「新規クエスト申請だって?じいちゃん先生」
年中雪が降っているハンターの拠点、セリエナに居ても。声の主、若き調査団リーダーは肩から先の肌を表に晒して、寒そうな気配も無く隆々たる筋肉をむき出しにしていた。
そんな偉丈夫の目の前にいるのは、リーダーとは対照的に背中の折れ曲がった、痩せっぽっちの竜人族の老人だった。目線の高さは調査団リーダーと同じだが、老人のほうだけ資材がたっぷり詰め込まれた大型の木枠コンテナの上に陣取っているためだ。
「そうや。少し厄介な条件やが、よろしく頼むで」
少し変わったイントネーションで話す竜老人は、モンスターの生態研究所の長をつとめる学者であった。クエスト依頼書を差し出してくる手はシワだらけだが、目だけは好奇心で爛々と輝いている。
「ふむ、厄介ね…」
厄介事には慣れているぜ、とでも言いたげに自信たっぷりの仕草で依頼書に目を通す調査団リーダー。が、すぐにその内容が想像を超えるものであることに気付いたようで、目を剥いた。
「対象はクルルヤック2頭とジンオウガ1頭の…観察?討伐禁止だと!?捕獲も?50分間、観察員の目の前で戦闘を行え…?」
厄介どころではない。馬鹿にしたようなクエスト条件である。
調査団を名乗っているとはいえ、ハンターの本分は紛れも無く、戦闘。人々とその生活を守るためにモンスターを撃退し、その爪や皮などを役立てるのがハンターの意義だ。それを、戦え、でも倒すななどというクエスト条件では納得できようはずが無い。
「ほっ!無理なこたぁ無いやろう?これまで全ての難事件を解決してきた調査団や」
なのに、この老人煽る煽る。調査団リーダーにとっては産まれた頃からの付き合いであり、学問の師でもある生態研究所長。逆らい辛いのを承知の上でこのクエスト依頼書を持ってきたのだろう。
「…スマンが、どうしてもこのモンスターの調査だけは慎重にやりたいんや。このクエスト条件の観察員もボクがやる。なんとか、頼めんか…」
ゴリ押しの中にも、さすがに後ろめたさがあるのか急に声音を変えて懇願してくる。
「…分かったよじいちゃん先生。特別任務の形で出しておこう」
ため息混じりにつぶやく調査団リーダー。が、安請け合いするにはクエスト条件が厳しすぎるのは明白。
「50分間戦いながら生き延び、対象を倒しもしない…」
「その後の対象モンスターの生活に支障をきたしたらアカン。出来れば部位破壊もやめてくれんか…」
「無茶言ってくれるぜ、ハハ…。こりゃあ、竜識船の技術を頼るのが良さそうだな…」
若干頭を抱えつつも、1つのアイデアが浮かんだらしい調査団リーダー。頼るべきは何でも倒せる無敵のハンターではなく…
「ニャンターの出番、だ」
ハンターのサポート役、オトモ猫による戦闘パーティーだ。
「ニャニャニャニャニャ…!!!」
後ろから迫りくる巨大な気配を感じ、オモチは必死で前方へダイブを繰り返していた。
白黒毛並みのオトモ猫のオモチは、調査団がいる新大陸へ渡る前にはニャンター、つまり主人のハンター抜きでオトモ猫が狩りに出る経験を積んでいたのだった。当然、新大陸でも十分に主人のもとで狩りの経験を積み続けている。そんなオモチにとっても、このクエスト条件は厳しすぎるようだ。
「ニャンター久しぶり…!だし!…んニャっ!」
ドシン!
オモチが飛び退ったすぐその後を、ジンオウガが襲う。雷狼竜の名の通り、狼のように立派に逆立った背毛からバチンバチンと極大の放電を撒き散らす、危険なモンスターだ。
「!オモチあぶニャいッ」
ボッ!
ジンオウガの攻撃をなんとか避けたのも束の間、すぐ横からクルルヤックの蹴りが飛んできた。が、事前の警告に身を委ねていたのが功を奏し、オモチは余裕をもってこちらも避けることができた。
クルルヤック。頭の大きなダチョウのような、オモチに放った飛びかかるような両足での蹴りを得意とする脚の発達した鳥竜種である。鳥竜種といっても、翼よりも手先が器用に進化したために前肢で岩を持ち上げて攻撃してきたり、他モンスターの卵を持ち上げて盗むなどもする頭脳派でもある。
クエスト条件はクルルヤック2頭とジンオウガ1頭の観察。もう一頭のクルルヤックも遠巻きに様子を伺っているのが感覚でわかる。見事に3頭揃い踏みである。
「オモチ!こっちカカシでおびき寄せるニャ!」
先程、オモチに対して警告を発したのと同じ声がまた聞こえてきた。オモチと同じくニャンターの能力を持つオトモ猫の、ネコノフだ。今いる新大陸の技術である、モンスターをおびきよせる大型カカシを設置しおえたところのようだ。
大カカシはカタカタカタカタ…!とけたたましい音を立ててジンオウガ達の気を引く。しかもその音はカカシの全身を覆う盾や鎧がぶつかり合って出ているので、カカシの防御力がいかに高いかを示すものでもある。ちなみにニャンターは本来新大陸にはない技術で、竜識船というハンターズギルドの別の技術大系の力だ。
オモチとネコノフ、そしてもう1匹のオトモ猫は、竜識船のニャンター、新大陸の大カカシ、この2つの技術を見事に使いこなしているのだった。
「ふぅ〜、ニャイスタイミングだったニャ、マスターネコノフ。助かったニャ〜」
回復薬をガブ飲みしながら、一息つくオモチ。オモチを襲っていたジンオウガもクルルヤックも、すぐに大カカシを攻撃しにかかっていた。
「しかしオモチよ、あのジンオウガ、なんかちょっと攻撃避けにくくニャいか?」
ネコノフが大げさに首を90度に達するほどまでに傾げて疑問を呈すると、今回の特別クエストパーティーの残り二人が草むらをかき分けて出てきた。
「お。やはり避けにくいかオモチ君」
一人は、クエストの観測員としてついてきていた生態研究所長の竜老人。もう一人…いやもう一匹は、回復役のニャンターとして同行していた、水色毛並みのメスオトモ猫、ナダレであった。
「はいオモチ、回復ミツだニャ…って、『やはり』ってニャんだニャおじいちゃん。避けにくい攻撃してくるって事はあのジンオウガ、特殊個体かニャ?」
オモチの体力を回復させつつナダレがツッコむと、竜老人はしれっと肯定した。
「そうや」
「先に言え」
切れ味鋭くツッコむナダレ。慌てるオモチ達に対して冷静にアドバイスを始めた。
「はあ〜ぁ…しょうがニャいニャあ。このじいちゃんボケてるわけじゃないけど、話がポンポン飛んだり戻ったりするから大変だニャ。アタシが聞き出して伝えるから、二人はジンオウガ達の相手頼むニャ」
「で、ででででもクルルヤックもいるし、クエスト条件にはクルルヤック2頭って書いてあったからもう1頭…」
「あ、その2頭目はさっき見たニャ。かなり小さい最小金冠だったから幼体のハズ。弱いから気にしなくてもダイジョーブニャ。あ、でも次はネコノフが引きつけてオモチは大カカシの準備しとくと良いニャ」
てきぱきと指示を出すナダレに圧倒されるようにして、オモチとネコノフはカカシと大盾、それぞれのオトモ道具を準備しながら、ようやくこちらに向き直ったジンオウガとクルルヤックに対して身構えた。
「ニャ〜んかヘンな秘密持ってそうだニャ、あのジンオウガとクルルヤック。早くそこのじいちゃんから情報聞き出して教えてニャ、ナダレ」
不安げなオモチに対して
「任せろニャ」
短くひとこと、力強く宣言し前に出るネコノフ。先にネコノフが設置していた大カカシが破壊され、間に遮るもののなくなったジンオウガとネコノフ。ナダレが竜老人を引き摺って下がるのを背後に感じながら、ネコノフは再び口を開いた。
「…おっかねぇ〜」
「カッコつけたのにニャあ…」
横で呆れるオモチ。ナダレのコト好きなんじゃないかな…と胸の奥で邪推しながら、駆け寄ってくるジンオウガを再度観察する。
先程の遭遇戦でもそうだったが、互いに協力関係にあるはずのないジンオウガとクルルヤックが、何故か見事に連携しこちらに襲いかかってきている。それだけでも異常だが、さらにジンオウガは特殊個体であるという。
クケェッ!
とはいえ今はぶっつけ本番で動きを見切るしかない。まず襲われたのは一歩前に立っていたネコノフだった。走り寄った勢いを乗せたクルルヤックの蹴りを横に飛んでかわし、ジンオウガのパンチは後ろへ飛ぶ。その言動には不安を感じざるを得ない、お世辞にも頭が良いとは言えないネコノフだが、戦闘能力はベテランのオモチでも及ばないレベルに達している。
が、それもモンスターの動きをあらかじめ把握し対応できるからである。
「とニャあ!」
ジンオウガの攻撃を飛び下がってかわしたネコノフが、手にした鋭いブーメランで近接攻撃を仕掛けに前方へ大きく踏み込んだ。
「…!ネコノフ、上だニャ!」
後ろからナダレの声がする。果たしてネコノフのブーメランは空を裂き、ジンオウガは身体を丸めて空中にいた。
「バックステップかニャ!」
思わず、通常種ジンオウガの行動を予測したネコノフが追撃しようとさらに一歩前へ踏み出すと…
「…ネコノフっ!」
横からオモチの声がしたかと思った次の瞬間には。
ジンオウガの両足が、ネコノフの目の前にあった。
ドゴン!!!
凄まじい音を立ててネコノフが吹き飛ばされた。
「ジンオウガのドロップキックぅぅううう!!?」
意外と余裕があるのか、派手に飛ばされながら叫ぶネコノフ。通常のジンオウガはしない、かなり非常識な動きだった。バックステップとしか思えないモーションで小さくジャンプしたかと思うと、突然両足を揃えたクルルヤックのような蹴りを放ってきた。
「…クルルヤックのような?」
自分の思考に自問するネコノフ。先程からやけに息のあったコンビネーションを繰り返すクルルヤックとジンオウガ。が、これら2種はモンスターとしての格が違うため、遭遇すればクルルヤックはすぐに逃げ出すはずである。
「あのジンオウガは…ニャんでクルルヤックを襲わずに共闘しているのかニャ?」
「んむ…」
ネコノフ達とはほんの少し離れた場所で、ナダレは疑問を竜老人にぶつけていた。ネコノフと同じように、ジンオウガの行動がクルルヤックと共闘しているように見えたようだ。
「ナダレ君は、クルルヤックが"卵泥棒"と呼ばれとるのを知っとるか?」
「…んニャ?」
質問を質問で返され、戸惑いと共に多少イラっときたナダレだったが。この竜老人がマイペース過ぎて人の話をあまり聞かないのをよく理解している。諦めて返された質問のほうを優先させた。
「んあ〜、手が器用だもんニャあ。他モンスターの卵持ち上げて運べるんだよね。卵盗んで食べたり、岩を持ち上げて攻撃してきたりも…ニャ…っ!?」
言いながらハッと何かに気付くナダレ。とっさにネコノフ達が闘ってるほうを向くと
「ジンオウガの岩投げえええぇぇぇ!!?」
先程ドロップキックをくらったのと全く同じ体勢で同じように叫び同じように吹き飛ばされるネコノフが見えた。また本来のジンオウガとは違う攻撃、岩投げ。クルルヤックの技であるが、まさか…と思った瞬間に放ってきた。特殊行動をするジンオウガの対策を老人から聞き出して伝えるはずが、間に合わなかったようだ。
「ニャあああぁぁ!!?さっさとあのジンオウガのこと教えるニャ!オモチ達があぶニャい!」
自分に対して密かな想いを寄せている(無論気付いてはいないが)ネコノフではなく、兄弟のようにして育ったオモチのほうを心配しているナダレ。竜老人の肩を揺さぶるが、当人はどこ吹く風。相変わらずマイペースに話しはじめた。
「ま〜大丈夫やろネコノフ君達なら。あのジンオウガ、コードネーム"ニセコ"というてな」
「…北の国かニャ?」
「ニセコや。彼は身体はデカイがまだかなり若いはずや。体型的に無理な技も多いから、見た目ほどネコノフ君にダメージは無いはずやで。カミナリも操れんはずやし。まぁそれでもさすがにクルルヤックよりは強いみたいやが」
「そこまで分かってるニャらニャおさら早く言えぇ!!」
オモチとネコノフが交互にコードネーム"ニセコ"とかいうジンオウガの攻撃で吹き飛ばされていくのが見えるが、確かにすぐに平気そうに立ち上がっていた。回復役のナダレが必要ない程度の攻撃力しかないのだろうか。
「んむ。話がそれたかの。クルルヤックは"卵泥棒"とも呼ばれとる。それは主に卵を食べるためやけど…」
「食べる目的以外に他のモンスターの卵を盗む意味って、あるんやないか?」
「…!!?」
ようやく、特殊ジンオウガ"ニセコ"の秘密の糸口を掴めたような気がして。ナダレは改めてオモチ達が闘っているクルルヤックと"ニセコ"のほうを見た。
「そうニャ…!あのジンオウガ、共闘してるのも異常だけど、攻撃パターンがクルルヤックそのものだニャ!つまり…」
「そう、あのジンオウガ…"ニセコ"は、クルルヤックなんや」
ナダレの言葉を継いで竜老人。これまで淡々とした口調と、のらりくらりとはぐらかすような話し方になってはいたが、この老人ずっと視線はネコノフ達と闘っているクルルヤックと"ニセコ"を追い、手元のメモ帳に凄い勢いでペンを走らせていたのだった。ナダレ達クエスト同行者に対して説明を怠ったのも、面倒くさいからではない。ただただ、新しい生態の観察に没頭したいからなのだった。そして、その観察結果がようやく確信を持って老人の口から告げられる。
「あの子…ニセコはクルルヤックに育てられたんやなぁ。ニセコ、つまり偽子や」
「やっぱりかニャ!ジンオウガの卵を盗んで、食べずに孵化させてクルルヤックの子として育てたのかニャ!?」
ナダレも理解した。オトモ猫の中では飛び抜けて頭の良いナダレだからではあるのだが、竜老人は気を良くしたらしい。ようやくジンオウガ"ニセコ"から目を離してナダレのほうを向いて話し始めた。
「うん、そのとおり。やはり間違い無いようやな、確信がまだ無かったもんやから話せなかったんや。クルルヤックは鳥竜種。身体構造の多少似る鳥に似た習性を手に入れる可能性はもともとあったんやが、ついにという感じやな」
感じ入ったように何度も頷く竜老人。が、今度は納得いかなかったらしいナダレが首を傾げた。
「鳥に…ってもしかして"
「ほう、托卵を知っとるか。ほんとに博識な猫ちゃんやなあ」
珍しく、心底感心したように竜老人は初めて"ニセコ"から目を離してナダレのほうを見つめた。さらに気を良くしたのか、早口でこれまで予測の範囲に過ぎなかった研究内容をまくし立て始めた。
「確かに、本来托卵とは自分の卵を他の種の巣に産み落とし育てさせるというものや。クルルヤックのやった、他の種の卵を自分の巣に持ち込むのとはまったく逆や。しかし自分の子育てを楽にし確実に種を残すという意味では同じやないかな?クエスト条件のもう一匹のクルルヤックこそ本当の子供。ジンオウガが兄弟として一緒だったら、他モンスターに襲われることなくさぞ安全に子育てできることやろうな」
しかし竜老人の言う事とは裏腹に、向こうの方では特殊ジンオウガの動きに慣れてきたのだろうか、オモチとネコノフがじゃれるように"ニセコ" とクルルヤックのまわりをぴょんぴょんと飛び跳ねまわっている。"ニセコ" は母親(と思い込んでいる)を守りたいのか、クルルヤックのような小刻みなステップでオモチ達の前に立ちはだかろうとしていたが、歴戦オトモ2匹を相手するには経験が足りないようだ。
「おう、そこの茂みに隠れているちび助のクルルヤックからネコノフ君を離そうともしてるんやないか?兄思いでもあるんやなあ」
意外とモンスターの気配に敏感なのか、竜老人は三匹目のターゲットの観察も忘れない。確実に特殊な動きをする"ニセコ"に慣れていっている2匹のニャンターに翻弄され、モンスター側が焦り始め家族ぐるみで防戦一方という感じになってしまっているようだ。
「いつでもカカシ出せるからニャ!ネコノフ」
「おっけーだニャ!…おっと」
オモチに向けて親指を立てながら、繰り出されてきた"ニセコ"のドロップキックをあっさりかわし、クルルヤックが投げてきた岩も確実に盾で防ぐネコノフ。回復役であるはずのナダレが役割そっちのけで竜老人と白熱した生態学論争を繰り広げられる程度には、余裕がでてきている。
「やっぱり、ジンオウガとして育てられてニャいから、雷とか出せニャいのかニャ?」
相変わらず回復役をしないまま、のんびりとナダレが聞く。ジンオウガは別名雷狼竜。雷を周囲に発生させる"超電雷光虫"を体表面に住まわせており、それを用いた強力なカミナリ攻撃を行うのだが、今回の特殊ジンオウガ"ニセコ"は一度も打ってきていない。
「そうやの。しかも見たところ背中の放電も無いようや。これはつまり、"ニセコ"の背中には超電雷光虫が住み着いていない、もしくは通常個体のジンオウガよりも著しく少ないということや。ジンオウガは親から超電雷光虫を受け継いでいる学説を後押しする事になりそうやな」
「ふんふん、ニャるほど〜」
ナダレと竜老人が楽しくおしゃべりしている一方
「お〜い、ネコノフ。そろそろ替わるかニャ?」
「さんきゅーオモチ。そっちにカカシ設置して〜」
ネコノフとオモチも余裕で"ニセコ"とクルルヤックの親子コンビと戦闘を続けていた。本来、ニャンターといえどクエスト中は制限時間内にターゲットのモンスターを討伐または捕獲をしなければならないため、攻撃を加えなければならない。しかし、今回のクエストはそのクリア条件が「50分間討伐または捕獲をせず闘う」というもの。攻撃には常に隙がつきまとう。そのリスクを負わずにひたすら回避と防御だけしていればいいのだから、このベテランオトモ猫の2匹にとっては慣れてしまえば楽なものである。
が。
バチッ
「…んニャっ!?」
突然、おしゃべり途中のナダレの目の前で空気がはじけた。
「これ…は…」
よく見るとはじけたのは空気ではない。小さな虫がほのかな光と共に現れ、時折大きめの光と共に音を立てていた。
「ふむ…もしかしたらヤバいんやなかろうか…?」
竜老人も気が付いた。虫とは違う、とてつもなく大きな気配が近づいてくるのを感じる。
「オモチー、少しくらい攻撃して怒らせたほうが生態研究にニャるんじゃーニャいか〜?」
「おー、そのほうが飽きニャくて楽しいかもニャー」
虫の出現に気が付いていないネコノフとオモチは、舐めきった闘い方をしていた。たまにはブーメランでも投げようかな、とオモチが竜老人とナダレのほうに目線を向けたその瞬間。
ウオオォォォ〜ン!!
巨大な咆哮があたりを支配した。
「ンギ…ッ!」
思わず耳を塞ぐネコノフ達。
怯んでいるニャンター達の目の前に立ちはだかったのは
「ジンオウガ…!」
今まで闘っていた"ニセコ"とは比べ物にならないほど巨大な、もう一頭のジンオウガだった。
ピシャア!ン…
極大の放電が周囲に雷を落とし、オモチ達を蹴散らす。
「ふギャッ…!」
「あぶあぶあぶ…ニャああぁぁアア!!?」
直撃を受け焦げるオモチ。必死に放電圏外へ逃げ出すネコノフ。
「オモチ!はやくこっちへ逃げるニャ!」
もともと戦闘圏外にいたナダレと竜老人は無事だったが、ゆっくりと歩みを進める巨大ジンオウガを邪魔するものはなにもなかった。よく見ると身体全体に深い
グルルルル…
歴戦ジンオウガから我が母クルルヤックを護ろうと、"ニセコ"が威嚇の声を上げながら前に出ると、巨大ジンオウガは足を止めた。
グルル………?
品定めさられているようで、"ニセコ"は訝しむように見上げるが、歴戦ジンオウガは敵意を示さず若きジンオウガ"ニセコ"とクルルヤックのまわりをゆっくりと観察するようにまわった。
「ニギー…?」
「ニャ〜…」
オモチ&ネコノフは突然3体に増えたモンスターの輪の中に入っていく勇気はとても無く、身動きもできずにいた。
クキ…クルルルル…?
親クルルヤックは心底怯えたように全身を震わせていた。
その場の全員がすくみ、誰も動けない時間。ナダレには数十分にも感じたが、実際にはほんの数秒だったろう。
「ま、まさか…」
"ニセコ"を見つめる巨大な歴戦ジンオウガ、また異常なほどに怯えるクルルヤック。それらを見回し状況を確認した上でナダレにピン、と。1つの考えが浮かんだ、その時だった。
クルル…クケエエェェェェエエエ!!!
突然、怯えを振り切ったクルルヤックが大きく啼いた。
そして小さいほうのジンオウガ、"ニセコ"の背中に飛び乗り、歴戦ジンオウガへ向けて必死の威嚇を開始した。
「…なんと!勝ち目のない敵の出現に対して、我が子…"ニセコ"を護るという選択肢を選ぶんか!母性やあああ!」
突如興奮して前に出ようとする竜老人。ナダレは必死にその肩を掴むと、安全圏まで引き摺って後退した。
「違うニャ!あのおっきなジンオウガは、『勝ち目のない敵』じゃニャい!あれは多分、"ニセコ"にとっての…」
「本当の母親だニャ!」
ウオオォォォォォォォ!!!
「ヒィッ…!!」
ナダレがわめくや否や、歴戦ジンオウガがひときわ大きく咆哮した。これにはニャンターパーティー一同のみならず、特殊ジンオウガとクルルヤックも大きく怯んだ。
ピシャアン!!
同時に、歴戦ジンオウガを中心に極大の放電が発生した。青白く輝くドーム状のカミナリはまたたく間に大きくなり
「わわわわわ…!ニセコを攻撃する気かニャ!?」
十分に距離をとっているはずのナダレでも後ずさりしてしまうほどの威力が見て取れる極大放電。歴戦ジンオウガが"ニセコ"の本物の親かと思ったが、違うのか…?
クケェッ…!!
グルルルルァ…!!
「ニ゛ャアアァァァ…!!」
歴戦ジンオウガに最も近かったクルルヤックと"ニセコ"、ついでに逃げ遅れたオモチも巻き込んだ後、ドーム状の放電は今度はゆっくりと範囲を縮めていき、中心にいた歴戦ジンオウガの体内におさまるように消えていった。
グル…ゴガガ………
放電がおさまったあと、その場に立っていたのは2頭のジンオウガであった。クルルヤックとついでのオモチは、ビリビリと麻痺したまま、しかし大した怪我はなさそうにその場に転がっていた。
歴戦ジンオウガは相変わらず謎の視線を"ニセコ"に注いでいたが、見られている"ニセコ"は明らかな攻撃を受け、完全な敵意を前方へ向けていた。
ガウッグウゥ…
「…!?」
そんな"ニセコ"を見て、竜老人が再びわめきだした。
「見ろっナダレ君!」
指差す先の"ニセコ"の背中には、なにやら青白い光が宿っていた。
ゴオオオォォォォッ!!
"ニセコ"が大きく吠えると、その背中の青白い光はバチンッ!と強くはじけ、鋭い光の線が歴戦ジンオウガ向けて放たれた。
…フンッ!
が、流石はホンモノのカミナリをつかさどる雷狼竜。歴戦ジンオウガが鼻息を少し荒く吐いただけで、"ニセコ"が放った放電は跳ね返された。
「…ブギャッ!!?」
なぜか、跳ね返された放電が別方向で倒れていたオモチに直撃したが。
「放電や!"ニセコ"の背中から!」
これを見て了解老人の興奮は最高潮に達した。
雷狼竜ジンオウガでありながら、"ニセコ"は今まで雷をまとうことはなかった。このタイミングで放電を発するのは…
「やっぱりホンモノの母親ニャのかニャ!?あの歴戦ジンオウガ!?」
隣でナダレもはしゃぎはじめてしまった。
「そうとしか考えられん!さっきの歴戦ジンオウガのドーム状の放電により、"ニセコ"の放電能力が目覚めたんや!…いや!目覚めたんやない、ホンモノの母親によって目覚めさしてもろたんや!」
クルルヤックに誘拐…"逆
グルルルル…?
先程自分から放たれた謎の光線に戸惑い、"ニセコ"が動けずにいる間に。
ケ…ケケ…クルルルルルオォゥアアッ…!
クルルヤックが放電の麻痺から立ち直り、再び2頭のジンオウガの間に割り込んだ。
「え?ちょ…え?あああええぇ?」
1人取り残されていたネコノフは何ひとつ理解できず、焦げたままのオモチを救出することも忘れ立ち尽くしてはいたが。
…グルルルル…
歴戦ジンオウガは、今度は敵意を含まない視線をクルルヤックに投げかけていた。
ク…クケ…ケ…
自分が敵わない相手に対抗するために、自分より強いモンスターの卵を盗んで我が子として育てる。それが、このクルルヤックが行なった"逆托卵"という生態行動だが。その目的のためだけであれば、今この場でのクルルヤックの行動は完全に矛盾している。その矛盾の元は…
…ゴフゥ!
果たして、歴戦ジンオウガはクルルヤックに対してそれ以上は攻撃することはせず。一つ大きく息を吐くとゆっくり踵を返し、森の奥へと戻って行った。
「うぅ…ニャんだったのニャ…」
放電の直撃を受けていたオモチがようやく起き上がる頃には、歴戦ジンオウガは木々の向こうへ見えなくなっていた。
クルルヤックも"ニセコ"も状況がつかめず呆然としており、ネコノフはとりあえずオモチのほうへ駆け寄るも、やはりどうしていいか分からずフリーズしていた。
その一方
「いやー良いもん見せてもろたな」
「クルルヤックを母親として認めたのかニャあ〜」
竜老人とナダレは呆然とする4匹を置いてけぼりに勝手に盛り上がっていた。
「「どーなったニャ!ニャンだったのニャ!?」」
理解できるはずのない展開に叫ぶオモチとネコノフの目の前に、クエスト設定時間の50分間がちょうど過ぎたのだろう
『Quest Clear!!』
の文字が降ってきていた。
クルルヤックが"托卵"だ、でした。他のお話と比べてかなり文字数多くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。モンハンの過去作のシステムを今復活させたらどうなるだろう…という考察も含んでいるのですが、どうでしょうCAPCOMさん?ニャンターを新大陸で復活させてみませんか?
※追記
ジンオウガって卵産むの?というお言葉をいただきました。公式設定ではジンオウガの卵についての記述は見つかりませんでしたが、雷狼竜という字面から狼つまり哺乳類を連想してしまいますね。が、牙竜種、雷狼竜という種族名から竜の仲間という事を優先適用し、飛竜の卵が存在する公式設定より、ジンオウガは卵生という独自設定とさせていただきました。この考えでいくと、牙獣種であるラージャンは胎生の可能性が高いかもしれませんね。