ゴジラ vs 大仏   作:外清内ダク

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巻の六、策動

 

 

 

「……と、啖呵を切ったは良いものの」

 

 平城宮、朝堂(政務を執り行う庁舎)にて。

 高野姫天皇を上座に、院、橘諸兄、鈴鹿王、その他臨時に任命されし参議、吉備真備、さらには楊貴妃らが集まり、会議を行っていた。

 

 姫天皇、あっけらかんとのたまわく、

「具体的にどうするかは全然考えておらぬ!

 いざや者ども、思案せい!」

 

 橘諸兄、苦笑して、

「姫ェ」

 

 姫天皇、檜扇(ひおうぎ)を開き、ぱたりぱたりと首すじを扇ぎて、

「おっ、なにやら今日は暑いのう」

 

 

  *

 

 

 檜扇は扇子の原型で、奈良時代後期、会議に用いる木簡(薄い木片)を束ね、持ち運びやすくしたのが始まりとされている。現代に言うところのメモ帳である。

 平安期以降、紙製の優美な扇が生まれ、祭器、舞踏の小道具、和歌を書きつける洒落た手紙、などとして、大いに普及した。

 

 なお、現代ではもっぱら、うちわの替わりに使われる扇子であるが、これは、このときの姫天皇の照れ隠しが由来……なのかも、しれない。

 

 

  *

 

 

 鈴鹿王。

「まずは彼我の戦力を整理しておきましょう。

 

 先の戦闘で京の五衛府(ごえふ)(都の警備軍)は壊滅状態。

 現在再編を急いでおりますが、元の規模に回復するには短く見積もっても一年はかかります。

 その他、大和、河内をはじめ、畿内や近国の軍団を招集すれば一万程度の兵力は確保が可能です」

 

 橘諸兄。

「大宰府の防人をこちらに回す手は?」

 

「得策とは言えないな。

 我々の敵は、ガヅラだけではない」

 

 

 ちら、と鈴鹿王に視線を送られ、楊貴妃はくすくすと笑いを零した。

「そうね。

 玄宗皇帝(りゅう)ちゃんはともかく、李宰相(りんぽ)くんならやるかもね」

 

 

 再び鈴鹿王。

「それに対してガヅラだが、奴の皮膚は鉄矢をほぼ受け付けなかった。

 一方、大仏が殴ったときには、一撃で卒倒している。

 つまり相応の衝撃を加えれば、傷を負わせることはできる、ということだ」

 

 

 そこへ、吉備真備、おずおずと挙手して申すよう、

「あの、あの、お経。般若シン経」

 

 吉備真備は、経典を、ぞろり、と机に広げた。

 長大なるその文面を、一同、顔を突き合わせて覗き見る。

 

「あの、これ、解脱させます、解脱。

 がづら。

 がづらだけ、だけに効けば、がづら」

 

 

 楊貴妃、腕を組んで、乳房を盛り上げるようにして、鼻を鳴らし、

「無理よ。

 そんな都合よく相手を絞れるなら、わたくしがとっくにやってる」

 

 

 橘諸兄、首をひねって曰く、

「ん? この音韻、前にどっかで……

 待てよ? おい、誰か! あいつを呼んでくれ!」

 

 

  *

 

 

 ややあって、朝堂に呼ばれてきたのは、

「はいはーい!

 大伴家持(おおとものやかもち)ちゃん、ただいま参上よーん!」

 で、あった。

 

 大伴家持。のちの中納言家持。

 日本を代表する歌人のひとりであり、彼の手になる和歌は現存するだけでも470首余。

 三十六歌仙にも数えられ、日本最古の歌集「万葉集」の編纂者であるとも言われている。

 まさに、和歌の歴史に燦然と輝く巨人、である。

 

 

 橘諸兄、気さくに手など振り、

「よお家持。悪いな急に」

 

「ンンー!

 いいのよ、愛するモロちゃんの頼みだもん。

 家持なんでも許しちゃう!」

 

 

 姫天皇、呵々大笑。

橘諸兄(だいなごん)の交友関係、いとをかし」

 

 鈴鹿王。

「お恥ずかしい……」

 

 

 大伴家持、般若シン経を一瞥して、あら、と声を上げ、

「ねェ、これ、どこから持ってきたの?」

 

 然々(しかじか)と由来を聞くと、大友家持は片方の眉を吊り上げた。

「ふうん……

 じゃ、これが元ネタだったのかもね」

 

 姫天皇。

「なんのじゃ?」

 

「家持は、先の帝に写本を一回みせてもらっただけだケド。

 忘れられないわァ。

 あの美しい音韻。

 深みある詩情。

 まさしく(ふみ)の極めて至るべきところ……

 

 原本は、院のかたがお持ちのはず。

 

 その書の名は、“陰陽金烏玉兎集(おんみょうきんうぎょくとしゅう)”。

 著者の名は――天武天皇よ」

 

 

  *

 

 

 日本(やまと)の第四十代、天武天皇。

 院(元正上皇)から見て祖父、姫天皇からは高祖父にあたる。

 

“大化の改新”で大鉈を振るった中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)(天智天皇)の弟、でもある。

 

 天武天皇は学問に極めて優れ、とりわけ天文遁甲(てんもんとんこう)を能くした。

 すなわち大陸渡来の道教、占術に深く通じていたのであった。

 未来を見通す能力さえあったとされ、事実、壬申の乱においては御自ら卦を立て趨勢を占い、さらには天神地祇に祈って雷雨を止め、自軍を勝利に導いている。

 

 彼は、今で言うところの超能力者であったのか?

 あるいは、偶然の成果を史書がまことしやかに語っているだけなのか?

 今となっては定かではない、が――

 

 

   *

 

 

 院が御自ら内裏より持ち出したる書物、金烏玉兎集。

 金烏とは太陽の霊鳥。

 玉兎とは太陰(月)の神獣。

 すなわち金烏玉兎とは、陰陽の神髄、の意であろう。

 

 その巻物を見た一同は、一様に息を呑んだ。

 あの楊貴妃さえもが、である。

 

 天武天皇直筆の詩集は、驚くべきことに、楊貴妃のもたらした般若シン経に、うりふたつであったのだ。

 

 

 楊貴妃、驚きに唇を震わせ、

「まさか……こんなことが」

 

 

 と、その脇から、吉備真備が、巻物へ跳びついた。

 舐めるようにしてその文面を読み漁る。

「違う所あり、改良。

 空。色。あと……呪。違う、これ」

 

 大伴家持。

「ウン。とってもキレイでしょ。

 言霊の流れが無差別じゃないの、指向性を持たされてるのよ」

 

「アハ!

 使えます、コレ!

 がづらだけ、がづら!」

 

 楊貴妃、口を挟んで、

「でもどうやって奴にコレを叩き込むの?

 大人しくお説教を聞いちゃくれないでしょ」

 

 吉備真備、やおら、飛び上がり、

「大仏―――――っ!!」

 

 大伴家持。

「いいわねェ!」

 

 楊貴妃。

「その手があったか!」

 

 

 鈴鹿王、皆の顔をきょろきょろと見回して、頷いて曰く、

「なんだか分からんが、行けるようだな。

 

 姫天皇陛下。

 現時刻を以て大盧舎那仏再建計画を始動いたしたく思います。

 一切の政務は私が。

 諸国との連携、人選は橘諸兄が担当します。

 

 どうか、ご裁可を!」

 

 

 姫天皇、檜扇を堂々振りかざし、

「任す! よきにはからえ!!」

 

 

  *

 

 

 かくして、大仏建立計画は、再び動き出した。

 

 大仏弐号の建立地点は、平城京二条大路東端、東大寺と決定。

 吉備真備を中心に、玄昉僧正、良弁、行基、さらには菩提僊那、仏哲、鑑真ら名だたる高僧が、猛烈な勢いで大仏を構築していった。

 さらに、鈴鹿王、橘諸兄ら議政官は、不慣れな姫天皇をよく補佐して国を動かし、また要所要所には院のかたの手助けもあって、ガヅラ討伐の準備を推し進めた。

 

 最終的に、数ある戦術案の中から平城京の北を流れる泉川(現在の京都府南部、木津川)を絶対防衛ラインとする“ガ號作戦”を採用。

 万全とは言えぬまでも、できうる限りの力を尽くして、ガヅラの襲来に備えたのである。

 

 

  *

 

 

 そして。

 

 運命の日。

 甲賀京、紫香楽宮跡地にて。

 夕日の、西山に没する頃――

 

 

 永い永い眠りの果てに。

 呉爾羅(がづら)の眼が、再び開いた。

 

 

 

つづく。


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