モンスターハンターという職業は、言うまでも無くモンスターを狩る人のことを指す。
しかし、そのモンスターを狩る目的は、大きく二つに別れる。
一つは排除。危険なモンスターが街道に現れれば旅人の安全が脅かされる。超大型種であれば、街道どころか街を襲う事もある。種によっては恐ろしいウイルスをばら撒く可能性もあるため、街や街道に近づける事さえ防がなければならない。
もう一つの目的は、モンスターから採る事が出来る非常に有用な動物素材だ。建材や塗料、服飾品に道具作り、最近では加工技術と機械産業の進歩から、飛行船や巨大兵器の材料としても大量に消費される。
それらがなくても、ハンターが扱う武器、防具のほとんどがモンスターの素材を材料としているために、モンスターと闘うために他のモンスターの素材が必要、というなかなかに奇妙な矛盾の中、モンスターハンターという職業は存在している。
「フヒーッ、疲れたあ」
今、狩りを終えハンター集会所に戻ってきたのは、リリィという小さな竜人族の女の子。彼女は後者の、モンスター素材のために特化された非常に貴重な人材であった。
「あ、リリィー!」
集会酒場の反対側、入り口から目ざとく彼女を見つけ、大げさに手を振ってきたのは、スズナ。平凡な腕の、特筆する事の無い女ハンターだ。しいて言えば雇っているオトモアイルーの数が尋常でない。
料理が山盛り置かれているテーブルをばんばんと叩いてリリィを誘導すると、いつの間に用意したのか良く冷えた渓流天然水を差し出した。
「スズナ?兜かぶってんのに、よくあたしだって分かったね?」
「リリィだもん、一目で分かるわよ」
そのピンクバケツと体型じゃ、ね。
と心の中で舌を出すスズナ。桃色の真鍮製兜を外しても、リリィは身体をまるまる包むような大きな甲冑を着込んでおり、その体型を余計に際立たせていた。
このドンドルマの街は様々な文化、種族がごったがえしており、彼女はその中でも比較的珍しい種族、小型の竜人族だ。竜人族そのものはごくごく当たり前に居るが、リリィのような小柄な竜人種族は、オトモ猫斡旋業を取り仕切る「ネコ嬢」達少数の一族のみだ。
「お疲れ様。今日はどのクエスト行ってきたの?」
受け取ったコップの水を一気のみし、ひと息ついたリリィに優しく話しかけるスズナ。そう、リリィはその小柄な体格のハンデをものともせず、ハンターの道を選んだのだ。
スズナの胸あたりまでしかない身長で、見た目は子供そのもの。甲冑を着込めばまんまるのだんごにしか見えない。公共機関を子供料金で利用出来るくらいの利点しかない身体でハンターをやれるのは、それなりの理由があった。
「今日はリオレウス希少種。街の防衛に手薄な箇所が見つかったから、耐火塗料に煌炎の雫が必要なんだって」
火竜リオレウスから採れる煌炎の雫。特別にレアというわけではないが、G級ハンターでないと入手することは出来ず、しかし利用価値、頻度は高いためにどこの街でも、どんな凄腕ハンターでも、集めるのに苦労する素材である。それを、街の防壁の塗料に混ぜ混むということは・・・・
どん。
「・・・・わお。」
リリィが荷物袋から取り出したのは、彼女の小さな身長の半分ほどもある大きな瓶。中身は確かに、白く輝く煌炎の雫だ。その名の通り、ひとしずくあれば絶大な爆炎の恩恵を得られるものを、これだけ集めるのは通常では途方もない時間がかかる。
当然、多くのハンターがたむろしている集会酒場では、みなその価値を知っている。
「リ、リリィ?そーゆー凄いモノはあんまりおもてに出さないほうが・・・・」
慌ててスズナがしまうよう促すと、リリィも具合が悪いことに気が付いたのか周りの目を気にし始めた。
「っと・・・・うん、確かに」
すぐに、貴重な素材で満タンになっている瓶を荷物袋に押し込むが、酒場内はすでにざわついていた。
「・・・・見たか今の。」
「あぁ、あの子もしかして、ギルドナイトの・・・・」
そこかしこからこちらに向けて好奇の目が向けられるのを感じる。ついでにあまり聞きたくないささやきも聞こえる。
「うわー、またやっちゃったぁ」
「不用意よぉ、リリィぃ」
テーブルに突っ伏し、顔を隠すリリィ。
特定の素材を狙って集めることができる特別な能力。今回はリオレウスを倒した後、重殻や厚鱗を避けて煌炎の雫だけを狙って剥ぎ取ってきたらしい。やろうと思えば天鱗を5枚持ち帰ってくることも可能なのだとか。リリィはその力を買われて、その見た目も手伝ってかなりの有名人になっていた。
ネコ嬢に代表される彼女ら一族は基本的に目立ちたがりで、アイドル扱いされることもまんざらではないはずなのだが。リリィには大きな不満があった。
今も集会酒場のあちこちから聞こえる、ざわめきのような噂話だ。
「さすが、"抜群のスタイル"・・・・」
「うぅ・・・・」
頭を抱えさらに小さくなるリリィ。
「うらやましいスタイルだわ・・・・」
「やめて!」
今度は逆に天井を仰ぎ見て小さく叫ぶ。
「この幼児体型をスタイル良いとか単なる皮肉にしか聞こえないんだってば!!!」
「そ、その意味の"スタイル"じゃないんだけど・・・・」
冷や汗をかきながら、フォローにならないフォローをするスズナ。彼女の種族の特徴として、どうしても子供の容姿となってしまうのだが、それが丸い身体つきのアイルー達に囲まれるネコ嬢と、すらっとしたハンター達と共に行動するリリィとでは大きく意味が変わってくる。どうやら彼女は強いコンプレックスとなっているらしい。
「呼び方の問題ってだけじゃない、"ハギトリ スタイル"って!気にしないでよ、もう・・・・」
リリィ限定の狩猟スタイルではあるが、その特殊性、有用性からハンターズギルドに正式名称として登録されてしまった。その名前が気に食わないのだったが、巷ではすっかり"ばつぐんの スタイル"という、皮肉この上ない通称が定着してしまっている。
「うぅ・・・・だいいち、他のハンター達が悪いんだってば。あたしだけしか出来ないなんておかしいよ」
やさぐれるリリィをなんとかなだめすかして酒場を出ても、家までの道中スズナはずっと彼女の愚痴を聞き続ける羽目に会っていた。
「ああ・・・・ちゃんと理論あるらしいね。私たちには実行できないんだけれど・・・・」
相づちを打っても聞いているのだかいないのだかよく分からないトーンで、リリィはぶつぶつと続けた。
「そりゃあ、翼から剥ぎ取れば翼爪が出るって。喉元探れば逆鱗探し当てるのなんて誰でも出来るはずなのに。光ってりゃ天鱗に決まってるでしょ、レアでもなんでもないって」
「ああ・・・・物欲センサーに全力でケンカ売ってるわこの娘・・・・」
仲の良い友人、といえど全てを共感してあげられるわけではない。無力感、とちょっぴり憐憫の気持ちでもってリリィの頭を撫でてやるススナ。
「ちなみに、煌炎の雫はレウスのどこから採れるの?」
気を紛らわしてあげようと、歩きながら質問すると、意外にもリリィは頭を持ち上げてしっかりと応えた。
「鼻腔のすぐ上あたりのあるのよ。口の中に潜り込んで切り上げることになるから、さすがにあれだけは身体が小さいあたしじゃないとあの量を採ってくるのは無理なんだけど・・・・」
「へええ・・・・」
急に瞳に強い光が宿ったスズナ。興味を持ったらしい。自分にもハギトリ スタイルがあれば・・・・と考えるのはハンターなら誰しも思うこと。今日はそのチャンスかもしれない。
「じゃあ、ええと・・・・金獅子の闘魂はどこから剥ぎ取ればいいの?」
「顎」
「アゴ?」
「そ。闘魂はしゃくれたアゴが持っているものでしょ」
急に理論が分からなくなった。
「じ、じゃあ・・・・アルバトリオンの天をつらぬく角は?」
「あれこそ簡単よ。天をつらぬいてる、つまり上を向いてる角の先っちょだけ切り落とせばいいんだもん」
「わお簡単」
部分的にでも活用できるかもしれない。そんな考えが、ふとスズナの頭をよぎったが。
(・・・・待てよ。以前この娘変なこと言ってたような)
何故か不安で不確かな記憶がよみがえってきた。確かあれは・・・・
「リリィ。前に聞いたかもしれないけど・・・・宝玉はどこで剥ぎ取ればいいんだっけ?」
リリィはこともなげに言い放った。
「股間」
「・・・・コカン?」
「ちゃんと股間で剥ぎ取れば、玉2個採れるよ」
「それじゃまるで痴女じゃないの・・・・」
いろんな意味で普通ではない友人を、うらやましく思ったり思わなかったり。スズナも、リリィと同じくがっくりと肩を落としながら、ピンクバケツをリリィの頭にがっぽりとはめ込んで大きく溜め息をついた。
急に下ネタになってしまってごめんなさい。どうして毎度毎度品の無い話になってしまうのやら・・・・。
ちなみに、当初リリィはネコ嬢2人の妹という設定を考えていましたが、その設定はボツとしました。何故なら・・・・
姉のカティはともかく、「ミル姉さん」とか呼ぶことになると色々イメージ上の問題が発生してしまうからです。
このネタが分かる人はおおよその年齢が分かってしまいますね。