では、ドゾー
ウォークラリーを全グループが達成し、作業はカレー作りに入る。
今夜の夕食となるカレーを自分たちで作り、自分たちで食すというどこでもやるようなイベントである。
私達は小学生が来る前にあらかじめ下準備をする作業を任されているのだが、その内の一つの火おこしを男子陣誰もわからない。
「まず、私が手本を見せよう」
というわけで平塚先生にお手本を見せてもらうことになった。
因みに女子軍は各テーブルへの食材準備をしている。
平塚先生が指示したのだけど…私情じゃないことを願うばかりだよ。
平塚先生は慣れた手つきで薪に火をつけて見せた。
…途中見間違いじゃなければ火に油を注いでいたけどね。
「なんか、めちゃくちゃ手馴れてますね」
「これでも大学時代はよくサークルでバーベキューをしたものさ。私が火を起こしている間、カップルたちが」
「ごめんなさい、もう大丈夫です」
話しながら目に光がどんどんなくなっていた。
本当に誰か貰ってあげて!いい女かは私が保証するから!
「とりあえず、今やった通りに他の場所に実行しろ」
その言葉と同時に葉山君は軍手をはめ、炭をどんどん積みあげていき、戸塚君は着火剤と新聞紙を用意していた。
…あ、私火おこし担当ですか。了解です。
私はうちわを持ち、小学生が来るまで火が消えないように火を起こし続ける。
正直楽な仕事ではなく、真夏に火の傍に居るので、汗が止まらない。
「熱そうだね…」
無心でうちわを仰いでいると戸塚君が声をかけてくれた。
気を遣ってくれてるんだよね…感謝感謝。
「確かに、熱いのは否定しないし暑いのも否定しないね」
「はは…。何か飲み物取ってくるよ。何がいい?」
「アクエリアスお願いする」
「わかった。葉山君は何がいい?」
そう言いながら戸塚君は葉山君のところへ向かっていった。
…これ大変だなぁ
小学生がカレーを作る作業に入り、それのお手伝いはトップカーストの人達と先生たちに任せ、私は少し離れた場所で戸塚君からもらったアクエリアスを飲む。
汗かいた後はこれがやっぱりいいね。
そう思っていると雪ノ下さんがこちらに近づいてきた。
「貴方はカレー作りに参加しないの?」
「火を起こしたじゃん。すっごい働いたじゃん」
「それで働いたことになるのならこの世界に貧乏な人は居ないでしょうね…」
そう冗談を言い合っていると私はある瞬間が目に見えてしまった。
葉山君があの女の子に声をかけようとしている所を。
止めようと思ったがもう遅かった。葉山はあの女の子に声をかける。
「カレー、好き?」
隣で小さくため息をする音が聞こえた。
分かる人は分かる、あれは悪手だ。
そして…私が間違ってやってしまった行動に似ている行動だ。
私は今にも叫んで止めたい衝動を抑え、ポーカーフェイスを保ち続ける。
いつでもフォローできるように、いつでも助けられるように。
「…別に、カレー興味ないし」
…よかった、出る必要はなさそうだね。
思わずため息が漏れてしまう。悪い溜息ではなく、緊張から解かれたときのようなため息が。
「…葉山君っていつになったら学習するのかしら?」
「昔のアイツを知らねぇけど…ああいうことは前にもあったのか?」
「ええ、少しね…」
これは聞かない方がいいのよね。
誰しも聞かれたくないことはある。
それに触れるのはお互いにとって得なんてないし、トラウマを起こす可能性があるので相手にとって困る以外他ならない。
「はいっ!あたし、フルーツがいいと思う!桃とか!」
突如小学生の輪からよく知っている女の子の声が聞こえた。
思わず葉山も顔を強張らせてしまう。
私も思わずつぶやいてしまう。
「あいつ、バカか?」
「ほんと、バカばっか」
っ!びっくりしたぁ…。
いつの間にか雪ノ下さんとの間に葉山に話し掛けられた女の子が立っていた。
私以上のステルス機能じゃないかな?
「そういうものだと思うぞ?人間一度は見る道だ」
「貴方が言うと何故だかわからないけど説得力が出てるわね…」
まあ、人の汚い所なんてたくさ…気分悪くなってきた。
そう話していると女の子が声をかけてきた。
「名前」
「ん?ああ、そういうことな。俺は比企谷八幡だ」
「ふーん」
あ、名乗ってくれないのね。理不尽である。
雪ノ下さんがその対応にムッと来たのか鋭い目つきで女の子を睨みつける。
「普通名前を聞く場合自分から名乗るものよ。この男は気にしてないようだけど」
お、おう。小学生でも容赦しないね。
少なくとも私が小学生の立場だったら泣いてるんじゃないかな?
「…鶴見留美」
「私は雪ノ下雪乃、よろしく」
女の子、鶴見ちゃんはおびえているのか、少ししょんぼりしながら答える。
雪ノ下さんはそれに満足したのか気前よく(?)返す。
その対応に少し安心したのか自分の思っていることを私達に話し始める。
「私、あなた達との方がうまくいきそう」
「何がだ?」
「友好関係。皆ガキだもん。今までうまく立ち振る舞っていたけど、なんかくだらなく感じてきたからやめた」
「…中学校も同じことをするのか?」
この子の将来が気になる…しかも無性に。
「よそから来た人と仲良くなればいいかなって思ってる。その時に私と気が合う人を探せばいいし」
「それは無理ね」
鶴見ちゃんの言葉を雪ノ下さんが一蹴する。
しっかりその後ろに理由をつけて。
「中学校になっても学区が変わらなかったら小学校の子とまた一緒になるのよ。そして【よそから来た人】も一緒になってあなたをいじめるだけよ」
言葉はきついが、実際その通りだろう。
雪ノ下さんの経験談であり、私の経験談でもある。
このままいけば…私達と同じ
…いや、私と同じ歪んだお子様の仲間入りになってしまうだろう。
「…やっぱりそうなんだ」
鶴見ちゃんはため息と同時にそう呟く。
こうなった原因は分からない。でも、このまま野放しにしたくもない。
何より…【私】は私だけで十分だ。
「嫌だなぁ…、こんな人生」
震える声が私の耳に入ってくる。
…決めた。たとえこの子が助けを求めなくてもいい。
奉仕部なんて関係ない。私自身が決めた。
私を犠牲にしても、この子を助ける。