衣玖さんが行くだけ。   作:君下俊樹

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衣玖さん小説なのに衣玖さん少ない……
タイトル詐欺になってまう……


霊夢と雨と因果

 幻想郷の空は厚い雲に覆われて、今にも雨が降りそうだ。

 雲の海を揺蕩う影は幻想郷広しと言えど、一人くらいのものである。

 限りなく黒に近い灰色の海のなかに一つだけ緋く煌めくその少女の名前は永江衣玖。竜宮の使いである彼女はすいすいと最悪な視界を物ともせずに雲の中を泳いでいく。

 ポツリ、と溢した。それはごくごく小さな呟きで、風を切る音にかき消されて本人の耳にすら入っていないだろう。

 

「荒れそうですね」

 

 幻想郷に、暗い雨が降った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗霊夢のため息は湿気の多い空気に混ざって消えた。

 

 幻想郷を覆う雨雲は実に6日もの間休まずに働いている。全国のニートは見習うべきであるが、雨雲自身には是非休んでもらいたいものである。

 洗濯物は乾かず、地面は沼のように姿を変えている。当然人里でもその被害は甚大で、買いたい物の耐水性を考えてみれば、ろくな買い物もできやしない。当然参拝客は来ないし、雨の中遊びに来る暇人もいない。

 カラコロと下駄で石張りの土間を無意味に鳴らして開け放たれた扉を見つめる。ちら、と視線をずらせば雨樋から垂れてくる水を受け止める樽。濾過装置の役割を担う樽も数えて5徹である。雨が止んだら点検も視野に入れておかなければなるまい。

 

 じわじわと樽に入り損ねた水滴が石畳を侵食していた。それを彼女は無感情に眺める。

 そこで彼女が何をしているかと言えば、何もしていないのである。

 しかし本当に何もしていないわけではないのだ。この樽に雨樋から水を流して、その水を濾過して生活水の一部として使っているわけだが、どうにも時間が掛かるのでボーッとする時間が多くなる。今も濾過されて出てくる水を眺めるだけの仕事をしているのだ、と。誰にするでもない適当な言い訳を考えてみたり。

 

 しかし、そんな何もしなくてよい至福の時間とも、何も出来ない無益な時間とも取れる不思議な時間は唐突に終わりを迎えた。

 

 霊夢は耳がいい。それこそ、永遠亭に住む兎だったり、京の都で蚊のまつ毛の落ちる音を聴いた、なんて平安貴族なんかには及ぶべくもないが、人からすれば信じ難いほどに耳がいい。

 しとしとと降り注ぐ雨の中に小さな風切り音を捉えた。

 どうやら、こんな雨の中を飛んで来た馬鹿者が居るらしい。無論、嬉しくないわけがなかった。なにせ暇だし、話し相手になれば上々。何か面白い話を持って来ればなおよし。

 流石に濡れた服で家に上げるのはご勘弁願いたいので、すぐ後ろの下駄箱からタオルを取る。

 霊夢が再び扉に視線を向けると、泥濘んだ土に足が触れる寸前でふわりと浮かんだまま静止している少女がそこにいた。不思議なことに少女の服も体も髪までもが水を弾いていて、雨に当たっても濡れた様子はない。

 そんな少女を見て、霊夢は眉に皺を寄せる。

 

「おはようございます。博麗の巫女」

「今日はどんな厄ネタを持ってきたのかしらね。永江衣玖、だっけ」

 

 永江衣玖。竜宮の使いである彼女は、要は伝令である。龍神の呟きごとの内、重要だと思ったことを地上の人や妖怪に伝えるだけのメッセンジャー。前回彼女が伝えたのは地震の到来。さらにその地震により博麗神社は倒壊した。よって彼女が伝える事に碌なことはないでFA。

 土間に入った彼女がパン、と服を叩けば水は控えめに弾き飛ばされて、ずっと屋根の下に居たと言われても信じられる風体へと早変わり。静電気で撥水したのです、と聞いていないことまで教えてくれた。気にならなかったと言えば嘘になるが。

 

「ええ、まあ。厄ネタと言いますか」

「入りなさいな、私は土間で話す趣味はないの」

「どうも、ありがとうございます。雨、ひどいですね」

 

 しかし、まあ、なんだ。異変だったとしても主犯をぶっ飛ばせば終わりじゃない。ならば厄ネタだって知ってて損はない。というか、とっとと異変解決でもしないと頭からキノコが生えてどこぞの魔法使いの餌になってしまう。そう考えたので、彼女に茶ぐらいは出してやる事にした。

 

 濡れていないとはいえ、外はなかなかに涼しいから温かいお茶を出してやると、彼女はすすっ、と律儀にも正座して茶を飲んでいる。その動きのどれをとっても、極限まで洗練されたかのように優雅。素体だって、誰もが羨むような美少女。そんな彼女を見ても、同性である霊夢は特に思うこともなく。ふっ、と息を吐いた。

 

「このままの天気ですと、近い未来土砂崩れが起きるでしょう。それも、それなりに大きなものが幾つか」

「それはここを巻き込むかしら?」

 

 霊夢が一番知りたい情報に、間接的には。と簡素に答える。直接土砂に巻き込まれるわけではないなら安心して寝れる。

 まあ、安心しきって寝るわけには行かないのだが。

 

「…………そして、これはお節介になるかもしれませんが」

「いいわよ、別にお節介なんて。私は別に未来を知りたいわけじゃないもの」

「そうですか。失礼しました」

 

 彼女はそう言って、幻想郷の住民とは思えない礼儀正しさで玄関から出て行った。

 昔よりは愛想も良くなっているが、つまらないことには変わりない。話が膨らまない、共通の話題もない。特に興味があるわけでもない。無愛想はお互い様だった。

 

 フッ、と息を吐いて霊夢はお札を纏めて備え付けの小物入れへとしまう。

 ただ、ふと思っただけのことなのだが。雨、と言えばなんだろうか。ツバメが低く飛ぶと、カエルが鳴くと、入道雲が出ると、猫が顔を洗うと、朝焼け、湿った南風、うろこ雲、地震の後に、いろいろな伝承はあるものの、どれも確信があるわけではない。

 

「『このままの天気ですと』…………ね」

 

 つまりそれは、雨が降り続かない可能性もあるという事だ。

 とりあえず、片っ端から試していきましょう。

 そう呟いて霊夢は博麗神社を飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、晴れたな!」

 

 快晴である。昨日までの大雨がまるで嘘のような綺麗な青空だ。生憎と、地面は泥濘んでいるものの飛べば濡れないし、家に居れば濡れないから、少女たちはのんびりとお茶を啜っていた。博麗霊夢と、金髪の少女──霧雨魔理沙である。

 

「ええそうね、良かったわ。あのままだと、家に貴女の餌が生えてくるところだったもの」

「こらこら、どういう意味だよ」

 

 

 茶化すような霊夢のセリフに、魔理沙はは軽く戯けるように返した。ふふ、と小さな笑い声が漏れて、お互いにケラケラと笑い合った。

 

「ところで、なんであんな雨が降ってたんだろうな」

「…………因果の収束、よ」

「────なに?」

 

 ふと問いかけるような魔理沙のトーンが、一つ下がった。眉も下がり、訝しげに霊夢を見つめている。

 

「少し前の天人の、覚えてるかしら」

「ああ、気質がどうとかってやつ」

「アレはね。一部では雪が降ったし、雨も降ってたけど、本質的には全部一つの天候だったのよ」

「…………つまり?」

 

 魔理沙は頭にハテナをいくつか浮かべている。さらに、全くわからん、とばかりに肩を竦めてみせた。

 

「あの時は、晴れてたし雨は降ってたし嵐は吹いてたし雪も降っていたけれど、晴れでもなく雨でもなく嵐でも雪でもなく、そう────言うなれば緋想天」

「ふぅん…………?」

 

 何が言いたいのか、とせっつくように霊夢に視線を送る少女。霊夢はお代わりを持ってくるわね、とそう言って立ち上がった。

 

「雨が降る伝承って、知ってる?」

「猫が顔を洗うと、ってヤツか」

 

 ええ、と返して、湯飲みを卓袱台に優しく乗せる。

 

「ツバメが低く飛ぶと、カエルが鳴くと、入道雲が出ると。いろいろ伝承はある訳だけど、緋想天の間は、何があっても雨にはならなかったわね」

「ああ、そういう。溜まりに溜まった『雨を降らせる』行為が今になって現れた訳か。はあ、なるほどな」

「そういう事」

 

 霊夢はお代わりを直様飲み干す勢いであおるが、あれと魔理沙は小さく声を上げた。

 

「じゃあなんで急に晴れたんだ?」

「私が、『晴れになる』因果を集めたのよ」

 

 チルノの襟首を引っ掴んで蜘蛛の巣に朝露を付けて、文の首を締め上げて朝に北風を吹かせて夕になったら南西の風を吹かせた。萃香の酒瓶を掴んで水を萃めて夕方に雲の上で虹を作らせて、そこらへんのトンビを上昇気流で無理やり上空へ持って行って、大変だったわ、と何でもないように霊夢は語った。

 

「うわ、地味」

「うっさいわね」

 

 今回の異変とも言えない大雨の、功労者を讃えるのは、終ぞこの一言だけだった。




衣玖さん「荒れそうですね(キリッ」←超かわいい

次にお前は『因果とかカッコいいこと言いたいだけだろ』と、言う

あ、異変もどきはクッソ適当でつつくとボロが出ちゃうんでそっとしといてね。緋想天は天気じゃないとかそう言うの止めてね。いい名前思いつかなかったの。

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