勇者ラドは、平たい能力値とスキルを有しているが、その中で得意分野を上げれば、やはり剣による近接攻撃が上げられる。
一方モモンガは、典型的な魔法職――後衛職だ。
一般的に前衛と後衛の一騎打ちは、両者のレベル帯が同じの場合、開始時点の距離が勝敗に大きく作用すると言われている。
現在、モモンガは十段ほどある階段の壇上で、ラドはその壇下。
ラドから見れば一刻も早く、壇上に上がるか、モモンガを壇下に引きずり下ろさなければ、勝ち目はない。
(って、俺が勝っちゃ駄目なんだけどさ)
そんな事を考えながら、抜剣したラドは、急に〈目の前の霧が晴れたような視界の広がり〉と、〈混乱状態だった頭の中がクリアになる〉ような、精神の安定を感じた。
(なんだ、これ?)
明らかな異常に戸惑いを覚える桔平であったが、その戸惑いすらも「迷っている暇はない。今は目の前の戦闘に集中しろ」という内なる声にかき消されてしまう。
人間種族のみが習得できる、戦闘時、あらゆるバッドステータスに対する抵抗力を向上させるスキル。現在自分がその影響化にあることを、桔平は自覚していない。
「いくぞっ!」
剣と盾を構えた勇者ラドが、気合いの声と共に、駆け出す。
しかし、ラドが階段の一段目に足をかけた瞬間、モモンガの魔法が発動する。
「
対象の心臓の幻像を手の中に作り出し、それを握りつぶすことで対象の心臓を破壊する、即死効果のある魔法。
もちろん、カンストプレイヤーで即死対策をしていない者など皆無に等しいため、これだけで決着を付けることは出来ないが、この魔法の優れているところは、抵抗されても対象に、一定のダメージと〈朦朧〉のバッドステータスと与えられる所だ。
「ぐっ!」
案の定、ラドは階段の一段目に左足を乗せた体勢で、その動きを止める。さらに、
――中位アンデッド創造
その隙に、モモンガは
「〈死の騎士〉。敵の接近を妨害。防御専念」
前衛の動きを止めている隙に、壁となるモンスターを召喚する。後衛が前衛と一騎打ちをする場合の、セオリー通りの戦闘運びだ。
これで、モモンガの勝利が近づき、ラドの勝利が遠のいた。
しかし、今のラドにはそんなことを気にするだけの余裕がなかった。なぜならば、
(胸が痛いっ、苦しい、なんだこれ!?)
まるで、本当に心臓を握りつぶされかけたような、強烈な痛みと苦しさが、ラドを襲っていたのである。
そして、同時に「大したダメージではない。すぐに攻撃を再開するべきだ」という、冷静かつ好戦的に状況を判断している自分がいる事も、自覚する。
今日までの人生で、比較対象が見つからないほどの激痛。それなのに、一瞬息を吐いただけで、ろくに体勢も崩さず、戦闘意欲の衰えない自分の心。
幸いなことに、今度は、桔平もそれを「おかしい」と感じることが出来た。だが、実際にはきわどいところだった。その「おかしい」という違和感すら「今は後だ。戦闘に専念しろ」という内なる声に、かき消されかかっている。
痛みを「ダメージ」として捉えるような冷静さや、痛みを無視するような闘志を自分が持っているはずがない。なぜ、この痛みの中、自分は冷静に戦闘を続行できる?
そもそも、ゲームなのに〈痛み〉があることはおかしい。
『モモンガさん。おかしいです! これ、滅茶苦茶痛い!』
そんな〈伝言〉を飛ばしながらも、体は階段を駆け上がるのを止めない。
勇者対魔王の芝居を続ける意味では、その行動は正解だが、それは自分の体を完全に制御できていないということでもあった。
『痛い? 痛覚があるのですか? 衝撃だけじゃなくて?』
ダイブ型のゲームの制約として、〈電脳法〉というものが存在する。
その〈電脳法〉では、仮想現実世界で、五感の内、〈味覚〉と〈嗅覚〉は完全に削除することが定められているし、〈触覚〉もプレイヤーが苦痛を感じるほどの強度で再現することは禁じられている。
破れば、運営会社が一発で営業停止に追い込まれるレベルの違法行為だ。
今の状況を再現できる技術が現代に存在するのか、という根本的な問題をおいておいたとしても、この状況が運営の意図する〈ユグドラシル〉の延長である可能性は粗方無くなったと、モモンガは確信する。
『ラドさん。ラドさんもさっきから表情が動いてるんですけれど、ひょっとしてラドさん〈ツバを飲み込む〉ことが出来たりしません?』
『ツバですか、ちょっと待って下さい』
「はあっ!」
〈伝言〉で情報交換をしながらも、両者は戦闘の手を止めない。
勇者ラドは、目の前に立ちはだかる〈死の騎士〉に、右手に持つ〈バカの剣〉を一閃、一撃でヒットポイントの大半を奪い、追撃の一撃でとどめを刺す。
所詮〈死の騎士〉は中位アンデッド、レベルにして35ほどだ。ハッキリ言ってラドの敵ではない。
〈どんな攻撃を受けても一度は
通常攻撃二発で、〈死の騎士〉を簡単に屠った勇者ラドは、意図的にゴクリとツバを飲み込む。
『モモンガさん、飲めましたよ、ツバ。戦闘中に口の中を斬ったのか、ちょっと〈血の味〉がしました』
『味覚まであるのですか?』
モモンガは思い出す。
先ほど、アルベドの肩を掴み、横に避けたとき、フワリと〈甘い香り〉を嗅いだ気がしていたのだが、あれも気のせいではなかったのかもしれない。
〈味覚〉と〈嗅覚〉があるというのは、決定的な意味を持つ。〈触覚〉が激痛を感じるレベルまで高められているというのは、万に一つの可能性として、運営のヒューマンエラーというケースも考えられる。
強度は大幅に下げた状態でロックがかかっているが、〈触覚〉そのものは取り入れているのだ。モモンガにも詳しいことは分からないが、」その辺りの操作を誤ったという可能性も、もしかしたらあるかも知れない。
だが、〈味覚〉と〈嗅覚〉は違う。それをヴァーチャル世界に取り入れたければ、それ専用の装置が必要だ。
この時点で、〈ここがゲームの延長線上である〉可能性は無くなった、とモモンガは判断した。
残る可能性は、これが自分の見ている夢であること。
犯罪者集団に電脳誘拐されて、非合法の実験に巻き込まれていること。
そして、非常に非現実的で、外れていた場合には、いい年をして中二病の称号を免れ得ない発想なのだが……ゲーム世界が現実になってしまった、という可能性だ。
まあ、それはそれとして、勇者の足を止めるため、魔王は次の魔法を使う。
「
「グッ……!」
再びラドが朦朧状態に落ちっている間に、モモンガは二体目の〈死の騎士〉を召喚しつつ、冷静な口調で〈伝言〉を送る。
『ラドさん、落ち着いて聞いて下さい。荒唐無稽に聞こえるかと思いますが、〈味覚〉や〈嗅覚〉があると言うことは、ここはゲームではない可能性が高いです』
『落ち着いて聞いて欲しかったら、〈心臓掌握〉やめて下さいよ! 滅茶苦茶痛いって言ったじゃないですか!』
言いながら、ラドも的確な足運びから剣を振り、瞬く間に二体目の〈死の騎士〉を葬り去る。
『いや、それならラドさんこそ、攻撃の手を休めて下さいよ。壁役消されて接近を許したら、私負けちゃうじゃないですか』
『それが、なんか気がついたら、体が勝手に最適の行動を取っているというか……もちろん、意識すれば意識したとおりに動くんですけど、気を抜いたら無意識のうちに剣を振るってるんですよ』
『ラドさんもですか。私もです。〈心臓掌握〉の魔法も、〈死の騎士〉を召喚するのも、なんというか出来て当たり前というか、考える前に最善の行動を取ってるんですよね』
大雑把に「こうしよう」と思うだけで、体が反射的にその最適な行動を取ってしまう。
ラドもモモンガも、武器や魔法を使いこなせることに、全く体に違和感がない。
昨日まで、ブラインドタッチできるのが当たり前であったように、今のラドとモモンガは、剣や杖、スキルや魔法を的確に扱いこなせるのが、当たり前に感じられる。
『取り合えず、確認の為、私も一度その〈痛み〉を実感して見たいんですけど、ラドさん。攻撃を仕掛けてくれませんか?』
そう言いながら、三体目の〈死の騎士〉を召喚するモモンガに、ラドは〈伝言〉で抗議する。
『それなら、壁役召喚するの止めてくれません? こいつ邪魔で、モモンガさん叩きに行けないんですけど』
『いや、ラドさんなら攻撃魔法もあるでしょ。というか、直接攻撃はやめて下さいよ。こっちは、ラドさんほどHP高くないんですから』
純魔法系の後衛職であるモモンガのHPは、カンスト勢の基準で見れば低い。平たい能力構成のラドも、高いとは言えないが、モモンガと比べれば倍近くはある。MPはその逆で、モモンガの半分にも満たないのだが。
ともあれ、モモンガのリクエストの答えるべく、ラドは二段階段を上がっていた状態から大きく後ろに飛び退き、右手に持つ剣を掲げ、魔法を使う。
『あ、それもそうか。じゃ、いきますよ。マジで痛いから、覚悟して下さいね』
「
その言葉と共に、天井から龍を模した、まばゆい金色の雷が、玉座の前に立つモモンガの頭上に降り注いだ。
〈最強化〉もしていないラドの魔法では、魔法防御力の高いモモンガには大したダメージにはならないだろうが、〈痛み〉を感じさせるには十分なはずだ。
「むう……」
「モモンガ様!?」
玉座の奥で、白いドレスの悪魔がその美貌を面白く歪めて、見事な顔芸を披露しているが、今はそれをじっくり観察している余裕はない。
『痛ッ!? 痛いですよ、ラドさん』
『だから言ったでしょう。マジで痛いって』
〈伝言〉で痛みを訴えるモモンガだが、見た目は痛そうどころか、ダメージが入ったようにすら見えない。
実際モモンガの心は、痛みに驚き、戸惑った次の瞬間には、その感情に水をかけるようにして、静まっていた。
リアルな痛覚。嗅覚や味覚の再現。そして、不自然なまでに沈静化される感情。
異常事態であるという証拠が着々と積み重なっていく。
正直今の痛みは、これが夢ならその痛みで目を覚まさないのがおかしい、と思えるほどの激痛だった。
やはりここは、〈現実〉なのではないか? ゲームの世界が現実化した。もしくは、ゲームの世界に入り込んでしまった。
荒唐無稽な結論だが、モモンガは、その前提に動くことに決めた。このあたりは、モモンガの慎重な性格が根底にある。
立てた推測の内で、一番有力だと思うものを前提として行動するのではなく、立てた推測の内、〈当たっていたら一番危険なもの〉を前提に動く。
モモンガは、玉座の前で黄金の杖を掲げ、仁王立ちしたまま、ラドに〈伝言〉を送る。
『ラドさん、ストップ! 〈死の騎士〉を倒したらそこで止まって下さい。このまま、続けたらまずいです。一時中止しましょう』
その忠告通り、三体目の〈死の騎士〉にとどめを刺したラドは、動きを止めながらも、しきりに後ろを気にする。
『ストップって、モモンガさん。この体勢すげえ不自然なんですけど。NPCの視線が痛いですよ』
一応、いかにも硬直状態いった感じに武器を構えて、壇下から魔王を下からにらみ付けるが、ここで動きを止めることが、不自然であることに変わりはない。
だが、ゲーム内とはいえ、長い付き合いになるモモンガに対する信頼がそれに勝る。
桔平が分かる程度の不自然さに、モモンガが気付いていないとは思えない。
『すみません。でも、それを踏まえても、一度ここで踏みとどまるべきです。
ラドさん、笑わないで聞いて惜しいんですけど、私達の今おかれている状況って、ゲームの続きでも、いつの間にか寝落ちした夢でもなくて、少なくとも私達にとっては〈現実〉なんじゃないですか?』
『それは……』
普通に考えれば荒唐無稽の一言で切って捨てられるモモンガの言葉に、ラドは全く笑えなかった。
とっさに否定できないくらいに、ラドも今の自分を取り巻く環境に〈現実味〉を感じていたのだ。
しかし、ここが〈現実〉だと思えばなおさら、動きを止めるのは拙いのではないだろうか。
双方のNPCは今この瞬間にも、一触即発の雰囲気を漂わせているのだ。
ここが現実で、NPC達がそれぞれの設定通りの、実在の人物なのだとしたら、この場で脈絡もなく、「勇者と魔王は仲良くなりました」と宣言したら、どんな惨事を引き起こすか分からない。
『それくらいなら、いっそひと思いに俺が〈死に戻り〉したほうが無難じゃないですか?』
一理あるが、根本的な問題に気がついてない勇者に、魔王は冷静な指摘をする。
『できなかったら、どうするんです?』
『……え?』
『いえ、だから、〈死に戻り〉が発動しなかったらどうするんです? 現実には、〈死に戻り〉というか、そもそも生き返りという現象自体が存在しませんよ?』
全く想定外の魔王の指摘に、勇者はしどろもどろになりながらも反論する。
『いや、でも、〈魔法〉も〈スキル〉も問題なく使えるわけですし。それなら、〈アイテム〉だって効果を発揮すると考える方が自然じゃないですか?』
『まあ確かに、ラドさんの場合は、特にその可能性が高いですけれど。可能性が高いというだけで、絶対の保証がないのに死んでみますか?』
ラドの〈死に戻り〉は、ゲームの仕様そのままではない。というか、死亡に対する対策は、レベルダウンによるキャラの再構築を企んでいる者以外は、大半のプレイヤーが行ってたことだ。
〈ユグドラシル〉で死んだ場合のペナルティは、5レベルダウンと装備アイテム一つの強制ドロップだが、そのペナルティも消費型の課金アイテムと、復活の魔法を併用すれば、ないに等しいところまで軽減できる。
実際、モモンガもそうした対策を取っている。もし、ここが〈ユグドラシル〉と同じ条件だとすれば、モモンガは、僅かな経験値を失うだけで復活できるはずだ。
ラドの場合は、それ以上だ。
ラドの所有している〈ワールド・アイテム〉。その名は
キャラクターの体に直接書き込む〈入れ墨型〉と呼ばれる珍しいアイテムで、効果は〈対象が死亡したとき、所持金の半分を代償に、完全な状態で本拠地で復活させる〉というものである。
この〈ワールド・アイテム〉を所有していたせいで、ラドの死に対する忌避感は、〈ユグドラシル〉プレイヤーの中でも特に希薄なものとなっていた。
しかし、それはあくまで勇者ラドの死生観であり、山田桔平の死生観ではない。
(死んでも、復活できる保証は、ない……?)
〈勇者の魂〉で覆われていない、心の柔らかい部分に、その言葉が突き刺さる。
もしラドが〈勇者の魂〉の影響化になければ、この瞬間、恐怖に負けてへたり込んでいたかもしれない。
『わ、分かりました。〈死に戻り〉は止めておきます』
そう結論を出したラドであるが、〈死に戻り〉を止めるとなると、最初の問題が浮上してくる。
この双方のNPC達が睨み合う現状を、どのようにして収拾するか、という問題だ。
しかも、不自然な静止状態の睨み合いに業を煮やしたのか、ラドに頭の中に、電子音が鳴る。
『ちょっと、ラド!? いつまで睨み合ってるんだい? なんかやばいことでもあったのかい?』
それは、NPCの一人、女盗賊からの〈伝言〉だった。NPCの声を聞いたことなど、ついさっきまで無かったはずだが、間違いようのない女声と、はすっぱな口調ですぐ分かる。
視界の端で見ると、よほどこらえ性が無いのか、女盗賊は忙しなく右足のつま先をパタパタと上下させながら、右手で腰の小剣をもてあそんでいる。
『カリン? いや、ちょっと攻め方を考えていただけだ。魔力量では俺が大幅に劣っているからな。考えて戦わないと、こっちの手札が先に切れる』
とっさに絞り出した言い訳を返した後、ラドは焦ったようにモモンガに泣きつく。
『モモンガさん、今カリン、こっちの盗賊から〈伝言〉でせっつかれました。これ以上のお見合い状態は、無理があります』
ラドにとってそれは、ただの泣き言であったが、モモンガはその言葉の中から一筋の光明を見出す。
『NPCと〈伝言〉が通じるのですか? いや、この世界が〈現実化〉したのだとすれば、出来て当然なのか。それならば……』
防御フィールドを張っていないのに、馬車の外に出ているラドのNPC。
性格、能力共に設定通りと思われる、〈ナザリック〉のNPC達。
そして、NPCとの間で通じる〈伝言〉。
モモンガの頭の中でいくつかの情報が組み合い、一つの道筋を作っていく。
『ラドさん。もうちょっと粘れば、魔王と勇者の〈休戦〉を自然に提案できるかも知れません。ちょっとそちらに負担をかけますけど、出来るだけこいつを相手に時間を稼いで下さい』
〈伝言〉でそうラドの伝えたモモンガは、大袈裟な仕草で黄金の杖を振るうと、仰々しい口調で告げる。
「すばらしい。さすがは勇者ラド。〈死の騎士〉では時間稼ぎがせいぜいか。だが、これならばどうだ?」
そう言ってモモンガは、黄金の杖――〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉の能力を一つ解放した。
飾られている八つの宝玉の一つ、深紅の宝玉からまばゆい光が放たれると、
「出でよ!」
魔王の言葉に導かれるようにして、〈それ〉はラドの前に姿を表した。
紅蓮の炎が渦巻く中、堂々と仁王立ちする異形の巨人。その身の丈は、4,5メートルほどはあるだろうか。
全身に纏うその炎は、周囲に焦げ臭い臭いを放ち、火に対する耐性のない者には、近づくだけで継続ダメージを与える。
限りなく最上位に近い、
〈死の騎士〉のモンスターレベルが35に対し、〈根源の火精霊〉のモンスターレベルは90近い。
〈元素精霊〉の特徴から、一般的な物理攻撃は効果が薄く、炎系の攻撃は当然ながら全く無効。
カンストプレイヤーでも、一対一ならばちょっとは手こずる相手である。
もっとも、ギルド武器〈バカの剣〉を持つラドには、決して相性の悪い相手ではない。
「はっ、この程度ッ!」
事実、勇者ラドは全く臆することなく、自分の三倍以上ある炎の巨人に立ち向かう。
『分かりました。期待してますよ!』
ラドにとっては目の前の炎の巨人など、この状況そのものと比べればどうというほどもない。
モモンガに「時間を稼いでくれ」といわれている以上、不自然ではない範囲で時間をかけて倒すまでだ。
『正直、あまり確実性のある方法じゃないので、あまり期待しないで欲しいんですけどね』
モモンガは、〈勇者を弄んでいる〉といわんばかりに、〈根源の火精霊〉を召喚した後は、自分は攻撃に加わらず、悠然と勇者と〈根源の火精霊〉の戦いを見ている。
そんな、悠然とした態度の裏で、モモンガは全力で頭を働かせていた。
ラドのNPC、が防御フィールドがなくても馬車の外に出られるのであらば、〈ナザリック〉のNPCも〈ナザリック大墳墓〉の外へ出られる可能性が高い。
ならば、NPCの誰かに〈伝言〉で命令を飛ばし、外の偵察に向かわせれば。
こんなゲームが現実化したとしか思えない現象が、〈ナザリック〉の中だけで完結しているとは考えづらい。偵察に出した者から、外の大きな異変の報告を受ければ、「状況が変わった。今はもっと優先して対処しなければならない問題がある」という方向に話を持って行けるかも知れない。
となると、問題は、外に偵察に出すNPCの人選だ。
どうなっているか分からない〈外〉という未知の空間に出すのだから、腕が立つことは絶対条件だ。
その上で、人格や能力に信頼が置ける設定になっている者が望ましい。
モモンガは、空洞の中で燃える炎の瞳を、チラリと壇下で行儀良く直立する老執事に向ける。
本来ならば、彼――セバスこそが最適なのだろう。
腕が立ち、ナザリックでは数少ないプラスのカルマ値の持ち主で、こうして控えている姿を見ているだけで分かる位に、モモンガに忠誠を誓ってくれている。
偵察という任務を一番無難にこなしてくれそうなのは、間違いなくセバスだ。
だが、セバスはあいにくとこの場にいる。この場からセバスを離脱させようとすれば、ラドのNPC達が黙っていまい。
同じ理由で、アルベドとプレアデス六人も却下だ。
そうなると、候補は非常に限られる。
レベルが100のNPCは、さしものナザリックでもほんの一握りなのだ。各階層守護者達と一部の領域守護者達。
その中から、能力に柔軟性があって、頭が良く、機転が利いて、モモンガに忠誠を誓っていることを確信できる相手をピックアップする。
シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴス、桜花聖域の領域守護者、そして、もう一人。
だが、それらのメンツもよく考えると、何らかの問題がある者が多い。
血を浴びたら暴走する者。カルマ値がマイナスの限界までいっている悪魔。重要な任務に当たっているため、非常時だからこそ所定の位置から動かせない者。そして、動かしたくないどころか、出来れば存在を思い出したくない者。
しばし、考えた後、モモンガは結論を出す。
最悪のことを考えたら、偵察は複数を一組で出すべきだ。
となると、幸いにして、同じ階層を守る双子の階層守護者がある。
『アウラ、マーレ。聞こえるか? 私だ。モモンガだ。聞こえたならば、返事をせよ』
モモンガは、第六階層の守る双子のダークエルフ姉弟に、〈伝言〉を送るのだった。