ゼロからの夜、白鯨戦を前にスバルとレムがどんな事を話したのか、決意を固めたスバルは何を思うのか、そんなSSです。

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第3章 55 『前哨』の幕間、討伐前日から討伐当日の間の夜のお話。スバルとレムが討伐を前にどんな事を話していたのか、どんな事を語り合ったのか。
こんなことを話し合っていたらいいな、という妄想のSSです。

『ゼロから』の日の夜のお話です。


『ゼロ』と『イチ』の間のお話

 

王都の夜は、さすが都と言うべきか、明るく喧騒が都全体を包んでいる。

 

ましてや『白鯨討伐』が行われる事が決まり、その準備を明日までに済ませなければならない事もあり、兵士も商人も住んでる人達全てがざわめきを作り出している。

 

クルシュ邸の一室からスバルが何度も見てきた景色は、今までの中で一番明るい街並みになっていた。

 

 

「スバルくん、入ってもいいですか?」

 

扉の向こうから可愛らしい声がする。

 

スバルを英雄だと言ってくれた、スバルが好きだと言ってくれた、今最も愛おしく感じる声。

 

その声の主、レムがやってきた。

 

 

「いいよーーどうかしたか?」

 

部屋に入ってきたレムは、寝巻きにいつも身につけている髪飾りのふわっとした格好をしている。

 

今回王都に来てから一度目のループで、レムがロズワール邸までの中間地点で着ていた服だ。

 

 

「少し、スバルくんとお話がしたいと思って」

 

「あぁ、じゃあ適当なとこに座ってくれ」

 

「はいっ」

 

レムは、ベッドに座っているスバルの隣にちょこんと座った。

 

狭くはない部屋でスバルの隣を陣取るレムは、スバルと目が合うとえへへと、照れ隠しなのかほんのり頬を染めて笑う。

 

守りたい、この笑顔なんて軽はずみには言えない、この笑顔を失わない為に、英雄になると決めたのだから。

 

 

「スバルくんのお話が聞きたいです」

 

「俺の?」

 

「はい、スバルくんの事をもっと知りたいんです」

 

「知りたいって言ってくれるのはすげぇ嬉しいんだけど、昼にも言った通り、俺は何もしてこなかったから……話せる事なんてほとんどないぞ?」

 

「それでもレムは、何もしてこなかったスバルくんのことも知りたいです。いつ起きて、何をして、いつ寝ていたのか……初恋の相手はどんな人とか」

 

初恋の相手、という単語に込めるレムの思いはスバルにはわからない。

 

ただそれがきっと勇気のいることだとスバルは理解している。

 

 

「たぶん聞いたらレムが余計凹むと思うぞ?」

 

「承知の上です。レムは逆境に燃える女ですから」

 

「その情報初めて聞いたな。初恋の相手はエミリアたん。今恋をしている相手もエミリアたんだよ」

 

「うぅ……改めて聞くと想像してたより凹みます」

 

いつの時代も、どの場所でも、初恋の相手というのは特別だ。

 

何処から好きと言えるのか、それがわからない小さな頃に経験していない恋を、何が恋か判断出来る年になった今になってやっと経験した者にとって、人生を変える大きな転機になりえる。

 

勿論、スバルの場合はこの異世界召喚が転機の主な原因だが、こちらに来てからのスバルの行動原理は全てエミリアという一人の女性に帰結する。

 

だからこそ、今こうして前を向いて進めるのはエミリアの為よりも、レムという一人の女性が与えてくれた英雄という姿を追いかけることによるものだという事実が、スバルの中でのレムの存在の大きさを物語っている。

 

むすぅとしたレムの頭をがしがし撫でると、その顔が溶けるように幸せそうな笑顔になる。

 

「心、動かされたもんな」

 

 

スバルの小さな呟きは、撫でられているレムに届かない。

 

近くにいると、嫌でも思い知らされる。

 

こんなに小さな身体で、圧倒的力を前にへしゃげてしまいそうな身体で、彼女は戦ってくれていたのだと。

 

魔女教に遭遇してしまった時も。

 

ペテルギウスに遭遇してしまった時も。

 

白鯨に遭遇してしまった時も。

 

全てスバルを守ろうと、何も出来ないスバルを支えようと戦ってくれたのだ。

 

今の彼女にそんな事を言っても仕方ないのだろうが、伝えたい想いがある。

 

伝えなければいけない想いが。

 

 

「レム、ありがとうな」

 

「ん……どう致しまして」

.

スバルの小さな想いに、その想いの内容が伝わったのか、撫でられて気持ちよさそうなレムが返事する。

 

 

「辛気臭くなったな、別の話をしようぜ」

 

「じゃあスバルくんの故郷のお話を聞きたいです!」

 

スバルにとっての故郷。

 

異世界に来る前のあの日々は、スバルにとって忘れたい類の記憶だと言えるかもしれない。

 

レムに対して嘆き喚き散らした昼にも言った通り、スバルは何もしてこなかったのだから。

 

異世界から来た、等と口にすれば話の種にはなるかもしれない。

 

信じてもらえないんじゃないか、怪しまれるんじゃないか、スバルの矮小な心が口を塞ぐ。

 

レムにそんな事を思ってもらいたくない、レムに嫌われたくない、そんな一心で。

 

 

「スバルくん?」

 

「悪い、ちょっとぼーっとしてた。故郷の話、だよな」

 

「スバルくんが言いたくない事は触れなくていいですよ。スバルくんには笑顔でお話していて貰いたいですから」

 

スバルに罪悪感を持たせないように話しやすく、話したくないことを話さずに済むフォローをしてくれるレムは、何処までも優しく、甘い。

 

スバルはそんなレムの言葉で、もし本当の事を話してもレムがスバルの発言を信じてくれるのだろうと確信する。

 

だが、今はその時じゃない。

 

異世界召喚に触れてしまったら、『死に戻り』をスバルに与えた、どこの誰かも分からない人間が行動を起こすかもしれない。

 

『死に戻り』や異世界召喚の事は、不明瞭な点ばかりで、殺傷という現象が起きることもあったのだから。

 

 

「じゃあ、俺の居た故郷の話をしよう」

 

「はい」

 

「俺の住んでた場所は、俺の視える範囲ではすげぇ平和な所だった。それこそここに比べたら闘争のとの字もない、白鯨や魔女教みたいな悪意の塊もない、そんな場所だった」

 

「凄い良いところですね……レムの知る限り、闘争や武力による争いをしていない都市や街はほとんどないです」

 

「あぁ、すげぇいいところだった。武力よりも学力を鍛えて社会をより高度で楽に過ごせる場所にしようって、みんながみんな賛成してたよ」

 

「子供や大人までもが勉強する事が大切だという考えはレムの知る限りとっても難しくてとっても幸せな考えだと思います」

 

「だけど……それが当たり前になってしまって、人間は他人との繋がりと自分の働きで生きていけることを忘れかけてたんだよ」

 

「繋がり……」

 

「いや、俺はここに来るまでそれを忘れてた。もしかしたらその大切さに気づくためにここに来たのかもな」

 

「レムは、スバルくんとこうして繋がれて嬉しいですよ?」

 

スバルの話す故郷の話は、こうして現に戦争や闘争、争いから身を守る事すら危ぶまれるこの世界で生きてきたレムには、新鮮に聴こえるのかもしれない。

 

 

「ありがとうレム。だからこそ……ここで初めに繋がれた女の子の元にぐらい手土産を持ってかないとな」

 

「女の子の前で別の女の子の話をするスバルくんは酷いです!……でもスバルくんの言う通りですね。エミリア様の功績、エミリア様とスバルくんの大切な繋がりの為にもなんとしても白鯨を倒しましょう」

 

一瞬怒ったフリをしたレムは、これ以上ない笑顔でスバルに勇気を与える。

 

スバルがレムの英雄になる為の勇気を。

 

 

「あのデカ物を仕留めたら笑顔でロズワール邸に帰ろう。正直エミリアたんの前で笑顔で居られるか自信はないけど、それはまた着いてから考えることにするから」

 

「もしスバルくんの言葉だけじゃ許してもらえない様なら、レムも手伝います!」

 

レムがどんな気持ちでスバルに言葉をかけているかわからない。

 

きっと好きな相手に、好きな相手の事ばかり話されるのは苦痛を伴うのだろう。

 

レムだって人間なのだ、『嫉妬』しない人間なんていない。

 

けれど、それでもレムはスバルのことを愛してくれると、そう信じている。

 

これはスバルの『強欲』か、それとも『傲慢』だろうか。

 

 

「エミリアたんがそれで許してくれたらいいけどな……」

 

「ああ見えてエミリア様は頑固ですから、約束を破るスバルくんの事をそう簡単には許してくれないと思います」

 

「レムもそう思うよな……こればかりは誠意を見せて謝るしかないな」

 

「それでこそレムの好きなスバルくんです」

 

微笑むレムは何処までもスバルの心を緩く甘く包み込む。

 

スバルが全てを委ねてしまいたいと一瞬でも思ってしまうほどに。

 

けれどそれは許してくれないと、分かっている。

 

誰よりもスバルのことを甘やかせ、誰よりもスバルに望むレムは、他の誰よりもスバルに厳しいのだから。

 

それがレムのスバルに対する『愛』なのだろう。

 

スバルはレムの『好き』という言葉に慣れていない。

 

これ程までに真っ直ぐに伝えられて尚、真っ直ぐに目を見てその思いに答えられたのはまだ一度だけだ。

 

あの対話以降、レムの好きという言葉が胸を優しく、鋭く刺していく。

 

その響きにずっと浸っていたい、そんな中毒感のある言葉。

 

だからこそ、その言葉を言ってもらえるスバルでありたい。

 

いつか胸を張って答えられるように。

 

 

「あ、明日はバタバタすると思うし、早く寝よう」

 

「はい、早く寝て早く起きてスバルくんの寝顔を独り占めします」

 

「そういう事を堂々と宣言されるとこっちが恥ずかしくなってくるんですがレムさん。恥ずかしいからやめてね?」

 

「じゃあちゃんと起きてくださいね」

 

おやすみなさい、と小さく手を振ってレムが部屋を出ていく。

 

昼間に決めたはずの覚悟が、より鮮明に心に焼きつく。

 

明日は英雄になる為の第一歩。

 

ゼロから始めたスバルの、イチになる一歩目。

 

この世の理不尽、その体現者である『白鯨』がーー来る。



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