今回は、モンスターハンターワールドのストーリー部分のネタバレを含みます。その点だけご注意ください。
「新大陸にはやな…」
新大陸から少し離れた陸地、極寒の地の新調査拠点セリエナにて。耳が長く腰の曲がったおじいちゃん、竜人であるモンスター生態研究所長が、いつものように手に持った本から目を離さずにぶつぶつとつぶやいていた。
「グラビモスがおるんやで」
「マジで!?」
所長の言葉に強く反応し叫んだのは、アキヤだった。黒髪を逆立て鎧も棘だらけの、色々とトガッた男ハンターだ。新大陸では"闘神"と呼ばれ、新モンスター、特に強力なモンスターには目が無いこのアキヤ、思い切り目を輝かせて竜老人に詰め寄る。
「いやしかし発見例は無いはず!?聞いたことがない。なのに居るって分かるのはなぜだ!?」
口からツバまで飛ばして質問攻めにするが、研究所長は本から目を離さずにマイペースに答えた。
「んー、昔からの学説や。実際の生体発見例はたしかに無いが…鎧竜素材の発見例は、あるんや。ごく稀にやが、新大陸各地にな」
鎧竜グラビモス。大型の飛竜で、非常に硬い甲殻と口から吐く超長距離の熱線ブレスが特徴的である。アキヤ達が今居る新大陸ではその生体の発見例が何故か無いのだが、一般の人々が暮らす現大陸では、火山や沼地など広い範囲に出没し、渡航前のアキヤも幾度となく闘った相手だ。
「生きてるグラビモスは見つからないのに、素材だけは見つかる…?」
オトモ猫のように首を思い切り90度にかしげ、腕を組み考え込むアキヤ。そのままの姿勢でぴん、と人差し指を立てると少し低いトーンで残念そうに答を出した。
「…絶滅した…?」
「不正解や。"おる"って言うたやろう?」
即座に切り捨てる竜老人。相変わらず手に持った本からは目は離さないが、その言葉には少しだけ熱がこもりはじめたようだ。
「間違いなく"おる"んや。ただ見つからないだけや。ぼくたち人類が新大陸の全てを探し回れるなんて思い上がったらイカン」
次第に早口になっていく所長が抱えている本は、新大陸の地図帳だった。アキヤが横から覗くと、地図には未だに空白部分が多く残っている。
「つまり、まだ俺達が踏み入れてない、この地図上の空白部分のどこかに潜んでいる…?」
所長の横から、手の中の地図上に指をつっこむアキヤ。しかし未だ首は90度に曲げたままだ。
(空白部分に潜んでるのなら、鎧竜素材が各地で見つかるのはおかしい…か?)
考え込んだままのアキヤを、珍しくちらりと本から目を離して見やる竜老人は、先程のように即座に不正解を言い渡しはしなかった。学者らしく、他人と一緒に物事を考え込むのは好きなのだ。
果たして、アキヤはファイナルアンサーを覆した。
「分かった、この地図上にあっても俺達ハンターが踏み入れられない場所に棲んでるんだな?」
「正解や」
少しだけ語気荒く、モンスター生態研究所長は満足げな目で頷き言い放った。
「どこにおるかは、分かるな?グラビモスの生態を考えるんや」
グラビモスの生態…。口の中でつぶやくと、再びアキヤは考え込む姿勢に入った。
鎧竜グラビモスの大きな特徴の1つが、その名の通り身体を覆う鎧の形成である。現大陸で闘ったグラビモスはハンター達の刃を弾き返すほどの硬度を誇る甲殻を持っていた。そしてその鎧のような甲殻を形成するため…
「岩食ってんだったよな…」
「お、正解は近そうやな」
アキヤのつぶやきに、なんとも嬉しそうに目を細めて竜老人ははじめて持っていた本を横に置いた。
「火山付近に多く形成される鉱物を食べてたのが、現大陸でのグラビモスやった。だがの、新大陸には鉄鉱石やマカライト鉱石とは比べ物にならんほど、グラビモスにとって良い食べ物があるんや」
ここで、竜老人はひと呼吸置いた。アキヤを正解へ導こうとしていたはずが、いつの間にか勝手に正解を言おうとしているのがなんともおかしいが、地面を指差してアキヤの言葉を待たずに口を開いた。
「地脈や」
「地下か…!」
地脈とは、大地のエネルギー。ここ新大陸は特にそれが豊富で、それに惹かれて海を渡る古龍もいるほどだ。しかし、地脈そのものは人類が普通に触れられるほど浅い部分にはなく、地殻変動などによりごく稀に地表に露出し、大地のエネルギーがマグマとして発散される、噴火活動くらいでしか直接観察することはできない。
「ぼくらでは行くことのできない、地脈の回廊よりさらに深い地下世界で、マグマをガブ飲みしながらのんびり暮らしてるはずや。が…」
「が…?」
「なんで今更こんな話をするかと言うとやな…。多分、もうすぐ…」
珍しく、心底嬉しそうにクックッと笑いながら竜老人がもったいぶっていると。
「おーい、じいちゃん先生」
モンスター生態研究所のすぐ隣、ハンター司令所から顔を出し声をかけてきたのは、調査班リーダーだった。
「グラビモスが出たぞ」
「マジで!?」
先程とまるで同じ反応をするアキヤに、今度こそ手に持った本を横に置き竜老人は今まで見たことの無いような満面の笑みを浮かべた。
「おう、おう!来たの…!ようやくお出ましか」
「"情熱大陸"の…!」
それから、調査班リーダーに連れられアキヤが向かったのは。新大陸にある、旧調査拠点アステラだった。アステラは新大陸のはしっこにあり、海に面しているため、稀に妙なものが流れ着く事があるのだが。
「ご、ごごごご主人…」
「…なにこれ…グラビモスどころの騒ぎじゃねえぞ…?」
オトモ猫のコロと一緒に、久々にアステラに戻ってきたアキヤは、呆然と立ち尽くしていた。てっきり地脈に近い洞窟に連れて行かれると思っていたのに、グラビモスが居たのはなんとも予想外。
アステラに面した海に突如、グラビモスを乗せた島が出現していたのだ。
「おう、おおう!ホントにグラビモスおったのう!やったの、アキヤくん」
生態研究所のじいちゃん所長はこれを予想していたようで、いまだに興奮しっぱなしだった。
港の目の前に出現したのは、真っ黒なカタマリ。冷静に見てみれば、"大陸"という大きさでは無いが、島のあちこちから黒い煙が立ち昇っており、マグマのようなものが吹き出しているのも見える。"情熱"というより"焦熱"ではあるが…、"情熱大陸"と名付けたくなる気持ちが分からなくはない程度には、竜老人は熱く興奮していた。
「ほれ見てみぃコロすけ。グラビモスはやっぱり新大陸に居たんや!」
オトモ猫の背中をばしばし叩きながら年甲斐もなくはしゃいでいる。真っ黒な島の上には、アキヤが知るものよりは小さいが、白く分厚い甲殻に包まれた鎧竜、グラビモスが歩き回っていた。生態研究所長は大騒ぎしながら手にした生態研究手帳に物凄い勢いで筆を走らせているが、ようやく状況を把握できたアキヤは慌てていた。
「いやいやいやはしゃいでる場合じゃないだろ!?」
興奮状態の竜老人に背中を叩かれげふんげふんと咳き込んでいたアキヤのオトモ猫、コロも跳び上がった。
「そ、そうだニャ!あの島がニャんなのかは分からニャいけど、いっくらニャんでもアステラに近すぎるニャ!」
鎧竜の特徴として、超長距離射程の熱線ブレスをその口から吐き出すというものがある。グラビモスを乗せた"情熱大陸"は調査拠点アステラの港から100メートルも離れていない。
「しかも、あの"情熱大陸"…」
真っ黒な大地をのしのしと歩く鎧竜グラビモス、ではなくそれが踏みしめている大地を睨み、アキヤが声を絞り出す。
「熔山龍、だろう?」
「…!?ニャんですとぅ!」
熔山龍ゾラ・マグダラオス。超大型の古龍種で、アキヤ達が新大陸に渡る事になった原因である。生物でありながら、火山を背負ったようにその巨体のいたるところからマグマを噴き出していることから熔山龍の名がついた。グラビモスが現れたのも、熔山龍が噴き出すマグマにつられて地下から出てきたのだろう。
「大丈夫や。あの熔山龍は既にこと切れておる」
先程まで異常な興奮状態にあった生態研究所長が、急に神妙な面持ちで両手を合わせて一礼した。
「熔山龍は死に場所を探すために新大陸に来た、のは知っとるな?体内のマグマに宿った巨大な地脈エネルギー…が、新大陸と惹かれ合ったからや」
そして、新大陸の地下に眠る豊富な地脈エネルギーをさらに吸収してしまったため、新大陸の中心で寿命が尽きた場合体内の地脈エネルギーが身体を突き破り大爆発を起こす可能性をはらんでしまった。それを防ぐべく、アキヤ達ハンターは団結し熔山龍ゾラ・マグダラオスを外界へと誘導したのだった。
「つまり、外海で死んだゾラの身体が海流に運ばれて、浮島としてここに現れたってことかニャ…?」
あまり頭の良くないオトモ猫のコロにしては、珍しく解説的な事を言っている。
「だが…その死体の上にいるグラビモスは、やはり問題じゃないのか?」
これが、他のモンスターであれば問題はない。何故ならここは新大陸のモンスターを調査するために建設された、調査拠点アステラ。各所にモンスター避けの特殊塗料による処置が施され、ゾラ・マグダラオス級の大型古龍でなければ侵入は出来ない。だが現大陸でアキヤが出会ったグラビモスは超長距離熱線を吐いていた。それが特殊塗料の外からアステラに被害を及ぼす可能性は、確かにある。
「だから、そちらも大丈夫やって。今聞いてきたが、もう情熱大陸にハンターのユタくんとオトモ猫のオモチ君が向かったらしい。コロすけ達も行ってみるとええわ」
先程の興奮はどこへやら、街のすぐそばに大型モンスターがいるという異常事態なのにやたら落ち着いて話す竜老人に、少しだけイラっとすると、アキヤは黙って立ち上がった。
アキヤとコロが、飛竜につかまって真っ黒な情熱大陸に降り立つと、先遣隊のユタは既にグラビモスの背に居た。
「アキヤさん、すっげーよグラビモスだ!」
真っ白な分厚いコートを着て、猫型のヘルメットを被ったハンター、ユタは少々変わり者ではあったが、ハンターとしての腕は並以上にはあった。対モンスター戦においては最も有利な位置関係、グラビモスの背中に乗っている。背負った重装武器:ガンランスによる強力な砲撃、フルバーストをぶちかますつもりなのだろう、とアキヤは検討をつけた。
一方ユタが乗った背中を跳ね上げ、どすんどすんと小刻みにジャンプするグラビモスは、全身に岩を貼り付けたようなごつごつとしたずんぐりむっくりの胴体に、大きな飛膜のついた翼が身体の両側へ伸びていた。飛竜の中でも特に硬い甲殻が特徴的なモンスターである。その硬い背の上でロデオのように上手くバランスを取りながら、ユタはアキヤに向けて手を振る、が…
「…?」
アキヤは、強烈な違和感を感じていた。ユタがグラビモスの攻撃の届かない背中に居るにも関わらず、攻撃をしないのはアキヤが近付くのを待っている可能性があったのだが。
(グラビモスが、遠目に見ていたよりさらに小さく見えるな…いや!そんなことより…!)
「悪ぃユタ君遅れた!すぐ加勢する!」
背負った超重武器、チャージアックスに手を掛けながら駆け寄るアキヤ。しかし、意外なところから待ったがかかった。
「ストップや!アキヤ君」
いつの間に上陸したのやら、アキヤの後方から竜老人の声がした。
「そうだよーアキヤさん。いきなり攻撃するのは良くない」
グラビモスの背中に乗ったままのユタまでが言う。
「何言ってやがる!そいつはグラビモスだぞ!?」
武器に手を掛けながら、しかしさすがに斬りかかりはせずアキヤが戸惑っていると。
「…ニャんだか、楽しそうですニャ」
隣で一緒に駆けてきていたコロが、核心をついた。楽しそうなのは久しぶりに先輩に会えたユタが、ではない。天敵であるハンターに背中に乗られたグラビモスのほうを肉球で指差している。
「分かるっしょアキヤさん!この子全然敵意無いんだよ!」
いや、分からない。記憶のものより小さいとはいえ、危険なはずの巨大種グラビモスの背中から心底嬉しそうに叫ぶユタにまったく同意出来ず、しかしアキヤはとりあえず戦闘体制にあった全身の力を緩めて改めてグラビモスを観察した。
本来であれば、ハンターに乗られたモンスターはなんとか振り落とそうと大暴れする。今も、ユタに乗られたグラビモスは背中を大きくくねらせて飛び跳ねている。よく見ると尻尾にはユタのオトモ猫のオモチもしがみついているが、こちらもなにやら楽しそうだ。
「やほーコロくん!グラビモスにライドできるニャんてたーのしーいニャ!」
「ライドぉ!?」
ハンターのアシスタントであるオモチ達オトモ猫は、小型モンスターとコミュニケーションをとり協力してもらうことができる。共闘だけでなくハンターを背に乗せて走る『ライド』も、ハンターにとってはかなり有用な移動手段ではある。
「しかし…大型飛竜にライドなんて聞いたことねぇぞ!?」
納得できずにアキヤが叫ぶと
グゴォ…?
「…っ!」
今さらこちらに気付いたのか、突然グラビモスがユタを乗せたままこちらを向いた。
背中を跳ね上げるのをやめ、ゆっくりとアキヤのほうへ近付いてくる。
「うお…ぉ…」
攻撃をしてこないグラビモス相手に武器を振るう事はできず、困惑したアキヤがうめいていると、ユタがのんびりした声音で呼びかけてきた。
「目が悪いっぽいんだよ〜この子。鼻を撫でてあげて」
岩のクラウンに岩の面頬、鼻先には尖った大岩がそびえ立つ。とても生物の顔面は思えないグラビモスの角鼻に向けて、アキヤは言われたとおりおっかなびっくり右手を伸ばした。
グルル…ゴッゴグゥ…
猫のように喉を鳴らして、グラビモスはアキヤの手のひらに硬い頬をすり寄せてきた。
「…ここ新大陸のグラビモスは、地脈付近で仲間同士だけで身を寄せ合って暮らしとる。主食であるマグマもそこら中に溢れとるから視覚も半分退化しとるし、地下には外敵もおらん」
アキヤの後ろから、生態研究所の竜老人が解説しながら歩いてきた。グラビモスを撫でながらアキヤが振り返ると、この老いた学者は、泣いていた。
「だから、外部の他者と触れ合うのはこの子らには初めてのことなんや。キミ達ハンターは捕食対象でも、排除対象でもない。ユタ君のように接する事が出来れば、トモダチにもなれるんや…おぉうおうおう」
感極まる竜老人ほどではなかったが。さすがの闘神アキヤにも感じるところはあったのだろう、グラビモスの背中からひょっこり顔を出してこちらを見下ろすユタに向けて、横で羨ましそうにしていたコロをつまみ上げた。
「ユタ。コロも一緒に遊ばせてやってくれないか?」
「ひゅおおおおニャあああ!」
「ニャあああ…!」
グラビモスの翼の上を左右にダッシュして、コロとオモチが競走している。ユタも含めめいっぱいハシャいでいるのを遠目に見ながら、アキヤは熔山龍の骸、"情熱大陸"の上でくつろいでいた。
「どうや、アキヤくん」
隣に座っているのは、いつの間に用意したのか氷のうを頭に乗せた生態研究所長。マグマ噴き出す"情熱大陸"は、ハンターの鎧無くしてはさすがに熱く厳しい環境だったが。
「楽しそうだなぁ、あいつら…」
アキヤも、クーラードリンクをちびちび飲みながら寝そべってグラビモスを眺めていた。
「…やっぱり、俺が先遣隊じゃあダメだったか?」
少しだけ感傷的に、グラビモスの方に目をやったまま竜老人に問いかけるアキヤ。問われた竜老人は頷きながら、
「ダメやなぁ。もしもの時のためや、戦闘力の高いキミに2番手になってもろたんは」
歯に絹着せずに言う竜老人は、アキヤの背負った愛用の武器、チャージアックスをぽんぽん叩いた。
「ハンターの仕事は、そのほとんどは戦う事や。でも忘れたらあかん。1番肝要なのは、モンスターを理解し生態系を研究することや」
「そうだなぁ…正直、今はユタが心底羨ましいわ」
恐らく、今ならヒトに慣れてきたあのグラビモスと一緒に遊ぶことはアキヤにも出来るだろう。だが、あのグラビモスが初めて遭うハンターという生き物がアキヤであったなら、当たり前のように戦闘になっていたはずだ。
「ええんやで?ユタくんより、アキヤくんのほうがハンターとして優れているのは確かや。でも、たまには、あんなハンターとしての楽しみ方もええやろ」
珍しく、慰めるように優しい口調になった竜老人に対して。
「そうだなー。俺もたまには…あーゆーのもやってみるかー」
アキヤは頬杖をつきながら、ぼんやりつぶやいた。横では竜老人がにんまりと笑っている。
「んじゃあ、どうするんや。何からはじめよか?」
「まずは…そうだなぁ…」
強敵と戦う事ばかりで、美しい鳥を追ったり珍しい魚を釣ったり、戦闘以外の事は全て後回しにしてきた。ユタのような楽しみ方も良さそうだな、そうぼんやり思い始めたアキヤは。
「まずは…歴戦王かなぁ」
「もうええわ」
結局、戦闘しか選択肢に出てこなかったアキヤに。
生態研究所長はぽこんとハタくようにツッコみを入れた。