この土日を乗り切れば、3連休が待ってるんだ…
今回もほとんど原作沿いです…許してくれメンス…
次の話から創作に戻れるはず…
よろしくお願いします!
その男の名前は、二階堂と言った。
【帝王】から佐藤を庇い、ダウンしバックルームに運ばれたものの佐藤が目を覚ます前に去っていった狼…いや、犬だ。
【ガブリエルラチェット】の頭目。
それが彼の犬としての姿だった。
二階堂を含め、その場にはすべての【ガブリエルラチェット】が招集されていた。
そして目線の先には、彼らが使える【帝王】が勝利の証を手から下げて、夜道を歩いてゆく。
「いささか危なかったが、これで予定通りに事が進む」
その言葉には確かな重みが感じられた。
事実、あと少し【帝王】自身の到着が遅れていれば、HP同好会の面々は弁当を獲り、争奪戦から消えていた。
「しかしあれだけ佐藤洋を痛めつけてしまえば、麗人は向こうについてしまうのでは?いくら実力ではなく見てくれからついた【二つ名】とはいえ、戦力は少しでも…」
二階堂は唸るが、【帝王】は一蹴する。
「構うものか。元より向こうに着くことが前提の計画だったろう」
「しかし今の状況となっては少しでも…【ヘカトンケイル】も連絡がつかなくなっていることで…」
先頭を行く【帝王】が立ち止まり、二階堂を見る。
「ふん、それでか?…馬鹿が。くだらん。いいか、もう一度言う。この計画では勝つことが全てだ。他でどれだけの被害が出ようとかまわん。お前は余計なことを考えるな。犬の考えなど浅はかなのだ…それとも、まだ、喰らうか?」
殺気を放つ【帝王】に二階堂は思う。
この男の眼には自身しか映っていない、そんな奴が東区を統治する最強の座にいることに吐き気がする。
自身のことを第一に考える、それ自体は間違っていない。
それでこそ狼としての姿だ。
それでこそ、あの場を走る者として正しい姿だ。
他者を押しのけ、自らの牙で獲物を勝ち取る。
しかし、ならば…そうであるならば…一頭の獣として駆けるべきなのだ。
組織の頂点にふんぞり返ってる存在が狼なわけがない。
二階堂はもうこの場で何もかも投げ捨ててしまいたい気分だった。
「ルールを守り、掟に順守する…問題あるまい?」
二階堂は自身の手で首を絞める。
そうでもしなければ目の前の男に飛び掛かってしまいそうだった。
こんな男が、あんな作戦を立てる男が、彼女から卑怯な手を使い最強を奪った男がルールを語る。
吐き気がする。
狼はその昔、騎士と呼ばれていた。
その騎士たちが長い歴史をかけ、暗黙の了解を作り、礎を築いていった。
決して侵してはならぬ魂の約束。
それをこの男は自分の良いように解釈して捻じ曲げている。
騎士はやがて狼と名前を変えたが、決して畜生に堕ちたわけではない。
だが…我々は…と二階堂は…。
「仰る…通りです」
二階堂はこらえた。
狼としての誇りを押さえつけ、犬としての自身を実行する。
我は犬、主に仕えし忠犬。
目の前の男に鎖を預ける。
(…今更、変えようもないじゃないか)
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僕たちは、バックルームにて弁当を食べていた。
半額神であるまっちゃんが、送っていく前に時間も時間なので、食事を先に済ませてしまえとの事だ。
槍水が半額神である、まっちゃんについて話してくれる。
なんでも彼女は約半年前までは東区最強の狼だったらしい。
「それって、【魔導士】よりもですか?」
「いや、あくまで東区内でだな。
彼女がスーパーから姿を消す前、ついに頂上決戦があぶら神の店で行われた。
ただそこの麗人のように、どちらかが挑戦してきたのではなく、偶発的に起こったそうだ。
昔から、彼女はそういう性格だったらしい。特定の縄張りを持たず、ふらっと遠方に現れてはそこの縄張りの主を倒す…美学なのだろう。
【二つ名】を有する名うての戦士ではなく、一頭の狼としてあろうとした。
当時を知るものはそう語る」
「それで対決はどうなったんですか?」
白粉が興奮気味に聞く。
「残念ながら私はその場にはいなかった…が、凄まじかったとだけ聞く。
平常時の争奪戦ならそうはならなかったんだろうが、その夜は月桂冠が出た。
当然誰しもがそれを狙う。ここに頂上決戦が行われたのだ。
どのような戦いだったかはわからない。【魔導士】も彼女も、その場に居合わせた誰もかれもが、今に至っても口を閉ざす。
まるで自分たちだけの宝物のように、訪ねれば凄かったと笑みを返す。
月桂冠は【魔導士】が獲った…だが、その夜、【魔導士】が路上で倒れている所を発見された。そのすぐ横には空の弁当の容器だけ落ちていたらしい」
「はい?」
「これは【魔導士】本人から聞いた話になるが、どうも家に帰るだけの力がなかったらしく、しかし弁当だけは残すまいと路上で倒れたまま食べ切ったらしい」
想像もつかない。
あの【魔導士】がそこまでになるなんて。
「そしてその戦いの後…まあ、色々あってな。学生結婚をした彼女は一線を退き、新設されたこのスーパーで店長を任されることになった。そして彼女の作ったザンギ弁当、これが大ヒットし、一躍有名となった」
「なんですか、そのザンギって」
「濃い目に下味をつけた鶏のから揚げの事。私の生まれは北海道なんだけど、そこではメジャー料理なのよね。良かったら今度狙ってみなさい」
声のするほうを見れば、まっちゃんがいた。
「いつも最後まで残ってないじゃん。残ってても基本、月桂冠だし…」
著莪が言う。
「頑張んなさい。さ、そろそろ送るわ。若いんだから夜は早く寝なきゃだめよ?」
僕らは言われるがまま車に乗り込み、そして出発した。
ふと疑問に思ったことを僕は尋ねた。
「まっちゃんって、【二つ名】から来てるんですか?」
「うーん…そうと言えばそうだし、もともとの名前からも来てるのかな。旧姓が松本で今が松葉なの」
「【二つ名】はなんていうんですか?」
槍水先輩がなにか言おうとしたが、まっちゃんが制して口を開く。
「【オオカバマダラ】。カナダからメキシコに異動する蝶の名前よ。私って特定の店にいつかなくってさ。あっちにフラフラこっちにフラフラしてたら着いたの。髪も見てのとおり斑模様でしょ?その辺から来たみたい」
「なんで縄張りを持たなかったんですか?」
「私、束縛って嫌いなのよね。するのもされるのも。だから自由に好き勝手やってた」
彼女の話を白粉は必死にメモしている。
「男に変換すれば…特定の相手を作らず、その日ごとに…それで今夜の獲物はサト、サイトウとシドウに…」
と不可思議な専門用語を口にしていた。
とりあえず彼女の後ろ髪を引っ張っておく。
「まぁ…今のあの子たちを見てると、ちょっと、自由すぎたかな」
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車で送られた後、僕は著莪と二人駅まで歩いた。
著莪が何か話したいことがありそうな顔をしていたから。
子供のころから一緒だったから、こういうのは何でかすぐわかる。
「ちょっと待って…今テンション切り替えるから…」
そう言った著莪は、おちゃらけた雰囲気から【湖の麗人】の顔へと変わった。
「東区全【二つ名】持ちによる西区への侵攻、制圧作戦…主導者は【帝王】」
「…は?」
「もちろん私もその参加者。魔女の縄張りの担当になってる」
そういえば【帝王】が僕の胸ぐらをつかみ、その血でもって開戦の狼煙となれ、とか言ってたな。
それがこの事?
侵攻?
制圧?
どういうことだ?
「本当は機密事項なんだけどさ。簡単に言えば明日、一夜限りの西区に東区の狼達で攻め入ろう、っていうお祭りさ。これだけ聞いたらおもしろそうじゃない?」
確かにそれだけ聞くと楽しそうだ。
主導者が【帝王】じゃなかったらだけど。
「【帝王】の飼ってる【ガブリエルラチェット】っていう連中が西区の狼の情報を調べ上げて、相性のいい狼を送ろうって話。
とはいってもアタシは捨て駒だったけどね。アタシじゃ…というか普通の【二つ名】じゃ魔女には勝てない。やってみて分かった。新人のアタシは頭数揃えるため、建前上の対抗馬」
そういった著莪の顔はなんだかさみしそうだった。
「なんでそれを僕に?機密事項なんだろ?」
「【帝王】が嫌な奴だから。そんな作戦に乗ったことが嫌になったのさ」
…半分は事実なんだろう。
だけどそれだけじゃないって感じた。
「…あとは、リストにあんたの名前が載ってたからさ。リストってのは優先して潰すっていう意味ね。というかHP同好会の名前は全部載ってた。だから、その、注意くらいしといてやろうかなってさ」
そう言ってほほ笑んだ彼女はやっぱり昔と変わらない、僕の従妹だった。
「魔女にも言っといて」
抱き着いてきた著莪は、僕にそうささやいた。
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僕は今茶髪に迫られている。
これだけ聞くと、ハーレムルート突入待ったなしなのだが、現実はそう甘くない。
「あの…茶髪?ちょっと離れてくれない?」
「あなたがその紙を見せればね」
横を見れば【ヘカトンケイル】が何とも言えない顔をしている。
今夜も争奪戦で【ヘカトンケイル】と戦った後、話を持ち掛けてきた。
何でもいよいよ明日、侵攻作戦が行われるらしい。
明日も負けないぜ!とか、【帝王】と戦ってみたいな!とか談笑していると茶髪に話を聞かれてた。
ある程度の話を聞かれていたみたいで、怒ってるみたいだ。
まあ、自分たちは何も知らされずに頭の上を飛び越えて物事が進むといい気はしないよね。
ただ、僕も男だ!
そして茶髪が見たいと言ったのは僕が手にしているこの紙。
【ヘカトンケイル】からもらったこの紙には東区の【ガブリエルラチェット】が作ったランキングが載っている。つまるところ1位の弁当を獲ったやつが勝ちという事だ。
この紙が見たかったらそれなりの誠意を見せてもらわないと――
「見・せ・な・さ・い」
あ、はい。
両手で差し出す。
そして握りしめた紙がくしゃくしゃになっていく。
あぁ…怒ってるなぁ。
「別にあなたたちに怒ってるわけじゃないわよ。無視した連中に怒ってるの。なによこのランキングは!」
アブラ神の店のランキング1位、そこに書いてある弁当の名前は『一番長い名前の弁当』だった。
「いや、この店の弁当は半額神の気分によって変わるからよ…名物っていう名物がないっていう理由で」
「黙りなさい」
言い終わる前に【ヘカトンケイル】を睨み黙らせる茶髪。
「この紙は、他の狼にも渡させてもらうわ…いいわね?」
「「あ、はい」」
ズンズンと歩いていく茶髪。
それを見送る僕らは何とも言えない気分となった。
「じゃぁ…また明日な」
「…うん、なんかごめんなさい」
「気にしてねぇよ…」
…何とも言えない気分になった。
「あ、一つ聞きたいんだけど」
僕は聞いておかなければならないことを【ヘカトンケイル】に聞くことにした。
「【帝王】ってどこの店に現れるの?」