読んでくださった皆々様には感謝感激です。
お気に入り登録してくださったり、誤字報告してくださった方たちにも本当に感謝してもしたりません。
そして感想を書いてくださった方たちには…何度言っても足りないですがここに最大級の感謝と謝罪をさせていただきます!
仕事が結構、忙しくなってきて更新が出来なかったときが続いたのですが、それでも応援してくれたり、久々に更新できたときに「待ってました」とそんな温かい言葉をかけていただけ、柄にもなく更新せねば!と使命感にかられここまで来れました。
しかしあまり時間が取れず一気に書き上げたものですので、多分いつか書き直したりすると思います。
次から2巻目に入りたいのですが、更新速度が気になるところです…。
が、もしもよろしければこれからも細々と続けていくので、お付き合いしていただけたら嬉しいなぁと思います。
これからもどうかよろしくお願いします!
響き渡る怒号。
本能をむき出しに、恥も外見もなく。
この場の秩序は崩壊した。
誰もかれもが必死に手を伸ばす。
邪魔をするものは叩き潰す。
それが先ほどまでは共闘をしていた相手だとしても。
「…は、はは、はははははははは!」
そうだ。
それでこそだ。
これこそが僕の望んでいた戦い、渇望していた争奪戦だ!
「もらった!」
名も知らない狼が弁当を手にしようとする。
それを❝暗記時間❞で完璧にカウンターを合わせることで鎮める。
先ほどの演説が効いたのか、尾張忍者の秘儀を喰らってもなお、この場の狼たちは持てる力をもって食らいついてきた。
まだ誰も弁当を奪取できていない。
乱戦の中、僕はとある相手だけは見逃さないように常に視野に入れていた。
白粉である。
彼女はこういう乱戦でこそ輝く能力を持つ。
今も、するりするりと合間を縫って最前線へ来ようとしている。
しかしあと一歩のところで踵を返し、また乱戦の中へ戻っていく。
僕が見ていることに気付いている…わけではないようだ。
きっと佐藤君の手助けをしようとしているのだろう。
佐藤君と猟犬群との確執に、同じHP同好会の彼女は協力してあげたいとそう考えているのだろう。
ならその前に、僕は僕で邪魔な狼達を駆逐する。
「楽しいなぁ、おい!」
そう言い、狼の頭を掴み、地面に叩きつける。
「くそが!」
最前線、しかも弁当に背を向け向かってくる狼達を迎撃する僕を心底憎いという目で睨んでくる狼達。
その後ろから一頭の雌狼が回転蹴りで不意を打つ。
茶髪だった。
茶髪の攻撃がクリーンヒットし、また狼が沈む。
その瞬間を狙って僕は茶髪に❝卜辻❞を試みるがバックスウェーで躱され、その上バックしながら蹴りを入れられた。
やはり茶髪、強し。
「弁当がすぐそこにあるのに…獲らずに攻撃してくるなんてね」
「それが僕の闘いだからね。全員倒したうえで食べる」
「私がとって、泣かないでよ?」
「…むしろそれを望むよ」
僕と真正面から戦ってくれて、しかもその上で打倒を果たしてくれる強者の存在を僕は望んでいる。
負けるつもりはさらさらない、けど越えられないような強敵こそが僕の望む敵だ。
拳と拳がぶつかり合う事数十回。
もはや衝撃波さえ出ているのではないかというほど大気を揺るがすその攻防に、周りの狼も巻き込む。
「楽しい!」
思わず叫ぶ。
茶髪も笑っている。
あぁ、もっと、もっとだ!
この時間よ、永遠に続いてくれ。
しかし、そうはいかない。
茶髪は僕よりも強かだった。
再度拳がぶつかり合うというところで、急に下がった茶髪を見て怪訝に思う僕だったが、その意図に気付いたとき、背筋を嫌な汗が伝った。
ここにきて猟犬群の第一陣が他の狼を押しのけ最前線へやってきた。
それだけならまだいい。
しかし、僕は見てしまった。
僕の苦手とするタイプ、天敵ともいえる白粉さんが、その間をまるで宙を舞う木の葉のように縫って入り込んできたのを見た。
やられた!
その感情だけが僕の心を支配する。
猟犬群を利用し、僕とぶつけさせ、その間に白粉さんは弁当を獲っていった。
一度も攻撃を仕掛けてこず、一度も攻撃を受けずに。
歯がきしむほど、体全体に力が入った。
圧倒的、敗北。
ちゃんと見ていたはずなのに、茶髪との攻防の一瞬の隙をとられた。
そして、気づく。
茶髪は!?
僕を浮遊感が襲う。
投げられた。
遠くに、ではなく宙にだ。
軽く、きっと時間にしたら1秒も浮いていられないくらいの軽い投げ。
しかしそれだけで十分だった。
茶髪が弁当を獲るには。
空中で身動きが取れないぼくは茶髪が弁当を獲る姿をただ見ているだけしかできなかった。
「ちゃお」
手を軽く振る茶髪…くそ、悔しいが絵になってる。
再び地面に立った僕は残る猟犬群たちを鉄山靠で吹き飛ばす。
残る弁当は7個。
この時点で僕と佐藤君、そして猟犬群全員が取れる可能性はなくなった。
どうする…僕も取るべきか?
いや、まだだ。
まだ足りない。
茶髪と白粉さんにしてやられた分のこのフラストレーションをどうにかしなければ弁当を食べたとしてもそれは勝利ではない。
そのためにも…佐藤君と猟犬群を倒す。
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佐藤はこの争奪戦が始まってから山原にずっと張り付かれ、前線へ行くことが出来ていない。
そこまで山原は佐藤に執着しており、それはこの争奪戦の場において悪手とされている。
しかし、それは狼にとって、であるという事を忘れてはいけない。
猟犬群は全員が弁当を獲れるシステム。
突出した力を持つ相手をマークしている間に弁当を奪取することも戦術の一つであり、山原が佐藤をマークするのは私怨を抜きにしてもあながち間違ってはいない。
…その場に佐藤以上にマークすべき狼が居なかったら、とすればの話だが。
爆音とともに猟犬が吹き飛ぶ。
最前線でまるで弁当を獲りに来たものを試すかのように立ちはだかる【ゴキブリ】。
山原は、自分がマークすべきは佐藤ではなくこの相手であったのではないかと心の中で思った。
しかし、それでも許せなかった。
山原は負けることが何よりも嫌いだった。
自分の誘いを、考えを否定した新道を、佐藤を潰す。
新道はまだ一人でも戦える力があるので誘いを断ったことに理解はできる。
解せないのは佐藤だ。
弱いくせに。
【魔導士】に目をかけられているとはいえまだまだ初心者の域を出ない。
今日、初めて狼となったと言ってもいい。
そんな奴に否定されたことが、何よりも気に入らない。
だから潰すのは佐藤からだ。
予定が狂ったがそれが優先事項だ。
必死で食らいついてくる佐藤を、山原は前蹴りで牽制し、よろめいたところを足払いをかけ踏みつける。
佐藤がくぐもった声を上げ、もがく。
「こっちに来れば、こんな思いをせず楽に弁当を喰えたというのに」
精一杯、侮蔑を込めて言う。
この地べたに這いつくばっている愚かな狼を山原は理解できない…理解したくない。
「これでも、まだ楽しいって…」
認めたら、理解してしまったら自分の何かが変わってしまう気がしたからだ。
「言えるのかよっ!!」
まるでサッカーボールを蹴るかのように佐藤の頭めがけて足を振りぬく。
「言えるさ!」
何とか身をよじり、息もたえたえに佐藤は吐き出す。
手をつき、ふらつく足を叱咤し立ち上がる。
嘘ではない。
佐藤は今、楽しんでいる。
【魔導士】は言った。
誰しもに負けると思われている勝負を覆す、それが楽しいと。
佐藤も同じ気持ちだ。
「山原!弁当がとられた!」
「【ゴキブリ】か!?」
「いや、名無しの狼と…白粉だ!」
「なんだと!?」
その言葉に佐藤もまた驚いた。
白粉が獲ったことに、そして猟犬群がまだとっておらず、新道もまた獲っていないことに。
乱戦の向こう側、新道が立ちはだかり、死屍累々の弁当コーナー。
立っている猟犬たちも残りわずか。
その時、新道と佐藤の眼があった気がした。
震える足に力が入る。
「…っ、俺にかまうな!全員で弁当を獲れ!新道にだけは獲らせるな!」
この瞬間、今宵の【ダンドーと猟犬群】の勝利条件は佐藤と新道に弁当を獲らせないことになった。
しかし猟犬たちのリーダーである山原は佐藤につきっきりで、残る猟犬は片手で数えるに足るまでに減っていた。
ここまで来たらもはや団体としての連携も何もなく、個としての力が求められる。
しかし…彼らはあくまで猟犬でしかない。
命令があり、仲間がおり、チームワークがあって初めて戦える。
この時点で山原を除く猟犬たちは今宵、弁当を獲れないことを悟った。
目の前にいる、黒い悪魔が嗤った。
「そら、どうした、かかってこい。
弁当がほしいんだろう?ここにあるんだ、はやくかかってこいよ。
さぁ、
逃げることはせず、立ち向かっただけ彼らは勇敢だったに違いない。
ここに猟犬たちは壊滅された。
山原は茫然とそれを見ていた。
自問する、なんだこれは、と。
今日、朝起きたときには、こんなことになるなんて思いもしなかった。
いつも通り、部活をしてシャワーを浴びて、佐藤を仲間にし、威張るだけで弱い狼達を駆逐して、弁当を喰う。
そうなるはずだったのに。
なんなんだこれは。
たった一頭の狼に、自分を除くすべての猟犬がやられるなんて…。
壇堂先生を除くすべての猟犬と、自分たちの勝手知ったるフィールドでの戦い、勝つための要素を積み上げてきた。
だというのにこの惨状は何なんだ。
何が足りなかった?
何がいけなかった?
何が原因だ?
…佐藤と新道のせいだ、と山原は悟った。
自分の誘いを断り、敵となったこの二頭の狼。
前者は直前で仲間になると思われていたのに裏切られ、後者はその奇怪な技により狩場を荒らす。
とりわけ後者が居なければ少なくともいくつかは弁当が取れていたに違いない。
そうか…すべては黒い悪魔に、害虫の王に、【ゴキブリ】に出会ったからか。
その思考の中、山原は佐藤の姿を見失う。
一瞬の隙をつかれ佐藤もまた弁当のため最前線を目指す。
山原もそれを逃がすまいと追いかける。
すでにこの場に狼は五頭。
弁当の数も7個。
分け合えばいい、そう山原は思った。
しかし、伸ばした手は弾かれその瞬間、体を雨のように攻撃が襲う。
わからない、理解できない。
山原は次々に倒れていく狼を目にしながら、その中心である【ゴキブリ】をある感情を持ちながら見る。
恐怖と――――。
「❝金剛❞」
薄れゆく視界の中、最後に見たのはどうしても食べたかった弁当だった。
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「あとは佐藤君だけだ」
「そう・・・だな」
「でも、山原さんに結構やられてたね」
「ボッコボコだよ」
「…まだ、いける?」
「もちろん」
「よかった。不完全燃焼だったんだ」
「…こんだけやっといて?」
「白粉さんと茶髪にやられて溜まってたんだ」
「そのセリフ、白粉の前で言うなよ?」
「…ごめん、不用心だった」
「…こんな時だけど、最後に言っとく。今日から僕も狼だ」
「知ってるよ。前からそうだったじゃない」
「いや…今日から狼だ」
「ふ~ん…」
「感謝、してる」
「さっきも聞いたよ」
「うん、でもなんか言っときたくて」
「これから弁当なくなるのに?」
「それだけは譲れないな」
「ははは」
「あ、そういえば最初に出したあの技、なんなんだ?」
「聞くバカがどこにいるのさ、言うバカもいるとでも?」
「まぁ…そうだよな」
「でも僕は自慢しちゃう!」
「言うのかよ!」
「弁当喰いながらな、もちろん佐藤君はいつも通りどん兵衛だけど」
「そっくりそのまま返すさ」
「うん…」
ここはどこにでもあるスーパー。
売れ残った半額弁当を本気で取り合う、見る者が見たらバカな人間の集う場所である。
「じゃあ、そろそろ」
しかし、半額弁当は本当に売れ残った古臭い弁当でしかないのか?
少なくともこの場にいる人間はそう思っていない。
限られた勝利を他者を押しのけ、奪い合い、手を伸ばす。
「あぁ」
並みいる強敵と戦い、時に手を組んで打倒し、またある時は打倒され。
そうして手に入れた弁当にはこの世のどこにも売ってない調味料が加えられ、それは完成される。
いくらお金を積まれようと用意できない、どんなに豪華な食事にもない調味料。
「「うぉぉぉぉおおおおお!」」
勝利と達成感という名の隠し味。
それこそが半額弁当である。
与えられるものではない。
望んでも、手を伸ばしても、掴むことが出来ないことのほうが多いこの極狭領域。
需要と供給、これら二つは商売における絶対の原則である。
この二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント…その前後に於いて必ず発生するかすかなズレ。
その僅かな領域に生きる者たちがいる。
己の資金、生活、そして誇りを懸けてカオスと化す極狭領域を狩場とする者たち。
―――――人は彼らを狼と呼んだ。
そしてこれは、そんな世界に身を投じた二頭の狼のお話である。
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