先の潜入作戦から二日たった。作戦自体は成功とは言い難い状態での状況終了となった。あの後、フレイアさんだけは意識は直に回復した。
だが、メンバーをそれぞれ一名ずつ欠いた状態でも戦局は待ってはくれない。マクロスエリシオンのブリッジで艦長から現在のヴォルドールの状況を聞いていた。
「美雲が発生させた時空を歪める程の生体フォールド波によってヴォルドールの遺跡のプロトカルチャーシステムは破壊されウィンダミアも撤退。」
ブリッジには俺の他にアーネスト艦長とアラド隊長、メッサー大尉にカナメさんがいたが、俺も含めて皆の顔色が悪い。
「マインドコントロール下にあった市民や軍人達も解放された。あれから二日経ったがその後、風の歌が聴こえたという報告はない。」
映し出された映像には、ウィンダミア側の支配体制から解放された事を喜ぶ市民と変化してしまった遺跡周辺の状態が映っていた。
「(解放を行った当事者達とは正反対だな。)」
俺はぼんやりとだが、そんな失礼なことを考えていた。
「球状星団を包んでいたフィールドの一部が崩れたと見て間違いないだろう。」
「唯一の救いがそこだけですか。」
溜め息だけしか漏れなかった。一旦戦況の話は終わり、こちらの問題に話は移った。
「美雲とハヤテの容態は?」
「・・・・・・意識不明のままです。」
その報告に俺は、どうしようもない苛立ちを感じていた。
「気持ちはわかるが、今は抑えろ。」
「・・・・・・・・すみません。」
「ハヤテ君がまたフレイアと共鳴したことは確かです。でも、それ以上の事は・・・・。」
「・・・・・要因になるのはやはり・・・・。」
「・・・・・・フォールドレセプターか。」
「ハヤテ君にはレセプターがありますが、ルシ君にはそれがありません。ですが、ルシ君からはフォールドクォーツを通じて周辺の人々の声を聴けるという別の特性が出ています。」
「二人の違いは他にもある。フォールドレセプターは勿論だが、博士からの話じゃルシウスの体は他の人とは若干高いウィルス耐性があるらしい。」
「しかし、今までの戦闘記録を振り返ってみれば、その耐性は『若干』で片付く物ではありません。ルシウス中尉は先の戦闘でも自分達が圧されていた、風の歌の影響をまるで感じさせていませんでした。」
「・・・・・・・・・・。」
あっちの世界では戦争の火種その物だった『遺伝子調整を受けた者』としての恩恵だが、今は感謝だな。あの歌の影響を受けたくないし。
「・・・・・美雲さんの方は?本部から派遣された医療チームからはまだ何も?」
「医療研究船に隔離したまま何の報告もありません。」
「レディMからは?」
「美雲の件に関しては依然沈黙を守り続けている。」
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
その時、艦内放送が響いた。
『緊急連絡、緊急連絡。アーネスト艦長、アラド隊長以下デルタ小隊と『ワルキューレ』のメンバーは至急第3会議室へ。繰り返します。』
「何が起きたのか?」
「・・・・・今はこれ以上の厄介事はゴメン何ですけど。」
「「同感だ。」」
俺のボヤキ声はしっかりとアラド隊長とメッサー大尉には聞こえてはいたが、二人はそこに同様な思いを抱いていた。
「・・・・・・・・ルシ君。」
「・・・・・・・・・・・・・何ですか?」
カナメさんから呼び止められた。俺は少し間を置いて返事をした。
言われそうな内容は何となくだが分かっていた。
「・・・・・・えっと。」
「・・・・・・なんとなくですけど分かりますよ。『どんな事があっても美雲さんを信じてくれ』でしょ?」
「・・・・・・・・・やっぱりわかるか~~~。」
カナメさんは苦笑しながら、再度歩き出す。
「実をいうと私達も美雲の事はよくわからないの。どこから来たのかも、今どこに住んでいるのかも。あれほどの力を持つ美雲がケイオスに何故入ったのかも。」
悲しそうな自嘲するようなそんな笑みを浮かべながら話しを続ける。
「ルシ君が入るまでは美雲は『ただ自分の歌を歌えればいい。』ただそれだけで。それだけでいいと、美雲からそう聞いていた。人々の為じゃない。自分自身がただ歌いたいだけだと。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ルシ君が来てから初めてだった。美雲が積極的に他人に関わったのは。だから美雲が変わったのはルシ君のお陰なのよ。」
そこまで他人と関わろうとしなかったのか?
「だから今、美雲の心の中心にいるのは『ルシウス・ペンドラゴン』君。あなたなの。だから美雲を信じてあげて。どんなことがあろうとも。」
美雲さんがもつ他人とは桁違いに強いフォールドレセプター。それを維持する為に本部から医療班が来たのだろう。
もしかしたら、美雲さんは俺達『コーディネーター』と同じ部類に位置するのかも。
「勿論です。」
カナメさんにハッキリと伝える。
どんなことがあっても、どんな辛いことがあっても、どんな悲しいことがあっても、どんな距離が空いても。
『ルシウス・ペンドラゴン』は『美雲・ギンヌメール』を愛し、信じている。
会議室に入ると『ワルキューレ』とデルタ小隊の残りのメンバーが待っていた。それともう一人。アラビア系の帽子『クーフィーヤ』を被った男性がいた。
「イプシロン財団 ブリージンガル方面統括、ベルガー・ストーンと申します。」
そう言い、パイプを叩くとディスプレイに見たことがある艦艇が映った。
「(・・・気が付いたか?)」
「(はい、メッサー大尉。この艦艇達、ヴォルドールにあったウィンダミア軍の・・・。)」
そう、ウィンダミア軍が使用していた艦艇だ。
「『イプシロン財団』。銀河中に数千の企業を傘下に持つ、か。食料品から軍需産業まで随分手広くやっているようだな。」
「はい、ウィンダミア王国もお得意様の一つで。」
「それでヴォルドールに?『Sv-262』もあんた達が調達したのか?」
「統合戦争当時、最初の可変戦闘機を開発したチームの流れを汲む技術者達を傘下におりましてな。お陰様でよい物が出来たと自負しています。ただまぁ」
こちらに顔を向けベルガー氏は言葉を続ける。
「とあるエース級パイロットが台頭してきた為、その評価に若干の陰りが出てきてますが。」
「・・・・・・・。」
見透かされている。恐らくこちらの情報は駄々洩れなのだろう。
「ウィンダミアのスパイじゃないんだろうな?」
「あくまでビジネス。事実御注文をいただきこうしてこちらにも。」
商人は商人だが、『モルゲンレーテ』とは全然違う。あれは国営企業だった。政府からの資金でMSやMA、艦艇等を揃えてきた。
「それでそのあなたがなぜ、美雲の事を気になさるのですか?」
「ファンってわけじゃなさそうだよね?」
「ストーカー。」
「個人的な趣味です。戦術音楽ユニット『ワルキューレ』。ケイオスさんは本当に見事な商品を御作りになられた。」
「商品って・・・・・。」
「コイツむかつく。」
マキナさんとレイナさんが露骨に嫌そうな顔をする。まぁ、命掛けでヴァールを鎮めようとしている努力を『商品』という一言で片づけられたら誰だって嫌な顔をするのは無理はない。
「具体的な要件を述べていただけませんか?」
「先日のヴォルドールでの戦い。あの現象を目の当たりにして、私は自分の仮説に確信を深めました。」
「・・・・・・・・。」
俺を見ながらベルガー氏は話しを続ける。
「私は・・・・・・・・・・・。」
話しからベルガー氏が何を言いたかったのか。
―――歌は究極の兵器なのではないかと。
ベルガー氏の推察を述べて俺が抱いた感想はこれだった。
「アホらし。」
武器商人とっては必要ないのかもしれないが、兵器には現場に必要とされる『概念』がある。ただ、敵を殺すだけで良い物ではないのだ。
『操作性』
『信頼性』
『安定性』
『運用性』
等々、様々だ。
ベルガー氏からの話を聞いて感じたが、彼の説いた確信には『兵器として誰でも最低限扱える信頼性』が欠けている。今現在でも強いフォールドレセプターを持つ者は限られているのだ。それに、遥か昔にもそんな強い歌声を持つ者が銀河中に出てきたら、きっとプロトカルチャーの文明は滅ぼされなかったのではないか?
「・・・・そんな事ができたのなら初めから戦士は、不要だ。」
歌が究極の兵器ならば、人類種に闘争本能等要らない。ゼントラーディ達を作らない。
そんなベルガー氏のご高説を個人的な低評価で締めつつ、俺は一旦格納庫へと向かうのであった。美雲さんの事も心配ではあったが医療関係では、俺は完全に足手纏いにお荷物だ。
この時、俺はある事に気づいていなかった。
胸元のフォールドクォーツが微かに光を帯びていたことを。
SIDE OUT
美雲 SIDE
心地良い微睡みの中にいたと思う。
明るい所から段々と暗い所へと落ちていく感じ。
なのに、綺麗な光が一か所だけあった。フォールドの輝きに似ている『それ』。
段々と近づくと私は光に飲み込まれた。
気が付くと私はある場所に立っていた。
「・・・・ここは?」
見渡しても見たことがない景色だった。ラグナのものとは違うように感じる。少し歩こうと思い立った矢先。
「早く!!急いで!!!!」
「はっ!!はっ!!!」
「ルシ!!もう少しだ!!頑張れ!!」
聞き覚えのある名前を耳にし、私はその場を振り返ると三人の親子が走って行った。内一人は銀髪の男の子。自分の愛した人間に似た顔立ちをしていた。
「・・・・・・ルシなの?」
私は知らず知らず呟いたが全く聞こえていなかったのだろう。その親子は駆け足を止める事はなかった。
空に轟音が響いた。ミサイルやビーム、砲弾、人型兵器の格闘戦。その島国は戦火に包まれてしまった。
空に舞う蒼き翼と、白き四肢を持つ騎士。
蒼き翼と共に舞う、ハルバードを持つ紅き騎士。
ルシの機体に似て、背中にエックス字のバックパックを背負う機体。
腰だめに二つの大砲を操りながら戦う、深緑と薄い茶色の機体。
黒に近い色合いを持つ、猛禽類と錯覚しそうな飛行機。
死神のような鎌を持つ、緑色の機体。
二門の大砲を背負い砲台のような機体。
それらが島の戦火をより際立った物にさせていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
酷い。ルシの話を聞いてはいたが、想像以上にひどい物だった。
ルシの家族はまだ避難できていなかったのだろう。避難船につながる道を一生懸命に走っていた。
その時、ルシ達の間近にビームが着弾した。
「ルシーーーーーーーーーー!!!!!!!」
私は思わず叫び、海岸近くまで吹き飛ばされたルシの傍に駆け寄るが、手を触れる前にすり抜けてしまう。
「あっ・・・・・・。」
愛しい人に触れられない寂しさを覚えつつ、ここはルシの記憶の中である事を思い出す。そんな私を余所にルシは何があったのか分からない風に周辺を見渡す。
「・・・・・っ父さん?母さん?」
ルシが両親を呼び、探そうとする。私も周辺を見渡したが全くルシの両親を見つけられなかった。と、その時。
「・・・・・っぁぁぁぁああああああああ。」
そのような叫び声が聞こえ、振り返ると、黒髪の朱い目をしたルシと同じぐらいの男の子が、泣きながらしゃがみ込んでいた。彼の目の前には千切られてしまった人の腕。ふと傍の弾着痕を見てみると人が倒れていた。血だらけの男性と女性。そして女の子。恐らく彼の肉親だったのだろう。彼は目の前で失ってしまったのだ。想像以上に内心は荒れた状態だったのだろう。彼は空に舞うMSを憎しみの籠った目で睨みつけた。
「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
これほどまでに憎しみに染まった眼は見たことがなかった。ウィンダミア人と同じぐらいの憎しみの眼。
「くっ・・・・・泣くな!!!!!逃げるよ!!!!!」
ルシがその男の子を引っ張り上げ大急ぎで避難船へと走って行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
私は黙ってルシが船に逃げ込むのを見送った。何もできない私が酷く惨めだった。夢である事は理解しているつもりだったが、私はヴァール化した人を鎮めるだけの力を持っている。
だけど、それだけだ。他にはなにもできない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
思わず悔しさの余り強く手を握り締めてしまう。
その島で起こった戦いは幕を閉じた。島に残った行政府が崩壊したのだ。これから島は侵攻してきた軍の統制下に置かれるのだろう。
それから何か月かした後なのだろう。島に残っていた施設で二人の男の子が一人の軍人と話しをしていた。
「プラントに?」
「そうだ。現在の所、暫定オーブ政府は完全に大西洋連邦の傀儡。つまり、言いなりだ。オーブに残っている君達がこのまま安全にいられるとは限らない。そこで、今戦争が終結次第、プラントへの移住をしてみないか?」
「「・・・・・・・・・・・・。」」
「戦争が終結してもオーブの主権が回復する見込みは残念ながら、ない。向こうにしてみれば、せっかく占領した土地だ。言い様に使いたいのが本音だろう。」
だからこそ、主権が元に戻らなかった場合を想定して移住しろということなのだろう。
「無理強いはしない。この場所に留まりたいというのであれば、最大限手を回す。移住したい場合は向こうと話しを付けて君達の有利な条件を引き出そう。」
今すぐの即答はいらない。明日同じ時間に私を訪ねてきてほしい。そう言われた二人の男の子は施設を出て別れた。ルシはあてもなく、ふらふらとあるいているだけだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そこまで見て、私はある事に気が付いた。
「・・・・・・・・・・泣いていない?」
ルシの眼からは涙が見えないのだ。勿論ルシの全ての記憶を見ている訳ではないから。もしかしたら見てないだけなのかもしれないが。
景色が変わった。そこはさっきの施設でまた、一人の軍人が二人と話しをしていた。
「・・・・・・・決心はついたかい?」
軍人は開口一番にそう聞いてきた。先に黒髪の男の子が口を開いた。
「俺はプラントに移住します。正直、戻りたくないと思ったから。」
「・・・・・・分かった。君は?」
軍人はルシを見て尋ねた。
「俺・・・・僕はオーブに残らせてください。」
「・・・・・・・一応、理由を聞いてもよいかね?」
ルシは真正面から軍人の眼を受け止めてこう告げた。
「僕はオーブを離れるという決心ができないからです。」
ルシの瞳の奥ではまだ揺れていた。恐らくだが、まだ、両親と死別してしまったという現実を直視出来ていなかったからだろう。
「・・・・・・・・分かった。」
そして日が流れ、とうとう黒髪の男の子がプラントに旅立つ日がやってきた。二人を保護した軍人がルシと一緒に見送りに来ていた。
「お別れだね。」
「ああ。元気でね。」
握手を交わし、黒髪の男の子が出発ゲートに向かう。ところが途中まで進んでルシ達に振り返りこう叫んだ。
「そういえば、お前の名前ってなんていうんだーーーー!?」
「・・・・・あっそうだった。ルシウス!!ルシウス・ペンドラゴン!!」
「俺はシン。シン・アスカだ!!」
シンと呼ばれた少年は新天地へと向かっていく。その眼には涙があるのが見て取れた。心に負った傷が癒えていない証拠なのだろう。
「・・・・・一人だな。」
「はい。」
軍人が労わるように肩を叩く。友達といえるような人はなく、一人で生きていかなければならくなった。
「・・・・・・・・・・・・あっ。」
そこでふと気づいた。
私がルシに惹かれた理由が思い当たったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・一人ぼっちだから。」
本当の意味での一人だからだ。
ルシウス・ペンドラゴンはこちらの世界に来てしまった以上、誰も知り合いがいない。友達もいない。血縁者もいない。
「・・・・・・・・・・そんなになっても優しい彼を手放したくなかったから。」
一人になっても気丈に弱い所を見せようとしない彼に私は惹かれた。
一人になっても戦士として強い者であろうとする彼に私は惹かれた。
歌が聴こえてきた。私がこの世界に別れを告げ、元に戻る為の歌。
「・・・・・・・大丈夫。直に会える。」
私が愛している人は近くにいるはずではないか。私の仲間は近くにいるはずではないか。
この世界はルシだけの物だ。辛くとも思い出の中に、私がいてはいけないのだ。
さぁ戻ろう。私が本来いるべき世界へ。
私の帰りを待っている人たちがいる。
暗くなった視界の中で、眼を開けるとすぐ近くに見知った人がいることに気が付いた。彼女が歌っていたのだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・カ・・・・・ナ・・メ?」
私、美雲・ギンヌメールは目覚めた。
風邪を引きまして。
ダウンしていました。
季節の変わり目には皆さん注意してください。