ベン・トーの世界に転生者がいたら   作:アキゾノ

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今回は原作沿いのお話を。次は早めの更新を予定しております。


2食目

新道が【ヘカトンケイル】と戦い勝利した夜、同時刻別の場所でHP同好会の白粉と佐藤は頭を抱えていた。

というのも彼らがいるのは新道とは別のスーパー、狼達からはジジ様の店として呼ばれる店であり、【半値印証時刻】がここら一帯のスーパーで比較的夜遅い時間帯に訪れる、いわば最後の砦的な店なのだがそれは他の店で負けてきた狼達が集う場所であり、当然後がない故、腹の虫が極限まで高められた激戦必須の店として有名である。

佐藤と白粉はここをホームとし、日々糧を得ている。

そのほとんどがどん兵衛なのは言うに及ばず。

そんな彼らが頭を抱えているのにはわけがあった。

今宵、残された勝利の数が4つといういつも以上に厳しい戦いが予想されることと、先輩である【氷結の魔女】こと、槍水仙までもがこの場に来たという事である。

 

―――まじか…【氷結の魔女】まで来やがった

―――もう弁当4つしか残ってないのに…

―――やめた、今日は無理だ

―――お腹空いた…

―――勘弁してくれ…

 

こんな悲鳴染みた声がどこからともなく浮かんでは消えていく。

佐藤たちからしたら頼れる先輩の登場ではあるが、HP同好会には「部員同士争ってはいけない」という掟があり、故に選べる弁当が狭まれるという事と、先輩の手前、格好悪いところは見せられないというプレッシャーに頭を悩ませているのだった。

…白粉が頭を抱えている理由は単に彼女が書いている小説のネタがイき詰ってるに他ならないのだがそんなことはどうでもよくって、今宵、この場は荒れるだろう。

 

「佐藤たちもここだったか…こんなことなら早い時間に違うところで獲っておくんだったな…」

 

ダーク系のアイシャドウ、刺々しい雰囲気をまとう髪の毛、カルバンクライの香りを漂わせそして黒いストッキングと言い退化したようなトレンドマークと言ってもいいブーツを鳴らし、槍水は佐藤たちのもとへ歩いてきた。

 

「珍しいですね、先輩がここに来るなんて」

 

「あぁ…友人たちと話し込んでいたらこんな時間になってしまってな…」

 

どことなく申し訳なさそうに言う槍水に、佐藤は苦笑しながら、首を振る。

 

「今夜はサバはなしか…なら私は『五目あんかけやきそば』を狙う」

 

暗にその弁当に手は出すな、という事なのだが佐藤からしたら申し訳なさそうにした次の瞬間にいきなり強引な態度の先輩に若干押されながらも、先輩らしいとまた一人、苦笑した。

そして槍水はそのまま腕を組み、目を閉じて精神を集中させる。

佐藤も精神を集中させようとし、ふとある顔を思い出す。

それは新道という、同時期に狼として歩み始めたライバルであり、リベンジを誓った相手のことである。

弁当を食べるために、その場にいる全員を倒すという狼としてはある種、異質な性質を持つ彼は、強く【二つ名】持ちだった。

【ゴキブリ】という冗談かいじめのような名前だがそれでも【二つ名】があることが羨ましかった。

リベンジを果たすためにも、今日は槍水の力を見て自分のものにするいいチャンスであると考え、それはそれとして、弁当への思いを張り巡らせる。

 

その時、バックルームのドアが開いた。

そこに現れたるはこの店の半額神、ジジ様だ。

彼は一礼をし、精肉コーナーを陳列させ、その足で弁当コーナーへ向かう。

さぁ、ここから喰らい、喰らわれる戦いが始まる。

周りの狼達も今か今かと身構えるが、ジジ様は弁当の前で足を止めたまま動かない。

いつもなら淀みない動きで、弁当へ半額シールを貼っていくのだが今日はその芸術的なまでの動きがない。

 

場が騒然としだした。

BGMのお魚天国だけが軽快に響く。

 

まさか…そんな考えが全ての狼の頭によぎった。

じわりとした嫌な汗が背中を伝う。

今宵残された弁当は4つ。

現在の30%引きの商品でも、もしかしたら誰かが買うかもしれない。

そうジジ様は思ったのか、弁当を綺麗に整列させてバックルームへと戻っていってしまった。

…え、嘘だろ!?まさか、冗談だよね!?

そんな心の声が聞こえてくるのが手に取るようにわかるほど、この場の狼たちは慌てふためいた。

槍水は目をつぶり、腕を組んだままただ黙しているのみ。

1分、また1分と無常に時が進んでいく中、一人の男が弁当コーナーへと吸い込まれるように歩いて行った。

無論、弁当は30%のままである。

 

「…不味いな」

 

槍水がそう呟く。

そう、男は狼であり、今宵半額弁当争奪戦に赴いた気高い餓狼なのだが、この空気に耐えられず、30%の弁当に手を伸ばそうとしていた。

その場にいる狼すべてが固唾をのんで見守った。

 

男は弁当を前に、俯いていた。

手を伸ばせばもう届く位置にそれはあり、恐る恐る、弁当に触れようとしていた。

 

あぁ、止めろ!

全員が心の中で叫んだ。

 

弁当が欲しい、だけどそれは競い合ったうえでの半額弁当だ!

お前だって、勝利のスパイスが入った弁当を望んだからここにいるんじゃないのか!?

その気持ちが伝わったかのか、彼の手は面白いほど震えている。

ドクン、ドクンと胸の鼓動が聞こえる。

それは一匹の狼を見守る全員の鼓動だったかもしれないし、今まさに決断を迫られている一匹の餓狼の鼓動だったかもしれない。

名も知らぬ、どんな狼かも知らない。

だけど、ここにいる皆は気持ちは同じはずだ、一つのはずだ!

批判ではなく、応援を送る。

心の弱さに負けるな、【半値印証時刻】は必ず来る!

だから…だから頑張ってくれ!

彼の震えは指先から体全体へと伝わっていった。

 

「…諦めるな」

 

BGMにかき消されそうなその声は、誰が発したものかわからない。

だがそれでもその思いは全員のものだ。

負けるな…負けるな…負けるな!

 

そして男は天井を見上げ、額に手を当てた。

結論が出たのだろう。

大きく息を吐き、弁当に触れることなくその場を離れていった。

その歩みはなんとも力強く、見るものを鼓舞せんとする大きな一歩だった。

彼はあきらめなかった。

【半値印証時刻】になって、半額弁当になっても確実に手に入るわけではない。

それでも、彼はそれを選んだ。

この瞬間、彼は勝敗を超えた誇り高い狼になったのだ。

新たな戦士の誕生に、その場にいた狼たちは心の中で最大級の称賛を送った。

 

「頑張ったな、あの男。あそこまで行って引き返すのにはかなり勇気がいることだろう」

 

槍水の言葉に、佐藤は笑みを浮かべながらえぇ、と答えた。

 

「今宵集いし狼たちの中からはもう脱落者は出ないだろう。あとは時間を待つだけだ。

あんなものを見せられたらジジ様も半額にしないわけにはいかんだろうしな」

 

そう言う槍水の顔もまた、微笑を携えたものだった。

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

あのやり取りのあと、仕方ないなぁという顔でジジ様が弁当に半額シールを貼っていった。

その瞬間、勝負は始まった。

あの弁当コーナーから引き返した男は宙を舞っている。

絞られた雑巾のようにグルングルンときりもみ飛行しながらである。

しかも地面に叩きつけられた後に、負け犬は邪魔だと言わんばかりに他の狼に蹴り飛ばされお菓子コーナーを転がっていった。

現実とはあぁ無常だ。

彼が今後また、争奪戦の場に現れることを切に願う。

 

 

 

 

 

結果から言うと今夜の勝負は、【氷結の魔女】、茶髪、そして名もない狼が勝利を得て終わった。

 

佐藤がどん兵衛を買い、レジを抜け槍水と高校へ戻る途中、フルフェイスを被ったライダーに目が行った。

一瞬、最強と名高い【魔導士】かと思われたが体格もバイクの種類も違った。

 

「あっちゃ、終わってんじゃん…あそこの情報もあんまりあてになんないなぁ」

 

フルフェイスのせいか、くぐもった女性の声に、佐藤はどこかで聞いたことある声だと思ったのだが槍水が早く行こうと言い、袖を引っ張るので佐藤は思考を放棄した。

 

烏田高校に戻った槍水と佐藤はHP同好会がある5階まで階段で登る修業のような道のりを経てドアノブを回す。

するとそこには一匹のクリーチャーがいた。

 

「『もう俺のケツは限界だ、頼む、許してくれ…サト…サイトウはそう泣きながら許しを請うが』…ここらへんで一発出しといたほうがいいかなうん、よし、そうしよう」

 

一気に食欲の失せた佐藤だった。

 


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