重すぎる瞼を何とかして上げると、そこには閉店間際のスーパーの光景があった。
地べたに這いつくばっている自分の姿が、磨かれてピカピカの冷ケースの装飾部分に映し出されて、ようやく現状を理解することができた。
そうだ、僕は半額弁当を手に入れようとして、何故か他のお客にしこたま殴られて気絶してたんだ。
うん、字だけ見たら意味わからんな。
でも、僕はこの状況を理解することができる。
なぜなら転生者だからだ。
前世で読んだことのあるライトノベル、『ベン・トー』という作品でまったく同じ状況があったからだ。
読んだことのない人のために簡単に説明しよう。
作品の内容として、主人公が節約のため半額弁当を手に入れようとすると、しこたま殴られて気絶する。
そこで半額弁当争奪戦という狩場があることを知る。
そして、その狩場を駆け抜ける誇り高き狼たちの存在も。
うん、まぁなんか簡単に言うと世界観は半額弁当を手に入れるために、他人をボッコボコにして勝ち取るということだ。
何故、半額弁当という普通の人からしたら残り物を本気で取り合うのか。
それは参加したものしかわからないいわゆる『達成感』による最高のスパイスにより半額弁当が最高級のディナーになるからだ。
並みいる狼達と拳を交え、時に共闘し、目当ての獲物を力で手に入れる。
そういて手に入れた弁当の味は何物にも代えることができない宝物となるのだ。
そこに雄も雌も関係ない。
強いものが糧を得ることができる、まさにこの世の縮図だ。
そして無法地帯に思えるこの戦場でも、順守されるべきルールはある。
その中の大きなものとして、『豚』は徹底的につぶされるということだ。
ルールを守り、正々堂々と戦うものは勝っても負けても『狼』と呼ばれ、誇り高い戦士であるとされる。
逆にルールを守らず、和を乱すような行為をするものは『豚』と呼ばれる。
例えば、お弁当に半額シールを張られる前から弁当を確保し、時間になったら店員に持っていき半額シールを張ってもらう。
こんなのは最悪だ。
悪質なクレーマーよりも狼たちからしたら質が悪い。
半額弁当争奪戦は半額シールを貼る半額神と呼ばれる存在(店長)がシールを貼り、バックルームへと戻るまで始めてはならないというルールがある。
それを厚顔無恥にも扉が閉まる前に手にしたり、シールが貼られるまでずっとお弁当コーナーでぺちゃくちゃと話してたりすると『豚』だ、駆逐されるべき豚と呼ばれるのだ。
つまるところ、先ほど僕がぶっ飛ばされたのはそういった理由があるわけだ。
なるほど、わからん。
何故、よりにもよってベン・トーの世界?
どうせならハーレムものの漫画に転生したかった。
正直、かなり昔に読んだ本だからほとんど覚えてない。
斬新な設定だったからそれだけは覚えてる。
しかし、こんな目にあってまでも半額弁当に拘るのはあほらしいな。
次からは栄養が偏るけど、100円マックとかで済ますか…いや待て。
僕は転生する前、なんて思っていた?
美味しいものが食べたい、だ。
もうカップラーメンは飽きたのだ、いや美味しいけど。
それでも僕は、新しい発見をしたい。
新しい感動に出会いたい。
そう思うと自然と握り拳を作り、歯を食いしばっていた。
おぉ…なんだこれは。
久しく忘れていた激情が腹の中をかき回す。
たった1年間の社畜人生だったが、それでも地獄だった。
日に日に何かを失っていくような思いの中、それでも何もできずに腐っていくだけだった。
大きな声で叫ぶことも、全力で走ることも、何かを食べておいしいと感動することもなかったあの日々。
正直、自分でも驚いている。
まさか、自分にまだこんな感情が残っていたなんて。
知らずのうちに笑顔になっていた僕は、半額弁当争奪戦に本格的に参加することを決めた。
幸いにして、5歳の時から体を鍛えていた。
そして、不思議なことにこの世界には僕がいた世界の漫画の多くが存在していない。
まだ作者が現れていないだけかもしれないが、それでも好都合だ。
憧れだった漫画のキャラクターの技を僕は死ぬ気で練習してきた。
もちろん、再現可能なレベルのものに限る。
ビーム?何それおいしいの?
とにかく、誰も知らない技を僕は扱うことができる、これは争奪戦に於いてかなり優位になるポイントのはずだ。
転生して、初めてこんなに気分が高ぶってきた。
やってやる、誰にも負けてやらない。
最後になるがこの世界における僕の名前は『新道
見事にキラキラネームだった。
ライオンキングか。