この話から三人称へと移行します。
「よーお人吉!一緒に帰ろうぜ!」
ホームルームが終わり、善吉が下駄箱で靴を取り出していると、後ろから背中をポンと叩かれた。
「ああいいぜ東郷……って、お前早く影山を離してやれよ!多分首締まってんぞ!?」
「あ、やべ。」
一瞬目を疑ったが、東郷の手には、影山が首根っこを引っ掴まれ、真っ青な顔で引きずられていた。東郷が手を離すとそのままベチャッと崩れ落ち、ゲホゲホと咳き込んだ。
「ちょ、おい影山大丈夫か!?にしても何でお前そんな猫引っ捕まえる感じで連行したんだよ!?」
「いや、だって影山が教室の前をウロウロオロオロしてたから、そこを捕まえてこのまま。」
「ちょっと待てもしかして階段も引きずってたのか!?もう少し連れてきかたにも方法があんだろーが!!」
「うッ、ウルセー!!自己紹介の時に少年ジャンプから転校してきたとか言おうとして舌噛んだ挙句、何もないとこで足もつれてコケた奴に言われたかねーよ!!」
「人の黒歴史ほじくり返さないで貰えませんかねえ!」
「……ふッ、あはははは!やっぱり二人は仲がいいねぇ。」
「「よかねえよ!!」」
ようやく息の整え終わった影山は、同時に異議を申し立てた二人を見て、また別の意味で息を乱すことになった。
善吉が過去へ来て、もう1ヶ月近くが経とうとしていた。
文字通り黒髪の男に過去に突き落とされ、気がつくと善吉は見知らぬ部屋でベッドに寝かされていた。
室内にはブラウン管のテレビやパソコンなど一世代前の電子機器。本棚には古本屋でもよく見かける漫画が新品で数冊置かれ、他にもハンガーラック、照明エトセトラetc…一人暮らしには十分な家具が置かれていた。
そして机にはラジオと共に自身の環境や『設定』についてのメモ書きと、住民票や転校手続きなどの複数枚の用紙が置かれていた。
一周回って冷静になった善吉は、ひとまず転校届けに書かれていた学校に通うことにした。
そこで友達になった東郷は転校初日に一番初めに話しかけてくれて、影山はトイレで不良に絡まれていたところを助けてから仲良くなった生徒だ。
東郷はクラスメートで明るくおしゃべり、友好的で積極的、後少し天然。
影山は一つ離れたクラスの生徒で引っ込み思案、自己嫌悪が激しく怖がりだが、素直で自分を飾らない。
いい友人が出来たと善吉は思っている。
しかし彼らと共にいても別れた帰り道でも、善吉は鉛のような感情が
それは不安、焦り、そして少しの恐怖。
わけが分からないまま過去に投げ出された現状に。
お母さんのいないあの家に。
よく知る仲間や友達がいないこの学校に。
そして何よりも東郷たちと過ごす毎日を楽しむことができない後ろめたさ。
「…ーい、おーい人吉、どうした?」
「え、おうッ!?呼んだか?」
「呼んだか、じゃねーよ。突然黙りこくってよー」
そう眉を顰める東郷に、善吉は誤魔化すように笑う。
「あー、実を言うと少し考え事をな?」
「……もしかして、あの噂のこと?」
心配そうに聞く影山に、東郷も心当たりがあるのか賛同する。
「ああ?……あーアレか、気にすんじゃねーよ。お前が爆発事件の犯人だって噂なんて。」
「いやその噂自体初耳なんだけど?つーか何だ爆発事件って」
「何だ知らねーの?前に学校の近所の民家で爆発事件があったんだよ。確か住んでいた奴らはまだ見つかってないんだろ?」
「うん、外国人の親子が住んでいたらしいんだけど……警察も事件と事故の両方で捜査してるんだって。」
「で、事件が起きた日がちょーどお前が転校してきた前日なわけ。それでお前が事件の関係者じゃないかって話に尾ひれついてそーなっちゃってるわけ。」
ちなみに尾ひれがついた原因は影山に絡んでいた不良が善吉に返り討ちにされたことを逆恨みして流した結果だが彼らは知る由もない。
「あーもう!そんな辛気臭い話は忘れよーぜ!!ただ今より『東郷プレゼンツ!新参者の為の街中散策ツアー第3弾』に2名様ご招待だ!もちろん反対意見は認めねーぞ!」
「また東郷くんがまた何か始めた!?」
(……考えていても仕方がない、か。)
あの男が言っていた『協力者』が出てくる気配もない。
未来を変えろと言われて過去に投げ出されても、今の善吉には何をどう変えればいいのかすら、知る
ただただ放課後、馬鹿騒ぎして寄り道して、この前の休日には三人一緒に遊園地にも出かけたりもして。
そんな彼らと過ごす『今の時間』が、ある過負荷の先輩の言葉を借りると『悪くない』と思えるのだ。
「ああいーぜ。次はどこを案内してくれるんだ?」
今は今を楽しもう。そう自分に言い聞かせ、善吉は雑談に花を咲かせ、東郷と口喧嘩したり影山に宥められながら校門を抜ける。今日も新鮮ではあるが普通な日で終わると思っていた。
校門付近で待ち伏せしていた不良に絡まれるまでは。
「よお、お前がウワサの転校生サマかぃ?」
「ナマイキそうな面ァしてんじゃねーかァ〜。」
「……よかったな、人気者じゃねーか転校生。」
「よかねーよ。」
引きつった笑みを浮かべる東郷に対し、善吉は静かに愚痴着く。
影山は不良に話しかけられた時点で善吉たちの後ろに隠れていた。
今通っている学校は(箱庭学園ほどではないが)かなり自由な校風なのか、髪を染めたり改造学ランをしている生徒は珍しくはない。
現に東郷は生まれつきらしいが血のような赤い髪色をしているし、上級生でかなり名の知れた不良は何故か制服の襟元に鎖を付け、かなり派手なベルトをしていたのを遠目で見たことがある。
(今ドキリーゼントって……、いや、時代としてはちょうどいいのか?)
目の前にいるのは髪をあえて染めず、髪をリーゼントで固めている不良。一昔前の典型的なその姿にむしろ感動すら覚える。
「オメーら、楽しそうなとこわりーがコイツをちょ〜っと借りるぜ。」
「ワシらはこの転校生に用があるけんの〜〜!」
「えッ!?ちょっと!」
「あ”?」
「ひッ……」
馴れ馴れしく善吉の肩を組んだまま、連れて行こうとする不良たち。影山が引き留めようとするが、不良の一睨みで縮こまってしまう。
気が短いはずの東郷も相手が上級生ということもあるのか強くは出られないようだ。
「……悪い二人とも、今日のツアーは行けそうにないわ。先に帰っててくれね?」
「お……おいッ!人吉!?」
「大丈夫大丈夫、心配すんなって。」
焦る東郷たちを安心させるようにニッと笑いかけ、善吉は不良たちに黙って付いて行った。
20分後。
「オメエだよな、一昨日俺らの舎弟をボコボコにしたやつってのはヨォ?」
「チャラい格好しよって、誰に断ってそんなカッコウしとるんじゃあ、ああ”ッ!?」
学校からかなり離れたところにある本通り。
善吉は路地裏に連れてこられてすぐ、壁に突き飛ばされていた。
倒れることは免れたが、かなり背中は痛い。
(クッソ、またか……)
蜂蜜色と黒髪のツートーンでブレザーという姿が悪目立ちしていたらしく、善吉は転校初日で生活指導で注意を受けていたが、元々地毛であることや『今の自身の設定』のおかげでそのままの格好でも特別に許可をもらっていた。またトイレで影山を助ける際、不良をボコボコにしたことも一部から反感を買っていたらしい。(正当防衛なのだが。)
東郷たちと別れた後や、一人でいる時に絡まれたり襲撃を受けたら返り討ちにするのが日課になっていた。
(しかも今回は東郷たちといる時かよ……、絶対明日質問攻めにあうな。)
「ああ”ッ!?何だ一年坊の癖にその態度は!!」
「お前わしらをナメてんのかぁ!?」
「いや……こんなテンプレも日常茶飯事になるのかと思うと憂鬱になってきまして……。」
「オメーふざけるのも大概にしやがれやあ”あ”ッ!?」
「マズイ、怒らせてしまった!」
思わず口走ってしまい、不良たちはビキリと青筋を立てた。完全に善吉の失態である。
「その根性叩き直しちゃる!!」
「あ、ちょっと先輩!」
「あぁ!?」
ガッ、と。
不良が殴りかかろうと腕を振りかぶった所為で、ちょうど後ろを通った男の頬に肘鉄がぶつかっってしまった。そのまま蹲ってしまった男に、不良たちは興を削がれたのかギロリと睨みつけた。
「チッ、おいおっさん、用がないんならもう行ってくんねーか?」
「通ったそっちの方が悪いけんのぉ〜〜」
(……?)
善吉は男に対して違和感を感じていた。
何故男は何故不良たちに向かって罵倒の一つや二つ浴びせないのか。
そして、何故その手に釘バットを持っているのか。
「おい黙ってないでなんか言ったらどうじゃ、おお!?」
さっきから何の反応のない男に、不良の一人が胸ぐらを掴みあげる。さっきまで顔は隠れて見えなかったが、善吉は初めて男の顔を持ってギョッとした。
焦点の合わない、虚ろな目。
「……おい、何じゃあその目は。」
正気とは思えない様子に不良は少なからず怖気付く。
そのため不良は気づかなかった。
男が今もその手に釘バットを持っていることに。
不良がそれに気づいた時には遅く、男は胸ぐらを掴まれたまま、スイングを放っていた。
不良の頭をめがけて。
東郷と影山は7人目から引っ張ってきたオリキャラです。
完全に趣味が入ったキャラとなっております。