雨上がりのじめじめとした野原は、ハンター達の調査拠点の一歩すぐ外なだけの放牧地だというのに、雑草伸び放題のほぼジャングルだった。
━━ブゴッ
━━プゴッ
「…ふむ」
そんな中腕組みをするハンター、ユキムラの目の前には、2匹の豚がいた。
1匹は、小型モンスターのモス。小型とはいえユキムラの腹くらいまでの体高があり、頭部には甲殻と、短いながらも角が生えている立派なモンスターだ。ただし、ここ調査拠点アステラに居るのは食肉用の家畜である。
一方、もう1匹はモスの背中の上にいた。親子のような構図ではあるが別の種族。愛玩動物のプーギーだ。こちらは中型犬くらいの大きさで、見た目完全にミニブタである。
ユキムラは、このプーギーのほうを向いて何やら悩んでいた。
「え〜…と。お前は…ヤシ…ロ。そうだ、スズナのところのヤシロだろう」
どうやら友人の飼い豚らしい。よそのペットを認識するのはなかなかに難しい、という話を仲間内でしていたのだった。
ぐぎゅるるるるるうううぅぅぅ
不意に、すごい音があたりに響いた。分かりやすく腹時計がお昼を指したようだが。
「俺…はついさっき昼メシ食べたところだ。お前の腹か、ヤシロ」
アステラジャーキーでも無かったかな、とユキムラがアイテムポーチを探っていると。
━━プグップグッ…ガッグッガッ
ヤシロ(とユキムラが目しているプーギー)は、ユキムラを無視してマイペースに足元をまさぐりはじめた。モスの背中に乗っていたので、そのままモスの背中に口を押し付けてもがもがやっていることになる。
「…?お、そうかプーギーの好物はキノコだったか」
アイテムポーチを探るのをやめてユキムラ。そう、モスの背中にはキノコが生えているのだ。
モスは野生でも家畜化されていても湿地を好む。特に日課の泥浴びでは背中に念入りに泥を塗りたくるため、モスの背中は常に泥で湿っていてそこに苔やキノコが生えてくるのだ。群れで生活している場合、モス同士で互いの背中のキノコを食べ合うことも知られている。食肉用の大人しいモンスターでは他にアプトノスがいるが、自分で勝手にキノコを栽培し食べるという、餌代がかからない理想の家畜として、広く世界中に普及している。
━━プグッ…モガモガ…プッギー
そんな便利なモスの背中のキノコを勝手に食べているプーギーのヤシロ(仮)。腹が減っているのかよほど美味しいのか、異常なほどのペースで一心不乱にキノコを食べ続けている。
が、突然
━━グピッ!!?
モスの背中でキノコをむさぼっていたプーギーが突然、大きくのけぞって倒れた。
「!?どうしたヤシロ」
ユキムラが駆け寄ってみると、たった今まで美味しそうに食べていたキノコを口からぼろぼろと吐き出し、痙攣している。
抱き上げてみるとかなりの高熱。
━━グク…クプブ…
意識も朦朧としているらしく、時々白目も剥いている。ユキムラはただただあたふたとその場を行ったり来たり。
「ど、どうしたヤシロ。しっかりするんだ…そ、そうだカイヌシはどこだ、スズナは…」
━━ググググ…ガクッ
「おおぉヤシロおおおぉぉぉ〜!!!?」
急にぐったりとなった豚を抱き、天を仰ぐユキムラ。
「…それウチのコじゃないわよ」
と、そこへなんとも都合よくカイヌシ…ではなかったようだがスズナが現れた。
「何やってんのよユキムラ君、こんなトコで…貸して」
すたすたと冷静に近付いてくると、何故か手馴れた様子で昏倒したプーギーをユキムラから奪い、スズナは観察しはじめた。
「ひっさしぶりに見たわね〜この症状。新大陸で見たのは初めてだわ。モスのキノコを食べたわね?」
「あ…あぁ…だがプーギーがモスの背中でキノコを食べるなんて、そのようなことはしょっちゅうだろう?なぜいまさら…」
「ま、ね。ん〜…このコ、アキヤさんとこのプーギーじゃないの。相変わらずあの闘神は強力なモンスターを狩る以外の事には全く興味を示さないんだから…あーでもやっぱりこの症状はモスのキノコが原因で間違いないわね〜。ほらほら早く医務班のエビちゃんとこ連れてったげなさい。まだ助かるわよ」
一通りぶつくさ言ったあげく、詳細を告げないままプーギーをユキムラの胸に戻し、スズナは今度はモスのほうの観察を始めた。
「私はこのコを総司令のところに連れてくわ。詳しい事知りたかったら後でおいで」
モスの首に紐をつけ、スズナは落ち着いた様子で来たときと同じようにスタスタと歩き去っていった。
「あ〜…まぁ…急ぐか、医務班、へ…」
「おや?随分と久しぶりな症状だね。モスのキノコを食べて?」
医務班兼ハンターのエビちゃんことアス=ルーフォもスズナと似たような反応を示した。
二人とも、どう見ても心当たりがある反応だ。
「大丈夫なのか?この、アキヤ氏のプーギーは」
「もう薬打ったから大丈夫だよ。1週間ほどは寝込むけど、ミラボレアス君は強いしね」
「…ミラボレアス?」
「この子の名前」
「すごい名だな」
伝説の龍の名前を勝手につけられたプーギーは、アスの言う通り薬が効いてきたのだろう、落ち着いた寝息をたてていた。
「スズナも原因について知っているようなそぶりを見せていたが、私にはさっぱりでな、この…久しぶりであるらしい症状。教えてくれないか」
おや、知らないの?というような意外そうな顔を一瞬だけしたアスだったが、どこからか分厚いハンターノートを取り出して、楽しげに解説をはじめた。
「そもそも、プーギーが何故ハンターに飼われているか?特に新大陸行きのハンターには強制的に一人一匹プーギーが押し付けられるよね」
「あ〜…そう言えば当たり前のようについてきていたな」
ユキムラが同意すると、アスは上方、登り階段の先にあるハンター食堂を指差した。
「それは、ハンターの食事のためなんだ」
言いながらもすやすやと寝ているプーギー…確かミラボレアスとかいう恐ろしい名だ…を抱き上げるアス。そのまま今度はミラボレアスの口を指差す。
「プーギーは実はかなりグルメでね。人間とほぼ同じか、より鋭い味覚を持ってるんだ。嗅覚はもっと強いから、危ない食材に対しては激しく鳴いておしえてくれる」
「…つまり、毒味役か?」
なんとなく思い浮かんだ事をそのままユキムラが口に出すと、あからさまにアスは嫌な顔をした。
「まぁ…そうだけどあまりそのまま言われるのも嫌なものだね。でも、本来はより前向きな理由だよ。プーギーは食に対する探究心も強いから、新大陸の未知の植生の中で、食べれる食材を探すために導入がはじまったんだよ?」
なるほど。ユキムラは大きく頷いた。偉いのだな…とアスの腕の中のプーギーを撫でてやる。
「エメラルドリアンやオニマツタケなど、プーギーのおかげで見いだされた優れた食材は多いのだけれど。1つだけ、厄介なものがあってね…これだよ」
そう言うと、アスは自分のアイテムポーチから紫色のキノコを取り出した。
「毒テングタケではないか!毒投げナイフや毒弾に使われる猛毒素材だぞ。ミラボレアスも倒れるわけだ…」
特にキノコに詳しいわけではないユキムラでもピンとくる、毒テングタケはそれくらい分かりやすく"毒"としてハンターに利用される一般的なアイテムだ。
「そう。モスの背中には通常アオキノコしか生えない。アオキノコ以外のものが生えないような環境に、モス自身が整えているんだ。でも、ごくまれにそんな他の種の生育を強く阻害するこの環境に打ち勝って毒テングタケが生えると、その毒テングタケは味、香りに変化が起きることが分かってるんだ。そのためにプーギーも気付かず食べてしまう。…いや分かっていても食べてしまう可能性もあるらしいのだけれど」
「ううむ、確かにガツガツと凄い勢いで食べていたな。未知の味がする食べ物に対する探究心のなせるわざか」
またも大きく頷くユキムラに満足したのか、アスは上機嫌でまたハンターノートを開いた。
「ちなみに、毒テングタケって食べたことある?ユキムラさん」
「…あぁ、あるぞ」
アスが開いたハンターノートは、"茸好珠"の頁が開いてあった。通常、ハンターはキノコを直接は食べない。薬草などと調合しないと効果が無いためだ。が、この茸好珠は装備する事でキノコを直接食べて効果を得る事が出来るようになる、非常に有用な装飾珠なのだ。
「茸好珠を装備すれば毒テングタケでも食えるが…」
「で、味は?」
「不味かったぞ」
当時の味を思い出したのか、苦い顔で舌を思い切り出す。
「不味いよねえ、あれは。でもよ〜く考えてみて?茸好珠を装備しただけで猛毒キノコを食べれるようになる、しかも毒とは逆の良い効能を示すようになる、って無茶苦茶なスキルだよ。身体の構造まるごと組み替えるようなものさ」
「…だから、副作用があっても仕方ないよね」
「副作用?」
ユキムラが首を傾げると、大したことは無いんだけどね…と前置きしながらアスは再び解説をはじめた。
「茸好珠を使う事で、毒テングタケの猛毒成分が"効果が逆転"して良い効果に変わる。ということは…だ」
アスは一旦言葉を切り、腕の中で静かに寝息を立てているプーギーを指差した。
「毒テングタケの"味も逆転"しちゃうってことなのさ」
「…味が逆転…?」
ユキムラが再び首を傾げる。先程よりも角度が大きい。だがどこか閃く糸口はつかめているのか、アスが話を続けようとするのを手で制しながら数秒考え…ゆっくりと、首の角度を戻した。
「まさか…。毒テングタケを"茸好" 状態で食べると不味く…しかし毒ではなく良い効果が出る、というのが"味も効果も逆転"しているというのなら…」
「毒テングタケは、もともとは美味いのか?」
「ぴんぽーん」
ぴっ!と人差し指を立てなんとも軽薄な正解発表をするアス。
「猛毒なのに、か?」
「猛毒成分でも味があるとは限らないから、毒と味は無関係だよ。しかも、モスの背中に生えた毒テングタケはより美味しくて毒も強いらしいよ」
プーギーがモスの背中の毒テングタケを一心不乱に食べまくっていたのは、猛毒と知りつつも美味しすぎるから、ということだったようだ。
「そうか…あのモスの背中に生えていたのは、より強力な猛毒を持った毒テングタケだったのだな。だからスズナは総司令に知らせに連れて行ったのか」
謎が全て氷解し、ポツリとユキムラがつぶやくと。
不意にアスが焦ったような声を上げた。
「…待って。今スズナさんモスを総司令のとこ連れてったって言った?」
「ん…?あぁ。そう言えば詳しい事知りたかったら後でおいでと言っていたが。アスが教えてくれたからもういいな」
「いやいやいやいや…!ダメだよあの人にあれを連れてっちゃ!」
本格的に焦ったように、腕に抱いていたプーギーを降ろし、アスは立ち上がった。
「急いで追いかけよう!あぁもう遅いかもだけど!」
急に走り出したアスを追いかけて、ユキムラも走り始めた。司令所へ向かう方角だ。
「なんだ、どうしたんだ?危険な猛毒が出たんだ、総司令に報告するのは当たり前だろう」
走りながらも納得がいかず、ユキムラが問いかけるとアスはじれったそうに叫んだ。
「そんなの、モスに1滴薬品垂らせば毒テングタケくらい取り除けるからミラボレアス君と一緒に僕のとこ連れてきてくれたら良かったのさ!あぁそうか、スズナさんは新大陸後発組だから、知らないのか…ってかなんでユキムラさんが知らないんだよッッ」
「???な、なんだなんだどうしたんだ。スズナと総司令を会わせちゃいかんのか」
いまだ理解できずユキムラが混乱していると、アスは走りながらちょうど道すがらに見えてきたクエスト掲示板を指差した。
「スズナさんじゃない。総司令と毒テングタケ付きモスを会わせたら、1週間はクエスト受けられなくなるよ!!?」
「は!!?何故だ!」
ついにユキムラも叫んだ。クエストを受けられなくなれば新大陸でのハンターの活動そのものがほとんどストップしてしまう。1週間謹慎させられるようなものだ。
「総司令はね…」
「モスの背中に生えた毒テングタケが何よりも大好物なんだ!」
「何ぃ!?超猛毒なのだろう!!?」
「でも美味いらしいんだ!命かけて食べるんだよ総司令は!誰が止めても!」
「で1週間寝込むのか!」
「集中治療室大変なんだよ!?」
すべてのハンターを統括する総司令。たとえ彼のわがままであっても、倒れられればその間クエストが凍結される可能性は高い。
医務班の詰所から司令所までさしたる距離があるわけではないが、無限の距離があるようにユキムラには感じられた。
結局、スズナが総司令にモスを引き渡すのを止めることは出来ず。ハンターの調査拠点アステラはそのまま1週間ほど、総司令の意識が戻るまで静寂に包まれた。このためユキムラ、スズナ、ついでにアスまでもがハンター全員の批難を浴びることとなり、1週間誰よりも肩身の狭い思いをし。
昏睡から覚めた総司令の第一声、「美味かった…」を聞いた瞬間、3人が"真溜め"を撃ち込むのを我慢するのに必死にならざるを得なかったのも、当然の事だった。
「…あぁ、そうか…。あれだけ色んなトコから叩かれまくる前に、私達もあのモスの毒テングタケを食べておけば良かったのか…」
「…何それ妙案ね。総司令と一緒に寝込んでいれば何言われても耳に届かないから平気じゃない」
「しかも文字通り死ぬほど美味しいらしいしね〜…」
ハンターの活動が再開されてからもクエストに行く気になれず、ユキムラ、スズナ、アスの3人はぼ〜っと放牧地でいつまでも座り込んでいた。
ちなみに、美味しい毒キノコというのは実際に存在するらしいです。こちらのほうは1週間どころかホントに死ぬか、生き延びても凄まじい後遺症が残るらしいのです。命をかけて食べる人がいるかどうかはさだかではありませんが…