久しぶりに本当のモンスターの生態が書けました。こんなバゼルギウスと闘ってみたいですね。
モンスターハンターとは、言うまでもなく危険の多い職業である。最先端の狩猟技術と武具が持ち込まれた新大陸の調査団にとっても事情は同じ。調査拠点アステラには、毎日のようにモンスターとの戦闘で傷を負った重症患者が運びこまれてくる。
「出血多いね。輸血用意しといてー」
オトモ猫が引いてきた、車輪付き担架で運び込まれてきたハンターは、全身ずたずたに切り裂かれていた。
対応する医者は真っ白な長衣を羽織ってはいるが、白衣の下からは甲殻を組んで作られた鎧が見えていた。ハンター兼医者、さらには学者でもある、異常にマルチな能力を持つアス・ルーフォというこの男は、今日は医者として働いていた。
「えびちゃーん、手術室3番空いてるけど、いる?」
こちらは頭にナース帽をかぶり白衣を着た完璧な看護婦姿の女性。だがぱっと見重症な患者を受け入れているにしては緊張感がない声だ。
「いやー大丈夫でしょー。輸血はいるけどさらっと縫っときゃすぐ治るよう」
えびちゃん、と看護師に呼ばれ応えたのはハンターでもある医者、アス。看護師同様緊張感のない声で、言葉通りさらりさらりと凄まじい勢いで傷口を縫い始めている。
「ほい、こんなもんでしょ。ユタさんならすぐ動けるようになるよ」
あっという間に全ての傷口の縫合を終え、ばんばんと全く遠慮なしに縫ったばかりの傷口を叩きながら立ち上がるアス。頭の後ろで髪を縛っていた紐をほどくと、ピンク色の軽くウェーブがかった髪がふわりと広がった。女性のような顔立ち、長い髪、そして額に巻いた鉢金から左右後方へ長く伸びた触覚のような前立てにより、アスはまわりから女の子を呼ぶように『えびちゃん』、というあだ名が定着していた。
「あー面目ない。ボッコボコにやられたよ」
微妙に聞き取りづらい声が聞こえた。顔まで包帯を巻かれた、患者のほうのハンターだ。
「だめだめユタさんしゃべらないで。アゴから頬にかけての裂傷が一番酷いんだから、口動かすと変に傷がくっついて治った後痛い目見るよ」
ぞんざいに扱いはしたものの、医者の良心が急に働いたのか絶対安静を命じるアス。どうやら患者とは顔見知りのようだ。
「ユタさんがそこまで裂傷でやられるってことは、ベヒーモスが出たんでしょ?どうせユキムラ君とマル君がすぐ倒してくれるから大丈夫だって。大人しく寝てな?」
患者の傷の状態から相手モンスターを予想し、特化部隊が倒すからと諭すように言うアスだが、包帯の塊の向こうからはまだくぐもった声が続いた。
「・・・・違う、ベヒーモスじゃない。オドガロンに遅れをとるような駆け出しハンターではない自覚もあるぞ」
あまり聞いたことのないような、友人の深刻な声にアスが振り返ると、処置室の入口からオトモ猫が一匹飛び込んできた。
「ご主人は、バゼルギウスにやられたんだニャ!今ようやく散ってった導蟲(しるべむし)をかき集めてきたニャー」
白黒の毛並みの猫、オモチだ。大きな肉球で抱え込んでいるのは、ランプのように緑色に輝いているビンだった。
オモチの頭を撫で、後は任せるとでも言うように医者の言い付け通り口を閉じるユタ。が、今度はアスのほうが慌て始めた。
「待った待った、バゼルギウスがこの全身の裂傷を?」
「ニャー、バゼルの鱗が爆発しなくて、でもすんごくギザギザしてて尖ってて、当たると切り裂かれて裂傷になっちゃったニャ」
包帯の奥で黙った主人の代わりにオモチが答える。事の重大さをしっかり理解しているのだろう、事細かに解説してくれるつもりのようだ。
「バゼルギウスに鋭い鱗!?」
がばっ、とアスはオモチの身長に合わせて屈むと、自身のハンターノートを腰のホルダーから引っ張り出した。
「ニャ・・・・肩掴まないでネ・・・・えびちゃん。ボクらの肩ほぼ首だから」
若干引きながらオモチ。過去に何があったのかは、学者モードに入ってしまったアスの勢いを鑑みれば容易に想像がつく。
「もしかしてそのバゼル、最小金冠サイズじゃなかったかい!?」
何故かアスには心当たりがあるらしい。ハンターノートのバゼルギウスの頁には本来の内容とは別に、かなり大きなスペースをとって膨大な量のメモ書きがあった。
「うニャ?・・・・そーいえば小さめだったかもしれニャい」
少し自信なさげに言うオモチ。小さめというだけで金冠レベルの小ささではなかったのかもしれない。
「とにかく一緒にきて!オモチ。お爺ちゃんとこいくよ!」
有無を言わさずオモチの手をひっつかみ、アスは生態研究所へ向けて走り出した。
調査拠点アステラの一角にある、本にまみれた生態研究所。その中心には、本と同化してしまったかのように本棚から動かない、竜人の所長がいた。
「ほぅ・・・・例のバゼルギウスが出たいうことか?えびちゃん」
生態研究所の竜人所長にもえびちゃんと呼ばれているらしいアス。しかし呼びはするものの、所長の眼はアスのほうを向いては居ない。バゼルギウスの生態調査書に目を落としたままだ。
「その可能性が高いんだけど、僕らが考えていたよりも戦闘力が高そうなんだよ、お爺ちゃん」
一方、こちらも自分のハンターノートにびっしりとメモを取りながら、所長のほうを見ずに話すアス。いつものことではあるのだが、異様な光景にオモチは戸惑っていた。
「ニャ〜・・・・やっぱりあのバゼルギウスは新種ニャのかニャ?」
オモチにしては珍しく、遠慮がちな声を出すと、所長のほうが視線をこちらによこさないまま答えた。
「いや、僕らの考えが正しければ、きみのご主人を倒したバゼルギウスは新種とは違う」
と、ここで所長も自分の懐からペンを取り出した。初めてオモチのほうへ眼を向けると、独り言なのかと思ってしまうようなトーンで問い掛けてきた。
「オモチくん、やったな。そのバゼルギウスの鱗は、爆発せんかったんやてな。大きさはどやった?小さかったり、薄かったりしたからスパッと斬れて裂傷状態になったんやないか?」
「鱗、持って帰れば良かったニャ。大きさは覚えてニャいけど・・・・」
所長の問いに、首を大きく傾げながら強く眼をつむり必死に思い出そうとするオモチ。
「空から鱗が落ちてきた時、どんな感じだった?通常のバゼルギウスだったらスットーンって真下に落ちてくるけど、違いは無かったかな」
横からアスが横槍を入れると、オモチの記憶に触れるものがあったようだ。
「そーいえば、鱗が微妙にヒラヒラ落ちてきたかもしれニャいニャ。避けにくかったニャ」
大きく眼を開いてオモチ。所長とアスは瞬時にシャカシャカとメモを取る。
「ということは、やはり、やな」
一瞬早くメモを取り終えた所長と
「おおまかには僕らの考えたのと変わらないようだねえ」
オモチを挟んで反対側にいたアスとが、お互いを見合わせて、オモチの上空でにやりと笑った。
「オモチが、例のバゼルギウスを記憶した導蟲を回収してくれてるんだ。調査にいってくるよ、お爺ちゃん」
「ん。無事に帰ってくるんやで、きみ」
導蟲とは、新大陸での調査に無くてはならない存在で、調査対象の足跡などの痕跡から匂いを覚えさせ、本体を追わせる光る蟲のことである。
今回のように一度遭遇したハンターが返り討ちに遭った場合でも、導蟲を回収しておけば再度対象モンスターを追うことができる。
「僕らのバゼルギウスに関しての仮説は、この調査ではっきりしてから説明するよ。手伝ってくれるね?オモチ」
医者の白衣を脱ぎ、ハンターとしての鎧姿に戻るアス。触覚が左右に伸びた鉢金を縛り直すと、オモチの返事を待たずして高らかに指笛を鳴らした。
「もちろん案内する!ニャー!」
オモチがアスの脚にしがみつくや否や、翼竜がオモチごとアスをかっさらい、狩猟場へと飛び立って行った。
「・・・・いっやー、こんな奥地まで来ることになるとはね」
アステラを発ってからどれくらいになるか。狩猟拠点のキャンプから、狩猟場である竜結晶の山岳地帯を通り抜けて、さらに1つ山を越えた。それでもオモチが回収してきた導蟲はまだ先を示していた。
「そろそろ教えるニャ。あのバゼルギウスは、新種じゃニャきゃ一体ニャに?」
ごろごろと大きな岩が転がる山道を歩くのに飽きたのか、しびれを切らしたようにオモチがアスの方を振り返り、問いかけた。
「んー・・・・まぁ、もういいか」
アスは首を傾げて、少し考えてから、オモチのリクエストにこたえて解説をはじめた。
「バゼルギウスの鱗が、何故爆発するかは知ってるかい?オモチ」
「爆鱗竜だからニャ!」
「うん!そんなところだろうね!」
アホな答を即答するオモチに、予想出来ていたアス。一瞬だけ頭を抱えたが、すぐに気を取り直して続ける。
「えっと、じゃあ少し方向を変えて。
リオレウスが火を吐くのは?」
「?火竜ニャんだから火を吐くのは当然だニャ?」
「そうだったねごめん!」
同じく即答するオモチに今度こそ両手で頭を抱えるアス。
えーっと・・・・と少し考えてから
「火炎袋とか、爆炎袋って、レウスの剥ぎ取り素材にあるでしょ。彼らは進化の過程で火を吐くための内臓器官を体内に作り上げてしまったんだ」
オモチはポカーンとした顔で聞いている。彼ら大型の猫、アイルー族は非常に知能が高く、道具も使うし人語も話す。しかし、さすがに人間ほど頭は良くない。高等知能生物とはいっても、アス達学者さんの中に混じればおバカさんなのは仕方のないことだ。
「あー、まあ要するに。レウスなら火を吐く事ができる。オモチが言った通りで良いわけだ」
「どやあ」
一瞬、スリンガーの照準をオモチに向けかけたが、思い直してアスは慎重に話を戻した。
「でも、バゼルギウスの場合は少し事情が違うみたいなんだ。体表面各所からの分泌液・・・・えぇと汗みたいなもんだ、に爆発するような成分を交えて精製・・・・鱗の形にしていることは分かっているんだけれど」
おバカさんにも分かるように慎重に言葉を選びながら説明すると、さすがのオモチも理解できたようだ。
「ふむ。ンじゃあバゼルギウスの鱗は汗が固まった物ニャんだね?」
「だいたいそれで合っているよ。ただ、汗とはちょっと違う点があってね。えーと・・・・」
ここで一旦立ち止まり、また少し言葉を探すように視線を虚空に舞わせるアス。続きを催促しようとオモチが再度振り返ると、ちょうどタイミングよく言葉が見つかったようだ、アスは人差し指をぴっ、と立てて再開した。
「そうだ!汗というよりは、おっぱいに近いようなんだ。ボインのほうじゃなくて、飲む方のおっぱいね?僕別にボイン好きってわけじゃないしね?で、そのおっぱいを出す乳腺という器官に極めて似たものが、バゼルギウスの体表面近くに多数存在していることが分かっている」
無駄な言い訳を加えて説明しながら、次第に学者モードに入ってしまっていっているのであろう。アスは少しずつ立ち止まっているオモチに近づいてきながら立てた人差し指を突きつけるように伸ばしてきた。
「ただ、乳腺に近いだけあって、妊娠など何らかのトリガーがあってはじめて鱗の分泌がはじまるようでね。そのトリガーというのが恐らく・・・・」
言いかけて、オモチの鼻先にまで迫っていた人差し指が突然、止まった。
「・・・・居た」
急に声のトーンが落ちた。突きつけられた指の示す方向、自分の真後ろを見ようとゆっくりと振り向くオモチ。
「・・・・バゼルギウスだニャ!」