてや対象は自分と同年代の少年。

 

 

 本来ならば虫取り網片手に森の中を駆け回っているはずの少年。

 一体何が少年をここまで欲の塊にしてしまったのか。

 戦闘の前に問いかけた質問も、その質問を答える口の持ち主はうつ伏せになって微塵も動かない。

 その答えを訊くこと叶わず、後味の悪さだけがここに存在している。

 

 

 

 裏の世界。世の中に隠れた、闇そのもの。

 それはここまで業が深く、どうしようもなくなるものなのか。

 あまりに救いが無い。

 トレーナーにとっても、ポケモンにとっても。

 人の生む、限りの無い悪意と信仰。

 力そのものに対する信仰心こそ、この世界の裏の存在を肯定するものなのだ。

 

 

 

 そこにたった一人。十四歳の少年がこの世界に踏み込んだ。

 この世界を変えてみせる。意気揚々と踏み込んだ世界。

 その実際は想像をはるかに上回り、少年の思いは現実という大きな波の中に落ちた一滴のように掻き消えようとしている。

 それほどまでに虫取り少年との出会いと別れは衝撃的なものであった。

 

 そして図らずも二つの命が失われる場所に居合わせた少年は、その衝撃と悲しみと、見た目のグロテスクさから―――

 

 

 

「・・・・ごめんピカチュうおえええっぷ」

 

 

 草むらにかけこみ、胃の中のものを吐き出す。

 目の前で一人の少年が内臓をぶちまけて死んだのだ。

 十四歳の少年には刺激が強すぎるのも無理はない。

 

 ピカチュウは特に何をするでもなく、その場に立ち尽くしていた。

 キャタピーの息の根を止めたことにまったく何の感情も無いかのように。

 ただ、それ以上の邪推をすることもなかった。

 

 

 

 

 ほどなくして多少落ち着いたサトシは、一人と一匹の遺体をなるべく見ないようにして、これからの行動を考えていた。

 

 

「さて、どうしよう・・・」

 

 

 害意はない、とはいえ目の前で一人の少年と一匹のポケモンが命を落とした。

 半分はピカチュウの所為ではあるが、キャタピーの脅威を考えると正当防衛?なのか?やりすぎ?

 どちらにしろ不遇な環境で育てられたポケモンの不幸は救われない結果となってしまった。

 

 

 そして、図らずとも裏のバトルを体験した。

 しかし最初のバトルはジムを想定していただけに、所作についてはなにも知らない。

 ここはサカキさんに連絡をするのが正しいだろう。

 

 

 ということで、ポケモン図鑑を開く。

 最新機能が盛り込まれたこの機械には、テレビ電話機能もついている。

 現在連絡先を交換しているのはオーキド博士とサカキさんのみ。

 

「考えてみると、トキワシティジムリーダーと連絡できるって、すごいことなんじゃ」

 

 

 すこし躊躇した後、通話ボタンを押す。

 

 

 

 トゥルルルルルル、トゥルルルルルル ピッ

 

 

『私だ。サトシ君か。何かね?』

 

「あ、サカキさん。実は今トキワの森なんですが・・・」

 

 

 事情を説明する。

 あまり思い出したくないことも多いが、何が必要な情報かわからないため一通り説明した。

 

 

 

 

『なるほど。トキワの森のキャタピー使い、ね。大体目安はついた。おそらく登録されている正式なトレーナーだ。』

 

「登録?」

 

『言ってなかったかな?裏のトレーナーは実績や使っているポケモン、通称などが登録されているのさ。君ももちろん登録されている。黒いバッジの持ち主がそうだ。』

 

「なるほど・・・」

 

『そいつは巨虫使いって通称で登録されてる。そこそこに名の通ったトレーナーだったが、そうか。早々に君と遭遇してしまったんだな。君にとっても、相手にとっても運がない話だ。』

 

「それってどういう・・・?」

 

『裏のトレーナーはそうそう出くわすものじゃない。だが、無視できるほど少なくもないという話だ。私もニビシティまで出会うとは思っていなかったが、当てが外れたな。とにかく、その場所は私の方で処理しておく。君は問題なければそのままニビシティへ向かいたまえ。』

 

「・・・はい、わかりました。あの、サカキさん?」

 

『なんだね?』

 

「僕って、この先も狙われたりするんですか?」

 

『以前も言ったと思うが、そのピカチュウは明らかに裏側のポケモンだ。そんなポケモンをひけらかす様に外に出して一緒に歩いているんだ。好戦的なやつだと思われても仕方がない。嫌ならば無理やりにでもボールにしまっておくんだね。』

 

「・・・わかりました。」

 

『では、またなにかあったら連絡したまえ。』

 

 

 

 プツッという音と共にサカキさんの顔が、画面から消えた。

 

 

 

 

 ・・・なんてことだ。

 こんなに早く裏のトレーナーに出くわすなんて。

 とにかくピカチュウを他の人の目から隠さなければ、また急にバトルを仕掛けられてしまう。

 とはいえ、ボールに戻すことは――――

 

 

 

「ピカチュウ、えいっ」

 

 ボールを投げる、が

 

「ピカー」

 

 はしっ、とつかんで、ポイっと投げ返してきた。

 

 ぱしっ、と投げ返されたボールを再度キャッチ。

 

「・・・無理だよね。」

 

 

 

 

 ピカチュウをボールに入れるのはあきらめることにしよう。

 

 ・・・まだトキワの森に入って間もない。

 一旦トキワシティに戻って、ピカチュウを隠す方法を考えよう。

 

 そう思い、再度トキワシティへ戻り始めるサトシ達。

 

 

 

 

「・・・またおじいさんと会うのきまずいなあ。」

 

 

 そんなことをつぶやきつつ一人と一匹は一度来た道を踏みしめていった。

 

 


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