ベン・トーの世界に転生者がいたら   作:アキゾノ

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今回もほぼ原作沿い…でもこのシーンはいれたかったんじゃぁ
2巻分は10話までで終われそう!


7食目

ここは丸富大学、庶民経済研究部部室。

その部屋の主は、電気もつけず、闇の中一人震えていた。

 

「ようやくだ…」

 

「はっ」

 

そしてその声に追従するかのように、【ガブリエルラチェット】頭目、二階堂が声を出す。

ここ半年ほど、彼以外の【ガブリエルラチェット】のメンバーはこの部室に近寄らなくなっていた。

 

「麗人が従弟であるHP同好会に情報を漏らしたことを確認、計画通りに進んでおります」

 

そして二階堂はキーボードをたたく。

その音を合図に、スクリーンに地図が浮かび上がり、いくつもの矢印が時間帯と共に東から西へと向かう。

 

「いくつか状況は変わりましたが、再度編成を改め、準備は滞りなく進んでおります…が、何名かの【二つ名】持ちがこの作戦から離脱、急遽、犬で埋め合わせてる狩場もあります」

 

「構わん、好きにしろ。どれだけ負けようと、俺が勝てばいい」

 

声の主は震える。

この作戦が終わるとき、名実ともに自身が最強となるのだと確信しているからだ。

…思えばどれだけの刻を過ごしてきただろう。

幾たびもの戦場を超えてきた。

勝利も敗北も、数えきれないくらい喰らってきた。

そのすべてがこの時のためであった。

彼は、多くの狼とは違っていた。

弁当を喰らうのは、ただ空腹を凌ぐ為でしかなく、彼が求めたのはそれ以上のものだった。

一代目【帝王】。

彼女の生き様を、戦う姿を見て、その強さに美しさに憧れた。

自身もそうありたいと思った。

だから彼は持てる力全てを使い、彼女を叩き潰し、彼女にとって代わった。

周りからどれだけ蔑まれようとも、勝った者こそが勝者なのだ。

憧れた【帝王】の称号を手にし、その配下である【ガブリエルラチェット】を従え、東区の王となった。

その時はたまらない快感で目指した者の全てを犯したように思えた。

しかし、何かが足りない、そう感じるようになった。

かつての【帝王】と自分。

何が足りない?

答えはすぐに出た。

かつての【帝王】は、その帝王が君臨する庶民経済研究部は、その庶民経済研究部を有する東区は最強であった。

しかし、最強同士の戦いの末、軍配が上がったのは西区最強の【魔導士】だった。

すなわち、帝王の名に、庶民経済研究部に、東区に傷がつけられたのだ。

であればこそ、その傷をつけた張本人を叩き潰すことで、かつての【帝王】すらも超える最強の存在に至れる。

モニターでは東区から西区へ延びる矢印は数を増やしていき、やがてスクリーンは真っ赤になった。

興奮は止めどなく。

獣は吠えた。

 

「15時間後、計画を実行する。この計画に中止はない」

 

真の帝王となるときがやってきた。

 

「西区の狼に宣戦を布告せよ…歴史を作るぞ」

 

彼は丸富大学経済学部経済学科、遠藤忠明。

最強の座を目指し、東区の狼を統括する存在へと至った白き獣。

かつては【パッドフット】と呼ばれし化物は【ガブリエルラチェット】を従え、東区最強となった。

荒く猛々しく、エゴの塊である彼を、人は【帝王】と呼んだ。

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

 

午前5時。

霧がかかる公園に佐藤及びHP同好会がそろっていた。

佐藤と白粉は理由も知らず槍水に誘われてこの場にいるのだが、本人である槍水は口を堅く閉ざし、何かを待つように目を閉じている。

寝起きで髪もボサボサ、ゾンビのような白粉を見ながら佐藤は青春は甘くないという事を強く想った。

 

「そろそろ時間だな…」

 

その槍水のつぶやきと共に周囲に無数の気配が湧き上がる。

深い霧の向こうから幾人もの男女の声が反響した。

 

―――気配の消し方もわからん若いのがいるようだが?―――

―――いいじゃないか、誰でも最初はそうさ―――

―――魔女の仲間か?―――

―――どうでもいい、要件を済ませよう―――

―――魔女よ、この情報は確かか?―――

 

公園の中、まるで深い森の中にいるかのように、声が反響して誰がどこにいるかもわからない。

 

「あぁ、その情報を流したのは私だ。狩場以外でこうして集まるという異例のこととはいえ、かなりの数が集まってくれたことをまずは礼を言う。

【帝王】の計画を知り合いに流し、腕利きを招集できたのだが…」

 

―――まるで自分がリーダーのような言い草だな―――

―――構わんさ―――

―――いいから早くしろ、この後バイトがあるんだ―――

―――世知辛いことを言うな、テンションが下がる―――

―――せっかくの祭りだ、楽しめよ―――

―――しかし【帝王】か…パッドフットが出世したものだ―――

―――化物が大きく出たな―――

―――哀れだ―――

―――見苦しい―――

―――腕利きの狼を動員したところでなんだというのだ―――

―――最近、東区からの遠征組を見かけたが、それで西区の狩場の何たるかを理解できたとは到底思えんのだが―――

―――向こうもそれは理解しているだろう―――

―――では今回の騒動に何の意味が?―――

―――意味などないさ―――

―――東区の連中は祭りに参加しているだけさ―――

―――俺も含めて狼はこの手のイベントが大好きだからな―――

―――あたしのような若い連中はこういうイベントは初めてだからね、そのせいもあるのさ―――

―――それだけじゃない、東区には変に統括組織なんてものがあるから狼どもは変な息苦しさを感じてるんだろう―――

 

「統括組織?」

 

佐藤の声に若いな、とでもいうように答えが返ってくる。

 

―――丸富大学に存在する庶民経済研究部というサークルだ。詳しくは誰も知らん―――

―――だが誰もがその名を知っている―――

―――かつて東区は無法地帯だったのさ―――

―――《豚》が多すぎた―――

―――養豚場のようだったと聞く―――

―――通常であればその場にいた狼で対処するのだけど、数が多すぎて《豚》が群れ始めたのよ―――

―――情けなくも手に負えなくなった―――

―――その時、単独行動を常とする狼達をまとめ上げ組織だって行動する者たちが現れた―――

―――組織的に、そして戦略的に《豚》を駆逐して回ったらしい―――

―――当時のメンバーは《豚》さえ駆逐できればよかったのだろうが、皮肉にも上位組織としての色合いが強くなってしまったらしい―――

―――いつしかそのトップに一匹の狼が就任した―――

―――初代【帝王】―――

―――彼女の生きざまは狼達でさえ憧れるものであり、そして【ガブリエルラチェット】のような諜報組織が自然と彼女のもとに集う事となった―――

―――パッドフットもそのメンバーだったのだろう?―――

―――知らんよ、興味もない―――

―――暴れ者として有名だったらしい―――

―――そして初代【帝王】は西区最強の存在と戦った―――

―――歴史の一頁だ―――

―――激しい戦いだったと聞く―――

―――そして【帝王】は敗れた―――

―――その直後、パッドフットが【帝王】に勝負を仕掛け、こちらもまた【帝王】を打ち負かした―――

―――【帝王】は【魔導士】との戦いの傷が癒えてなかったのだろう?―――

―――姑息だな―――

―――豚だ―――

 

「話がそれているな、どうする、皆で昔を懐かしむか?」

 

―――その通りだ。俺はこの後バイトが―――

―――お前ちょっと黙れ―――

―――しかし…何を話すというのだ―――

 

「昨夜、私が皆に招集をかけたのと同時くらいに【ガブリエルラチェット】からメールが届いているはずだが…受けていない者はいるか?」

 

キョトンとする佐藤と白粉に、槍水はプリントアウトされた1枚の紙を渡す。

そこには複数のスーパーの名前と、1~5までの数字、そしてその横に弁当の名前が記されていた。

 

―――宣戦布告のメニュー表か―――

―――ふん、一応人気順にはなっているが、舐められたものだ―――

―――だが、明確な勝敗があったほうが後腐れがなくていい―――

―――これって1位の弁当を獲ったやつが勝ちという事でいいんだよな?―――

―――やばいな、俺の縄張り、嫌いな弁当が1位になってやがる―――

―――ならば負けろ―――

―――負けて縄張りを明け渡せ―――

―――なるほど、そのための招集か。1位の弁当が嫌いな奴がいたら変わりそこに誰か行け、という事だな?―――

―――くだらん、好き嫌いするやつが愚かなのだ。うまいものはうまい、それを享受できないやつはクズだ―――

―――哀れだ―――

―――見苦しい―――

―――小学校の給食で何を学んだ―――

 

「お前たちはおしゃべりでいけない。話を戻す、招集の目的は当日何らかの用事があって狩場に行けない者、もしくは自分の縄張りの1位の弁当が苦手なものは代わりにだれかそこに向かってほしい。向こうに逃げたと思われたくない」

 

―――俺、その日バイトが―――

―――お前もう帰れよ!―――

―――なら私がそこを受け持つわ。どうせあたしの縄張り、今日も【ダンドーと猟犬群】が来て弁当根こそぎ持ってかれちゃうだろうし―――

―――ダンドーが動いている?―――

―――おかしい、まだそんな時期ではないだろう―――

―――どうも昔の教え子が一ヶ月で2組も結婚したらしくてな、半個小隊の諭吉が出撃したまま未帰還だそうだ―――

―――帰還されても困るけどな―――

 

「あの~、僕らみたいに縄張りを持ってない狼はどうしたらいいですかね」

 

「お前たちには私の縄張りの一つ、アブラ神の店を受け持ってもらおうと思っている」

 

微笑みながら言う槍水に周りの狼たちは苦笑する。

 

―――魔女の縄張りを、か。大きく出たな―――

―――大役だ、務まるのか―――

 

「かまわんさ」

 

―――待て、アブラ神の店はお前の縄張りなのか?―――

―――確かに、今や【ゴキブリ】が主だと大半のものが思っている―――

 

【ゴキブリ】という【二つ名】にその場にいたものが反応する。

 

「ヤツに縄張りなぞないさ」

 

いつもの仏頂面で、しかしどことなく声が弾んでいるような気がしたと、槍水は自身で思う。

 

「さて、これで話は終わりだ。この場にいる者同士もぶつかることがあるだろうが、手加減抜きだ。遠慮せず楽しもう。言うまでもないことだがな」

 

槍水がそう締めくくると、ひときわ大きな気配がその場を支配する。

見れば、公園の奥深く。

霧が立ち込める噴水の前に人影がある。

槍水が目を見開き、佐藤もまた見覚えのある姿に反応する。

 

「勝利とは何か…面白半分でやってくる連中を追い返したところでパッドフットは意にも介さないだろう」

 

―――【魔導士】…―――

―――来ていたのか―――

―――何が言いたいのだ?―――

 

「俺に守るべき縄張りはない」

 

放つ言葉にそれだけで身を引き裂かれるようなプレッシャーがある。

 

「今回の一件も…いい加減彼女の名を奴に預けておくのも不愉快だ。俺が引導を渡してやる」

 

そう言い放ち、姿を消した【魔導士】。

ここにいる者たちはそれぞれが強者だ。

しかし、たった一人に呑まれてしまうほど、最強の称号は大きく遠かった。

 

 

 

「あれが最強の【魔導士】?なんだか思ってたよりも筋肉が少ない…あ、でもそういうやせ型の人にサト、サイトウが襲われたほうがシチュエーション的には燃えるかな。ドMのサト、サイトウ的にも、悔しい、でも感じちゃうっていうかつてない快感が…あぅ」

 

ただ一人のクリーチャーを除いて。

 

 


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