モンスターの生態   作:湯たぽん

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その7 技術の進歩

「はー・・・・龍識船か。すげぇモン作るなぁ」

 

鼻声の男が1人、誰に語るでもなしに呟いていた。

その手には丁寧に刷られた雑誌。

ギルド発行の研究書ばかりだった書店に、

こういった娯楽ものの雑誌が並ぶようになったのは

ごくごく最近のこと。

しかしあっという間にその種類は増え、

店の軒先まで侵食するほどになった。

 

「技術の進歩って凄いねぇ。巨龍砲に撃龍槍かー」

 

ただし、娯楽といってもハンター達が扱う

ギルド最新式のマシンの紹介が一番の人気。

独り言を続けるこの鼻声の男も、ご多分に漏れず

男心をくすぐるロマン溢れる雑誌を買ってきたようだ。

 

「あー、龍識船は凄いですニャ。ボクもその雑誌買いましたニャ。

 良い写真撮ってるニャあ」

 

不意に、外から独り言に応える声があった。

男が乗っているのは、ガーグァ荷車だった。

ガーグァ、我々の世界で言うダチョウに似た鳥類だが

どんな進化の過程を経てきたのか、

とにかく肥えている。

上質な脂の乗った肉も人気の、丸鳥とも呼ばれる

この世界の親しみ深い家畜だ。

それに荷車を曳かせるガーグァ荷車は、

飛行船があたりまえに往航する世の中でも、

いまだに庶民の足だ。

 

 

 

「お、運転手さんもこれ買ってんのか。夢あるよなぁ」

 

荷車の幌の中で雑誌を読みふけっていた男は

機嫌を良くしたのか、這い出てきて御者の隣に座った。

 

「でもよぉ、ギルドのお偉方やハンター様はともかく」

 

ちら、と御者台の隅を気にしながら、男は

運転手のアイルーに語り続けた。相変わらずの鼻声だ。

アイルーもまた、ガーグァ以上に人間社会に

貢献してくれている、人間以外の種族。

大型の、直立する猫だ。

知能はほぼ人間に比肩するレベルで、

言葉は勿論道具も使い、ガーグァの運転手はある事情により、

ほぼ100%アイルーが務めている。

 

「俺ら庶民にはあんまり、その技術の進歩とやらが

 反映されてる実感、ねーんだよなぁ」

 

おや?というように、御者のアイルーが首を傾げた。

 

「庶民・・・・というのもおかしいと思いますニャ

 この雑誌はほとんど兵器の紹介ですニャ・・・・あ」

 

途中で何かを思い付いたのか、ポンと両手を叩く御者。

完全にガーグァの手綱を手放しているのだが・・・・

 

「食材なんかは、飛行船技術のおかげで各地の

 名産がどこでも食べれるようにニャってますニャ」

 

「おー、そういえばそうだなぁ

 ・・・・でも俺んとこの職場、食堂がいっつも

 幻獣チーズと黄金芋酒でよぉ・・・・栄養一番なのは

 分かるが、毎日はなぁ」

 

「酒とチーズって・・・・

 それハンター食じゃニャいですかニャ。

 そもそも食堂で酒て」

 

ポッケ村の伝統食の悪口を言っていると

岩でも踏んだか、荷車がガタンと大きく揺れた。

拍子に御者台の隅に積んであったモノが跳び跳ねる。

 

「うぉっと、と・・・・」

 

服に飛び散ってないか、念入りに調べる鼻声の男。

 

「うん。まぁ・・・・分かるよ?

街のレストラン行けばいつでも各地の名産食えるし、

こんな面白い雑誌が簡単に手に入るようになったし」

 

嫌々・・・・というわけでもなさそうに、

しかし奥歯にモノが挟まったような言い方をする男。

御者アイルーがキョトンとしていると、

男は観念したように、アイルーに向けて頭を下げながら、わめき始めた。

 

「運転手さんには申し訳ないけども。

このガーグァ荷車だけは何とかならんもんかなぁ!?」

 

「ニャニャニャ!?

 ニャーにをおっしゃる。ひと昔前までは

 町と町を行き来するだけで、ハンター数名と

 ガーグァ荷車とアプトノス車数台の大キャラバンで

 のそのそのそのそ動かないと、でしたニャ!」

 

どこからでも襲ってくる可能性のあるモンスターを

撃退しながらでないと、危なくて進めない。

先行して露払いをするハンターと、護衛ハンター。

次回のキャラバンのために残りを掃討するための後詰めハンター。

定期便のたびに大きな人数が動いていた。

 

それが、2年前からは技術革新により

ガーグァ荷車1台に、ニャンター経験のあるアイルーが

一匹乗れば安全に往来出来るようになった。

 

これこそ近年稀に見る大きな技術の進歩だが・・・・

 

「そこの・・・・御者台の隅に積んであるのは何だい、運転手さん」

 

さっきからのでこぼこ道で飛びはね放題の

ソレを指差す男。開き直ったからか、もう鼻声ではない。

 

 

 

「・・・・!あ・・・・あー。うん。ニャ・・・・」

 

御者のアイルーもようやく理解できたのか、

少し荷車の速度を落とし、咳払いした。

 

 

 

「肥やし玉ですニャ」

 

「うんこ積むなよ客車に!?うんこは無いよ!

 普通に臭いよって臭ぁ!?」

 

げほげほげほ、と咳き込む男。

鼻で息することを断固拒否していたのを忘れていたのか

鼻声をやめた途端臭いを思い出したのだろう。

 

「し、しかしコレのおかげで、大型モンスターからは

 逃げられるし、小型モンスターは撃退できるニャ!」

 

「分かってる!しかもあんた達ニャンターが

 ほとんどボランティアで荷車の御者をやってくれてるから、

 旅費めちゃめちゃ安いよ!?」

 

モンスターも嫌がり逃げ出す臭いを発する

肥やし玉をどっさり搭載した荷車。

御者はボランティア、ガーグァと車は行政がもつので

運賃はほぼタダ。

 

・・・・しかし、乗る方は鼻栓と服の着替えが必須、

というのが暗黙のルールとなっている。

 

「感謝はしてるけどよ!耐えきれんわこれは!」

 

要はこの男・・・・鼻栓を忘れたのである。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ただいまーですニャ、ご主人」

 

御者アイルーが家に帰り着いたのは、まだ陽も落ちていない

穏やかな夕方だったが。

元気の無い声に、主人であるハンターは怪訝そうな声を返した。

 

「・・・・おかえり?ツミレ。どうかしたの?」

 

しっかり体毛を洗いはしたが、未だ肥やし玉の臭いが

残る御者アイルー、ツミレを躊躇なく抱き上げたのは

ハンターのスズナだった。

 

「ボランティアやって疲れたんだよね。

 お疲れ様。偉いよー」

 

比較的鼻の良いスズナ。臭くないはずは無いのだが、

そのままわしゃわしゃとツミレを撫でてやる。

 

 

 

「・・・・サポートゲージがゼロで使えるから

 投げ放題なんだニャ・・・・つい、投げちゃうニャ・・・・」

 

「分かってる分かってる♪でもクエストクリア後に

 仲間ハンターに投げたりしちゃダメだからね~?」

 

それでもボランティアで人のお役にも立ってるんだから!

と、スズナは誇らしげに高くツミレを持ち上げ、

オトモボードのツミレの欄を”修行”から”休憩”へと入れ替えた。

 




何でまたしても汚い話が思い浮かんでしまうんでしょうね?ごめんなさい。

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