ベン・トーの世界に転生者がいたら   作:アキゾノ

15 / 25
今回は猟犬群視点多めです。
あと2~3話くらいで一巻を終われると思います。


どうかよろしくお願いします!


12食目

悪夢と言う言葉がある。

読んで字のごとく、悪い夢のことだ。

人間は悪夢を見る生き物である。

長い人生、当然楽しいことばかりではない。

だから神様と言う存在がいるのならば、「調子乗んな」と言う感覚でちょっとハッちゃけた人間に罰で悪夢を見せてるのかもしれない。

例を挙げるなら、注文書に4個と言う数字が書かれていたのを見間違えて千個注文するような感じだ。

まさに悪夢。

あいにくスピリチュアルな体験や心霊現象なんていうホラーな経験談も持ってないので何とも言えないが僕は今現在、悪夢を見ているにちがいない。

 

目の前にいる男、山原と名乗った男が元凶である。

確か猟犬群とかいう【二つ名】持ちのリーダー格だったはずだ。

この間、佐藤君と白粉さんといるのを見た。

まぁそれは別にいい。

けど「君の噂は聞いてるよ【ゴキブリ】」とにこやかな顔をしながら話しかけてきたときはぶん殴ったろかって思った僕は悪くない。

 

なんでも彼が言うには、争奪戦でチームを組まないか?という事だった。

メリットとしては弁当を必ずゲットできる、だそうだ。

なんかやり手のセールスマンみたく、あれこれメリットについて演説してる目の前の山原さんを見てせわしない人だなぁ、どうでもいいけど学校で人の事【ゴキブリ】呼ばわりすんなよなぁと思う。

いまだ口を閉じず、ペラペラ喋る山原さん…とは別に気配を感じた。

ゾクッ。

この擬音を考えた人は素晴らしい。

そんなことはどうでもよくって、この気配…白粉!貴様、見ているなッ!?

案の定、口を三日月のように釣り上げながら彼女はそこにいた。

にちゃあ…とクリーチャーのような音が聞こえた気がする。

顔を半分のぞかせながら彼女はつぶやく。

 

―――サト…サイトウ刑事に手を伸ばした男、狙った獲物は必ず集団で襲い喰らってきた猟犬たちの長はその毒牙をシン…シドウにも伸ばした。

サイトウはその甘く、甘美な密に絡めとられてしまったがシドウは抵抗するかのように…

 

耳が腐るぅぅぅぅぅ!!!!

一刻も早くここから脱出せねば!

 

 

「だからさ、どうかな?僕たちと手を組まないか?悪い話じゃないと思うんだけど」

 

「いや…僕はいいです」

 

「…えっと、理由、聞いてもいいかな?」

 

「メリットないんで…というかデメリットしかないんで」

 

そう、彼らと組むという事はいよいよホモ疑惑が笑えないところまで来てしまうのだ。

佐藤君との一件があってから僕はクラスの男子から無視をされるという状況に陥ってしまっている。

唯一、ものすごい気持ち悪い笑顔で「君も白梅様のビンタもらったんだ!いいなぁ!いいなぁ!!」とはしゃいでいた小太りな内本君と話せたくらいなのだが彼はオカルト研究部に連れていかれ未だ意識が戻っていない。

実質、友達ゼロなのだ。

これで汗だくな剣道部員のこの人たちと行動を一緒にしてしまうともう笑えなくなってくる。

そしてなにより白粉さんだ。

いまでさえこんななのに…チームを組むと考えるとぞっとする。

デメリットしかないのだ。

それに。

 

「弁当なら自分で獲れますので」

 

これに尽きる。

何が悲しくて群れなきゃいけないのか。

僕の楽しみは強い奴を倒し、そのうえで弁当を喰うことなのだ。

それを邪魔するのは許せないな。

 

「…君、【氷結の魔女】に負けたんだろ?僕らといれば、魔女ともやりあえるよ?」

 

「…なんか面白なってきたわ。つまらんくない?そんなやり方」

 

目の前にいる男の人の考え方と僕の考え方はどうやら違うらしい。

 

「どういう意味?」

 

「んー…ポケモンとかやってて、強い敵が出てきたら友達のレベル100のポケモン借りるタイプ?」

 

「…」

 

「それがダメとは言わないですけど、少なくとも僕は違いますので。勝てない敵が現れたら…楽しくなります」

 

―――シドウは猟犬群の長の巧みな技の前についに口を割ってしまう。

自分はその身で勝てないガタイの屈強な男が現れると喜んでしまうドがつくほどのMであると。

それはもっと欲しいという感情の裏返しから来たものであろうか、だらしなく口を開けたシドウは恍惚の表情で…

 

「すいません!気分がすぐれないので失礼します!!」

 

本当に白粉さんは僕に何か恨みでもあるのか!?

 

走り去る僕の視界の隅に移ったものは、山原先輩の鬼のような顔と、固く握られた拳だった。

 

 

 

 

 

☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

 

 

山原は佐藤と白粉を連れ、争奪戦の場にいた。

自分の誘いを断り、あろうことか猟犬群のあり方をつまらないと言い切った新道とは別に、佐藤と白粉は釣れたのだがそれでも溜飲は下がらない。

今までにも誘いをかけ、断られてきたことは何度もあった。

しかも全員が同じ理由を返してきた。

気に入らなかった。

まるで自分たちが狼に劣っていると言われているみたいだった。

 

時刻は20時57分。

半額神が現れ、その作品にシールを貼っていく。

 

「流れはこの間と同じように。まぁ…あとは臨機応変にってことだけど、気楽に行こう。

大丈夫、サポートはするからさ!」

 

鬱屈な気持ちを表に出さず、佐藤と白粉に笑顔を向ける。

 

「大丈夫…そうとも。僕らといれば勝利は確実だ」

 

まるで誰かに言い聞かせるように、言葉を繰り返す。

 

そろそろだ、山原がそうつぶやき、ジジ様がバックルームへと戻っていく。

佐藤と白粉は顔を見合わせ、お互いの状態を確認する。

いまだ犬の域をでない新米の2人だが、猟犬群に目をつけられるだけあって最近は狼たちを驚かせる動きをすることも多い。

しかしいかんせん、やはり経験の違いからか弁当奪取は【魔導士】と組んだ時に手に入れた佐藤の月桂冠と、猟犬群と組んだ前回の弁当の計三個だった。

 

「な、なんか今までの一連のやり取り、相棒みたいな感じでしたね」

 

「…刑事ものの例えを出すのはやめてくれ…」

 

「さ、そろそろ行こうか」

 

扉が閉まり、瞬間、三人が走る。

山原が先頭を走り、その後ろを可能な限り距離を詰めて走る佐藤と白粉。

すると横の棚から他の猟犬群が姿を見せ彼らを追い越し弁当コーナーへ走る。

波状攻撃、これこそが猟犬群の闘い方である。

まず先行して弁当奪取、もしくは狼の足止めをする❝甲❞と、次に続く❝乙❞の2チームに分かれるスタイル。

今宵は良いスタートダッシュが取れたことから、甲のチームがそのまま弁当を奪取できそうだった。

しかし狼たちはそれを許さない。

スピードに自信のある狼数頭が猟犬群に並び奪取を計る。

 

山原が口笛をヒュッと吹くと、甲チームがくるりと向きを変え、狼にかみついた。

その隙に乙チームが網の目をくぐるように弁当コーナーの先頭にまで踊りでた。

未だ手付かずの弁当の山を前に佐藤と白粉は目を見開く。

綺麗に陳列された作品の数々。

前回と同じように、何度見ても美しいと思ってしまう。

 

「佐藤!早く!」

 

猟犬群の一人が叫び、我に返った佐藤は弁当へと手を伸ばす。

カレー弁当。

しかもカツ入りでチーズまでかかっており、ダメ押しに大盛だ。

指先にかかる確かな重量を感じながら佐藤はその場から離れる。

山原に教わった通りに他の猟犬群たちと入れ替わるようにして、だ。

他の乙チームも同時に離れ、狼の邪魔をしながらレジへ向かっていく。

狼達にはその邪魔を止めることはできない。

結果、甲チームも全員が弁当を獲り、その弁当コーナーからは何もかもがなくなっていた。

 

 

 

剣道部室。

 

「いやぁ、今日もスムーズに勝利出来て良かったよ。新入り2人に格好悪いところは見せられないからさ」

 

山原は笑顔で話しかけるが、佐藤はなにやら難しい顔をしながら考え事をしているし、白粉は

―――サト…サイトウは犯罪集団猟犬群に拉致され秘密基地に拘束されてしまい…

などと意味不明なことを繰り返しつぶやいているので、微妙な顔をしながら弁当を取り出す。

他の猟犬たちは本物の犬のように弁当を食い漁り、団欒をしている。

 

「食べながらでいいんだけどさ、例の話、どうかな?悪い話じゃないと思うんだけど」

 

「そう…ですね」

 

佐藤はどこか歯切れが悪く返す。

 

「そんなに難しく考えないでくれよ。毎回同じじゃなくって言い。争奪戦が被ったときだけ手を組もうってだけさ。」

 

はぁ、とやはり返事は返せない。

何がこんなにも自分は猟犬群に入ることを拒んでしまうのだろうか。

佐藤は考えてしまう。

そして返事を返せないことをごまかすようにカレーを掻き込む。

 

「組織を組んだほうが弁当を獲れる確率が上がる、協力者が多いほうが情報も手に入れやすい。【二つ名】持ちとも俺たちといれば互角以上に戦えるし【アラシ】にだって好きにはさせない…どうだい?」

 

「うーん…確かにそうなんですけど…」

 

―――サト…サイトウは押しに弱くしぶしぶ同意の上で、公衆の面前での痴態を晒すこと決意する

 

白粉がまた呪文をつぶやき始めるがそれを佐藤は彼女の後ろに束ねた髪を掴み引っ張ることで阻止する。

 

たかが口約束だし、メリットしかない。

だからこの場では良い返事をしていればいい。

気に入らなかったらあとからやっぱりやめたと、それだけで事足りるのに。

何故か佐藤は、これが大事な決断を迫られていると感じた。

ここで選択肢を間違えれば一気にDEAD ENDになるようなそんな気さえする。

 

「…断る理由なんてないんじゃないのかい?」

 

「そう、ですね…そうなんですけど…う~ん」

 

結局、佐藤はきちんとした返事を返せなかった。

白粉が弁当を食べ終わったあと、即座に立ち上がり、もう少し考えますと言って2人でその場を後にした。

剣道部員たちは顔をゆがめて山原に問いただす。

 

「おい、話が違うぜ。佐藤のやつ渋ってんじゃないか」

 

「そうですよ。主将、ありゃだめなんじゃないですか?」

 

他にも声には出さずとも、この場にいる人間は同じ気持ちだった。

一斉に山原に視線を向ける。

 

「大丈夫だ。まだ…あいつは、佐藤は自分がどうして渋ったのかわかっていない。今ならまだ大丈夫だ…金城、いや【魔導士】のようにはなっていない」

 

そう、佐藤はまだこちら側の人間だ。

以前、まだ【魔導士】と呼ばれる前だった金城にも山原は声をかけたのだがそれは断られた。

しかもこともあろうに、自分の、いや大多数の人間が頭を傾げるようなそんな理由でだ。

まっとうな計算ができる人間ならそんな判断は下さない、下せない。

だから、佐藤はまだ大丈夫だ。

狼などと呼ばれる連中の思想に染まっていない今だからこそ、だ。

剣道部の片づけを行う部員たち。

綺麗に磨かれた窓に映る自分の顔は醜く歪んでいた。

 

山原は負けることが大嫌いだった。

少年のころから誰にも負けたくない、負けたのなら次こそは勝ってやると復讐に燃えた。

それは今でもそうであり、争奪戦の場においても同じことだった。

猟犬群と言うシステムは彼にとって素晴らしいものに見えた。

 

狼は周り全員が敵であり、瞬間的に手を組むことはあれど基本は一人だ。

そこに訓練された群れが突っ込めば勝敗は目に見えており、たとえ猟犬群全員に弁当が行き渡らなくても、その場の弁当半数以上を手に入れられたらそれは客観的に見て自分たちの勝利であった。

だというのに狼たちはそれでも群れない。

弁当に拘るくせに、他の何よりも執着する癖にかたくなに一人で戦う。

敗北に涙を流す狼達を何人も見てきた。

ああはなりたくない、と何度も思った。

敗北感と、空腹感。

どちらも耐えられたものではない。

ならば絶対に勝てるシステム、負けにくいシステムを行使する。

山原は負けることが何よりも嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。